愛する人のためにできること。

文字の大きさ
8 / 21

紅い

しおりを挟む
 ーー焦っておられるのかしら

 いつもより少し強引な気がする。歩調もいつもはゆっくり私に合わせてくれているが、少し早くて私は小走りで追いかける。手は繋がれたままで。
 追いかけている間城の廊下をぐんぐんと進んでは角を曲がり、それを繰り返しているうちに見張りやメイドもいなくなり私が見たことのない部屋の一室へ連れ込まれる
 婚約者とは言え未婚の男女が2人きりなのは如何なものかと思ったが、手をギュッと握られていて離れられそうにない。何より、私に殿下の手を振りほどくような真似はできないのだ。

「殿下?……っ」

 部屋に連れ込まれドアを閉めた後、私の方に振り返り立ったまま動く気配がなく繋がれた手を見つめ声をかける。
 黙って話しかけられるのを待っていると、突然手を引っ張られ抱き寄せられた

「で、殿下?どうかなされたのですか…?」

 ドキドキと心臓の音が鳴り顔に熱が集まっていくのを感じ困惑と焦りで頭がうまく働かず、抱きしめられたまま動くことができない

 殿下の胸に顔を押し当てられそこから聞こえる心臓の音を聞きながら黙っていると、急に頬に熱い吐息がかかり髪を掬い上げられキスされる

 その瞬間、私の心臓がさらにうるさく爆発するんじゃないかと思うほどに鳴り響いてだんだん何が起こっているのかわからなくなる。
 とりあえず離れた方がいいと思い、かろうじて動かせた震える手を殿下の胸へ押し当て離れようと試みる
 しかし、力がうまく入らず離れられずにいると背中に回された腕にさらに力が入り、頭上からいつもより弱々しい声が聞こえてきた

「…ねえ」

「は、はい」

「…なんで僕を避けるの?」

 きっと殿下は長期休暇が明けてからの話をしているのだろう。しかし明けてからもう3ヶ月は経っている。
 リアトリスがいるし特に気にされていないと思っていたが、一応気にしてくれていたようだ
 それに嬉しく思うが、悲しくもなる

 ーーわかっている。それが王子としての正しい姿を取ろうとしての行動ということは。王子の婚約者が王子を避けるなんておかしい、だから心配している。
 キスとか抱きしめるなどの行為は何を血迷っての行動かはわからないけど、愛情表現とかそういうのじゃない。
 殿下が私を愛することは絶対にない。わかってる
 彼が愛するのはリアトリスだけ
 それは、絶対だから

「…避けてるつもりはございませんわ」

「でも最近学園の中でも休日も全く僕と会ってくれてないじゃないか」

「以前は自分勝手な行動をしすぎたと反省しておりますの。ですので、お会いするのは必要な時だけで良いかと判断いたしました」

「だからって3ヶ月も合わないのはおかしいでしょ?僕たち婚約者だよね?」

「…」

 数ヶ月後にはそうではなくなると知っているから、何も言えない。黙り込んでいると少し緩んでいた腕にまた力が込められた。

「それに、最近アイツとばっか…」

「…殿下?」

「…」

 最後の方は黙り込んでしまったのでなんだろうと声をかけてみるが、反応がない
 そのまま数分間抱きしめられ続けお互い黙っていると、再び頭上からため息が漏れたあと声が聞こえてきた

「…とにかく、君は私のものだから。それだけは忘れないで」

「…?はい。わかりました」

 よくわからないが念を押すように言われたのでとりあえず返事をした。
 これで話は終わったのかな、と思い離れようとすると今度は私の首元に顔を埋めてくる
 首にあたる髪がくすぐったいなと思っていると左の首元がチクリと痛み殿下が離れた

「まあ今回はこれくらいで許すよ」

「?は、はい」

 さっきから何を言いたいのか何をしているのかよくわからないが、先程自分の頭を押し付けられていた殿下の胸の部分を見つめながら返事をする。

 目を合わせず返事をしたことに納得がいかなかったのか頬に手を添え強制的に視線を合わせられた。その顔が鼻があたりそうなほどに近くて視線がぐらついてしまう
 本当は目を逸らしたいけどその目が真剣に見えて逸らせない
 また私の頬に熱が集まるのを感じた

「他の男にこういう行為、許しちゃダメだからね。エミリアは押しに弱いから心配なんだ」

「…はい」

 ーーこういう行為を許すのは殿下だからです

 そう言いたかったけど、グッと呑み込む
 その台詞を言っても困った反応をされるだけだろう。



 私はそのあと殿下に手を引かれて自分の送迎用の馬車へと向かった

 馬車に乗り込む時、殿下は私の手を持ち上げるとキスをして
「またね、エミリア」
 と顔は見るのが怖くてどういう表情をしていたのかはわからないけど甘くて優しさを含んだ声で見送ってくれた

 今日の殿下は何度私を紅くさせれば気がすむのだろうか。距離感もおかしかった。と馬車の中で考える

 ーーでも、絶対に自惚れてはいけない。

 私はパンッと自分の頬を両手で叩き、気合いを入れた
 これから来る未来に向けて絶対に失敗しないと
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】愛くるしい彼女。

たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。 2023.3.15 HOTランキング35位/24hランキング63位 ありがとうございました!

私から婚約者を奪うことに成功した姉が、婚約を解消されたと思っていたことに驚かされましたが、厄介なのは姉だけではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
ジャクリーン・オールストンは、婚約していた子息がジャクリーンの姉に一目惚れしたからという理由で婚約を解消することになったのだが、そうなった原因の贈られて来たドレスを姉が欲しかったからだと思っていたが、勘違いと誤解とすれ違いがあったからのようです。 でも、それを全く認めない姉の口癖にもうんざりしていたが、それ以上にうんざりしている人がジャクリーンにはいた。

婚約者とその幼なじみがいい雰囲気すぎることに不安を覚えていましたが、誤解が解けたあとで、その立ち位置にいたのは私でした

珠宮さくら
恋愛
クレメンティアは、婚約者とその幼なじみの雰囲気が良すぎることに不安を覚えていた。 そんな時に幼なじみから、婚約破棄したがっていると聞かされてしまい……。 ※全4話。

婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)

彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。

身代わりーダイヤモンドのように

Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。 恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。 お互い好きあっていたが破れた恋の話。 一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

君を自由にしたくて婚約破棄したのに

佐崎咲
恋愛
「婚約を解消しよう」  幼い頃に決められた婚約者であるルーシー=ファロウにそう告げると、何故か彼女はショックを受けたように身体をこわばらせ、顔面が蒼白になった。  でもそれは一瞬のことだった。 「わかりました。では両親には私の方から伝えておきます」  なんでもないようにすぐにそう言って彼女はくるりと背を向けた。  その顔はいつもの淡々としたものだった。  だけどその一瞬見せたその顔が頭から離れなかった。  彼女は自由になりたがっている。そう思ったから苦汁の決断をしたのに。 ============ 注意)ほぼコメディです。 軽い気持ちで読んでいただければと思います。 ※無断転載・複写はお断りいたします。

姉が私の婚約者と仲良くしていて、婚約者の方にまでお邪魔虫のようにされていましたが、全員が勘違いしていたようです

珠宮さくら
恋愛
オーガスタ・プレストンは、婚約者している子息が自分の姉とばかり仲良くしているのにイライラしていた。 だが、それはお互い様となっていて、婚約者も、姉も、それぞれがイライラしていたり、邪魔だと思っていた。 そこにとんでもない勘違いが起こっているとは思いもしなかった。

処理中です...