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大広間を包んでいた拍手が鳴り止むと、重苦しい沈黙が降りた。
勝敗は誰の目にも明らかだった。
数字という絶対的な事実の前に、ジェラルド殿下の感情論は脆くも崩れ去ったのだ。
借金の山、捏造された日記、そして横領の濡れ衣。
全てが白日の下に晒された今、彼に残された道は潔く罪を認め、謝罪することだけ……のはずだった。
「……ふ、ふん! だからなんだと言うんだ!」
ジェラルド殿下は、震える膝を叩いて立ち上がった。
その目はまだ死んでいない。
いや、現実逃避の果てに、別の世界を見ているような危うい光を宿している。
「殿下?」
私が問いかけると、彼は顔を真っ赤にして叫んだ。
「金? 仕事? そんなものは臣下がやればいいことだ! 王族である私が気にする必要はない!」
「……あの、その臣下がいなくなったから、今困っているのでは?」
「うるさい! 私が言いたいのは、もっと根本的なことだ! 『王の資質』としての話だ!」
殿下はバッと両手を広げ、会場の貴族たちに訴えかけた。
「いいか、皆の者! 王妃とは、国の顔だ! 美しく、可憐で、見ているだけで心が癒される『華』でなければならない!」
彼は隣で鼻水をすすっているミナ様を指差した。
「見ろ、ミナを! 今は少し薄汚れているが、磨けば光る原石だ! 彼女には愛嬌がある! 可愛げがある! 守ってあげたくなる儚さがある!」
そして、今度はビシッと私を指差した。
「だが、ラミリアはどうだ! 見ろ、この可愛げのなさを!」
「はい?」
「常に冷静沈着! 笑顔は営業スマイル! 口を開けば『予算が』『効率が』と小言ばかり! 色気もへったくれもない!」
殿下は言いたい放題だ。
まあ、否定はしない。
私は確かに、色恋よりも業務効率を優先する女だ。
「私は癒されたいんだ! 公務で疲れた時、難しい顔で数字を突きつけてくる女より、『殿下すごーい♡』と甘えてくれる女が良いに決まっているだろう! ラミリアには『華』がないんだよ!」
殿下の叫びが木霊する。
「華がない」。
それは、婚約していた頃から何度も言われてきた言葉だ。
地味で、堅物で、面白みがない女だと。
会場の男性貴族の中には、苦笑いしながら「まあ、男としては分からなくもない」という顔をしている者も数名いた。
やはり、愛嬌というのは強力な武器なのだ。
私は少しだけ胸が痛んだ。
アレクセイ様が「魔法だ」と言ってくれても、やはり世間一般の評価はこうなのだろうか。
私が反論しようと口を開きかけた、その時。
「……くだらん」
玉座から、深く、重い声が降ってきた。
国王陛下だ。
陛下は肘掛けに頬杖をつき、冷めきった目で息子を見下ろしていた。
「父上! 分かってくださいますよね!? 男なら、華のある女性を求めるのは本能です!」
「ジェラルドよ」
陛下は静かに言った。
「そなたは、農夫の話を知っているか?」
「は? 農夫?」
「ある農夫がいた。彼は畑に、美しい花ばかりを植えた。実のなる野菜や、根を張る麦は『地味で土臭いから』と言って全て引き抜いてしまった」
陛下は淡々と語る。
「花は咲き乱れ、畑は美しく彩られた。農夫は毎日その花を愛でて暮らした。……さて、冬が来た時、その農夫はどうなったと思う?」
「えっと……花束を作って売った、とか?」
「餓死したのだよ」
「えっ」
「花は腹を満たさない。見た目が美しいだけでは、厳しい冬を越すことはできんのだ」
陛下はゆっくりと立ち上がった。
その威圧感に、殿下が後ずさる。
「国も同じだ。華やかなパレードや、甘い言葉だけでは国は回らん。民は食えん。……地味で、土に塗れ、目に見えないところで根を張り、実を結ぶ者たちがいてこそ、国は存続するのだ」
「そ、それは……」
「ラミリア嬢は『実』だ。この国の根幹を支える、豊かな大地そのものだ。対して、そなたが選んだその娘はなんだ? ……造花か?」
「ぞ、造花……!?」
ミナ様がショックで口を押さえる。
「ジェラルド。私はお前に何度も教えたはずだ。『華より実を取れ』とな。……お前は、見かけの華やかさに目が眩み、一番大切な栄養源を自ら捨てたのだ」
陛下の言葉は、決定的な宣告だった。
「華がない女などいらん? 結構だ。ならば言わせてもらおう」
陛下は声を張り上げた。
「実を取れぬ王など、この国には不要だ!!」
ドォォォン!!
雷が落ちたような衝撃。
殿下は顔面蒼白になり、ガクガクと膝を震わせた。
「ふ、不要……? 私が……?」
「そうだ。お前は王族としての美的感覚も、経営感覚も欠如している。ラミリア嬢の価値を見抜けなかった時点で、お前の目は節穴以下だ!」
陛下の叱責は止まらない。
積年の(主にこの一ヶ月の激務の)恨みが爆発しているようだ。
「それにだな」
そこで、今まで黙っていた『もう一人の魔王』が口を挟んだ。
アレクセイ様だ。
彼は不機嫌そうに眉を寄せ、私を抱き寄せた。
「兄上の例え話は分かりやすいが、一つ訂正がある」
「ん? なんだアレクセイ」
「ラミリアに『華がない』というのは間違いだ。……彼女は美しい」
アレクセイ様は、会場中の全視線を私に集めさせた。
「見ろ、この凛とした立ち姿を。知性に裏打ちされた瞳の輝きを。そして、私の隣で微笑む時の、雪解けのような柔らかさを」
「あ、アレクセイ様? 恥ずかしいです……」
「黙っていろ、事実だ。……ジェラルド、貴様の目が腐っているだけだ。ラミリアは派手な色の花ではないかもしれないが、夜闇に咲く月下美人のように、見る目のある者だけを魅了する高貴な華だ」
アレクセイ様の強烈なノロケに、会場の女性たちが「きゃーっ!」「言われてみたい!」「公爵様の溺愛フィルターが厚すぎる!」と黄色い声を上げる。
「そ、そんな……。地味な眼鏡女だったのに……」
殿下は呆然と私を見た。
今の私は、アレクセイ様に愛され、自信を持ち、最高級のドレスを纏っている。
かつての「都合の良い女」の面影はない。
「……綺麗だ」
殿下が無意識に呟いた。
逃した魚は大きい、なんてものではない。
逃した魚が、伝説のリヴァイアサンになって戻ってきたような絶望感だろう。
「認めよう、ジェラルド」
陛下が冷たく告げた。
「お前の負けだ。言い訳はもう聞かん」
「ま、待ってください! まだです! まだ私にはミナがいます! 彼女は……彼女は……!」
殿下は必死にミナ様を見た。
しかし、頼みの綱のミナ様は、もはや涙も枯れ果て、顔の化粧がドロドロに溶けてホラー映画のようになっていた。
「華」の面影はどこにもない。
「……終わったな」
誰かが呟いた。
その言葉通り、ジェラルド殿下の「言い訳タイム」は、完膚なきまでに叩き潰されたのだった。
私は小さく息を吐いた。
胸のつかえが取れた気がする。
「華がない」という呪い。
それを、陛下は「実」としての価値で肯定し、アレクセイ様は「愛」というフィルターで否定してくれた。
(私は、私のままでいいんだ)
そう思えた瞬間、私の中で何かが吹っ切れた。
もう、過去の自分を卑下する必要はない。
「さあ、判決の時間だ」
陛下が玉座に座り直す。
いよいよ、この長い茶番劇に終止符が打たれる時が来た。
勝敗は誰の目にも明らかだった。
数字という絶対的な事実の前に、ジェラルド殿下の感情論は脆くも崩れ去ったのだ。
借金の山、捏造された日記、そして横領の濡れ衣。
全てが白日の下に晒された今、彼に残された道は潔く罪を認め、謝罪することだけ……のはずだった。
「……ふ、ふん! だからなんだと言うんだ!」
ジェラルド殿下は、震える膝を叩いて立ち上がった。
その目はまだ死んでいない。
いや、現実逃避の果てに、別の世界を見ているような危うい光を宿している。
「殿下?」
私が問いかけると、彼は顔を真っ赤にして叫んだ。
「金? 仕事? そんなものは臣下がやればいいことだ! 王族である私が気にする必要はない!」
「……あの、その臣下がいなくなったから、今困っているのでは?」
「うるさい! 私が言いたいのは、もっと根本的なことだ! 『王の資質』としての話だ!」
殿下はバッと両手を広げ、会場の貴族たちに訴えかけた。
「いいか、皆の者! 王妃とは、国の顔だ! 美しく、可憐で、見ているだけで心が癒される『華』でなければならない!」
彼は隣で鼻水をすすっているミナ様を指差した。
「見ろ、ミナを! 今は少し薄汚れているが、磨けば光る原石だ! 彼女には愛嬌がある! 可愛げがある! 守ってあげたくなる儚さがある!」
そして、今度はビシッと私を指差した。
「だが、ラミリアはどうだ! 見ろ、この可愛げのなさを!」
「はい?」
「常に冷静沈着! 笑顔は営業スマイル! 口を開けば『予算が』『効率が』と小言ばかり! 色気もへったくれもない!」
殿下は言いたい放題だ。
まあ、否定はしない。
私は確かに、色恋よりも業務効率を優先する女だ。
「私は癒されたいんだ! 公務で疲れた時、難しい顔で数字を突きつけてくる女より、『殿下すごーい♡』と甘えてくれる女が良いに決まっているだろう! ラミリアには『華』がないんだよ!」
殿下の叫びが木霊する。
「華がない」。
それは、婚約していた頃から何度も言われてきた言葉だ。
地味で、堅物で、面白みがない女だと。
会場の男性貴族の中には、苦笑いしながら「まあ、男としては分からなくもない」という顔をしている者も数名いた。
やはり、愛嬌というのは強力な武器なのだ。
私は少しだけ胸が痛んだ。
アレクセイ様が「魔法だ」と言ってくれても、やはり世間一般の評価はこうなのだろうか。
私が反論しようと口を開きかけた、その時。
「……くだらん」
玉座から、深く、重い声が降ってきた。
国王陛下だ。
陛下は肘掛けに頬杖をつき、冷めきった目で息子を見下ろしていた。
「父上! 分かってくださいますよね!? 男なら、華のある女性を求めるのは本能です!」
「ジェラルドよ」
陛下は静かに言った。
「そなたは、農夫の話を知っているか?」
「は? 農夫?」
「ある農夫がいた。彼は畑に、美しい花ばかりを植えた。実のなる野菜や、根を張る麦は『地味で土臭いから』と言って全て引き抜いてしまった」
陛下は淡々と語る。
「花は咲き乱れ、畑は美しく彩られた。農夫は毎日その花を愛でて暮らした。……さて、冬が来た時、その農夫はどうなったと思う?」
「えっと……花束を作って売った、とか?」
「餓死したのだよ」
「えっ」
「花は腹を満たさない。見た目が美しいだけでは、厳しい冬を越すことはできんのだ」
陛下はゆっくりと立ち上がった。
その威圧感に、殿下が後ずさる。
「国も同じだ。華やかなパレードや、甘い言葉だけでは国は回らん。民は食えん。……地味で、土に塗れ、目に見えないところで根を張り、実を結ぶ者たちがいてこそ、国は存続するのだ」
「そ、それは……」
「ラミリア嬢は『実』だ。この国の根幹を支える、豊かな大地そのものだ。対して、そなたが選んだその娘はなんだ? ……造花か?」
「ぞ、造花……!?」
ミナ様がショックで口を押さえる。
「ジェラルド。私はお前に何度も教えたはずだ。『華より実を取れ』とな。……お前は、見かけの華やかさに目が眩み、一番大切な栄養源を自ら捨てたのだ」
陛下の言葉は、決定的な宣告だった。
「華がない女などいらん? 結構だ。ならば言わせてもらおう」
陛下は声を張り上げた。
「実を取れぬ王など、この国には不要だ!!」
ドォォォン!!
雷が落ちたような衝撃。
殿下は顔面蒼白になり、ガクガクと膝を震わせた。
「ふ、不要……? 私が……?」
「そうだ。お前は王族としての美的感覚も、経営感覚も欠如している。ラミリア嬢の価値を見抜けなかった時点で、お前の目は節穴以下だ!」
陛下の叱責は止まらない。
積年の(主にこの一ヶ月の激務の)恨みが爆発しているようだ。
「それにだな」
そこで、今まで黙っていた『もう一人の魔王』が口を挟んだ。
アレクセイ様だ。
彼は不機嫌そうに眉を寄せ、私を抱き寄せた。
「兄上の例え話は分かりやすいが、一つ訂正がある」
「ん? なんだアレクセイ」
「ラミリアに『華がない』というのは間違いだ。……彼女は美しい」
アレクセイ様は、会場中の全視線を私に集めさせた。
「見ろ、この凛とした立ち姿を。知性に裏打ちされた瞳の輝きを。そして、私の隣で微笑む時の、雪解けのような柔らかさを」
「あ、アレクセイ様? 恥ずかしいです……」
「黙っていろ、事実だ。……ジェラルド、貴様の目が腐っているだけだ。ラミリアは派手な色の花ではないかもしれないが、夜闇に咲く月下美人のように、見る目のある者だけを魅了する高貴な華だ」
アレクセイ様の強烈なノロケに、会場の女性たちが「きゃーっ!」「言われてみたい!」「公爵様の溺愛フィルターが厚すぎる!」と黄色い声を上げる。
「そ、そんな……。地味な眼鏡女だったのに……」
殿下は呆然と私を見た。
今の私は、アレクセイ様に愛され、自信を持ち、最高級のドレスを纏っている。
かつての「都合の良い女」の面影はない。
「……綺麗だ」
殿下が無意識に呟いた。
逃した魚は大きい、なんてものではない。
逃した魚が、伝説のリヴァイアサンになって戻ってきたような絶望感だろう。
「認めよう、ジェラルド」
陛下が冷たく告げた。
「お前の負けだ。言い訳はもう聞かん」
「ま、待ってください! まだです! まだ私にはミナがいます! 彼女は……彼女は……!」
殿下は必死にミナ様を見た。
しかし、頼みの綱のミナ様は、もはや涙も枯れ果て、顔の化粧がドロドロに溶けてホラー映画のようになっていた。
「華」の面影はどこにもない。
「……終わったな」
誰かが呟いた。
その言葉通り、ジェラルド殿下の「言い訳タイム」は、完膚なきまでに叩き潰されたのだった。
私は小さく息を吐いた。
胸のつかえが取れた気がする。
「華がない」という呪い。
それを、陛下は「実」としての価値で肯定し、アレクセイ様は「愛」というフィルターで否定してくれた。
(私は、私のままでいいんだ)
そう思えた瞬間、私の中で何かが吹っ切れた。
もう、過去の自分を卑下する必要はない。
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