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終章 ロバ耳王子と16歳と約束と
27、全部あげる
しおりを挟むキンッと剣と剣が迫合い、火花が散る。
「その赤い瞳、12年前の暗殺者の小僧か」
「………」
「先見の予言通り、まだ懲りずに俺を狙っていたか」
ライモンド先生はファルハ王の剣を短剣でいなし、僕を片手で抱き上げて、後ろへ飛ぶ。
「ライモンド先生?」
その名を呼ぶとライモンド先生はチラリとボロボロな僕を見て、顔を顰めた。
短剣をファルハ王に向けて投げると、僕を抱き上げて走り出す。
「待って! 先生ッ。エレンがまだ」
タンッとデッキの手すりを踏み越え、ライモンド先生は僕を抱いたまま海へと飛び込んだ。
◇
パチパチと暖炉の火が爆ぜる音がする。
優しく頰を撫でられて、ふわふわと意識が浮上する。
その手に触れたくて手を伸ばそうとするが、両手がタオルで縛られていて、動かせない。
「先生?」
目の前のライモンド先生はベッドに腰掛けて、その手は優しく撫でるが、その表情は冷たい。
「ラニ。君をモアナ大王の下へ送る」
「じいちゃんのとこ? エレンはどうなるの? エレンをあのままにして、いけないよ。エレンは僕の所為であんな酷い目にあってるんでしょ。僕があのオジサンが探してるローレライなんでしょ?」
エレンを逃しに戻るからと、タオルを外そうとするが、そんな僕の手を片手でベッドに縫い付けて、僕の上に跨る。
「戻ってどうするの?」
「どうするって…」
「まさか、自分がローレライだとでも馬鹿正直に言うつもり? あの男に身を捧げて、エレンを解放するように交渉でもするつもりか」
「違っ…、んっ…、んんっ!?」
反論しようとするが、唇が重なり、反論の言葉ごと飲み込まれる。
ライモンド先生の舌が開けた口の中にするりと滑り込み、ファルハ王に殴られた時にできた傷をなぞり、傷口を隠そうとした舌をジュルルッと吸われる。
長く続くまるで嬲るような乱暴なキスに、苦しくて暴れるが、それすらも簡単にいなし、口内を嬲り続ける。
酸欠になり、くたりっと体から力が抜けると、やっと唇が離れ、身体が酸素を求めて、必死に息を吸う。
「俺はアイツにくれてやる為に12年間も守っていたんじゃないッ」
生理的な涙で滲む視界にこちらを睨む夕陽色の瞳が潤んで見えた。
苦しそうに言葉を吐き出すライモンド先生は、自嘲を浮かべて、まだ息の整わない僕の服を裂く。
「アイツにくれてやるくらいなら、俺が奪ってやる。奪って、拐って、誰にも見つからないように監禁して、俺だけを見るように調教して、一生……、嫌われ続けても離さないっ」
ポタリッポタリッと露わになった僕の胸の上に涙が伝う。
今、自嘲気味にすっごい独占欲丸出しな事を言われた気がする。
監禁とか調教とか、例の大魔王が言いそうな不穏な言葉も聞こえた気がするが、気のせいかな?
いや、そもそも……。
「なんで嫌われる設定なの?」
そう問えば、また自身は穢れてるやら汚いからという、何処かで聞いたような言葉がその口から出てきてちょっとイラッとする。
エレンもそうだが、一体僕をなんだと思ってるんだ。
先生も僕をお綺麗な存在にして、僕を蚊帳の外ですか。へぇ、そうですか。
しかも、僕が2年間必死に先生を探し続けて捕まえようとした努力は伝わってないと。へぇ……。
ー どいつもこいつも…
僕の知らないところで勝手に僕の為と決めつけて、僕を置いていなくなってしまう。
一言も説明もしないで勝手に話を進めてる。
「先生はエレンを僕の身代わりにする為に、学園で先生としてエレンを歌い手として育ててたの? エレンを犠牲にして僕の人生を守ろうとしたの?」
そう問えば、先生は下を向いて、大人しく僕の言葉を待っていた。
この人は僕が罵るとでも思ってるんだろうか。
僕が先生、一人に罪を被せて怒るとでも思ってるんだろうか。
「僕の所為でしょ」
随分と拗ねた言い方だと自身でも思う。
でも、僕だって余裕がない。
「全部。僕の所為だ」
思い出すのはグルグル眼鏡先輩の言葉とこの物語の内容。
エレンはローレライに憧れて、ローレライに近付く為にミューズ学園に転入してきて、最後には必ずローレライを求めるラスボスのファルハ王と対峙する。
『卑怯者』
この物語自体が、エレンがローレライの身代わりとしてローレライの代わりに苦難に立ち向かうという、醜悪で最悪なストーリー。
ー 最低だ
成程ね。だから、僕が卑怯者。
僕がエレンに全て押し付けるから。
自分の手すら汚さずに。
ー …で、何故。それを最初に言わない?
おそらく、グルグル眼鏡先輩は僕がローレライと分かっていて近付いた。
なら、そんな後でグダグダ言うなら最初から物申してくれてもいいじゃないか。
そしたら最初から物語自体ぶっ壊してやったというのに!!
沸々と湧き上がる怒りが原動力になる。
目の前のライモンド先生が悲痛な顔すらちょっと、目に入らない程のフラストレーション。
「違う。ラニ…。これは俺が勝手にやった事でラニの所為じゃ…」
「先生は誰に雇われてるの? じいちゃん。それとも第一王子さん?」
「……第一王子…、レヴァさんだ。12年前から一応、レヴァさんに雇われてはいる」
「じゃあ。僕が先生を雇う」
「……は?」
先生が珍しくポカンッとした表情で固まる。
そんな先生の首に縛られた腕を掛け、引き寄せて、チュッとキスをする。
してやったりと満足げに笑うと、悲痛な顔を浮かべていた先生がブワリッと顔を真っ赤にする。
「僕の依頼はエレンを助けるのを手伝う事。いい? 勝手に動くのは無し。僕に相談してから動かなきゃダメなんだよ? でね、報酬は…」
報酬の話を出し掛けて、ちょっと言うのが躊躇われ、口籠る。
自信過剰にも程があるなと、羞恥に駆られながらも、あげられるものがこれしかないので恥をしのんで、言葉を紡ぐ。
「僕をあげる。身も心も僕のこれからの人生も全て先生にあげる」
誘拐でも監禁でも何でもすればいい。
この時の僕は半ば投げやりだった。
生き急いでいた。
その数分後、僕はすぐにこの言葉を後悔することになるんだ。
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