【完結】獣王の番

なの

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第四章:心の揺らぎ

第十七話:初めての嫉妬

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建国祭の夜、ライオネルから告げられた「お前の居場所は、俺の隣だ」という言葉。それは、ユリアンの心に、温かく、そして確かな光を灯した。

拒絶とすれ違いばかりだった二人の関係は、ようやく雪解けの時を迎えようとしている。ユリアンは、このまま穏やかな日々が続くことを心から願っていた。

宴の後、王の私室に戻った二人の間には、以前のような気まずい沈黙はなかった。

ライオネルは、上機嫌で酒を飲みながら、今日の宴での出来事をユリアンに語って聞かせる。その横顔は、これまで見たことがないほどに穏やかで一人の青年のように無邪気ですらあった。

ユリアンは、そんな彼の姿を見つめながら、相槌を打つ。
この人が、自分の番。
そう思うだけで、胸の奥が温かいもので満たされていくのを感じた。

「……陛下」

「ライオネル、と呼べ」

不意に、ライオネルが言った。

「え……?」

「人前ではともかく、二人きりの時は、そう呼ぶことを許す」

その言葉に、ユリアンの顔がカッと熱くなる。

「……ラ……ライオネル……様」

「『様』はいらん」

「……ライオネル」

恐る恐る名前を呼ぶと、ライオネルは満足そうに目を細め、ユリアンの腰を引き寄せた。

「そうだ。……ユリアン」

彼もまた、その名を呼んだ。
甘く、蕩けるような声で。その声に、ユリアンの全身が痺れるような感覚に襲われる。

その夜、二人が体を重ねた時、そこに以前のような一方的な支配はなかった。

ライオネルは、まるで壊れ物を扱うかのように、優しく、そして丁寧にユリアンの体を愛撫した。
彼の指が触れるたび、唇が触れるたび、ユリアンの体は甘く疼き、悦びの声を上げる。
それは、初めて知る愛されることの悦びだった。
互いの名前を呼び合い、互いの熱を確かめ合う。
二人は心も体も完全に一つになった。


しかし、そんな幸せな時間は、長くは続かなかった。

数日後、城下に激しい揺れが走った。
王国の北部に位置する火山の噴火による、大規模な地震だった。
幸い王都に大きな被害はなかったものの、麓の村々が壊滅的な打撃を受けたという報告が、すぐにもたらされる。

「俺が行く」

ライオネルは、即座にそう決断した。
「危険です、陛下!」とグレンの言葉にも、耳を貸さない。

「王とは、民の先頭に立ち、その苦しみを分かち合う者だ。玉座で報告を待っているだけなど俺にはできん」

その瞳には、王としての強い決意と覚悟が宿っていた。
ユリアンは、何も言うことができなかった。彼のその姿こそが自分が愛した獣王の姿なのだから。

「ユリアン、留守を頼む」

「……はい。幸運をお祈りしております」

ライオネルは、ユリアンの額にそっとキスを落とすと救援部隊を率いて、すぐさま被災地へと出発した。

王の不在は、城の空気を再び重くした。
ユリアンは、ライオネルの私室で、ただひたすらに彼の無事を祈る日々を送る。
そんなある日、宰相のグレンが、一人の客人を連れてユリアンの元を訪れた。

「ユリアン様、ご紹介いたします。大神官のセラフィオ様です」

そこにいたのは、柔和な笑みを浮かべた白髪の老人だった。
神殿の長である彼は、この国で王に次ぐ影響力を持つと言われている。

「お初にお目にかかります、ユリアン様。お噂はかねがね……」

セラフィオは、ユリアンに深々と一礼した。その物腰は柔らかいが、達観したような眼差しは、ユリアンの内面までも見抜いているように思えた。

「陛下は、お前のことをえらく気に入っておられるようじゃな。あの頑なだったお方が番を定められるとは。これも、星の導きか……」

セラフィオは、意味深な言葉を口にしながら、ユリアンとお茶を飲んだ。
彼は、古代の伝承や神話に詳しく、その話はユリアンの知的好奇心を大いに刺激した。

それから、セラフィオは毎日のようにユリアンの元を訪れるようになる。
二人は書庫で古い文献を紐解きながら、様々な議論を交わした。それは、ユリアンにとって、ライオネルの不在を紛らわす楽しい時間だった。

その穏やかな時間は、ライオネルの帰還によって唐突に終わりを告げる。

十日後、被災地の復旧に目処をつけたライオネルが、城に帰還した。
ユリアンは、彼の無事な姿を見て、心から安堵し、その胸に飛び込んだ。
ライオネルもまた、愛しい番を力強く抱きしめる。

だが、その夜。
ユリアンが、セラフィオとの交流について楽しそうに語った瞬間、ライオネルの表情が、見る見るうちに険しくなっていくのに気づいた。

「……セラフィオだと?あのごますり爺と、何をそんなに親しげに話す必要がある」

「え……?でも、あの方は博識で……」

「あいつは食わせ物だ。古の予言だの、星の導きだのと、胡散臭いことばかり口にする。あまり関わらん方がいい」

その声には、明らかに嫉妬の色が滲んでいた。
ユリアンが、自分のいない間に、他の男と親しくしていた。その事実が、彼の独占欲を激しく刺激したのだ。

「そんな……セラフィオ様は、そのような方では……」

「俺の言うことが信じられないのか!」

ライオネルは、声を荒らげた。

「俺以外の男と親しげに笑い合うな。お前は、俺の番だろ!」

その言葉に、ユリアンの心は冷水を浴びせられたように冷えた。

これは、あの頃と同じだ。自分の全てを支配しようとする、一方的な独占欲。
少しは、彼のことを理解できたと思っていたのに。愛されていると、信じていたのに。それは、全て自分の思い上がりだったのだろうか。

「……あなたは、僕が誰と話そうと、口出しする権利などないはずです」

気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。

「僕は、あなたの所有物ではありません!」

その一言が、引き金だった。
ライオネルの瞳に、再び獣のような、激しい怒りの光が宿る。

「……もう一度、言ってみろ」

地を這うような低い声。
二人の間に、再び分厚く、冷たい壁が築かれようとしていた。
雪解けの後に訪れた、あまりにも早く、そして厳しい冬の再来だった。


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