王子様の耳はロバの耳 〜 留学先はblゲームの世界でした 〜

きっせつ

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第二章 ローレライとロバ耳王子と陰謀と

43、天気は紅葉のち、雨

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「ライ……モンド…先生?」

赤く染まった地面。
ギラギラとした獣のような目。
命を奪う者の目。

まるで幼い日の悪夢の中に居るような感覚に途端に頭が真っ白になる。


「ラ…ニ?」

吸っていた煙草が落ち、ライモンド先生が茫然と僕の名を呟く。
目を見開き、驚いていたが、やがて、その顔は絶望の色へと染まっていく。

まるで救いを求めるように手を伸ばすが、唇を噛み締めると悲しそうに眉を下げた。

怖い?」

そう問われて、自身の手を見るとカタカタと震えていた。

怖い。でも、その悲しげな表情を向けられると胸が苦しくて、そんな顔して欲しくなくて。信じたい筈なのに、怖くて、震えが止まらない。
息の仕方が分からなくなる。


赤赤赤赤。
地面が赤い。

海から来たあの獣とライモンド先生が重なる。


「……ラニ。俺は」

そう今にも泣きそうな震えた声でライモンド先生が呼ぶ。
でも、その言葉の続きはなくて、今にも泣きそうな顔でライモンド先生は後退る。

ー だ…めっ…

そのまま夜闇の中に消えてしまいそうで、消えたらもう二度と会えない気がして、その名を呼ぼうと口を開いた。

「っ…!ッ……!!」

だけど、声は音に鳴らず、冷たい夜風の中で霧散した。

赤い赤い紅葉が散っていく。
視界を全て埋め尽くし、散った後には何も残さない。

『私はミューズ学園の教師の一人、ライモンド・クェーバ』

あの優しい眼差しも。
落ち着く匂いも。
大好きだったあの温もりも。

『良ければ、学園まで一緒にどうかしら?』

全て赤い紅葉と暗い夜闇中に溶けて消えて無くなってしまった。


不思議な事にその時は涙は出なかった。
ただその場から動けずに、ポタリポタリっと降り始めた雨の中震えていた。






(フィルバート視点)


ザーザーと雨が強く降っている。
その日の夜。帝都は秋の嵐に見舞われて、折角綺麗に紅葉した葉も次の日には全て散ってしまうだろう。

ー 紅葉狩りは来年か…

怪我も後遺症以外は全快し、落ちる紅葉に手を伸ばして楽しそうに笑うラニ。
夕陽色の紅葉を持つラニは幸せそうに鼻歌を歌うもんだから、じゃあ、今度の乗馬練習は紅葉狩りでもするかと予定を組んだが、俺だけ政務が入ってしまった。

ー 俺も行きたかった…

楽しそうに馬上からキラキラとした目で紅葉を見上げる姿が浮かぶ。
つい、そんな身勝手な我儘を心でぼやき、そんな自分を心の中でぶん殴り、ため息をついた。

何やってるんだ、俺は…。
今はそんな時ではないというのに…。


そう…、今はそんな緩い事を考えている時ではない。
緊急事態なのだから…。


バタバタと走り回る文官達。
緊急の召集で会議室に集められた国の重鎮達の表情は重い。


それは明朝にダヴィド辺境伯からもたらされた報せから始まった。

『ランファ陥落』

ファルハ王国がランファ皇国を陥した。
ランファとはこの大陸の最西にある大国で
ファルハ王国に侵略され尽くした西大陸諸国で10年もの間、抵抗し続けた国だった。

この国を落とせば、次は東。
大砂漠を挟んで隣接する我がレーヴ帝国。

「首脳会議の時にはもう侵略の目処はついていたのでしょうね…」

苦々しい表情でサフィール宰相がダヴィド辺境伯の書簡を読み、溜息をつく。


『2年、待ってやろう。ローレライを俺に返すか、戦か。…よくよく考えて答えを出すのだな』

あの血みどろ王は夜会で2年後に戦を仕掛けると言っていた。
この1年でランファ皇国を陥し、兵力を補充する期間を見積もって最短2年。
いや、下手したら2年掛からずに仕掛けてくるやもしれない。


「戦か。人身御供か」

ぽそりっと重鎮の1人が呟く。
しかし、こほんっとサフィール宰相に咳払いされ、口を結ぶ。

ローレライ。
あの血みどろ王がどうしても手に入れたい存在。
嵐で遭難した船乗りを歌声で岸へと導く、慈愛の女神。
実在しないものを用意する方法は一つ。


「代わりを、身代わりを用意する…か。その案もアリだな」

誰しもが口をつぐんだ方法をあっさりと口に出し、第一皇子、ユーリウス兄上がニンマリとほくそ笑む。

「そうなれば、アサドゥの出した条件に当て嵌まる人物は1人。ラニ王子にアサドゥの生け贄になってもらってめでたし。めでたし」

パチパチパチッと拍手して、その翡翠の瞳が先程ぽそりっと呟いた重鎮を映す。
その重鎮は少し戸惑いつつ、愛想笑いを浮かべながら手を揉み込む。

「そうですよ。たった1人の命で数千万の命が助かるのです。アサドゥ王も自身が望んだ相手なら大切にする筈。ラニ王子にも悪くない話だ。」

その言葉に賛同の声がポツリポツリっと上がる。
恐ろしい場の空気に身が凍る。

ー ラニを…生贄にす…る?

許せる筈がない。どうにかしなければ。
声を上げようと口を開くが、その声はユーリウス兄上の声にかき消された。

「サフィール。今、賛同した者どもを摘み出せ。話にならん」

ビリビリと会議室の空気が振動して、今まで聞こえていた賛同の声雑音が一瞬にして消え、場の空気が凍る。

「全く」と、一つ溜息をつくと、サフィール宰相は先程賛同した者を城の外までと送るように護衛の騎士達に指示を出す。

「待ってください、ユーリウス殿下っ! 私どもは多くの血が流れる事を良しとしてません」

「犠牲を最小限に収める事こそ、我等が下す最上の采配の筈です。ユーリウス殿下はそうお考えになって提案を…」

「愚か者だな、貴様らは。あの血みどろ王が約束を守るとでも? ヘコヘコ、ゴマ擦ってるうちに掠め取られ、奪われて全てを無くすのが関の山だな」

「し、しかし…」

「クドい。弱腰の弱者の言葉など生産性がない。邪魔だ」

ユーリウス兄上は一切の手加減も躊躇いもなく、長年国に携わって来た大貴族や官僚達を切り捨てる。
騎士達に無理矢理連れて行かれる重鎮達に憎しみに染まりきった目で見られても強い意志の宿った翡翠の瞳で見つめ返した。


「やり過ぎですよ、兄上。フォローする僕の身にもなって下さい」

第二皇子、エラルド兄上は苦笑いを浮かべて、テーブルに肘をついた。
さて、心折れた彼等をどう転がすべきか…と、朗らかな笑みで重鎮が消えていった扉を見た。

「お前も存外ドSだな」

「いやですね。兄上が僕にその役割を押し付けたのではありませんか。僕は伴侶を取らずに可愛い弟を可愛がりながら王弟として穏やかな生活を送るつもりだったのですよ?」

「それは嫌味か? だが、しかと受け取ろう。お前が変わってくれたお陰で俺は我が愛らしい未来の妻を存分に愛でられるのだからな。…ふぅ。早く昼夜問わず、俺好みに育て上げ瑞々しく熟れた肢体を割り開いて、最奥まで愛し続ける生活が待ち遠しい…。繋がっている事が当たり前になる程、ずっと…。永遠に…」

「…………兄上。惚気なら後で存分に聞いて差し上げますから今はその辺で。」

「ハハッ! まぁ、そう邪険にするな。これで裏切りの可能性のある者を割り出せたではないか」

「まぁ、裏切らなくとも敵の手中で踊ってそうな輩は大体の検討は付きましたね」

「後は、どうあの王を転がすかだな。やはり、狩った獲物に食らい付いて油断している今が消しどきか」

「そう簡単に行く相手なら良かったのですがね?」

「だな。となれば、まず眼前の問題は…」

「えぇ。まず対処しなければならない事は…」

ニッコリと笑顔でユーリウス兄上の恐ろしい惚気をかわしつつ、第二皇子、エラルド兄上と第一皇子、ユーリウス兄上が意見を飛ばし合う。
その俺と同じ翡翠の瞳は俺には見えない同じ先見ビジョンを映している。

そして2人のその瞳が俺に向けられる。


「先ずは眼前の問題は保身派からラニ王子をどう守るかですね。殿下方」

俺を見る2人にそう疲れた顔でサフィール宰相が声をかける。
サフィール宰相を胃をさすり、皇帝を見やる。すると、皇帝はエラルド兄上と頷き合い、護衛を増強を提示したが…。

「ぬるいな。もっといい方法があるではないか」

皇帝とエラルド兄上の意見をバッサリと切り捨てて、ユーリウス兄上がその強い眼差しを俺に向け、笑う。

「フィルバートと婚約すれば良いだけの話だろ?」
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