塩対応な悪役令嬢なのに、溺愛逆ハーレムって本当ですか?

夏乃みのり

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学園祭の演劇練習が、本格的に始まった。
場所は、本番でも使用される講堂の舞台。
生徒たちは、放課後の貴重な時間を使い、熱心にセリフ合わせや立ち稽古に励んでいた。

「くそっ! 悪の魔女め、姫は俺が守る!」
「王子様! お待ちください!」

熱の入った演技が、講堂に響き渡る。
演出を担当する教師も、声を張り上げて指示を飛ばしていた。

「そこ! 動きが硬いぞ!」
「もっと感情を込めて!」

その、熱気あふれる舞台の片隅。
最も重要な役割であるはずの、主役・姫君の姿が、どこにも見当たらなかった。

「あれ? セレスティナ様は?」
ミレイナが、キョロキョロと辺りを見回す。

「ヴァイスハイト公! まだ来ていないのか!」
教師が、苛立たしげに叫ぶ。

「いえ、先生! セレスティナ様なら、もういらしてますわ!」
舞台袖を指さす、別の生徒の声がした。

「なに? どこだ!」

「あそこです。……ほら、舞台セットの、ベッドの上……」

全員の視線が、舞台の奥に設置された、姫君役のための豪華な天蓋付きベッドに集まった。
そこには。

「……」

すでに完璧な衣装(練習用の簡素なネグリジェ)に着替え、ふかふかの布団にくるまり、この世の終わりのように幸せそうな顔で、熟睡しているセレスティナの姿があった。

スースーと、穏やかな寝息さえ聞こえてくる。

「「「…………」」」

講堂が、一瞬、静まり返った。

「お、おい……。あれ、本気で寝てないか?」
「嘘だろ……。俺たち、こんなに真剣に練習してるのに」
「さすがに、不謹慎じゃ……」

生徒たちが、ざわめき始める。

「ヴァイスハイト公!! 起きなさい!!!」
教師の怒声が、講堂に響き渡った。

「ん……」

セレスティナは、心底面倒くさそうに、ゆっくりと目を開けた。
そして、自分に注目が集まっていることに気づき、わずかに眉をひそめる。

「……何ですの。そんなに大声を出さなくても、聞こえておりますわ」

「聞こえているなら、返事をしなさい! 君は、主役だろうが!」

「わたくしは、主役の務めを、果たしておりましたが」

「……は?」
教師が、怪訝な顔をする。

セレスティナは、眠い目をこすりながら、心外だというように言った。

「わたくしの役は、『眠れる森の美女』。違いましたか?」

「そ、そうだが……」

「わたくしは、今、完璧に『眠って』おりました。何か、問題でも?」

「「「…………」」」

(……問題しか、ないわ!)
教師は、頭を抱えた。
(こいつ、本気で、寝るためだけに来やがった……!)

「だ、だめだ! 冒頭のシーンがあるだろう! 呪いをかけられる前の、華やかな誕生日のシーンが!」

「……ああ。そういえば、そんなものも、ありましたわね」
セレスティナは、面倒くさそうに、ゆっくりとベッドから身を起こした。

「(……面倒だわ。やはり、寝ているだけでは、許されないのね)」

「さあ! 早くこっちへ来なさい! 王様役と、王妃様役が待っている!」

「先生」
セレスティナは、一つ、提案をした。

「その、冒頭のシーン。いっそ、カットしてはいかがでしょう」

「できるわけないだろう!! 物語が始まらない!!」

「ナレーションで、『昔々、呪いをかけられた姫が眠っていました』と済ませれば、時間の短縮にもなり、合理的かと」

「却下だ!!!」

(……面倒な教師だわ)
セレスティナは、仕方なく、重い足取りで舞台の中央へと向かった。

「では、冒頭シーン、行きます!」
「姫君よ、十六歳の誕生日、おめでとう!」
王様役の生徒が、朗々とセリフを言う。

「……」
セレスティナは、無言で立っている。

「……ヴァイスハイト公? セリフ!」
教師が、小声で促す。

「(……ああ)」
セレスティナは、思い出したように口を開いた。

「まあ、嬉しいわ」

「「「…………」」」

一切の感情がこもっていない、完璧な棒読みだった。

「(……ひどい)」
「(やる気ゼロだ……)」
「(大根役者にも、ほどがある……)」
生徒たちの心の声が、一つになった。

だが、その時。
ミレイナ・ハートだけが、胸の前で手を組み、感動に打ち震えていた。

「(きゃああああ! なんて、斬新な姫君なの……!)」
彼女の勘違い回路が、フルスロットルで稼働する。

(普通の女優なら、ここで、満面の笑みで『嬉しいわ!』と叫ぶはず……!)
(でも、セレスティナ様は違う!)
(あえて、感情を排したクールな演技……!)
(これは、きっと、『この後に訪れる、自らの過酷な運命(呪い)』を、予見している姫君の、高度な表現なんだわ!)

「(深い……! 深すぎるわ、セレスティナ様の役作り!)」

「次! 悪の魔女、登場!」
「呪われよ! 姫は、紡錘(つむ)に指を刺し、死ぬのだ!」

悪の魔女役の生徒が、迫真の演技を見せる。
姫が、恐怖に震えるシーンだ。

セレスティナは。

「(……あくびが出そうだわ)」
眠気をこらえ、無表情で立っている。

「(……すごい!)」
ミレイナが、再び感動する。
(悪の魔女の呪いを前にしても、全く動じない! なんて、気高く、クールな姫君なの!)

「はい、カットー!!」
教師が、ついに叫んだ。

「だめだ! ヴァイスハイト公! 君は、本当に、やる気があるのかね!?」

「申し訳ございません。わたくし、演技の才能は、皆無ですので」
セレスティナは、あっさりと認めた。
(才能がないのだから、仕方ないでしょう)

「うう……! だが、君を推薦したのは、皇太子殿下や、ルシアン先生で……! 私の一存では、降ろせない……!」
教師が、頭を抱えてうずくまる。

「先生! 大丈夫です!」
ミレイナが、満面の笑みで割って入った。

「セレスティナ様は、本番に強いタイプなんです! きっと、素晴らしい演技を……!」

「いいえ、ミレイナさん。本番も、期待しないでくださいまし」
セレスティナが、その勘違いを、バッサリと切り捨てる。

「ですが、わたくしに、一つだけ。完璧にこなせるお約束がございますわ」

「……なんだね?」
教師が、すがるような目で彼女を見た。

セレスティナは、ゆっくりと、舞台セットのベッドを指さした。

「あそこで、『完璧に眠り続ける』こと。それだけは、学園の誰にも、負ける気がいたしませんの」

「「「…………」」」

彼女は、心の底から、自信に満ちた顔で、言い切った。

「(……こいつ、本当に、寝る気しかないんだな……)」
教師と生徒たちの心が、再び一つになった。

「では、わたくしの出番(眠るシーン)まで、あちらで待機(熟睡)しておりますので。冒頭シーンの練習は、どうぞ、お気兼ねなく」

セレスティナは、優雅に一礼すると、待ってましたとばかりに、再びベッドへと戻っていく。
そして、布団にくるまり、わずか三十秒で、幸せそうな寝息を立て始めた。

「……」
「……練習、続けるか」
「……ああ。主役が、ああだからな……」

残された生徒たちは、やる気ゼロの姫君を横目に、虚しさを覚えながら、練習を再開するしかなかった。

「(素敵……! 役作りのために、本番のコンディションを整えていらっしゃるんだわ……!)」

ミレイナだけが、あらぬ方向の解釈を深め、目を輝かせている。
学園祭本番まで、あと一週間。
波乱の予感しか、しなかった。
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