3 / 6
3
しおりを挟む翌日、べルティーナの思惑通り、ノルトは図書室に姿を現した。
「ノルト様、昨日は申し訳ございませんでした」
「いや、問題ない。それで、私が提案したい書籍だが―――」
あらかじめ集めておいたのだろう本を、一冊ずつ説明しながらべルティーナに渡していく。
それらを興味深そうに頷きながらべルティーナは受け取っていく。
時折、ノルトの瞳を見つめることも忘れずに。
「…と、入門ならこんなものだろう」
「ご丁寧に、ありがとうございます」
最後に渡された本を、昨日と同じようにべルティーナはぎゅっと胸に抱えた。
その仕草に違和感を覚え、ノルトが怪訝そうな表情で彼女を伺い見る。
「あ、えっと…わたくし、あまり良い噂がないでしょう?だから、このように接していただくことはあまりなくて…」
「…貴女は、ただ勉学に励もうとしているだけだろう?」
「えぇ、でも、わたくしが殿方に話しかけると、どうもそうは捉えていただけないようです」
ノルトは眉間に皺を寄せ、口を噤む。
彼もべルティーナの噂がどのようなものかは知っているだろう。
けれど、真実はそうではないとしたら?
べルティーナが誤解されているだけの、可哀想な女生徒だとしたら?
「…わたくしと共にいると、ノルト様にもご迷惑をおかけしてしまうかもしれません。この本、大切に読ませていただきますね」
眉尻を下げ、悲しそうに微笑むと、べルティーナはノルトに一礼して背を向ける。
歩き出そうとした、その時。
「待ちなさい、べルティーナ嬢」
―――勝った。
ノルトに呼び止められ、べルティーナは振り返る。
「何かわからないことがあれば、いつでも私を頼りなさい。少しは力になれると思う」
「ノルト様…ありがとうございます」
べルティーナは安心したような、今にも泣きだしそうな表情を浮かべ、ノルトに礼を言った。
相変わらずノルトの表情は固かったが、その声色は優しかった。
これで彼は、私を放っておけなくなる。
焦っちゃだめ、べルティーナ。
じわじわと攻め込んでいけば、彼自身も気付かないうちに、頭の中は私で一杯になる。
女を知らない真面目クンは、不用心に美しい花に歩み寄る。
そこが底なし沼の上とも知らずに、ね?
―――――
講義終わり、エリーネはルチアと挨拶を交わし、教室を出た。
美しい学園の中庭を横断する渡り廊下を歩いていく。
規則正しく植えられた花々と、噴水の音が心地良く響くこの中庭は、生徒の憩いの場だった。
談笑の場であり、情報交換の場であり、はたまた男女の親交を深める場でもあり。
そんな場所で楽しそうな声と共に行き交う生徒たちの中、ひと際高い笑い声がエリーネの耳に入った。
…べルティーナ様の声だわ。
何と無しにその方向に顔を向けると、離れた場所ではあるが、確かに中庭のベンチに座る彼女が目に入った。
その横に座る、ノルトの姿も。
「…ノルト、様?」
ノルトを見上げ、目を細めて微笑むべルティーナに、表情こそ変わらないが、何かを話しているノルト。
精悍な顔つきのノルトと華やかなべルティーナの姿は、正に貴族の気品を醸し出していた。
なんで、ノルト様がべルティーナ様と一緒にいるの…?
ばくばくと、心臓が高鳴る。
今まで感じたことのない不安が、エリーネを襲う。
偶然会って、話しているだけかもしれない。
―――でもそれなら、隣に座ってまで話すかしら?
生徒会の仕事で、話しかけただけかもしれない。
―――でもそれなら、べルティーナ様があんな顔で微笑むかしら?
エリーネの頭の中で、自問自答の言葉がぐるぐると渦巻いていく。
まるで時が止まったかのように、二人から目が離せなかった。
こんなことを、考えたこともあった。
彼程魅力的な男性なら、自分以外の女性を側に置くこともあるかもしれない、と。
それでも良かった。
例え彼に心から愛する女性ができたとしても、きっと妻となった私を貶めるようなことはしないはずだから。
そう思っていた、はずなのに。
呼吸さえも止まるかと思われたその時間の中で、べルティーナの美しいアメジストの瞳がゆっくりとエリーネを捉える。
彼女の左手に覆われた唇が弧を描き、優越感に満ちた表情で、クスリと笑った。
エリーネはその場から逃げ出すように、鞄を抱えて走り出した。
べルティーナの目は、確かにエリーネを見ていた。
その上で、笑ったのだ。
あれは、偶然でもなければ、強制でもない。
二人は、互いの意思でそこにいたのだ。
何かが込み上げてくるように、目頭がぐっと熱くなる。
あぁ、なんて惨めなんだろう―――
58
あなたにおすすめの小説
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
9時から5時まで悪役令嬢
西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」
婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。
ならば私は願い通りに動くのをやめよう。
学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで
昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。
さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。
どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。
卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ?
なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか?
嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。
今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。
冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。
☆別サイトにも掲載しています。
※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。
これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。
【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ
月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。
泣くのも違う。怒るのも違う。
ただ静かに消えよう。
そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。
画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。
相手に気付かれた? 見られた?
「未練ある」って思われる!?
恐怖でブロックボタンを連打した夜。
カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。
[完結]気付いたらザマァしてました(お姉ちゃんと遊んでた日常報告してただけなのに)
みちこ
恋愛
お姉ちゃんの婚約者と知らないお姉さんに、大好きなお姉ちゃんとの日常を報告してただけなのにザマァしてたらしいです
顔文字があるけどウザかったらすみません
とある伯爵の憂鬱
如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。
年上令嬢の三歳差は致命傷になりかねない...婚約者が侍女と駆け落ちしまして。
恋せよ恋
恋愛
婚約者が、侍女と駆け落ちした。
知らせを受けた瞬間、胸の奥がひやりと冷えたが——
涙は出なかった。
十八歳のアナベル伯爵令嬢は、静かにティーカップを置いた。
元々愛情などなかった婚約だ。
裏切られた悔しさより、ただ呆れが勝っていた。
だが、新たに結ばれた婚約は......。
彼の名はオーランド。元婚約者アルバートの弟で、
学院一の美形と噂される少年だった。
三歳年下の彼に胸の奥がふわりと揺れる。
その後、駆け落ちしたはずのアルバートが戻ってきて言い放った。
「やり直したいんだ。……アナベル、俺を許してくれ」
自分の都合で裏切り、勝手に戻ってくる男。
そして、誰より一途で誠実に愛を告げる年下の弟君。
アナベルの答えは決まっていた。
わたしの婚約者は——あなたよ。
“おばさん”と笑われても構わない。
この恋は、誰にも譲らない。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
ほんの少しの仕返し
turarin
恋愛
公爵夫人のアリーは気づいてしまった。夫のイディオンが、離婚して戻ってきた従姉妹フリンと恋をしていることを。
アリーの実家クレバー侯爵家は、王国一の商会を経営している。その財力を頼られての政略結婚であった。
アリーは皇太子マークと幼なじみであり、マークには皇太子妃にと求められていたが、クレバー侯爵家の影響力が大きくなることを恐れた国王が認めなかった。
皇太子妃教育まで終えている、優秀なアリーは、陰に日向にイディオンを支えてきたが、真実を知って、怒りに震えた。侯爵家からの離縁は難しい。
ならば、周りから、離縁を勧めてもらいましょう。日々、ちょっとずつ、仕返ししていけばいいのです。
もうすぐです。
さようなら、イディオン
たくさんのお気に入りや♥ありがとうございます。感激しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる