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第二章 ローレライとロバ耳王子と陰謀と
31、ねぇ!?俺を叩く必要あった?(エリオット視点)
しおりを挟むー いや、ラニは?
なんでいつの間にかにラニの捜索が中断したのかと殿下を見る。
殿下は崖から落ちたにしてはほぼ無傷に等しいエレンの姿にホッと胸を撫で下ろしていた。
だが、すぐにツンっと澄ました表情になり、ぶっきらぼうにエレンに声をかけた。
「エレン。無事だったか」
そう呼ばれてエレンはこちらに気付き、顔を向ける。
その空色の瞳からは月明かりに照らされた雫がキラキラと絶えず落ちていく。
その膝は血に濡れていて、ここで惨劇が起こった事をありありと伝える。
しかし、頬を紅潮し、その惨劇に悲しんでいるというよりは歓喜に身を震わせているように見えた。
「フィルバート…殿下?」
「エレンっ! エレン、その血はどうした!?」
「…あ。そ、そうだ。そうだ、コレは」
やっと現実に戻ってきたかのようにエレンという先輩は自身の膝にべっとりと付いた血に触れ、顔を真っ青にさせる。
「ラニちゃんがっ! ラニちゃんが崖から落ちてっ、それで、それで…、頭から頭から血がっ!!」
「それで、それでラニはどうしたんだ!?」
今度は悲嘆にくれてブワリッと涙を流す。
べっとりとその先輩の膝につく、その血にサッと血の気が引く。
頭から落ちた?
あの高さから?
2人のやり取りを呆然と見つめていると、パンっと頬を叩かれ、はたと現実に戻される。
容赦なく叩かれた頬を抑えて、キッと叩いた本人を睨むとスッと冷めた紫紺の瞳がこちらを見据える。
「何を呆けてる? 今から情報を聞き出すから聞いたら走って、北方騎士団及び先生方に報告。分かったか?」
先程までは冷静さを欠いていたというのに、ラニが大怪我をしたと知っても冷静なシルビオ先輩。
だが、その冷めた紫紺の瞳の奥にギラギラと何かが燃えている。
今にも誰か斬るんじゃないかっていう危うさを感じて頬の痛みを忘れて、帯刀していた剣の柄に触れた。
「エレン。それでラニはどうしたの?」
「それで…。それでっ…ラニちゃんが歌ってていうから歌って…そのッ」
「……今何処に居る? ラニは居なくなった君を探す為にあの場所に残って崖から落ちる羽目になったんだよ? 早くして。エレンはラニを殺す気?」
「ち、違うっ。それで、ラニちゃんはっ…」
完全にパニックを起こしてる相手を冷たく見下ろし、問い質す。
パニックを起こして支離滅裂になっているエレンという先輩を見下ろすその瞳を厭わしげに細め、溜息をつく。
「ごめんね。落ち着いて、エレン。俺、早くラニラニを保護したいんだ。教えてくれないカナ?」
溜息をつくと、チャラ男の仮面を被ったシルビオ先輩が優しく微笑む。
少し悲しげな笑みを浮かべて、こてんと首を傾げるとジャラリッと耳に付いたピアスが揺れる。
一見、優しそうに見えるその表情にエレンという先輩は少し安心したようで、何度か深呼吸して気分を落ち着かせていた。
「ごめん、シルビオ。ラニちゃんが大変なのに取り乱して」
「んーん。俺の方こそごめんネ。ゆっくりでいいからラニラニの事教えて?」
「ラニちゃんは、ラニちゃんはライモンド先生が保護してくれたんだ」
エレンのその言葉に俺とシルビオ先輩は思わず、顔を見合わせる。なんで、ライモンド先生が崖の下に?
俺達がラニが消えたのを知ったのは少し前で、丁度森を巡回していた騎士に報告してから1時間も経ってない。
教師陣には伝わってたとしてもエレンとかいう先輩が失踪した事が伝わったくらいだろう。
現にまだ、他の教師陣は捜索に加わってはいない。
「何故、ライモンドが?」
そう疑問を溢す殿下にホント、何故なんすかね?と同意する。
ホント。何故、こんな道もない森の中に??
答えを求めて、シルビオ先輩を見るが、シルビオ先輩は今はそこはどうでもいいと首を横に振る。
「ライモンド教授はラニラニを連れて別館に戻ったの?」
「うん。一刻を争うから。エレンは助けを呼ぶからここで待っていて欲しいって。…ごめん。それでもやっぱり、ラニちゃんが死ぬかもって思ったら怖くなって…」
「そっか…。じゃ、取り敢えず、戻ろっか。見つかったって報告しなきゃいけないしね?」
「ご、御免なさい。俺がぬかるみに足をとられて転けて崖から落ちたばかりに…」
「お、落ちた!? エレンも落ちたのか!!?」
「そっかー。それは災難だったねー。………俺はエレンに肩を貸しながら帰るから。エリオット、お前はフィルバート殿下の警護をしつつ北方騎士団に一報入れて来い」
取り敢えず。ラニの所在が判明した事に胸を撫で下ろし、帰路に着いた。
方法騎士団の警備を潜り抜けてのファルハ人(不審者)の侵入に。ファルハ人を倒した謎の糸使い。ラニの容態。
多くの謎と失態を残して失踪事件は幕を下ろしたのだ。
そして、やっと、ラニの姿を確認できたのはそこから10時間後のことだった。
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