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第32話【最終話】:おかえりと、ただいまを何度でも
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春の柔らかな日差しが、満開の花びらを透かしてきらきらと降り注ぐ。
俺と蓮は、あの再会の場所である桜並木を手を繋いで歩いていた。
俺は、第一志望だった図書館への就職が決まった。
そして蓮は努力の末に、第一志望だった俺の家から電車で三駅先の大学に合格することができた。
「なあ、悠真」
「ん?」
「幸せだな、俺」
そう言って隣で笑う蓮の顔は、俺が今まで見た中で、一番穏やかで、一番幸せそうな表情をしていた。その左手の薬指には、お揃いのシルバーリングがキラリと光っている。
――思えば、再会してから、この桜が咲くまでの数ヶ月は、めまぐるしくも光に満ちた日々だった。
◇◇◇
夏が過ぎ、空気が澄み渡る秋。蓮は無事に高卒認定試験に合格した。
合格通知を二人で覗き込んだあの日、俺が自分のことのように声を上げて喜ぶと、蓮は照れくさそうに笑った後、少しだけ真剣な顔で、俺をまっすぐに見つめた。
「俺、大学、目指そうと思う」
「……そうか」
「お前と同じ大学は、今の俺の学力じゃ到底無理だ。でも、これから必死でやれば、どこかには……。そしたら俺も、ちゃんとお前の隣に立てる気がするんだ。対等な立場で、お前と同じ景色が見たい」
その力強い瞳に、もう迷いはなかった。自信なさげな揺らぎはどこにもなかった。俺は胸がいっぱいになり、ただ、ぎゅっと蓮の手を握った。
孤独で辛かった日々、絶望に押し潰されそうな夜、離れて過ごした時間――その全てを抱きしめて、こいつは今、未来へと顔を上げたんだ。
それからの日々は蓮と一緒に参考書をめくり、俺がレポートに追われる夜もあった。疲れ果てて机で眠ってしまった蓮にそっとブランケットをかけると、その穏やかな寝顔に胸が温かくなった。
そして、街がイルミネーションで輝く、十二月。
俺たちは、初めて恋人としてクリスマスを過ごした。
高校時代、蓮の体調が悪くて会うこともできず、『メリークリスマス』という短いメッセージを一人で一晩中読み返した、あの寂しい夜。
そのリベンジを果たすかのように、俺はこの日のためにカフェのバイトのシフトを増やしていた。
二人で部屋にささやかな飾り付けをし、チキンやケーキを囲む。ただそれだけなのに、世界で一番幸せな夜だった。
「蓮、これ」
震える手で、小さな箱を差し出す。蓮は驚いたように目を見開いた。
中には、シンプルなシルバーのペアリング。
「バイト代、貯めてたんだ。まだ、高いものは買えないけど……いつか、もっとすごいやつ、やるから。それまでの、予約な」
俺の言葉に、蓮は一瞬、息を呑み、その瞳が潤んでいくのが分かった。それから、泣き笑いのような顔で「……ばーか」と、震える声で呟いた。
「俺には、これ以上のもんなんてねえよ。一生、大事にする」
そう言って差し出された蓮の左手を取り、俺はそっと、その薬指にリングをはめた。指先に触れた確かな体温に、蓮が生きて、今、ここにいるという実感が、電流のように駆け巡った。ぴったりと収まる銀の輪が、俺たちの永遠の約束のように見えた。
大晦日にはこたつで年越しそばを食べ、零時に「今年もよろしくな」と笑い合った。初詣では、隣で手を合わせる蓮の横顔を見ながら、俺は神様がいるなら、とただひたすらに彼の合格を祈った。
◇◇◇
「……悠真?」
「ん?ああ、ちょっと、色々思い出してた」
桜並木の下、俺は現実へと意識を戻す。繋いだ手に、きゅっと力が込められた。
これから始まる新しい毎日。
きっと俺たちは放課後、時間が合えば図書館で待ち合わせをして、一緒に帰る日もあるだろう。
帰り道にコンビニであのチョコアイスを買って、夕暮れの公園のベンチで食べる――そんな何気ない時間が俺たちの日常になっていく。
手をつなぐだけで、互いの存在を強く感じられる。過去の辛さや不安も、今の温かさの前では遠い記憶のようだ。
「なあ、悠真」
「ん?」
「これからも、ずっと一緒だよな」
蓮の目は真剣で、でもどこか柔らかい。
「もちろんだ。ずっと一緒にいよう」
俺はぎゅっと手を握り返す。
夕日に照らされた桜並木を、二人は肩を寄せて歩く。この日常こそが、俺たちの、これからも続く「新しい毎日」なんだ。
家に着き、ドアを開ける。春の優しい風が部屋の中を吹き抜けていった。
「ただいま、悠真」
蓮が少し照れくさそうに、でもはっきりとそう言った。
その言葉を、俺はずっと待っていた。
俺たちの家での、「ただいま」を。
この一言を、俺はどれだけ言いたかっただろう。ただいま。と帰ってくるお前を、おかえり。と迎え入れる未来だけを夢見ていたんだ。
俺は、最高の笑顔で答える。
「おかえり、蓮」
この当たり前で、ありふれた言葉を交わすために、俺たちはどれだけ遠回りしてきただろう。
どれだけ涙を流し、孤独に耐えてきただろう。
でも、もう大丈夫だ。
この「おかえり」と「ただいま」を、これからの人生で、何度でも、何度でも、繰り返していくんだ。
嬉しい日も、喧嘩した日も、疲れて帰ってきた日も、必ずここで、互いの顔を見て、この言葉を交わす。
俺たちが命を懸けて手に入れた、この温かい日常を大切に、大切に、抱きしめながら……。
窓の外では、茜色の夕日が街を染めていた。
それは一日の終わりを告げながら、同時に俺たちの新しい物語の始まりを照らしている。
長い季節を越えて、ようやくたどり着いた場所。
もう二度と離れない。もう二度と手放さない。
この光の先に、どんな未来が待っていようとも、――二人でなら、きっと大丈夫だ。
【完】
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。悠真と蓮の未来が、皆さまの心にも少しでも温かさを残せたら嬉しいです。
俺と蓮は、あの再会の場所である桜並木を手を繋いで歩いていた。
俺は、第一志望だった図書館への就職が決まった。
そして蓮は努力の末に、第一志望だった俺の家から電車で三駅先の大学に合格することができた。
「なあ、悠真」
「ん?」
「幸せだな、俺」
そう言って隣で笑う蓮の顔は、俺が今まで見た中で、一番穏やかで、一番幸せそうな表情をしていた。その左手の薬指には、お揃いのシルバーリングがキラリと光っている。
――思えば、再会してから、この桜が咲くまでの数ヶ月は、めまぐるしくも光に満ちた日々だった。
◇◇◇
夏が過ぎ、空気が澄み渡る秋。蓮は無事に高卒認定試験に合格した。
合格通知を二人で覗き込んだあの日、俺が自分のことのように声を上げて喜ぶと、蓮は照れくさそうに笑った後、少しだけ真剣な顔で、俺をまっすぐに見つめた。
「俺、大学、目指そうと思う」
「……そうか」
「お前と同じ大学は、今の俺の学力じゃ到底無理だ。でも、これから必死でやれば、どこかには……。そしたら俺も、ちゃんとお前の隣に立てる気がするんだ。対等な立場で、お前と同じ景色が見たい」
その力強い瞳に、もう迷いはなかった。自信なさげな揺らぎはどこにもなかった。俺は胸がいっぱいになり、ただ、ぎゅっと蓮の手を握った。
孤独で辛かった日々、絶望に押し潰されそうな夜、離れて過ごした時間――その全てを抱きしめて、こいつは今、未来へと顔を上げたんだ。
それからの日々は蓮と一緒に参考書をめくり、俺がレポートに追われる夜もあった。疲れ果てて机で眠ってしまった蓮にそっとブランケットをかけると、その穏やかな寝顔に胸が温かくなった。
そして、街がイルミネーションで輝く、十二月。
俺たちは、初めて恋人としてクリスマスを過ごした。
高校時代、蓮の体調が悪くて会うこともできず、『メリークリスマス』という短いメッセージを一人で一晩中読み返した、あの寂しい夜。
そのリベンジを果たすかのように、俺はこの日のためにカフェのバイトのシフトを増やしていた。
二人で部屋にささやかな飾り付けをし、チキンやケーキを囲む。ただそれだけなのに、世界で一番幸せな夜だった。
「蓮、これ」
震える手で、小さな箱を差し出す。蓮は驚いたように目を見開いた。
中には、シンプルなシルバーのペアリング。
「バイト代、貯めてたんだ。まだ、高いものは買えないけど……いつか、もっとすごいやつ、やるから。それまでの、予約な」
俺の言葉に、蓮は一瞬、息を呑み、その瞳が潤んでいくのが分かった。それから、泣き笑いのような顔で「……ばーか」と、震える声で呟いた。
「俺には、これ以上のもんなんてねえよ。一生、大事にする」
そう言って差し出された蓮の左手を取り、俺はそっと、その薬指にリングをはめた。指先に触れた確かな体温に、蓮が生きて、今、ここにいるという実感が、電流のように駆け巡った。ぴったりと収まる銀の輪が、俺たちの永遠の約束のように見えた。
大晦日にはこたつで年越しそばを食べ、零時に「今年もよろしくな」と笑い合った。初詣では、隣で手を合わせる蓮の横顔を見ながら、俺は神様がいるなら、とただひたすらに彼の合格を祈った。
◇◇◇
「……悠真?」
「ん?ああ、ちょっと、色々思い出してた」
桜並木の下、俺は現実へと意識を戻す。繋いだ手に、きゅっと力が込められた。
これから始まる新しい毎日。
きっと俺たちは放課後、時間が合えば図書館で待ち合わせをして、一緒に帰る日もあるだろう。
帰り道にコンビニであのチョコアイスを買って、夕暮れの公園のベンチで食べる――そんな何気ない時間が俺たちの日常になっていく。
手をつなぐだけで、互いの存在を強く感じられる。過去の辛さや不安も、今の温かさの前では遠い記憶のようだ。
「なあ、悠真」
「ん?」
「これからも、ずっと一緒だよな」
蓮の目は真剣で、でもどこか柔らかい。
「もちろんだ。ずっと一緒にいよう」
俺はぎゅっと手を握り返す。
夕日に照らされた桜並木を、二人は肩を寄せて歩く。この日常こそが、俺たちの、これからも続く「新しい毎日」なんだ。
家に着き、ドアを開ける。春の優しい風が部屋の中を吹き抜けていった。
「ただいま、悠真」
蓮が少し照れくさそうに、でもはっきりとそう言った。
その言葉を、俺はずっと待っていた。
俺たちの家での、「ただいま」を。
この一言を、俺はどれだけ言いたかっただろう。ただいま。と帰ってくるお前を、おかえり。と迎え入れる未来だけを夢見ていたんだ。
俺は、最高の笑顔で答える。
「おかえり、蓮」
この当たり前で、ありふれた言葉を交わすために、俺たちはどれだけ遠回りしてきただろう。
どれだけ涙を流し、孤独に耐えてきただろう。
でも、もう大丈夫だ。
この「おかえり」と「ただいま」を、これからの人生で、何度でも、何度でも、繰り返していくんだ。
嬉しい日も、喧嘩した日も、疲れて帰ってきた日も、必ずここで、互いの顔を見て、この言葉を交わす。
俺たちが命を懸けて手に入れた、この温かい日常を大切に、大切に、抱きしめながら……。
窓の外では、茜色の夕日が街を染めていた。
それは一日の終わりを告げながら、同時に俺たちの新しい物語の始まりを照らしている。
長い季節を越えて、ようやくたどり着いた場所。
もう二度と離れない。もう二度と手放さない。
この光の先に、どんな未来が待っていようとも、――二人でなら、きっと大丈夫だ。
【完】
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。悠真と蓮の未来が、皆さまの心にも少しでも温かさを残せたら嬉しいです。
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