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30.無事でいて
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sideレティシア
「捕虜ですって!!!」
思わず声が裏返った。その知らせは、冷たい冬風のように私の体を貫いた。
第二王子が、例の事件の協定を結ぶための代表として出発してからちょうど一週間。もちろん近衛隊長であるスヴェイン様も同行している。
当初、この交渉役は第一王子が務める予定だった。だが、きっとあの臆病者は、まるで子供のように逃げ腰になり、結局、冷静さが評判の第二王子に任せる形になったのだろう。
私は、正直少し不満だった。
無事の知らせを待っていた私に届いた知らせは想像を遥かに超えていた。
「落ち着いてください、お嬢様。会談の場所に向かったところ、同じ人数で臨むという約束を破り、倍の人数を引き連れてきていたカリストリア国が、一斉に捕らえたそうです」
バレンの声は、重苦しく響いた。
「一斉に……? じゃあ、その情報はどこから?」
「それが――スヴェイン様が急いで書いた手紙をソレイユの鞍に括り付けたようで……。ソレイユが先ほど、隊の敷地に戻ってきました」
ソレイユ――スヴェイン様の愛馬。
「……ソレイユに会いに行くわ」
厩舎に駆け込むと、真っ白だったソレイユの毛は、血が染み付いて赤くなっていた。その鮮烈な色彩に目を奪われる。
「ソレイユは怪我をしているの?」
震える声で尋ねると、近くにいた世話係が答えた。
「いいえ、これは返り血のようです。ソレイユ自身の傷はかすり傷程度で、すでに手当は済んでおります」
まさか、スヴェイン様の血……? 胸が強く締め付けられる。
ソレイユにそっと近づくと、その大きな頭を下げて、まるで叱られる子供のような仕草を見せた。きっと、主人を置いて帰ってきたことを自覚しているのだろう。
「いい子ね、ソレイユ。スヴェイン様の手紙を届けてくれて」
手を伸ばし、血で汚れたその首筋を優しく撫でる。ソレイユは甘えるように体を擦り付けてきた。その仕草が、涙を誘う。
スヴェイン様……。無事でいてください。
私は立ち上がると、ソレイユを見つめ、決意を込めて言った。
「ソレイユ、来た道を覚えているわね? 私を連れて行ってちょうだい。バレン!」
「はい!」
「私はソレイユに乗っていくわ。あなたは他の馬に乗って付いてきなさい」
「分かりました」
急いで出発しなければ。
私はソレイユに飛び乗った。
「お、おい、待て、待て! レティシア嬢! あー、まったく! 誰か俺にも馬を用意しろ!」
遠くから団長様の声が響いたが、振り返る時間も惜しい。
スヴェイン様が今どんな状況にいるのか、確かめずにはいられない。
冷たい風が頬を刺し、遠くで夕陽が沈み始めていた。刻々と時間が過ぎる中、私の焦燥感は募るばかりだった。
*****
「あそこね」
崖の上から、陣営を見下ろす。
宴を外で開くなんて……。
ずいぶん馬鹿にしてくれるじゃない。
捕虜たちは一体、どこに集められているのかしら?
『命を狙ったのに、あんな少人数で来るなんて馬鹿だろ』
『まったくだ。だから簡単に王宮に侵入されるんだ』
『失敗したと聞いた時は、がっかりしたが、結果こちらが優位になったな』
『王妃の子だろう。交渉材料としては有意義だな』
『王子以外、殺しちまってもいいのに。全員捕まえておくだけなんて、うちの王子も案外、慎重派だよな』
『使い道があるんだろ』
外での兵士たちの会話を聞いて、ほっと胸を撫で下ろす。
「よかったわ。命は無事なようですわね」
「ええ、ここからどうしましょう」
バレンと一緒に考えこむ。
「いや、ちょっと待て。お前たち、本当に口の動きで会話が読めるのか。すげえな」
「……団長様も訓練するといいですわ。できないと言うから、わざわざ通訳めいたことをしてあげたのですから」
全く、団長ともあろう者が……。
「っ、そうだな。今後のために訓練する。しかし、今は、一度戻るしかあるまいな。思った以上に人数がいる」
そうね。せめて居場所がわかれば。
「あっ! ちょっと待ってください。……食事が運ばれています。きっと捕虜はあそこですね」
バレンが指をさす。
「捕虜に食事を与えるのか? カリストリア国の兵士のテントではないのか」
「いえ、『捕虜の食事を持ってきたぞ』と言っていますし、間違いありません」
「……ああ、そ、そうか。そうなのか」
そうですわ。
「ええ、生きていることはわかりましたし、団長様の言う通り一度戻りましょう。本当は今すぐ助け出したいのですが……」
スヴェイン様、もう少しお待ちください。
再び長い道のりを急いで帰り、作戦を練る。
兵士の巡回ルートを把握し、潜入経路を見つけ出す手筈を整えたのち、睡眠効果のある煙を発生させる。そのための薬草も準備した。
団長が隊員を集めて、救出隊が出発した。
私も付いていきたい。
もちろん、その辺の騎士たちには遅れはとらない。だが、ここでスヴェイン様の帰りを待つことにした。婚約者に助けられたなど、スヴェイン様が一生、気に病むに違いないからだ。
「団長様、頼みましたわ」
「捕虜ですって!!!」
思わず声が裏返った。その知らせは、冷たい冬風のように私の体を貫いた。
第二王子が、例の事件の協定を結ぶための代表として出発してからちょうど一週間。もちろん近衛隊長であるスヴェイン様も同行している。
当初、この交渉役は第一王子が務める予定だった。だが、きっとあの臆病者は、まるで子供のように逃げ腰になり、結局、冷静さが評判の第二王子に任せる形になったのだろう。
私は、正直少し不満だった。
無事の知らせを待っていた私に届いた知らせは想像を遥かに超えていた。
「落ち着いてください、お嬢様。会談の場所に向かったところ、同じ人数で臨むという約束を破り、倍の人数を引き連れてきていたカリストリア国が、一斉に捕らえたそうです」
バレンの声は、重苦しく響いた。
「一斉に……? じゃあ、その情報はどこから?」
「それが――スヴェイン様が急いで書いた手紙をソレイユの鞍に括り付けたようで……。ソレイユが先ほど、隊の敷地に戻ってきました」
ソレイユ――スヴェイン様の愛馬。
「……ソレイユに会いに行くわ」
厩舎に駆け込むと、真っ白だったソレイユの毛は、血が染み付いて赤くなっていた。その鮮烈な色彩に目を奪われる。
「ソレイユは怪我をしているの?」
震える声で尋ねると、近くにいた世話係が答えた。
「いいえ、これは返り血のようです。ソレイユ自身の傷はかすり傷程度で、すでに手当は済んでおります」
まさか、スヴェイン様の血……? 胸が強く締め付けられる。
ソレイユにそっと近づくと、その大きな頭を下げて、まるで叱られる子供のような仕草を見せた。きっと、主人を置いて帰ってきたことを自覚しているのだろう。
「いい子ね、ソレイユ。スヴェイン様の手紙を届けてくれて」
手を伸ばし、血で汚れたその首筋を優しく撫でる。ソレイユは甘えるように体を擦り付けてきた。その仕草が、涙を誘う。
スヴェイン様……。無事でいてください。
私は立ち上がると、ソレイユを見つめ、決意を込めて言った。
「ソレイユ、来た道を覚えているわね? 私を連れて行ってちょうだい。バレン!」
「はい!」
「私はソレイユに乗っていくわ。あなたは他の馬に乗って付いてきなさい」
「分かりました」
急いで出発しなければ。
私はソレイユに飛び乗った。
「お、おい、待て、待て! レティシア嬢! あー、まったく! 誰か俺にも馬を用意しろ!」
遠くから団長様の声が響いたが、振り返る時間も惜しい。
スヴェイン様が今どんな状況にいるのか、確かめずにはいられない。
冷たい風が頬を刺し、遠くで夕陽が沈み始めていた。刻々と時間が過ぎる中、私の焦燥感は募るばかりだった。
*****
「あそこね」
崖の上から、陣営を見下ろす。
宴を外で開くなんて……。
ずいぶん馬鹿にしてくれるじゃない。
捕虜たちは一体、どこに集められているのかしら?
『命を狙ったのに、あんな少人数で来るなんて馬鹿だろ』
『まったくだ。だから簡単に王宮に侵入されるんだ』
『失敗したと聞いた時は、がっかりしたが、結果こちらが優位になったな』
『王妃の子だろう。交渉材料としては有意義だな』
『王子以外、殺しちまってもいいのに。全員捕まえておくだけなんて、うちの王子も案外、慎重派だよな』
『使い道があるんだろ』
外での兵士たちの会話を聞いて、ほっと胸を撫で下ろす。
「よかったわ。命は無事なようですわね」
「ええ、ここからどうしましょう」
バレンと一緒に考えこむ。
「いや、ちょっと待て。お前たち、本当に口の動きで会話が読めるのか。すげえな」
「……団長様も訓練するといいですわ。できないと言うから、わざわざ通訳めいたことをしてあげたのですから」
全く、団長ともあろう者が……。
「っ、そうだな。今後のために訓練する。しかし、今は、一度戻るしかあるまいな。思った以上に人数がいる」
そうね。せめて居場所がわかれば。
「あっ! ちょっと待ってください。……食事が運ばれています。きっと捕虜はあそこですね」
バレンが指をさす。
「捕虜に食事を与えるのか? カリストリア国の兵士のテントではないのか」
「いえ、『捕虜の食事を持ってきたぞ』と言っていますし、間違いありません」
「……ああ、そ、そうか。そうなのか」
そうですわ。
「ええ、生きていることはわかりましたし、団長様の言う通り一度戻りましょう。本当は今すぐ助け出したいのですが……」
スヴェイン様、もう少しお待ちください。
再び長い道のりを急いで帰り、作戦を練る。
兵士の巡回ルートを把握し、潜入経路を見つけ出す手筈を整えたのち、睡眠効果のある煙を発生させる。そのための薬草も準備した。
団長が隊員を集めて、救出隊が出発した。
私も付いていきたい。
もちろん、その辺の騎士たちには遅れはとらない。だが、ここでスヴェイン様の帰りを待つことにした。婚約者に助けられたなど、スヴェイン様が一生、気に病むに違いないからだ。
「団長様、頼みましたわ」
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