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終章 ロバ耳王子と16歳と約束と
25、既視感
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傲岸不遜。
まさにその四字熟語が表したかのような男の太々しい顔に僕は顔を顰めた。
男は黒い髭を撫で、まるで品定めするようにその鷹のように鋭い鳶色の瞳で僕達を見やる。
その目にこれ以上エレンに晒したくなくて、エレンを隠すように抱き締める。すると、エレンは身体を震わせて、躊躇いがちに僕の背に腕を回した。
どう、逃げよう。
エレンをどう逃そうか。
逃げる算段を考えながら、ほぼ虚勢でファルハ王を睨む。
だが、ファルハ王の姿に既視感を覚えて、心音が嫌に早くなる。
ー おかしい
僕がファルハ王と面と向かって対峙したのは初めてな筈だ。
2年前に首脳会議の時に、フィルを馬鹿にされて物申したが、あれは去っていくファルハ王の馬車に向かってだったし、見たのだってフィルと言い合いをしていた後ろ姿くらいだ。顔なんか見た事ない。
それなのに僕はこの顔を知っている。
『ローレライを出せッ。あの女は俺のものだ』
『隠し立てするというのならば、皆殺しだ。貴様らの妻子を貴様らの前で辱め、家族もろともバラバラに肉を引き裂き、海の藻屑にしてやるッ』
まただ。
また、頭の中で知らない映像が再生される。
今より少し若いファルハ王がモアナの王宮で、僕の家族達に向けて酷い言葉を吐いている。
僕の家族を見る鳶色の瞳が獲物を探す捕食者のようにギラギラ光ってる。
あの三日月のように曲がった剣を振り回して、みんなを怖がらせてる。
その姿はまるで言葉の通じない獣そのもの。
まるで、夢の中に出てくる獣のようで……。
「ラニちゃん?」
エレンの声に意識がハッと現実に戻ってくる。
不安そうに僕を見つめるエレンの視線に僕はエレンに触れている自身の手が震えている事に気付く。
「…ハハハッ。貴様、よく見れば、12年前の生意気な餓鬼じゃないかッ。…よぅ、第一王子は元気か? それとも死んだか?」
ファルハ王が突然腹を抱えて笑い出し、何か言っている。
記憶の中で剣を振り回す若かりしファルハ王の笑い声と重なり、くらりっと意識が飛びそうになる。
頭が割れるように痛い。吐き気がする。
震えが…、震えが止まらない。
「ラニちゃん!! …アサドゥ様。ラニちゃんを元の場所へ帰してあげてください。お願いします。なんでも、何でもしますっ」
「何でもする…か。俺のローレライ。お前はいい声で囀るが、奉仕が下手だからなぁ?」
「覚えます。全部っ。全部、覚えます。だからっ…」
「ほう…。だがな、ローレライ。俺の部下の話だとお前が偽のローレライで、そこの餓鬼がローレライだそうなのだ。困ったものだ…」
「違っ!? 俺ですっ。俺がローレライです。ラニちゃんは関係ありません」
「…だ。そうだぞ」
「困りましたねぇ。本当に主人公様は健気なもので。現実だと本当に厄介ですね」
なんとかエレンを逃さないといけないのに、身体が全てを拒絶する。
勝手に意識を飛ばそうとするのを必死に耐えて現実に食い下がる中、グルグル眼鏡先輩の声が聞こえ、グルグル眼鏡先輩に意識を向けてなんとか気絶しないように保つ。
グルグル眼鏡先輩、いや、鳶色の瞳のお姉さんはファルハ王の前にかしずき、コチラを見てニンマリと笑う。
「昔にお話しましたでしょう? エレン・メローディアという男が貴方のローレライの名を騙り、貴方を破滅させようとすると。…アレは偽物です。全て、私が言った通りだったでしょ。時期も起こる出来事全て言い当ててきた私が言うのです。間違いありません」
「確かにお前の先見の力は本物だ。ルトゥフの離反も、レーヴ帝国の動きも全て言い当てたな」
「そうでしょうっ!」
「…だが、あの令嬢はこのエレン・メローディアこそがローレライだというのだ。実際に歌わせもしたが、俺のローレライ、そのものであった」
「それは…。そう、仕込まれているのですっ。貴方の命を12年前に狙っていたあの暗殺者にッ! あの男は貴方にローレライを渡さない為に四年も掛けて、偽のローレライを作り上げた。…2年前の首脳会議の夜会を思い出してください。貴方もあの2年前の歌声を聞いて、怒っていたではないですか」
ニンマリと笑う鳶色の瞳のお姉さんの額から汗が流れる。焦りの色が見える。
「ローレライの髪の色は銀。目の色は深く青い瞳。…エレンの瞳は空色で、髪は白金でしょう」
「あの日は嵐で暗く視界が悪かった。明るい色が暗く見えてもなんら、おかしくはないだろう」
「しかしっ…」
「なら、証拠を見せれば良いだろう? 簡単な話だ。俺のまでその歌を聞かせる。簡単だろう?」
ギリッと鳶色の瞳のお姉さんの歯軋りが、部屋に響き、蔑むような目でお姉さんは「歌え」と睨む。
ー 歌えば、エレンは助かる?
ローレライなんか正直、知らない。
母国ではただの船乗りの子供として、普通に育ってきた。誰も僕を神様扱いなんてした事はない。
でも、もし、歌ってエレンが助かるなら。
「待ってください。俺が、俺が本当にローレライなんです」
「黙ってなさいっ! さぁ、歌えっ。貴方はこのエレンの状況を見ても、心が痛まないんのですか? エレンを犠牲に生きてのうのうと生きていくのですか?」
フッと深く息を吸う。
声帯を震わせて、口を大きく開けて、あの歌を歌おうとした。
「ッ! ッッッ!!!」
なのに音が歌になる前に霧散して、この口は息しか吐こうとしない。
歌わなきゃいけない。
歌わないと。
そう思うのに、呼吸がうまく出来なくなり、うずくまる。
「過呼吸…。ラニちゃんッ! ラニちゃんッ、ゆっくり息を吸って」
「卑怯者ッ! この期に及んで、まだ逃げるのか!!」
「ハッ! これがローレライか? 俺のローレライはこのような腰抜けでは無かったぞ」
「お待ちくださいっ。今、今歌わせます」
「クドい。俺の手を余計な事で煩わせるな。駒如きが俺の決定に口出しするな」
剣を抜く音が聞こえる。
ファルハ王がお姉さんに向けて剣を振りあげる姿が視界に入る。
命を奪う白刃がギラリッと照明の灯りを受けて光り、記憶の中で第一王子が叫ぶ声がした。
『ラニッ! 危ないッ!!』
その声が聞こえたと同時に勝手に身体が動いていた。
頭で考えるより先に、ファルハ王の身体を掴んでいた。
「餓鬼がっ! 12年前の時のように、またしゃしゃり出てくるかっ!!」
ファルハ王の肘が容赦なく、僕の頭や頬を殴る。
痛い。口の中が切れた。でも、離したらまた血に染まる。
また第一王子が斬られちゃう。
「やめて。斬らないで。なんで、そんな事するの?」
「貴様はまた俺に指図するかッ。愚鈍の癖に、斬られた第一王子の前で泣き叫ぶ事しか出来なかった弱者の癖にッ」
ロバ耳を乱暴に掴まれ、引っ張られる。
痛い。痛い。でも、離したら斬られちゃう。
痛みで幼少期の記憶から現実に戻ってきて、斬られそうなのが第一王子じゃなかったけど、それでも嫌なものを嫌だ。
「離さない。斬らせない」
「このクソ餓鬼」
ロバ耳が上に引っ張られ、身体が少し浮き、爪先立ちになる。
痛みに涙が、滲むと、ファルハ王は僕のロバ耳をさらに引っ張り、嘲った。
「獣の耳。この餓鬼、獣の耳が生えているぞ。人から畜生に成り下がったか餓鬼。ならば、畜生にお似合いの末路を辿らせてやろう」
「やめろーーッ!!!」
ファルハ王は僕の腹に剣を滑らそうとした。
しかし、エレンの声はファルハ王の動きを止めた。
気付けば、エレンは部屋にあった瓶を割り、その破片を自身の喉元に当てていて、その空色の瞳は血走っている。
「ラニちゃんを元の場所に返せ。これ以上ラニちゃんを害すなら俺は喉を掻っ切る」
首に当てた破片を当てた部分からぷつりっと赤い雫が膨れ上がっていた。
まさにその四字熟語が表したかのような男の太々しい顔に僕は顔を顰めた。
男は黒い髭を撫で、まるで品定めするようにその鷹のように鋭い鳶色の瞳で僕達を見やる。
その目にこれ以上エレンに晒したくなくて、エレンを隠すように抱き締める。すると、エレンは身体を震わせて、躊躇いがちに僕の背に腕を回した。
どう、逃げよう。
エレンをどう逃そうか。
逃げる算段を考えながら、ほぼ虚勢でファルハ王を睨む。
だが、ファルハ王の姿に既視感を覚えて、心音が嫌に早くなる。
ー おかしい
僕がファルハ王と面と向かって対峙したのは初めてな筈だ。
2年前に首脳会議の時に、フィルを馬鹿にされて物申したが、あれは去っていくファルハ王の馬車に向かってだったし、見たのだってフィルと言い合いをしていた後ろ姿くらいだ。顔なんか見た事ない。
それなのに僕はこの顔を知っている。
『ローレライを出せッ。あの女は俺のものだ』
『隠し立てするというのならば、皆殺しだ。貴様らの妻子を貴様らの前で辱め、家族もろともバラバラに肉を引き裂き、海の藻屑にしてやるッ』
まただ。
また、頭の中で知らない映像が再生される。
今より少し若いファルハ王がモアナの王宮で、僕の家族達に向けて酷い言葉を吐いている。
僕の家族を見る鳶色の瞳が獲物を探す捕食者のようにギラギラ光ってる。
あの三日月のように曲がった剣を振り回して、みんなを怖がらせてる。
その姿はまるで言葉の通じない獣そのもの。
まるで、夢の中に出てくる獣のようで……。
「ラニちゃん?」
エレンの声に意識がハッと現実に戻ってくる。
不安そうに僕を見つめるエレンの視線に僕はエレンに触れている自身の手が震えている事に気付く。
「…ハハハッ。貴様、よく見れば、12年前の生意気な餓鬼じゃないかッ。…よぅ、第一王子は元気か? それとも死んだか?」
ファルハ王が突然腹を抱えて笑い出し、何か言っている。
記憶の中で剣を振り回す若かりしファルハ王の笑い声と重なり、くらりっと意識が飛びそうになる。
頭が割れるように痛い。吐き気がする。
震えが…、震えが止まらない。
「ラニちゃん!! …アサドゥ様。ラニちゃんを元の場所へ帰してあげてください。お願いします。なんでも、何でもしますっ」
「何でもする…か。俺のローレライ。お前はいい声で囀るが、奉仕が下手だからなぁ?」
「覚えます。全部っ。全部、覚えます。だからっ…」
「ほう…。だがな、ローレライ。俺の部下の話だとお前が偽のローレライで、そこの餓鬼がローレライだそうなのだ。困ったものだ…」
「違っ!? 俺ですっ。俺がローレライです。ラニちゃんは関係ありません」
「…だ。そうだぞ」
「困りましたねぇ。本当に主人公様は健気なもので。現実だと本当に厄介ですね」
なんとかエレンを逃さないといけないのに、身体が全てを拒絶する。
勝手に意識を飛ばそうとするのを必死に耐えて現実に食い下がる中、グルグル眼鏡先輩の声が聞こえ、グルグル眼鏡先輩に意識を向けてなんとか気絶しないように保つ。
グルグル眼鏡先輩、いや、鳶色の瞳のお姉さんはファルハ王の前にかしずき、コチラを見てニンマリと笑う。
「昔にお話しましたでしょう? エレン・メローディアという男が貴方のローレライの名を騙り、貴方を破滅させようとすると。…アレは偽物です。全て、私が言った通りだったでしょ。時期も起こる出来事全て言い当ててきた私が言うのです。間違いありません」
「確かにお前の先見の力は本物だ。ルトゥフの離反も、レーヴ帝国の動きも全て言い当てたな」
「そうでしょうっ!」
「…だが、あの令嬢はこのエレン・メローディアこそがローレライだというのだ。実際に歌わせもしたが、俺のローレライ、そのものであった」
「それは…。そう、仕込まれているのですっ。貴方の命を12年前に狙っていたあの暗殺者にッ! あの男は貴方にローレライを渡さない為に四年も掛けて、偽のローレライを作り上げた。…2年前の首脳会議の夜会を思い出してください。貴方もあの2年前の歌声を聞いて、怒っていたではないですか」
ニンマリと笑う鳶色の瞳のお姉さんの額から汗が流れる。焦りの色が見える。
「ローレライの髪の色は銀。目の色は深く青い瞳。…エレンの瞳は空色で、髪は白金でしょう」
「あの日は嵐で暗く視界が悪かった。明るい色が暗く見えてもなんら、おかしくはないだろう」
「しかしっ…」
「なら、証拠を見せれば良いだろう? 簡単な話だ。俺のまでその歌を聞かせる。簡単だろう?」
ギリッと鳶色の瞳のお姉さんの歯軋りが、部屋に響き、蔑むような目でお姉さんは「歌え」と睨む。
ー 歌えば、エレンは助かる?
ローレライなんか正直、知らない。
母国ではただの船乗りの子供として、普通に育ってきた。誰も僕を神様扱いなんてした事はない。
でも、もし、歌ってエレンが助かるなら。
「待ってください。俺が、俺が本当にローレライなんです」
「黙ってなさいっ! さぁ、歌えっ。貴方はこのエレンの状況を見ても、心が痛まないんのですか? エレンを犠牲に生きてのうのうと生きていくのですか?」
フッと深く息を吸う。
声帯を震わせて、口を大きく開けて、あの歌を歌おうとした。
「ッ! ッッッ!!!」
なのに音が歌になる前に霧散して、この口は息しか吐こうとしない。
歌わなきゃいけない。
歌わないと。
そう思うのに、呼吸がうまく出来なくなり、うずくまる。
「過呼吸…。ラニちゃんッ! ラニちゃんッ、ゆっくり息を吸って」
「卑怯者ッ! この期に及んで、まだ逃げるのか!!」
「ハッ! これがローレライか? 俺のローレライはこのような腰抜けでは無かったぞ」
「お待ちくださいっ。今、今歌わせます」
「クドい。俺の手を余計な事で煩わせるな。駒如きが俺の決定に口出しするな」
剣を抜く音が聞こえる。
ファルハ王がお姉さんに向けて剣を振りあげる姿が視界に入る。
命を奪う白刃がギラリッと照明の灯りを受けて光り、記憶の中で第一王子が叫ぶ声がした。
『ラニッ! 危ないッ!!』
その声が聞こえたと同時に勝手に身体が動いていた。
頭で考えるより先に、ファルハ王の身体を掴んでいた。
「餓鬼がっ! 12年前の時のように、またしゃしゃり出てくるかっ!!」
ファルハ王の肘が容赦なく、僕の頭や頬を殴る。
痛い。口の中が切れた。でも、離したらまた血に染まる。
また第一王子が斬られちゃう。
「やめて。斬らないで。なんで、そんな事するの?」
「貴様はまた俺に指図するかッ。愚鈍の癖に、斬られた第一王子の前で泣き叫ぶ事しか出来なかった弱者の癖にッ」
ロバ耳を乱暴に掴まれ、引っ張られる。
痛い。痛い。でも、離したら斬られちゃう。
痛みで幼少期の記憶から現実に戻ってきて、斬られそうなのが第一王子じゃなかったけど、それでも嫌なものを嫌だ。
「離さない。斬らせない」
「このクソ餓鬼」
ロバ耳が上に引っ張られ、身体が少し浮き、爪先立ちになる。
痛みに涙が、滲むと、ファルハ王は僕のロバ耳をさらに引っ張り、嘲った。
「獣の耳。この餓鬼、獣の耳が生えているぞ。人から畜生に成り下がったか餓鬼。ならば、畜生にお似合いの末路を辿らせてやろう」
「やめろーーッ!!!」
ファルハ王は僕の腹に剣を滑らそうとした。
しかし、エレンの声はファルハ王の動きを止めた。
気付けば、エレンは部屋にあった瓶を割り、その破片を自身の喉元に当てていて、その空色の瞳は血走っている。
「ラニちゃんを元の場所に返せ。これ以上ラニちゃんを害すなら俺は喉を掻っ切る」
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