王子様の耳はロバの耳 〜 留学先はblゲームの世界でした 〜

きっせつ

文字の大きさ
102 / 119
終章 ロバ耳王子と16歳と約束と

25、既視感

しおりを挟む
傲岸不遜。
まさにその四字熟語が表したかのような男の太々しい顔に僕は顔を顰めた。

男は黒い髭を撫で、まるで品定めするようにその鷹のように鋭い鳶色の瞳で僕達を見やる。

その目にこれ以上エレンに晒したくなくて、エレンを隠すように抱き締める。すると、エレンは身体を震わせて、躊躇いがちに僕の背に腕を回した。

どう、逃げよう。
エレンをどう逃そうか。

逃げる算段を考えながら、ほぼ虚勢でファルハ王を睨む。
だが、ファルハ王の姿に既視感を覚えて、心音が嫌に早くなる。

ー おかしい

僕がファルハ王と面と向かって対峙したのは初めてな筈だ。
2年前に首脳会議の時に、フィルを馬鹿にされて物申したが、あれは去っていくファルハ王の馬車に向かってだったし、見たのだってフィルと言い合いをしていた後ろ姿くらいだ。顔なんか見た事ない。
それなのに僕はこの顔を知っている。


『ローレライを出せッ。あの女は俺のものだ』

『隠し立てするというのならば、皆殺しだ。貴様らの妻子を貴様らの前で辱め、家族もろともバラバラに肉を引き裂き、海の藻屑にしてやるッ』

まただ。
また、頭の中で知らない映像が再生される。
今より少し若いファルハ王がモアナの王宮で、僕の家族達に向けて酷い言葉を吐いている。
僕の家族を見る鳶色の瞳が獲物を探す捕食者のようにギラギラ光ってる。
あの三日月のように曲がった剣を振り回して、みんなを怖がらせてる。

その姿はまるで言葉の通じない獣そのもの。
まるで、夢の中に出てくる獣のようで……。



「ラニちゃん?」

エレンの声に意識がハッと現実に戻ってくる。
不安そうに僕を見つめるエレンの視線に僕はエレンに触れている自身の手が震えている事に気付く。

「…ハハハッ。貴様、よく見れば、12年前の生意気な餓鬼じゃないかッ。…よぅ、第一王子は元気か? それとも死んだか?」

ファルハ王が突然腹を抱えて笑い出し、何か言っている。
記憶の中で剣を振り回す若かりしファルハ王の笑い声と重なり、くらりっと意識が飛びそうになる。

頭が割れるように痛い。吐き気がする。
震えが…、震えが止まらない。

「ラニちゃん!! …アサドゥ様。ラニちゃんを元の場所へ帰してあげてください。お願いします。なんでも、何でもしますっ」

「何でもする…か。俺のローレライ。お前はいい声で囀るが、奉仕が下手だからなぁ?」

「覚えます。全部っ。全部、覚えます。だからっ…」

「ほう…。だがな、ローレライ。俺の部下の話だとお前が偽のローレライで、そこの餓鬼がローレライだそうなのだ。困ったものだ…」

「違っ!? 俺ですっ。俺がローレライです。ラニちゃんは関係ありません」

「…だ。そうだぞ」

「困りましたねぇ。本当に主人公様は健気なもので。現実だと本当に厄介ですね」

なんとかエレンを逃さないといけないのに、身体が全てを拒絶する。
勝手に意識を飛ばそうとするのを必死に耐えて現実に食い下がる中、グルグル眼鏡先輩の声が聞こえ、グルグル眼鏡先輩に意識を向けてなんとか気絶しないように保つ。

グルグル眼鏡先輩、いや、鳶色の瞳のお姉さんはファルハ王の前にかしずき、コチラを見てニンマリと笑う。

「昔にお話しましたでしょう? エレン・メローディアという男が貴方のローレライの名を騙り、貴方を破滅させようとすると。…アレは偽物です。全て、私が言った通りだったでしょ。時期も起こる出来事全て言い当ててきた私が言うのです。間違いありません」

「確かにお前の先見の力は本物だ。ルトゥフの離反も、レーヴ帝国の動きも全て言い当てたな」

「そうでしょうっ!」

「…だが、あの令嬢はこのエレン・メローディアこそがローレライだというのだ。実際に歌わせもしたが、俺のローレライ、そのものであった」

「それは…。そう、仕込まれているのですっ。貴方の命を12年前に狙っていたあの暗殺者にッ! あの男は貴方にローレライを渡さない為に四年も掛けて、偽のローレライを作り上げた。…2年前の首脳会議の夜会を思い出してください。貴方もあの2年前の歌声を聞いて、怒っていたではないですか」

ニンマリと笑う鳶色の瞳のお姉さんの額から汗が流れる。焦りの色が見える。

「ローレライの髪の色は銀。目の色は深く青い瞳。…エレンの瞳は空色で、髪は白金でしょう」

「あの日は嵐で暗く視界が悪かった。明るい色が暗く見えてもなんら、おかしくはないだろう」

「しかしっ…」

「なら、証拠を見せれば良いだろう? 簡単な話だ。俺のまでその歌を聞かせる。簡単だろう?」

ギリッと鳶色の瞳のお姉さんの歯軋りが、部屋に響き、蔑むような目でお姉さんは「歌え」と睨む。

ー 歌えば、エレンは助かる?

ローレライなんか正直、知らない。
母国ではただの船乗りの子供として、普通に育ってきた。誰も僕を神様扱いなんてした事はない。
でも、もし、歌ってエレンが助かるなら。

「待ってください。俺が、俺が本当にローレライなんです」 

「黙ってなさいっ! さぁ、歌えっ。貴方はこのエレンの状況を見ても、心が痛まないんのですか? エレンを犠牲に生きてのうのうと生きていくのですか?」


フッと深く息を吸う。
声帯を震わせて、口を大きく開けて、あの歌を歌おうとした。

「ッ! ッッッ!!!」

なのに音が歌になる前に霧散して、この口は息しか吐こうとしない。

歌わなきゃいけない。
歌わないと。

そう思うのに、呼吸がうまく出来なくなり、うずくまる。

「過呼吸…。ラニちゃんッ! ラニちゃんッ、ゆっくり息を吸って」

「卑怯者ッ! この期に及んで、まだ逃げるのか!!」

「ハッ! これがローレライか? 俺のローレライはこのような腰抜けでは無かったぞ」

「お待ちくださいっ。今、今歌わせます」

「クドい。俺の手を余計な事で煩わせるな。駒如きが俺の決定に口出しするな」


剣を抜く音が聞こえる。
ファルハ王がお姉さんに向けて剣を振りあげる姿が視界に入る。

命を奪う白刃がギラリッと照明の灯りを受けて光り、記憶の中で第一王子伯父さんが叫ぶ声がした。

『ラニッ! 危ないッ!!』


その声が聞こえたと同時に勝手に身体が動いていた。
頭で考えるより先に、ファルハ王の身体を掴んでいた。

「餓鬼がっ! 12年前の時のように、またしゃしゃり出てくるかっ!!」

ファルハ王の肘が容赦なく、僕の頭や頬を殴る。
痛い。口の中が切れた。でも、離したらまた血に染まる。
また第一王子伯父さんが斬られちゃう。

「やめて。斬らないで。なんで、そんな事するの?」

「貴様はまた俺に指図するかッ。愚鈍の癖に、斬られた第一王子の前で泣き叫ぶ事しか出来なかった弱者の癖にッ」

ロバ耳を乱暴に掴まれ、引っ張られる。
痛い。痛い。でも、離したら斬られちゃう。
痛みで幼少期の記憶から現実に戻ってきて、斬られそうなのが第一王子伯父さんじゃなかったけど、それでも嫌なものを嫌だ。

「離さない。斬らせない」

「このクソ餓鬼」

ロバ耳が上に引っ張られ、身体が少し浮き、爪先立ちになる。
痛みに涙が、滲むと、ファルハ王は僕のロバ耳をさらに引っ張り、嘲った。

「獣の耳。この餓鬼、獣の耳が生えているぞ。人から畜生に成り下がったか餓鬼。ならば、畜生にお似合いの末路を辿らせてやろう」

「やめろーーッ!!!」

ファルハ王は僕の腹に剣を滑らそうとした。
しかし、エレンの声はファルハ王の動きを止めた。

気付けば、エレンは部屋にあった瓶を割り、その破片を自身の喉元に当てていて、その空色の瞳は血走っている。

「ラニちゃんを元の場所に返せ。これ以上ラニちゃんを害すなら俺は喉を掻っ切る」

首に当てた破片を当てた部分からぷつりっと赤い雫が膨れ上がっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった

angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。 『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。 生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。 「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め 現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。 完結しました。

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。 続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』 かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、 転生した高校時代を経て、無事に大学生になった―― 恋人である藤崎颯斗と共に。 だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。 「付き合ってるけど、誰にも言っていない」 その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。 モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、 そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。 甘えたくても甘えられない―― そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。 過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。 今度こそ、言葉にする。 「好きだよ」って、ちゃんと。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。

篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。 

転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜

隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。 目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。 同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります! 俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ! 重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ) 注意: 残酷な描写あり 表紙は力不足な自作イラスト 誤字脱字が多いです! お気に入り・感想ありがとうございます。 皆さんありがとうございました! BLランキング1位(2021/8/1 20:02) HOTランキング15位(2021/8/1 20:02) 他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00) ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。 いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

処理中です...