王子様の耳はロバの耳 〜 留学先はblゲームの世界でした 〜

きっせつ

文字の大きさ
75 / 119
第二章 ローレライとロバ耳王子と陰謀と

45、愛の形(フィルバート視点)

しおりを挟む

「僕の…所為?」

ポタリッポタリッと銀の花が咲くその瞳から雫が落ちる。
あまりにも痛ましいその表情に言葉を失う。

フラフラと危ない足取りで立ち上がったと思ったら、今にも倒れそうになりながら何処かに飛び出そうとするので慌てて、ラニの身体を抱き留める。

「ラニ!? 」

「僕がっ…、僕が怖がったから? 違うっ…。僕が本当に怖かったのはあの獣で僕は! ……ぼくっ…はっ……」

「何が…何があった? 取り敢えず、落ち着いて…」

「離してよっ、皇子。先生にっ。先生に会わないと。本当にもう二度とッ…」

「……今行っても会えない。ライモンドは早朝に出て行ったそうだ。会いたいなら後で何処に行ったか聞けば…」

「やだ…。いやだよっ…、先生。僕を…、僕を置いてかない…で……」

まるで錯乱したように腕の中で暴れラニは泣き叫んだ。

コイツは割りかしすぐ泣く奴だった。
精神がお子ちゃまで、ちょっとでも悲しいとすぐ泣く。
でも、ここまで酷い泣き方をする奴じゃない。

何時だって、泣いてもすぐケロッとして興味が違う事に移っている。
泣き叫ぶ所など見た事がない。


尋常じゃない泣き方にどうしていいか分からない。
それでも分からないなりに背を撫でながら優しく包み込み、なんとか言葉を紡ぐ。

「大丈夫。大丈夫だ、ラニ。大丈夫だから」

大丈夫。なんて、何もまだ分かっていない癖に無責任な言葉を吐きながら壊れてしまわないように抱き留める。

「話しをしよう、ラニ。ゆっくりでいい。何があったのか。分かれば、俺に出来る事があるかもしれない。力になれるかもしれない」

本当に無責任な言葉だと思う。
それでも俺はシルビオや兄上達のように上手く出来ないから、そんな無責任な言葉でこの場を取り繕うしか出来ない。

ー 信じろっていう方が無理か

俺じゃ役不足かと泣きじゃくるラニをシルビオに預けようと腕を下ろし、離れようとした。


ギュッと俺より小さな手が俺の服を離さまいと握る。
胸元が涙で濡れ、元気のないロバ耳が首元をくすぐる。
体重を預けられ、重くなった身体に少しだけ嬉しさを感じて、もう一度、今度はその温もりが愛おしくて抱き締めた。





フワフワと部屋に湯気が舞う。
やっと落ち着きを取り戻したラニがフーフーとホットミルクを息で冷やしながら口にする。

目元は赤く、まだ不安なのか、俺の服の裾をギュッと掴んだまま、身体をきちんと乾いたブランケットでぐるぐるに包み、安心を求めてる。

2人きりの部屋でホットミルクを飲みながらポツリポツリッとラニは昨日の夜にあった事をやっと話した。

昨日の夜、何処に行ったか。
そこで見たもの。
ライモンドが居なくなった理由。

その話はあまりにも現実味がなく、一瞬、耳を疑った。
しかし、ラニのあの荒れ方がそれを全て現実だと物語っている。

ー ライモンドが暗殺者?

そう言われても思い起こされるのはあの赤い瞳でラニに優しい眼差しを向ける姿。
こっちがヒヤヒヤするような揶揄い方でラニを構い、楽しそうに笑うあの表情。

あのライモンドは全て偽りだったのだろうか。
本当にラニの目の前で人を……。


「怖かったな…」

信じてた者に裏切られ、恐ろしい惨状を目の前にして、どれ程心に傷を負ったか。どれ程怖かったか。
傷付いて怖くてひとりで部屋で泣いていたラニを思うと胸の辺りが苦しくなる。

ラニは俺の言葉にコクリッと頷き、ギュッとマグカップを両手で握った。

「うん。怖かったんだ。怖がってたんだよ、ライモンド先生は」

しかし、返ってきた言葉は予想していたものとは違い、その表情は悲しみではなく、後悔の色に染まっていた。

「僕に知られた事が、僕に怯えられた事が怖くて。泣きそうな顔してたんだ。……だから、僕が声を掛けなきゃいけなかったんだ。声を掛けて、話しを聞かなきゃいけなかったんだ。それなのにっ……。先生と獣が重なって何もっ……出来なかったっ…」

だから、自分が情けなくて嫌で、どうしていいか分からず、部屋に籠城してた。
そうまた泣き出したラニを前に戸惑う。

何故、そうなる?
何故、自分の所為だと、裏切ったライモンドを庇うような事を……。


『あっ。ライモンド先生だっ』

ふと、4日前に見た光景が頭に浮かぶ。
皆んなで食事を食べ終え、授業に戻る為に歩いていた廊下。
その廊下の向こうにライモンドの姿が見え、ラニがパタパタと廊下を走っていく。

今日あった事や楽しかった事、身振り手振りを交えながらラニは楽しそうに話し続け、ライモンドは優しい表情で聞き続ける。

『まるで、親子みたいですね』

そう微笑ましそうに呟かれたリュビオの言葉にあの時は確かにと頷いた。

何時だってラニはライモンドの前ではとても安心しきった様子で、心を預けているように見えた。

特に合宿後からはライモンドを前にしたラニは以前よりもキラキラして見えて……。

『恋のひとつでもしてみろ。あれは化るぞ。…もう既にその片鱗はででるのだろう?』



涙に濡れる深海のように深く青い瞳は後悔と悲しみに暮れつつも一点にここにはいないあの人を見つめてる。
しかし、その瞳にその人物は映る事なく、寂しそうに長い睫毛が白い肌に陰を落とす。
その姿は切なげで儚くて…。

まるで夜会の日にエレンが歌った人魚のようで……。

ー ああ。そうか、お前は……


胸の辺りが苦しくなる。
目頭がどうしようもなく熱くなり、感情が溢れないように口を強く結ぶ。

「なんで…皇子が泣いてるの?」

心配そうにこちらを見上げるラニの手が頰に触れる。
そんな事されれば、せっかく抑えていた感情なんて簡単に決壊してしまう。

「失恋ぐらいっ…させてやれ」

消えるくらいなら、最初から優しくなんてするな。
消えるのなら、いっそ、芽生え始めたその想いごと持って消えてしまえ。



「ラニ…」

流れてしまった涙を拭い、燻る感情ごとホットミルクで押し流し、決意を固める為に言葉を紡ぐ。

「もしもだ。お前と俺の婚約話が持ち上がってたとしたらお前はどうしたい?」

そう聞くと、ラニは一瞬、ポカンッとした表情を浮かべたが、すぐに調子を取り戻して何時ものように悪態をつく。

「丁重にお断り申すよ」

「本人の目の前で即答するな」

「………。だって、皇子が好きなのはエレンでしょ? 好きな人と婚約すべきだよ。僕で妥協しないでさ…」

キッパリとそう言い切るラニに思わず苦笑を浮かべて、ワシワシと頭を撫でる。

「そうだな。俺もお前なぞ、こっちからお断りだ」

「そうだよ。皇子となんて有り得ない」

「ああ、本当、有り得ないな。お前となんか。……なぁ、ラニ」

「何?」

「……俺はライモンドを捕まえて、取っちめる。説明なしに消えるのは無しだからな」

「…うん」

「泣き寝入りは無しだ。いいな?」

「うん」


少し元気を取り戻してきたラニを前に安心してため息を溢す。

少し染まった頰に、お子様から徐々に大人に向けて色付いていくその姿は艶やかで、見るものが見ればそそられるのだろう。


俺はラニを好いている。
愛していさえいる。

だが、その愛は友愛で、家族に向けるような情愛で、恋愛にはなり得ない。

掛け替えの無い大切な俺の弟で、友達なのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった

angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。 『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。 生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。 「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め 現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。 完結しました。

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。 続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』 かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、 転生した高校時代を経て、無事に大学生になった―― 恋人である藤崎颯斗と共に。 だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。 「付き合ってるけど、誰にも言っていない」 その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。 モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、 そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。 甘えたくても甘えられない―― そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。 過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。 今度こそ、言葉にする。 「好きだよ」って、ちゃんと。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜

隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。 目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。 同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります! 俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ! 重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ) 注意: 残酷な描写あり 表紙は力不足な自作イラスト 誤字脱字が多いです! お気に入り・感想ありがとうございます。 皆さんありがとうございました! BLランキング1位(2021/8/1 20:02) HOTランキング15位(2021/8/1 20:02) 他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00) ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。 いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!

神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。

篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。 

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

処理中です...