王子様の耳はロバの耳 〜 留学先はblゲームの世界でした 〜

きっせつ

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終章 ロバ耳王子と16歳と約束と

39、喝采

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歌う事が怖かった。
人の前で歌おうとすると目の前が真っ白になり、息の仕方が分からなくなる。
息が出来なくて苦しくて、声は喉に張り付き、音は消える。


ゴーン、ゴーンと鐘の音がゆっくりと人の消えていく街の中に響く。

その鐘の音を聞きながら僕は僕を抱き、灯台の階段を登るライの腕の中で身を寄せて、もう既に壊れそうな程脈打つ胸を抑えた。

「本当に…やるの?」

眉を下げ、夕陽色の瞳が腕の中の僕を不安げに見つめる。
その優しさに甘えて、スリッと頬を寄せる。

「僕はやる時はやる男だからね!」

ニッと笑って見せて、ぴょんっと飛び降りる。
着いた灯台頂上は見晴らしが良く、目の前には大海原が広がっている。

空は曇天。
今にも降り出しそうな空に、あの嵐の海空の光景が重なり、足がすくむ。


灯台の下では小舟に乗り込んだ騎士達や陸で秘密裏に一般人を逃す自警団の人達が僕を見上げているのが見える。

ー 見られている

ドッドッと心臓が激しく脈打ち、あのギラギラとした鳶色の瞳がみんなが僕を見る目に重なる。

ー 歌わないと


僕は決めたんだ。
あのファルハ王にひと泡吹かせるって。
自分が欲していたローレライが砲撃しようとしている街にいると知れば、砲撃できない筈。
だから、僕は今、歌う。歌わなきゃいけない。
僕がそう決めて、フィル達に作戦として提案したんだ。
だけど…。

足元が赤いような気がする。
あの鉄のような臭いがむわりと漂って僕に纏わりついてくる気がする。

途端に呼吸の仕方が分からなくなり、息が出来なくなっていく。


♬♩♬~。

ふと、とても懐かしいメロディが鼓膜を揺らす。
ジジジッと音を立てて、頭の中で再生されるその歌は夕焼けの歌。
モアナとは違うテンポの何処か寂しくて懐かしい前世の記憶で思い出した歌の一つ。

前に聞いた時よりも遥かにカッコいいヴァイオリンの音。
港でフィルがヴァイオリンを奏でながらこちらを見ている。

ー あれ。楽しかったなぁ


夕焼けの中で、僕の歌に合わせて奏でられるヴァイオリンの伴奏。
最初は驚いたけど、自然と歌が溢れて来て、楽しくてただ歌ったっていた。


『お前ならこの曲にどんな歌声を添えるのだろうな?』

ー フィルならこの歌にどんな伴奏をつけるんだろう?

『お前とこの曲を奏でたら、また違う世界が見えるんだろうなと』

ー 一緒にあの歌を奏でたらどんな世界が広がるんだろう


使命も、策略も何もかも関係なく、ただの好奇心で、ただの歌いたくて深く息を吸った。


ヴァイオリンの音色に誘われ、大好きだったあの歌を歌う。
跳ねるように踊るように、風に乗せ波に乗り、高らかに…。



ヴァイオリンの音色を楽しみ、歌う事を楽しんで、全てを自身のステージに変え、降り出した雨の雨音さえも歌に添えるメロディになる。

雨粒がキラキラと光りながら地面へと落ちていく中、海の先にポツンとファルハ王の船が見えた。
ここからではまだ遠い。でも……。

ー 僕の声は嵐の中でも届くんだ

嵐の海の荒れ狂う波風の音に比べれば、あの場所に歌を届かせるなんて簡単な事。

「(歌や届け、あの人に。私の想いが届くように。この祈りが叶いますように)」

最後の小節を歌い切り、額を汗が伝う。
息は切れ、ぜいぜいと苦しいのに、高揚感が溢れて止まらない。

振り返れば、ライが懐かしむような感極まった顔で、疲れて立ってられない僕の身体を抱き寄せた。

「お疲れ様。ラニ。最高だった」

ただその一言だけでとても満足で、幸せなのに…。
雨音をかき消すような喝采の拍手が僕を包む。
僕の歌を聞いた人達の笑顔があの鳶色の瞳を塗り消していった。
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