王子様の耳はロバの耳 〜 留学先はblゲームの世界でした 〜

きっせつ

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第二章 ローレライとロバ耳王子と陰謀と

27、故郷は遠く

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鉄の匂いがする。
ポタリッポタリッと生温かいものが身体から流れ落ち、命が少しずつ垂れ流されていくその感覚に身震いする。

視界が真っ赤に染まり、幼い頃に何度も夢に見たあの夢を思い出す。
肉食獣のようなギラギラした目に妖しく光る牙には赤くドロリとした液体がこびり付いている。

きっと、その牙をあの獣は僕に振り下ろし、僕の皮を裂き、血肉を貪るのだろう。
海からやってきたあの獣は容赦なく命を刈り取る。欲しいものを欲しいままに。気に入らないものは全て壊して。

赤く染まった自身の手がカタカタと震えてる。
ただ振り下ろされる牙を赤く染まった手の合間から眺めていた。


………。
……………。


「ラニちゃん」

……。
…………。


「ラニちゃんッ!!!」


……。
…………誰?



赤く染まった視界が薄れ、重い瞼を開ける。
ぼやけた視界に青空のように澄んだ瞳が映り、吸い寄せられるように手を伸ばした。

その手をアクアマリンのように輝く水色の瞳の人物は必死に握り、僕の名前を必死に呼ぶ。


「ラニちゃん。分かる?ラニちゃんッ」

「エ…レン?」

「うんっ。エレンだよ。良かった…。意識が戻って…」

今にも泣きそうなエレンの顔がやっとピントのあった視界に映る。
なんで泣きそうなんだろうと、首を傾げようとしたが、身体が動かない。

「動かないでっ。ラニちゃんは崖から落ちたんだ」

そう言われて、エレンの顔よりもっと上を見上げると崖があり、その崖は一部が崩れているようで、崖を囲むフェンスの一部が宙に浮いていた。

そういえば、ライモンド先生が3日前の雨で地盤が緩んでるかもしれないって言ってたな。
あれはもしかしたら《シナリオ》のふせんだったのかもしれない。
エレンが消えたのもきっと僕と同じ理由だ。


「…エレンは…、だいじょぶ?」

「うん。俺も落ちたけど、ラニちゃんより軽傷だよ。少し足を捻っただけ」

「……マジか」

至極元気そうに返事をするエレンに、その言葉が強がりではなく、本当の事だと確信して思わず現実逃避をする。

ミイラ取りがミイラになる所の話じゃない。
本当に洒落にならない。


もしかしたらバッドエンドとか何も関係ない、そういう《イベント》なのかもしれない。攻略対象と遭難して仲を深めるとか…そういう。

ー いや、物騒だよ。普通死ぬよ!?

去年の山賊の件といい、お化けの件といい、恋愛が主軸である筈のゲームなのに何故、命がけなのか。
軽くゲームの制作スタッフ達に殺意を覚えて、カッと血が昇る。
その瞬間、クラッと眩暈がして、頭を抑えた。

ヌルッとしたものが手に付き、分かりたくなくても分かってしまう。

ー 僕、死ぬの?

自身から臭う鉄の匂いに案外冷静に状況を受け止めて、耳を澄ます。
すると、上の方から微かに声がした。
それは聞き慣れた声で、エレンだけでなく、僕の事も呼んでいる。

ー ごめん。皇子

やっぱり他国の王子が死んだら国際問題になるんだろうか。
皇子にも迷惑が掛かるんだろうか。
いや、そもそも皇子は真面目過ぎるから皇子の所為じゃないのに自分を許せないかもしれない。

ー それはダメだ

声を上げて、皇子にここに居るよと伝えたいのに身体中痛くて、段々と身体が寒くなって力が入らない。
震えて思うように喋れなくなっていく唇を動かして、今にも泣きそうなエレンに言葉を紡ぐ。

「歌っ…て」

何故、その言葉を紡いだのかは分からない。
もしかしたらもう頭が正常に機能してなかったのかもしれない。

エレンは僕の言葉に潤んだ空色の瞳を見開き、僕の頰を優しく撫でると微笑んだ。

「うん。…じゃあ、俺が一番好きな歌を歌うね。歌詞は知らないからメロディだけだけど、勇気づけられる歌だから」

愛おしむように語るその歌をエレンは桜色の唇を開き、丁寧に丁寧に紡ぎ始める。

クラクラして目が回り、寒くて視界が暗くなる中、聞こえるその歌は歌なのに故郷の海の波の音を彷彿とさせた。


波が珊瑚が砕かれて出来た白い砂浜に優しく打ち寄せ、そしてまたあのエメラルドの海へと戻っていく。
温かな風はヤシの木を揺らし、サラサラと音が鳴る。

ヤシの木に背を預けて、口ずさむあの故郷の歌。


だけど、今聞こえるその歌は故郷の歌なのに、所々が違って、歯がゆい。


ああ、そこは1オクターブ上。
そこは抑揚を付けないと。

違う。
その歌はもっと、自由に力強く響いて……。



………。
……………。


「ラニ……」


……。
…。


「ラニッ!!」



遠くでライモンド先生の声がする。
凍えそうに寒くて、痛くて、意識が朦朧とする。

「今、痛みを取ってやるからな。口を開けて、ラニ」

エレンの姿はいつの間にかに消え、少しぼやけた視界に夕陽色の瞳が映る。
温かなライモンド先生の手が頰に触れ、唇に柔らかいものが触れる。

食むように触れたその柔らかなものは僕の口を開けるように促す。
ほんの少し口を開けると口の中に苦い液体が注がれる。

あまりに苦くて吐き出そうとするが、苦い液体とともに侵入してきたものが口の中をかき混ぜるように喉の奥へと液体を押し込む。

「ふ…、んんっ…」

「んっ…、いい子。ちゃんと飲めたね」

苦い液体を飲み込むと痛みが段々と遠くなっていく。
痛みとともに意識も遠くなっていく。

「大丈夫。ラニは死なない。奪わせない」

ただその優しい声を聞いているだけで安心して、頰を撫でる手から伝わるその熱が心の中まで浸透して、安らぎへと変わる。

その安らぎに身を寄せて、ゆっくりと目を閉じた。
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