王子様の耳はロバの耳 〜 留学先はblゲームの世界でした 〜

きっせつ

文字の大きさ
59 / 119
第二章 ローレライとロバ耳王子と陰謀と

28、まさかね

しおりを挟む



…。
…………。


「……い。…目を……したから」

「…が落ち……から」

…。
…誰かの話し声が聞こえる。

「うっ、う…。俺がっ…、俺が足を滑らしてっ、崖から落ちなかったら…」

「違う。俺が目を離したのが行けなかったんだっ…」

泣き声が耳に聞こえて、意識が浮上する。
薄らと目を開けると、エレンがしゃくり上げながら泣く姿と俯く皇子の姿が見えた。
その背後にはシルビオが険しい顔をしていている。

「……ごめん。ちゃんと待ってなくて」

まだ重い瞼を開け、そう声をかけると、思った以上に自身の声が弱々しくて驚く。
でも、それ以上に顔を上げてこちらを見た皇子の顔が憔悴しきっていて、罪悪感が勝る。

「阿呆っ、謝るなッ」

「だって、待ってるって言ったのに、待てなかった」

「うるさいっ。お前の所為じゃない事くらい、分かってる。分かってるんだっ…」

強気な口調に相反して、その翡翠の瞳が潤み、ポタリッポタリッと雫が落ちる。
その涙がバレないように乱雑に拭い、これ以上溢れないようにと唇を強く結んだ。

これ以上、喋れなくなった皇子の代わりにシルビオが険しい表情を解き、柔和な表情で語り掛けるように口を開いた。

「ラニラニは森の中に居たファルハ人達に追われて、落ちたんだよね?」

「うん…。逃げようと思ったらぬかるみに足を取られて落ちちゃったんだ」

「そっか。教えてくれてありがとう。…怖かったね。でも、もうその人達は捕まったから安心して、ゆっくりと体を治してね。何も心配しなくていいから」

「うん」

「じゃー。オニーサンは部屋の外に立たせてるエリオットと交代してくるから、何かあったら遠慮なく、声掛けてね」

「うん」

シルビオは僕にニッコリと微笑み掛けると、泣いているエレンをじっと見て、一瞬、眉間に皺を寄せたが、またすぐに笑顔に戻って部屋を出ていった。

泣いているエレンは痛そうに左足を庇っているものの、どうやら、左足と身体の擦り傷以外は怪我を負っていないようで、ホッとする。

「エレンは本当に大丈夫?怪我はない?」

「う、うん…。ぐすっ…、ないよ」

「そっか…。良かった…」

「うぅ…。ラニちゃんは優し過ぎるよ。ラニちゃんの方が俺が居なくなった所為で重症なのにっ…」

声を掛けたら更に泣き始めてしまったエレンにどうしようかと困惑して、目を泳がす。
皇子は皇子でエレンの前で触れようとした手を宙で泳がして、あたふたしている。

やはり、肝心な所で奥手な皇子だなと苦笑を浮かべる。

エレンを宥めようと起きあがろうとしたら横から綺麗に整えられた手が、スッとお腹の辺りに乗せられて、起き上がるのを阻止する。

「ダメよ、ラニちゃん。頭を強く打ってるから寝ててちょうだい」

何時も通りのオネェ言葉でそう声をかけると、フッと現れたライモンド先生は僕に優しく微笑み掛け、寒くないようにブランケットを掛け直した。

泣くエレンを前にライモンド先生はエレンの頰を優しく挟むように両手で触れた。

「ほーら、泣かないのっ」

「だってっ…、だって、俺の所為でっ…。優しくしてもらうっ…価値なんてッ…ないのに」

「そう思うのならその優しさに応えてあげなさい。……貴方の思う優しいラニちゃんなら貴方が何時までも泣いていたら自分の事を後回しにして心配してしまうんじゃないかしら?」

ライモンド先生に諭されて、涙に濡れるエレンの空色の瞳がやっと僕の顔を見た。
またブワッと空色の瞳に大粒の涙が浮かんだが、なんとか堪えて、僕の手をギュッと祈るように握った。

「ごめんなさい。焦らずゆっくり早く元気になってね」

「……う、うん」

エレンはまだ興奮が冷めきってない様子で、そう謎発言を残して、何もない所で転けかけながら部屋を出ていく。

アレは駄目だ。絶対、余計な怪我を作りかねない。

皇子を目配せすると、僕と同じ思いだったようで、頷いて皇子が追って部屋を出ていく。

そんな2人をライモンド先生と見送り、部屋に残ったライモンド先生と顔を見合わせて、笑った。

「僕は早く元気になった方がいいのかな? ゆっくりでいいのかな?」

「アレは早く治って欲しい気持ちとゆっくり養生して欲しいがせめぎ合った結果ね。そそっかしいエレンらしいわ」

「……うん。元気で良かった」

エレンが元気な事が分かるとドッと眠気が押し寄せてくる。
ライモンド先生は口を強く結ぶと、優しい優しい笑みを浮かべて、僕の寝るベッドの前の椅子に腰掛けた。

「…ねぇ。僕、どうなってるの?」

「頭が少し切れてたから五針縫ったわ。転落の衝撃から頭を庇った左腕が折れてる。お医者様の話だと内臓は無事なそうよ」

「そう…。そのくらいで済んで良かった…」

「もう寝なさい。…結構な大怪我なのよ? 左腕で庇ったとはいえ、頭を打っているのは怖いわ」

「うん…」

「そばに居るから」

「うん。寂しくないね」

ライモンド先生の『そばに居るから』という言葉に安心して自然と笑みが溢れる。
無事な右手でライモンド先生の顔に手を伸ばすとライモンド先生は触りやすいように顔を寄せた。

ライモンド先生の目尻に触れ、頰に触れ、その桜色の唇に触れた。

その唇は思った以上に柔らかくて、夢の中で自身の唇に触れたあの柔らかな感触を思い出して、自身の唇に触れ、目を丸くした。

「まさかね…」

「どうしたの?」

「うーうん。なんでもない。…寝るまで手、握って欲しいな。なんて」

「ふふっ…。ささやかなお願いね。もっと、我が儘言って良いのよ?」

「じゃあ、ずっと…が、良いな」

「ええ。貴方が望むならずっと…」

右手を温かなライモンド先生の手が包み、その温もりに微睡む。

「おやすみなさい。良い夢を」


ラベンダーの香りがする。
その安心する匂いも温もりも感触も声も全て夢と一緒で、どちらが夢だか分からなくなる。
何処から夢だか分からなくなる。

故郷の歌の歌を聞いたのも。
あの柔らかな桜色の唇が触れた感触も全て。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった

angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。 『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。 生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。 「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め 現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。 完結しました。

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。 続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』 かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、 転生した高校時代を経て、無事に大学生になった―― 恋人である藤崎颯斗と共に。 だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。 「付き合ってるけど、誰にも言っていない」 その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。 モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、 そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。 甘えたくても甘えられない―― そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。 過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。 今度こそ、言葉にする。 「好きだよ」って、ちゃんと。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。

篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。 

転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜

隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。 目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。 同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります! 俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ! 重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ) 注意: 残酷な描写あり 表紙は力不足な自作イラスト 誤字脱字が多いです! お気に入り・感想ありがとうございます。 皆さんありがとうございました! BLランキング1位(2021/8/1 20:02) HOTランキング15位(2021/8/1 20:02) 他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00) ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。 いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

処理中です...