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第四章:心の揺らぎ
第十六話:建国祭
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王の私室という金色の鳥籠での生活が始まって、半月ほどが過ぎた。
ユリアンは、ライオネルとの歪な同居生活に、少しずつ慣れ始めていた。
昼間は知的な対話を交わし、夜は彼の所有欲を受け入れる。そして朝、時折置かれている不器用な贈り物に、心を揺さぶられる。そんな日々の繰り返し。
「陛下、ユリアン様。今宵は、建国祭を祝う宴がございます」
ある日の朝食の席で、侍従が恭しくそう告げた。
建国祭――それは、獣王国にとって最も重要な祝祭の一つ。国中の人々が、王の威光を讃え、国の繁栄を祝う日だ。
「……ユリアン、お前もだ」
ライオネルが、低い声で言った。
「え……?僕も、ですか?」
「当たり前だ。お前は、俺の番だろう」
その言葉に、ユリアンの心臓が大きく跳ねた。
人々の前で、自分を番として披露するということ。
それは、自分が彼の隣に立つことを、公に認めるという意味に他ならない。
その日の午後、ユリアンの元には、仕立てられたばかりの豪奢な礼服が届けられた。それは、獣王国の夜空を思わせる、深い藍色の絹で作られており、銀糸で繊細な星々の刺繍が施されている。これまでユリアンが着ていたどんな衣服よりも美しく、そして高価なものだった。
「……本当に、僕がこれを?」
「当然でございます。ユリアン様は、我らが王の番なのですから」
侍女たちは、以前の無礼な態度は微塵も見せず、うやうやしくユリアンの着替えを手伝う。その変わりように、ユリアンはまだ戸惑いを隠せない。
日が暮れ、宴の時間が近づく。
着替えを終えたユリアンが控えの間で待っていると、そこに正装したライオネルが現れた。黒を基調とした軍服に、黄金の飾緒が輝いている。その圧倒的な存在感に、ユリアンは思わず息を呑んだ。
ライオネルは、ユリアンの姿を見ると、一瞬、その琥珀の瞳を大きく見開いた。そして、すぐにばつが悪そうに視線を逸らす。
「……悪くない」
ぽつりと、それだけ言うと、彼はユリアンに腕を差し出した。
「行くぞ」
「はい」
ユリアンは、恐る恐る、そのたくましい腕に自分の手を重ねた。ライオネルの体温が、薄い手袋越しに伝わってくる。
二人で並んで、大広間へと続く廊下を歩く。その道中は、ユリアンの心臓の音がうるさいほどに響いていた。
ファンファーレが鳴り響き、巨大な扉が開かれる。
その先に広がるのは、まばゆい光と熱気に満ちた世界だった。
きらびやかな衣装をまとった貴族たちが、一斉にこちらを向き、息を呑む。
そして、次の瞬間、広間は割れんばかりの歓声に包まれた。
「獣王陛下、万歳!」
「王の番君、万歳!」
ユリアンは、その熱量に気圧され、思わず足がすくみそうになる。だが、隣のライオネルが、その手を力強く握りしめてくれた。
その温かさに支えられ、ユリアンは顔を上げる。
もう、ここには軽蔑も嘲笑もない。ただ、羨望と祝福の眼差しだけが、自分たちに注がれている。
ライオネルに導かれるまま、広間の中央を抜け、玉座へと続く階段を上る。
頂上に着くと、ライオネルはユリアンを隣に立たせ、集まった全ての者を見渡した。
「皆の者、よく聞け!」
王の力強い声が、広間の隅々まで響き渡る。
「ここにいるユリアンこそが、俺が選んだ生涯ただ一人の番である!
今宵この日より、ユリアンは、この国の第二の主となる。異論は一切認めん!」
再び、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
ユリアンは、夢を見ているような心地だった。
人質としてこの城に来て、拒絶され、虐げられてきた自分が、今、この国の王の隣に立ち祝福されている。
宴が始まると、次から次へと貴族たちが挨拶に訪れた。
以前、自分を陥れようとした熊の貴族も、今は謙虚な姿勢で深々と頭を下げている。その誰もが、ユリアンを「王の番君」と呼び敬意を払った。
その中で、ユリアンは懐かしい顔を見つけた。
少年ノアだ。彼は、給仕をする侍従たちの間に紛れ込み、憧れの眼差しでこちらを見つめている。目が合うと、ノアははにかむように笑い、小さく手を振った。ユリアンも、そっと手を振り返す。
そのささやかなやり取りを、ライオネルはじっと見ていた。
彼の視線は、ノアではなく、彼に微笑みかけるユリアンに注がれている。
その笑顔は、彼が初めて窓から見た、あの薬草園での笑顔と同じだった。
穏やかで、優しく、そして、どうしようもなく彼の心を惹きつけてやまない、特別な光を放っていた。
宴の喧騒の中、ライオネルは、隣に立つユリアンの手を、そっと握った。
ユリアンが驚いて彼を見上げると、ライオネルは、人々の喧騒に紛れるほどの、小さな声で呟いた。
「……お前の居場所は、ここだ。俺の、隣だ」
それは、命令でも、宣言でもない。
ただ、一人の男が、愛しい番に囁く、不器用な愛の言葉だった。
その言葉に、ユリアンの目から、一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。それは、もう悲しみや悔しさの涙ではない。生まれて初めて知った温かく、そしてどうしようもなく甘い喜びの涙だった。
金色の鳥籠の外には、こんなにもまばゆい世界が広がっていた。
そして、その世界へと自分を導いてくれたのは、他でもない、この不器用で、冷徹で、そして誰よりも優しい、たった一人の王なのだ。
ユリアンは、ライオネルとの歪な同居生活に、少しずつ慣れ始めていた。
昼間は知的な対話を交わし、夜は彼の所有欲を受け入れる。そして朝、時折置かれている不器用な贈り物に、心を揺さぶられる。そんな日々の繰り返し。
「陛下、ユリアン様。今宵は、建国祭を祝う宴がございます」
ある日の朝食の席で、侍従が恭しくそう告げた。
建国祭――それは、獣王国にとって最も重要な祝祭の一つ。国中の人々が、王の威光を讃え、国の繁栄を祝う日だ。
「……ユリアン、お前もだ」
ライオネルが、低い声で言った。
「え……?僕も、ですか?」
「当たり前だ。お前は、俺の番だろう」
その言葉に、ユリアンの心臓が大きく跳ねた。
人々の前で、自分を番として披露するということ。
それは、自分が彼の隣に立つことを、公に認めるという意味に他ならない。
その日の午後、ユリアンの元には、仕立てられたばかりの豪奢な礼服が届けられた。それは、獣王国の夜空を思わせる、深い藍色の絹で作られており、銀糸で繊細な星々の刺繍が施されている。これまでユリアンが着ていたどんな衣服よりも美しく、そして高価なものだった。
「……本当に、僕がこれを?」
「当然でございます。ユリアン様は、我らが王の番なのですから」
侍女たちは、以前の無礼な態度は微塵も見せず、うやうやしくユリアンの着替えを手伝う。その変わりように、ユリアンはまだ戸惑いを隠せない。
日が暮れ、宴の時間が近づく。
着替えを終えたユリアンが控えの間で待っていると、そこに正装したライオネルが現れた。黒を基調とした軍服に、黄金の飾緒が輝いている。その圧倒的な存在感に、ユリアンは思わず息を呑んだ。
ライオネルは、ユリアンの姿を見ると、一瞬、その琥珀の瞳を大きく見開いた。そして、すぐにばつが悪そうに視線を逸らす。
「……悪くない」
ぽつりと、それだけ言うと、彼はユリアンに腕を差し出した。
「行くぞ」
「はい」
ユリアンは、恐る恐る、そのたくましい腕に自分の手を重ねた。ライオネルの体温が、薄い手袋越しに伝わってくる。
二人で並んで、大広間へと続く廊下を歩く。その道中は、ユリアンの心臓の音がうるさいほどに響いていた。
ファンファーレが鳴り響き、巨大な扉が開かれる。
その先に広がるのは、まばゆい光と熱気に満ちた世界だった。
きらびやかな衣装をまとった貴族たちが、一斉にこちらを向き、息を呑む。
そして、次の瞬間、広間は割れんばかりの歓声に包まれた。
「獣王陛下、万歳!」
「王の番君、万歳!」
ユリアンは、その熱量に気圧され、思わず足がすくみそうになる。だが、隣のライオネルが、その手を力強く握りしめてくれた。
その温かさに支えられ、ユリアンは顔を上げる。
もう、ここには軽蔑も嘲笑もない。ただ、羨望と祝福の眼差しだけが、自分たちに注がれている。
ライオネルに導かれるまま、広間の中央を抜け、玉座へと続く階段を上る。
頂上に着くと、ライオネルはユリアンを隣に立たせ、集まった全ての者を見渡した。
「皆の者、よく聞け!」
王の力強い声が、広間の隅々まで響き渡る。
「ここにいるユリアンこそが、俺が選んだ生涯ただ一人の番である!
今宵この日より、ユリアンは、この国の第二の主となる。異論は一切認めん!」
再び、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
ユリアンは、夢を見ているような心地だった。
人質としてこの城に来て、拒絶され、虐げられてきた自分が、今、この国の王の隣に立ち祝福されている。
宴が始まると、次から次へと貴族たちが挨拶に訪れた。
以前、自分を陥れようとした熊の貴族も、今は謙虚な姿勢で深々と頭を下げている。その誰もが、ユリアンを「王の番君」と呼び敬意を払った。
その中で、ユリアンは懐かしい顔を見つけた。
少年ノアだ。彼は、給仕をする侍従たちの間に紛れ込み、憧れの眼差しでこちらを見つめている。目が合うと、ノアははにかむように笑い、小さく手を振った。ユリアンも、そっと手を振り返す。
そのささやかなやり取りを、ライオネルはじっと見ていた。
彼の視線は、ノアではなく、彼に微笑みかけるユリアンに注がれている。
その笑顔は、彼が初めて窓から見た、あの薬草園での笑顔と同じだった。
穏やかで、優しく、そして、どうしようもなく彼の心を惹きつけてやまない、特別な光を放っていた。
宴の喧騒の中、ライオネルは、隣に立つユリアンの手を、そっと握った。
ユリアンが驚いて彼を見上げると、ライオネルは、人々の喧騒に紛れるほどの、小さな声で呟いた。
「……お前の居場所は、ここだ。俺の、隣だ」
それは、命令でも、宣言でもない。
ただ、一人の男が、愛しい番に囁く、不器用な愛の言葉だった。
その言葉に、ユリアンの目から、一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。それは、もう悲しみや悔しさの涙ではない。生まれて初めて知った温かく、そしてどうしようもなく甘い喜びの涙だった。
金色の鳥籠の外には、こんなにもまばゆい世界が広がっていた。
そして、その世界へと自分を導いてくれたのは、他でもない、この不器用で、冷徹で、そして誰よりも優しい、たった一人の王なのだ。
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