遊び人の令嬢が目を付けたのは、私の真面目な婚約者でした

おいどん

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翌日、べルティーナの思惑通り、ノルトは図書室に姿を現した。

「ノルト様、昨日は申し訳ございませんでした」
「いや、問題ない。それで、私が提案したい書籍だが―――」

あらかじめ集めておいたのだろう本を、一冊ずつ説明しながらべルティーナに渡していく。
それらを興味深そうに頷きながらべルティーナは受け取っていく。
時折、ノルトの瞳を見つめることも忘れずに。

「…と、入門ならこんなものだろう」
「ご丁寧に、ありがとうございます」

最後に渡された本を、昨日と同じようにべルティーナはぎゅっと胸に抱えた。
その仕草に違和感を覚え、ノルトが怪訝そうな表情で彼女を伺い見る。

「あ、えっと…わたくし、あまり良い噂がないでしょう?だから、このように接していただくことはあまりなくて…」
「…貴女は、ただ勉学に励もうとしているだけだろう?」
「えぇ、でも、わたくしが殿方に話しかけると、どうもそうは捉えていただけないようです」

ノルトは眉間に皺を寄せ、口を噤む。
彼もべルティーナの噂がどのようなものかは知っているだろう。
けれど、真実はそうではないとしたら?
べルティーナが誤解されているだけの、可哀想な女生徒だとしたら?

「…わたくしと共にいると、ノルト様にもご迷惑をおかけしてしまうかもしれません。この本、大切に読ませていただきますね」

眉尻を下げ、悲しそうに微笑むと、べルティーナはノルトに一礼して背を向ける。
歩き出そうとした、その時。

「待ちなさい、べルティーナ嬢」



―――勝った。



ノルトに呼び止められ、べルティーナは振り返る。

「何かわからないことがあれば、いつでも私を頼りなさい。少しは力になれると思う」
「ノルト様…ありがとうございます」

べルティーナは安心したような、今にも泣きだしそうな表情を浮かべ、ノルトに礼を言った。
相変わらずノルトの表情は固かったが、その声色は優しかった。

これで彼は、私を放っておけなくなる。
焦っちゃだめ、べルティーナ。
じわじわと攻め込んでいけば、彼自身も気付かないうちに、頭の中は私で一杯になる。

女を知らない真面目クンは、不用心に美しい花に歩み寄る。
そこが底なし沼の上とも知らずに、ね?



―――――



講義終わり、エリーネはルチアと挨拶を交わし、教室を出た。
美しい学園の中庭を横断する渡り廊下を歩いていく。
規則正しく植えられた花々と、噴水の音が心地良く響くこの中庭は、生徒の憩いの場だった。
談笑の場であり、情報交換の場であり、はたまた男女の親交を深める場でもあり。
そんな場所で楽しそうな声と共に行き交う生徒たちの中、ひと際高い笑い声がエリーネの耳に入った。

…べルティーナ様の声だわ。

何と無しにその方向に顔を向けると、離れた場所ではあるが、確かに中庭のベンチに座る彼女が目に入った。
その横に座る、ノルトの姿も。

「…ノルト、様?」

ノルトを見上げ、目を細めて微笑むべルティーナに、表情こそ変わらないが、何かを話しているノルト。
精悍な顔つきのノルトと華やかなべルティーナの姿は、正に貴族の気品を醸し出していた。

なんで、ノルト様がべルティーナ様と一緒にいるの…?

ばくばくと、心臓が高鳴る。
今まで感じたことのない不安が、エリーネを襲う。

偶然会って、話しているだけかもしれない。
―――でもそれなら、隣に座ってまで話すかしら?

生徒会の仕事で、話しかけただけかもしれない。
―――でもそれなら、べルティーナ様があんな顔で微笑むかしら?

エリーネの頭の中で、自問自答の言葉がぐるぐると渦巻いていく。
まるで時が止まったかのように、二人から目が離せなかった。

こんなことを、考えたこともあった。
彼程魅力的な男性なら、自分以外の女性を側に置くこともあるかもしれない、と。
それでも良かった。
例え彼に心から愛する女性ができたとしても、きっと妻となった私を貶めるようなことはしないはずだから。
そう思っていた、はずなのに。

呼吸さえも止まるかと思われたその時間の中で、べルティーナの美しいアメジストの瞳がゆっくりとエリーネを捉える。
彼女の左手に覆われた唇が弧を描き、優越感に満ちた表情で、クスリと笑った。

エリーネはその場から逃げ出すように、鞄を抱えて走り出した。

べルティーナの目は、確かにエリーネを見ていた。
その上で、笑ったのだ。
あれは、偶然でもなければ、強制でもない。
二人は、互いの意思でそこにいたのだ。

何かが込み上げてくるように、目頭がぐっと熱くなる。

あぁ、なんて惨めなんだろう―――



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