王子様の耳はロバの耳 〜 留学先はblゲームの世界でした 〜

きっせつ

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終章 ロバ耳王子と16歳と約束と

15、船乗りの歌

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バシャンッと水飛沫が上がり、噴水にエレンがダイブした。

エレンが転けた拍子に持って逃げようとした楽譜がひらひらと宙を舞う。
その楽譜を噴水に落ちないようにキャッチして、噴水に落ちたエレンに手を差し出す。

「まだ水遊びには早いよ」

そう僕の手を掴もうか掴むまいか考えてるエレンの手を掴んで、引き上げる。

本当にエレンはおっちょこちょいだ。
思わず苦笑を浮かべるとエレンは僕の顔をじっと見て、ぽそりっと呟く。

「そうだね。夏なら暑いからこの噴水で水浴びするには丁度いいよね…」

「そうなんだよね。でも、一回、ケニー達とここで水掛っこしたんだけど、先生に怒られちゃって」

そう呟いた言葉を拾って返すと、エレンは苦笑して「それは残念だね」と掴んだ僕の手を握り返した。

エレンはそのまま逃げる事をやめ、濡れたまま先程座っていた場所に座る。そんなエレンの隣にちょこんと座るとエレンは戸惑いがちに文献をチラリと見た。


「その歌は船乗りの歌って呼ばれてるよ」

「船乗りの歌…」

「うん。モアナでは船乗りがよく歌ってる歌。だから、船乗りの歌」

「そんな名前…、文献にはどこにも載ってなかった」

「その文献の著者の名前、モアナの人じゃないからじゃないかな。船乗りの歌は沖に出た船の上で歌うからモアナの漁船に乗らない限り聞く機会はないと思う。大体、《船乗りの歌》っていうのも船乗りが歌っているからそう言ってるだけ。この歌に名前はないよ」 

エレンからモアナ民謡という文献を借り、パラパラとページをめくる。
どの歌も宴や歓迎の時に歌われる歌ばかり。

きっとこの著者はモアナの旅行に来た人なのだろう。
モアナ民謡という割には子供の遊び歌などが記されてない。これじゃあ、陸で歌わない歌なんて書いてある訳がない。


「そっか。だから、どんなに歌詞の書いてある譜面を探しても見つからなかったんだ」

「そもそも誰も書き記してなんていないと思うよ。歌自体、耳で覚えるんだ。僕もよくお父さんの船に乗って聞いてたよ。全部、古モアナ語だから覚えにくいんだよねー」


漁に出かける父の船に乗って。
波は揺籠。ゆらゆらと優しく揺らされて、狭い船の中で猫のように身体を丸めてうとうとしながら聞く。僕にとっては子守唄。


「(私は陸で待ってます。闇夜の海でも、嵐の海でも、この声が届きますように、貴方の道標となりますように)」

久々に発した古モアナ語は発音が独特で舌がもつれそうだった。
昔はよく父の真似してまだ舌ったらずで拙い歌を口ずさんでいたなと笑みをこぼす。

歌えなくても歌詞を口にするだけでメロディが頭に浮かび、フンフンッと鼻歌を歌う。
チラリとエレンを見ると、エレンは何処か複雑そうな顔をしていた。

喜んでるのに喜んじゃいけないと自分を戒めるようなそんな複雑な顔。

「エレンはこの歌の歌詞が知りたいんでしょ?」

「……うん。だけど、ちょっと、怖いんだ。絶対に知りたいのに、ずっと憧れていたから憧れに手が届くのが怖い。まだ夢を見ていたいと思ってしまうんだ」

変だよね、とエレンは眉を下げまで切なげに笑う。
確かに変な話だ。そんなに知りたかった歌なのに知れる直前で躊躇うのか。
エレンはパシンッと自身の両頰を挟むように叩くと、まだ少し揺れる空色の瞳で僕を見つめた。

「教えてくれる? 俺に、歌の歌詞を」



エレンがメロディを口ずさむ。
その後に合わせて、僕が歌詞を添える。
その添えた歌詞とメロディをエレンはすり合わせ、僕の知る船乗りの歌の形になっていった。

歌が形になっていくたびにエレンは今にも泣きそうに幸せを噛み締めて、まるで繋ぎ止めるように僕の右手をエレンは握っていた。

「うん。僕が知ってる船乗りの歌だ」

歌として完成した頃には日差しでエレンの服も乾いていた。
絶唱して息が上がったエレンが急にホロホロと涙を流す。

感極まったかと、ワタワタ、慌てているとエレンがトンッと僕の胸に頭を預けた。


「ラニちゃんは…。歌わないんだね」

「僕は……、僕は家族以外の人前で歌えないんだ。発作を起こして倒れるから」

「そう…なんだ。それは何時から?」

「何時……」

……何時だろう。
何時の間にかに歌えなくなっていた。
でも、小さい頃は拙い歌でも恥ずかしげなく歌っていた。

何時から歌えなくなったんだろう。

ー あの高熱を出した後な気がする…

何故か父が嵐の海に連れ出すという暴挙に出たあの時。
4歳の時に高熱を出した以降から人前で歌う事をやめた気がする。

「多分、12年前」

そう言葉を返せばエレンは空色の目を見開いて、それから納得したように小さく呟いた。

「だから…、だから、聞こえなくなったんだね」
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