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第二章 ローレライとロバ耳王子と陰謀と
45、愛の形(フィルバート視点)
しおりを挟む「僕の…所為?」
ポタリッポタリッと銀の花が咲くその瞳から雫が落ちる。
あまりにも痛ましいその表情に言葉を失う。
フラフラと危ない足取りで立ち上がったと思ったら、今にも倒れそうになりながら何処かに飛び出そうとするので慌てて、ラニの身体を抱き留める。
「ラニ!? 」
「僕がっ…、僕が怖がったから? 違うっ…。僕が本当に怖かったのはあの獣で僕は! ……ぼくっ…はっ……」
「何が…何があった? 取り敢えず、落ち着いて…」
「離してよっ、皇子。先生にっ。先生に会わないと。本当にもう二度とッ…」
「……今行っても会えない。ライモンドは早朝に出て行ったそうだ。会いたいなら後で何処に行ったか聞けば…」
「やだ…。いやだよっ…、先生。僕を…、僕を置いてかない…で……」
まるで錯乱したように腕の中で暴れラニは泣き叫んだ。
コイツは割りかしすぐ泣く奴だった。
精神がお子ちゃまで、ちょっとでも悲しいとすぐ泣く。
でも、ここまで酷い泣き方をする奴じゃない。
何時だって、泣いてもすぐケロッとして興味が違う事に移っている。
泣き叫ぶ所など見た事がない。
尋常じゃない泣き方にどうしていいか分からない。
それでも分からないなりに背を撫でながら優しく包み込み、なんとか言葉を紡ぐ。
「大丈夫。大丈夫だ、ラニ。大丈夫だから」
大丈夫。なんて、何もまだ分かっていない癖に無責任な言葉を吐きながら壊れてしまわないように抱き留める。
「話しをしよう、ラニ。ゆっくりでいい。何があったのか。分かれば、俺に出来る事があるかもしれない。力になれるかもしれない」
本当に無責任な言葉だと思う。
それでも俺はシルビオや兄上達のように上手く出来ないから、そんな無責任な言葉でこの場を取り繕うしか出来ない。
ー 信じろっていう方が無理か
俺じゃ役不足かと泣きじゃくるラニをシルビオに預けようと腕を下ろし、離れようとした。
ギュッと俺より小さな手が俺の服を離さまいと握る。
胸元が涙で濡れ、元気のないロバ耳が首元をくすぐる。
体重を預けられ、重くなった身体に少しだけ嬉しさを感じて、もう一度、今度はその温もりが愛おしくて抱き締めた。
◇
フワフワと部屋に湯気が舞う。
やっと落ち着きを取り戻したラニがフーフーとホットミルクを息で冷やしながら口にする。
目元は赤く、まだ不安なのか、俺の服の裾をギュッと掴んだまま、身体をきちんと乾いたブランケットでぐるぐるに包み、安心を求めてる。
2人きりの部屋でホットミルクを飲みながらポツリポツリッとラニは昨日の夜にあった事をやっと話した。
昨日の夜、何処に行ったか。
そこで見たもの。
ライモンドが居なくなった理由。
その話はあまりにも現実味がなく、一瞬、耳を疑った。
しかし、ラニのあの荒れ方がそれを全て現実だと物語っている。
ー ライモンドが暗殺者?
そう言われても思い起こされるのはあの赤い瞳でラニに優しい眼差しを向ける姿。
こっちがヒヤヒヤするような揶揄い方でラニを構い、楽しそうに笑うあの表情。
あのライモンドは全て偽りだったのだろうか。
本当にラニの目の前で人を……。
「怖かったな…」
信じてた者に裏切られ、恐ろしい惨状を目の前にして、どれ程心に傷を負ったか。どれ程怖かったか。
傷付いて怖くてひとりで部屋で泣いていたラニを思うと胸の辺りが苦しくなる。
ラニは俺の言葉にコクリッと頷き、ギュッとマグカップを両手で握った。
「うん。怖かったんだ。怖がってたんだよ、ライモンド先生は」
しかし、返ってきた言葉は予想していたものとは違い、その表情は悲しみではなく、後悔の色に染まっていた。
「僕に知られた事が、僕に怯えられた事が怖くて。泣きそうな顔してたんだ。……だから、僕が声を掛けなきゃいけなかったんだ。声を掛けて、話しを聞かなきゃいけなかったんだ。それなのにっ……。先生と獣が重なって何もっ……出来なかったっ…」
だから、自分が情けなくて嫌で、どうしていいか分からず、部屋に籠城してた。
そうまた泣き出したラニを前に戸惑う。
何故、そうなる?
何故、自分の所為だと、裏切ったライモンドを庇うような事を……。
『あっ。ライモンド先生だっ』
ふと、4日前に見た光景が頭に浮かぶ。
皆んなで食事を食べ終え、授業に戻る為に歩いていた廊下。
その廊下の向こうにライモンドの姿が見え、ラニがパタパタと廊下を走っていく。
今日あった事や楽しかった事、身振り手振りを交えながらラニは楽しそうに話し続け、ライモンドは優しい表情で聞き続ける。
『まるで、親子みたいですね』
そう微笑ましそうに呟かれたリュビオの言葉にあの時は確かにと頷いた。
何時だってラニはライモンドの前ではとても安心しきった様子で、心を預けているように見えた。
特に合宿後からはライモンドを前にしたラニは以前よりもキラキラして見えて……。
『恋のひとつでもしてみろ。あれは化るぞ。…もう既にその片鱗はででるのだろう?』
涙に濡れる深海のように深く青い瞳は後悔と悲しみに暮れつつも一点にここにはいないあの人を見つめてる。
しかし、その瞳にその人物は映る事なく、寂しそうに長い睫毛が白い肌に陰を落とす。
その姿は切なげで儚くて…。
まるで夜会の日にエレンが歌った人魚のようで……。
ー ああ。そうか、お前は……
胸の辺りが苦しくなる。
目頭がどうしようもなく熱くなり、感情が溢れないように口を強く結ぶ。
「なんで…皇子が泣いてるの?」
心配そうにこちらを見上げるラニの手が頰に触れる。
そんな事されれば、せっかく抑えていた感情なんて簡単に決壊してしまう。
「失恋ぐらいっ…させてやれ」
消えるくらいなら、最初から優しくなんてするな。
消えるのなら、いっそ、芽生え始めたその想いごと持って消えてしまえ。
「ラニ…」
流れてしまった涙を拭い、燻る感情ごとホットミルクで押し流し、決意を固める為に言葉を紡ぐ。
「もしもだ。お前と俺の婚約話が持ち上がってたとしたらお前はどうしたい?」
そう聞くと、ラニは一瞬、ポカンッとした表情を浮かべたが、すぐに調子を取り戻して何時ものように悪態をつく。
「丁重にお断り申すよ」
「本人の目の前で即答するな」
「………。だって、皇子が好きなのはエレンでしょ? 好きな人と婚約すべきだよ。僕で妥協しないでさ…」
キッパリとそう言い切るラニに思わず苦笑を浮かべて、ワシワシと頭を撫でる。
「そうだな。俺もお前なぞ、こっちからお断りだ」
「そうだよ。皇子となんて有り得ない」
「ああ、本当、有り得ないな。お前となんか。……なぁ、ラニ」
「何?」
「……俺はライモンドを捕まえて、取っちめる。説明なしに消えるのは無しだからな」
「…うん」
「泣き寝入りは無しだ。いいな?」
「うん」
少し元気を取り戻してきたラニを前に安心してため息を溢す。
少し染まった頰に、お子様から徐々に大人に向けて色付いていくその姿は艶やかで、見るものが見ればそそられるのだろう。
俺はラニを好いている。
愛していさえいる。
だが、その愛は友愛で、家族に向けるような情愛で、恋愛にはなり得ない。
掛け替えの無い大切な俺の弟で、友達なのだから。
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