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終章 ロバ耳王子と16歳と約束と
30、女神と暗殺者(???視点)
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ザァザァと大雨が降り、大風が船の帆を破り、荒波が船を大きく揺らす。
この船はもう沈むなと肌で感じつつ、その右手に隠し持っていた暗器を握る。
ターゲットの男は買い漁った奴隷の味見を終え、ベッドの上で、寝息を立てている。
その味見した奴隷に暗殺者が紛れ込んでいるなど露程も思ってないのだろう。
暗殺の為の使い捨ての刃として生きてきたその少年にとって、自身の身体は道具。
人の命も自身の命も紙屑ほどの価値も持たなかった。
目的のためには手段は選ばない。
確実にターゲットとの命を刈り取る。
万が一にも生き残る事のないように確実に。
ー 沈む前に仕留めないと
ターゲットにバレぬように気配を消し、暗記を振り上げた。
ギィイイッ!!!
しかし、タイミング悪く船が大きく傾く。
ターゲットの男、ファルハ王が目を覚まし、瞬時に枕元の剣を取ろうとするが、船は更に傾き、取ろうとした剣もベッドも家具も全て、傾く方向に流される。
船はまさにその時を迎えていた。
ほぼ垂直になった船内で少年は時間が幾ばくもない事を悟り、ベッドと共に流されていくファルハ王の心臓を狙うが、激しい音共に海水が雪崩れ込む。
全てを破壊し、全てを押し流し、全てを飲み込む。
荒れ狂う海を前に善人も悪人身分も関係なく。
冷たい海水に包まれて、気付けば船の残骸に捕まり、荒波に揉まれていた。
荒れた海でただ死を待つのみ。
その時でさえ、少年は自身の死に何ら感慨も湧かなかった。
おそらく、生まれた時から少年の心臓は凍っていた。
少年はまだこの時、人でありながら人ですらなかった。
生きた武器として、そのまま水底に沈む筈だった。
「(私は陸で待ってます。闇夜の海でも、嵐の海でも、この声が届きますように、貴方の道標となりますように)」
聞いた事のない美しい調べが風に乗り、波に乗り、聞こえた。
踊るように跳ねるように響く希望の歌に絶望も死の恐怖さえ掻き消して、海で死を待ち漂う者達の心を目を奪う。
「(波は友達。風は家族。きっと貴方を私の元へと届けてくれる。ともに流れゆき、貴方の背を力強く押して。貴方を助けてくれる。恐れないで。きっと、大丈夫。この声を辿って。私のこの歌声を)」
歌声を辿ると、そこには女神様がいた。
ヒラヒラと純白のヴェールが風に靡く。
そこに居たのはヴェールを纏った銀糸の髪の女神様。
銀糸の髪を冷たい雨でしっとりと濡れ、真珠のように白い肌に張り付く、それすらも艶やかで、長いまつ毛の奥から覗くサファイアの瞳は嵐の中でも煌めく。
幼い顔で聖母のように慈愛の笑みを浮かべて、小舟の船首から手を差し伸べるように愛らしい小さな口で希望を紡ぐその姿は神々しく見えた。
「居たんだ。神様って…」
使い捨ての刃として、もう両手じゃ数えきれない程の命を刈り取って生きてきた少年が初めて出会った小さな女神様。
今まで神の存在なんて信じていなかったというのに自然と口からついて出た。
ついに力尽きて、海底に身体が引っ張られる中、少年の言葉に女神様が振り向いた。
ザブンッと水中で誰かが飛び込む音がして、女神様の小さな手が少年の手を掴んだ。
◇
ザザザーンッ…。ザザン…。
穏やかな波の音が聞こえる。
ココナッツのふんわりと甘い香りがして、潮風が優しく頰を撫でる。
日除け幕で柔らかくなった日差しが優しく少年を照らし、その温かさにゆっくりと瞼を開ける。
まだ機能してない頭でぼんやりと天井を見て、寝返りを打つとサラサラしたものがと肌に触れる。
まだピントの合ってない目を凝らして、固まる。
すぅすぅと寝息を立てて嵐の中で見た女神が幸せそうな寝顔を浮かべて隣で寝ていた。
まだ自身は幻でも見ているのか?
恐る恐る女神の頰に触れると、女神は長いまつ毛の下からそのサファイア色の瞳を覗かせた。
近くで見たサファイア色の瞳は中に銀の花が咲いていて、今まで見た事のないその色合いに目が離せなくなる。
とろんっと眠そうな顔で女神は頰に当てられた少年の手を握る。
「おはよう。お兄さん」
そう元気に挨拶をすると、花咲くような笑みを浮かべて、少年の手を抱き寄せると、ふわっと欠伸して、うとうとと船を漕ぐ。
「お兄さんは怪我人だからまだ寝てなきゃダメなんだよー。だから僕とお昼寝なの」
そう少年に注意すると女神は少年の手を抱いたまま、すぅすぅと寝息を立ててお昼寝を再開した。
「ただの子供…」
あの嵐の中での神々しさは薄れた女神を前に少年は状況が飲み込めず、首を傾げた。
◇
「あーっ! ダメなんだよっ。ねてなきゃ」
あの嵐での神々しさが嘘かのように消えた女神が寝所を抜け出した少年を叱る。
グイグイと少年を引っ張って寝所に戻そうとするが、少年は女神の力ではびくともせず、その上、帰ろうとしないので女神は大いに拗ねる。
女神の名はラニ。
船が沈んだ魔の海域の近くにある国、モアナ王国に住む漁師の息子。
女神は生物学上、男だった。
「僕がお兄さんの背中を洗ってあげるんだ!」と、ノックもなしにシャワー室に入ってきた時は流石の少年も目を白黒させた。
ラニは人懐っこい性格で好奇心旺盛。
少年の世話係を自らかって出たラニは少年が何処に行こうとしてもパタパタとついて周り、ずっと話し掛けてくる。
「ライはなんでおねんねが嫌なの!?」
やたらめったら少年のことを知りたがるので、しょうがないので少年は、ラニに潜入の為に使っている奴隷のライという名を教えた。
だが……。
「暗殺者はおねんね嫌いなの?」
何故かラニを含め、モアナ王国の人間に自身が暗殺者だとバレている。
何故知ってるのか? 海に落ちた者はモアナ王国が助け、保護している。
その中で、唯一己を暗殺者だと知っているのはファルハ王。あの男からモアナの人間に情報が漏れたのではと最初は思った。だが、……。
『なんだい、暗殺者のお兄ちゃん。…え? ふぁ、ファルハ王? ……?? あっ! あの怖い顔のお兄さんか!! なぁ!!』
『あー! あの、まだ目を覚まさない怖い人かー』
どうやら、ファルハ王はまだ意識を取り戻していないようで、ラニの伯父さん達だと名乗るラニと同じ色合いの男達はそもそもファルハ王がファルハ王だという事も認識していなかった。
しかも、とてもノリが軽い。
王相手にもそうだが、暗殺者だと分かった上で、肩に気軽に腕を回しながら、「興味津々です」と、言わんばかりの顔で少年の話を聞きたがる。
それがとても不可解だが、それよりも少年にはやるべき事があった。
ー 任務は継続
まだファルハ王は目を覚ましていない。
暗殺は失敗に終わったが、任務は成功させなけれならない。
少年はファルハ王を探す為、ラニを振り切り、置いていこうとするが…。
「ぐすっ…。すんすんっ…。ライ。ライどこ?」
「どうしたー。ラニ?」
「暗殺者のお兄ちゃんが迷子なんだってよ」
「可哀想だ。みんなで探そう」
「…………」
自身が思っている以上に大事になるので、下手にラニを振り切れない。ここ3日くらいずっとこの調子である。
諦めて戻れば、ラニは泣き笑い顔で「おかえりっ! 迷子、怖かったよね」と抱き付く。
「ライに何もなくて良かったぁ」
正直、少年は困ってた。
任務が邪魔される事もそうだが、刃として生きてきた少年は誰かに身を案じられるという経験をした事がなかったから。
氷が溶け、血が巡り始めた心臓が高鳴る理由が分からず、ただこの時の少年は困惑した。
この船はもう沈むなと肌で感じつつ、その右手に隠し持っていた暗器を握る。
ターゲットの男は買い漁った奴隷の味見を終え、ベッドの上で、寝息を立てている。
その味見した奴隷に暗殺者が紛れ込んでいるなど露程も思ってないのだろう。
暗殺の為の使い捨ての刃として生きてきたその少年にとって、自身の身体は道具。
人の命も自身の命も紙屑ほどの価値も持たなかった。
目的のためには手段は選ばない。
確実にターゲットとの命を刈り取る。
万が一にも生き残る事のないように確実に。
ー 沈む前に仕留めないと
ターゲットにバレぬように気配を消し、暗記を振り上げた。
ギィイイッ!!!
しかし、タイミング悪く船が大きく傾く。
ターゲットの男、ファルハ王が目を覚まし、瞬時に枕元の剣を取ろうとするが、船は更に傾き、取ろうとした剣もベッドも家具も全て、傾く方向に流される。
船はまさにその時を迎えていた。
ほぼ垂直になった船内で少年は時間が幾ばくもない事を悟り、ベッドと共に流されていくファルハ王の心臓を狙うが、激しい音共に海水が雪崩れ込む。
全てを破壊し、全てを押し流し、全てを飲み込む。
荒れ狂う海を前に善人も悪人身分も関係なく。
冷たい海水に包まれて、気付けば船の残骸に捕まり、荒波に揉まれていた。
荒れた海でただ死を待つのみ。
その時でさえ、少年は自身の死に何ら感慨も湧かなかった。
おそらく、生まれた時から少年の心臓は凍っていた。
少年はまだこの時、人でありながら人ですらなかった。
生きた武器として、そのまま水底に沈む筈だった。
「(私は陸で待ってます。闇夜の海でも、嵐の海でも、この声が届きますように、貴方の道標となりますように)」
聞いた事のない美しい調べが風に乗り、波に乗り、聞こえた。
踊るように跳ねるように響く希望の歌に絶望も死の恐怖さえ掻き消して、海で死を待ち漂う者達の心を目を奪う。
「(波は友達。風は家族。きっと貴方を私の元へと届けてくれる。ともに流れゆき、貴方の背を力強く押して。貴方を助けてくれる。恐れないで。きっと、大丈夫。この声を辿って。私のこの歌声を)」
歌声を辿ると、そこには女神様がいた。
ヒラヒラと純白のヴェールが風に靡く。
そこに居たのはヴェールを纏った銀糸の髪の女神様。
銀糸の髪を冷たい雨でしっとりと濡れ、真珠のように白い肌に張り付く、それすらも艶やかで、長いまつ毛の奥から覗くサファイアの瞳は嵐の中でも煌めく。
幼い顔で聖母のように慈愛の笑みを浮かべて、小舟の船首から手を差し伸べるように愛らしい小さな口で希望を紡ぐその姿は神々しく見えた。
「居たんだ。神様って…」
使い捨ての刃として、もう両手じゃ数えきれない程の命を刈り取って生きてきた少年が初めて出会った小さな女神様。
今まで神の存在なんて信じていなかったというのに自然と口からついて出た。
ついに力尽きて、海底に身体が引っ張られる中、少年の言葉に女神様が振り向いた。
ザブンッと水中で誰かが飛び込む音がして、女神様の小さな手が少年の手を掴んだ。
◇
ザザザーンッ…。ザザン…。
穏やかな波の音が聞こえる。
ココナッツのふんわりと甘い香りがして、潮風が優しく頰を撫でる。
日除け幕で柔らかくなった日差しが優しく少年を照らし、その温かさにゆっくりと瞼を開ける。
まだ機能してない頭でぼんやりと天井を見て、寝返りを打つとサラサラしたものがと肌に触れる。
まだピントの合ってない目を凝らして、固まる。
すぅすぅと寝息を立てて嵐の中で見た女神が幸せそうな寝顔を浮かべて隣で寝ていた。
まだ自身は幻でも見ているのか?
恐る恐る女神の頰に触れると、女神は長いまつ毛の下からそのサファイア色の瞳を覗かせた。
近くで見たサファイア色の瞳は中に銀の花が咲いていて、今まで見た事のないその色合いに目が離せなくなる。
とろんっと眠そうな顔で女神は頰に当てられた少年の手を握る。
「おはよう。お兄さん」
そう元気に挨拶をすると、花咲くような笑みを浮かべて、少年の手を抱き寄せると、ふわっと欠伸して、うとうとと船を漕ぐ。
「お兄さんは怪我人だからまだ寝てなきゃダメなんだよー。だから僕とお昼寝なの」
そう少年に注意すると女神は少年の手を抱いたまま、すぅすぅと寝息を立ててお昼寝を再開した。
「ただの子供…」
あの嵐の中での神々しさは薄れた女神を前に少年は状況が飲み込めず、首を傾げた。
◇
「あーっ! ダメなんだよっ。ねてなきゃ」
あの嵐での神々しさが嘘かのように消えた女神が寝所を抜け出した少年を叱る。
グイグイと少年を引っ張って寝所に戻そうとするが、少年は女神の力ではびくともせず、その上、帰ろうとしないので女神は大いに拗ねる。
女神の名はラニ。
船が沈んだ魔の海域の近くにある国、モアナ王国に住む漁師の息子。
女神は生物学上、男だった。
「僕がお兄さんの背中を洗ってあげるんだ!」と、ノックもなしにシャワー室に入ってきた時は流石の少年も目を白黒させた。
ラニは人懐っこい性格で好奇心旺盛。
少年の世話係を自らかって出たラニは少年が何処に行こうとしてもパタパタとついて周り、ずっと話し掛けてくる。
「ライはなんでおねんねが嫌なの!?」
やたらめったら少年のことを知りたがるので、しょうがないので少年は、ラニに潜入の為に使っている奴隷のライという名を教えた。
だが……。
「暗殺者はおねんね嫌いなの?」
何故かラニを含め、モアナ王国の人間に自身が暗殺者だとバレている。
何故知ってるのか? 海に落ちた者はモアナ王国が助け、保護している。
その中で、唯一己を暗殺者だと知っているのはファルハ王。あの男からモアナの人間に情報が漏れたのではと最初は思った。だが、……。
『なんだい、暗殺者のお兄ちゃん。…え? ふぁ、ファルハ王? ……?? あっ! あの怖い顔のお兄さんか!! なぁ!!』
『あー! あの、まだ目を覚まさない怖い人かー』
どうやら、ファルハ王はまだ意識を取り戻していないようで、ラニの伯父さん達だと名乗るラニと同じ色合いの男達はそもそもファルハ王がファルハ王だという事も認識していなかった。
しかも、とてもノリが軽い。
王相手にもそうだが、暗殺者だと分かった上で、肩に気軽に腕を回しながら、「興味津々です」と、言わんばかりの顔で少年の話を聞きたがる。
それがとても不可解だが、それよりも少年にはやるべき事があった。
ー 任務は継続
まだファルハ王は目を覚ましていない。
暗殺は失敗に終わったが、任務は成功させなけれならない。
少年はファルハ王を探す為、ラニを振り切り、置いていこうとするが…。
「ぐすっ…。すんすんっ…。ライ。ライどこ?」
「どうしたー。ラニ?」
「暗殺者のお兄ちゃんが迷子なんだってよ」
「可哀想だ。みんなで探そう」
「…………」
自身が思っている以上に大事になるので、下手にラニを振り切れない。ここ3日くらいずっとこの調子である。
諦めて戻れば、ラニは泣き笑い顔で「おかえりっ! 迷子、怖かったよね」と抱き付く。
「ライに何もなくて良かったぁ」
正直、少年は困ってた。
任務が邪魔される事もそうだが、刃として生きてきた少年は誰かに身を案じられるという経験をした事がなかったから。
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