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15.バレンの小さなため息
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sideレティシア
持っていた報告書を無意識に握りつぶす音が部屋に響く。
紙がくしゃりと形を失う感触が、湧き上がる苛立ちを鎮めるどころか一層強めた。
「……この報告書を作ったのは誰?」
低く抑えた声が、空気を凍らせる。
振り返った私の瞳には、冷たい怒りが宿っていただろう。それでも、執事見習いのバレンは、いつもの調子で、得意げに笑って答える。
「いい出来でしょう。私です!!」
私です? 一瞬、言葉を失った。
「……あなた、私にケンカを売っているのね? 命が惜しくないようね?」
「何をおっしゃいます。恋には嫉妬というスパイスが必要なのでございます。お嬢様」
バレンは、私の怒りをまるで冗談と捉えているようだ。
小さいころから一緒に育ってきたこの乳兄弟は、私付きの執事見習いとなった今でも、表面上、敬っているようで全く、小さい頃と変わらない。私の反応を楽しんでいるとしか思えない。
睨みつけてもどこ吹く風といった態度に、さらに苛立ちが募る。
「リリアという女の目線で書かれているわね……あなた、このリリアに話でも聞いて、この内容なのかしら?」
「いいえ? 私が見た風景を、リリア目線で物語風に書いてみました。巷の恋愛小説より上出来ではありませんか? ああ、自分の才能が怖い! あっ、名前は近くの店の者に聞いただけで接触はしておりませんよ」
「花屋の女がすべて純粋で素朴だなんて、幻よ」
私は窓辺に目をやった。そこには咲き誇る花々が風に揺れている。しかし、その美しさとは裏腹に、私の胸中には冷たい感情が渦巻いていた。
「それに、私がいるのに、スヴェイン様に孤独を抱えた深い闇なんて、あるわけないじゃない!」
「ふぅ、お嬢様……。ちょっと話を盛っただけじゃないですか。害のなさそうな小動物のようにかわいらしい平民でしたよ。お嬢様の敵ではありません。そこまで目くじらを立てなくても……」
バレンの声には、どこか私を焚きつけるような、愉快さが混じっている。
「……愛人を許容するなんてできないわ。スヴェイン様を譲る気もない。もしこれが真実なら、この世から一人の命が、人知れず消えていくことになるわね。あなた責任とれる?」
「げっ……怖いですね」
バレンの顔に一瞬、引きつった笑みが浮かぶ。それでも、肩をすくめる仕草に、どこか軽さがあった。
「は、ほら、そんなに怖い顔をしないでくださいよ。いいんですか?」
何が? と眉をひそめると、バレンはちらりと窓の外に視線をやりながら続けた。
「スヴェイン様、『愛の誓い』が花言葉の白いバラの花束を抱えて、こちらに向かってきていますよ。お迎えしなくていいのですか?」
「え?」
思わず顔を上げる。窓の外に目を向けると午後の日差しを浴びて輝く白いバラの花束。それを抱えるスヴェイン様のその眩い光景に、一瞬、時が止まったかのような錯覚を覚える。
「もう、そんな時間?」
慌てて時計を確認し、息をついた。お待たせするわけにはいかない。
急いで椅子から立ち上がり、扉へ向かう。その背後で、バレンの軽口が届いた。
「はあ、お嬢の逆鱗に触れるのも命がけだ。あー面白かった」
面白かった?
足が一瞬止まり、振り返りたい衝動を抑える。背中越しに冷たく微笑みながら言い放つ。
「……ふふ、バレン。どうやらあなた、仕事を増やしてほしいようね。しばらく眠れると思わないことね!」
廊下を急いで歩く足音が静かに響く。その背後から、バレンの『まじかよ』という声と小さなため息が聞こえた。
きっとその顔には、諦めと苦笑が浮かんでいるのだろう――そう想像すると、ほんの少しだけ笑みがこぼれた。
持っていた報告書を無意識に握りつぶす音が部屋に響く。
紙がくしゃりと形を失う感触が、湧き上がる苛立ちを鎮めるどころか一層強めた。
「……この報告書を作ったのは誰?」
低く抑えた声が、空気を凍らせる。
振り返った私の瞳には、冷たい怒りが宿っていただろう。それでも、執事見習いのバレンは、いつもの調子で、得意げに笑って答える。
「いい出来でしょう。私です!!」
私です? 一瞬、言葉を失った。
「……あなた、私にケンカを売っているのね? 命が惜しくないようね?」
「何をおっしゃいます。恋には嫉妬というスパイスが必要なのでございます。お嬢様」
バレンは、私の怒りをまるで冗談と捉えているようだ。
小さいころから一緒に育ってきたこの乳兄弟は、私付きの執事見習いとなった今でも、表面上、敬っているようで全く、小さい頃と変わらない。私の反応を楽しんでいるとしか思えない。
睨みつけてもどこ吹く風といった態度に、さらに苛立ちが募る。
「リリアという女の目線で書かれているわね……あなた、このリリアに話でも聞いて、この内容なのかしら?」
「いいえ? 私が見た風景を、リリア目線で物語風に書いてみました。巷の恋愛小説より上出来ではありませんか? ああ、自分の才能が怖い! あっ、名前は近くの店の者に聞いただけで接触はしておりませんよ」
「花屋の女がすべて純粋で素朴だなんて、幻よ」
私は窓辺に目をやった。そこには咲き誇る花々が風に揺れている。しかし、その美しさとは裏腹に、私の胸中には冷たい感情が渦巻いていた。
「それに、私がいるのに、スヴェイン様に孤独を抱えた深い闇なんて、あるわけないじゃない!」
「ふぅ、お嬢様……。ちょっと話を盛っただけじゃないですか。害のなさそうな小動物のようにかわいらしい平民でしたよ。お嬢様の敵ではありません。そこまで目くじらを立てなくても……」
バレンの声には、どこか私を焚きつけるような、愉快さが混じっている。
「……愛人を許容するなんてできないわ。スヴェイン様を譲る気もない。もしこれが真実なら、この世から一人の命が、人知れず消えていくことになるわね。あなた責任とれる?」
「げっ……怖いですね」
バレンの顔に一瞬、引きつった笑みが浮かぶ。それでも、肩をすくめる仕草に、どこか軽さがあった。
「は、ほら、そんなに怖い顔をしないでくださいよ。いいんですか?」
何が? と眉をひそめると、バレンはちらりと窓の外に視線をやりながら続けた。
「スヴェイン様、『愛の誓い』が花言葉の白いバラの花束を抱えて、こちらに向かってきていますよ。お迎えしなくていいのですか?」
「え?」
思わず顔を上げる。窓の外に目を向けると午後の日差しを浴びて輝く白いバラの花束。それを抱えるスヴェイン様のその眩い光景に、一瞬、時が止まったかのような錯覚を覚える。
「もう、そんな時間?」
慌てて時計を確認し、息をついた。お待たせするわけにはいかない。
急いで椅子から立ち上がり、扉へ向かう。その背後で、バレンの軽口が届いた。
「はあ、お嬢の逆鱗に触れるのも命がけだ。あー面白かった」
面白かった?
足が一瞬止まり、振り返りたい衝動を抑える。背中越しに冷たく微笑みながら言い放つ。
「……ふふ、バレン。どうやらあなた、仕事を増やしてほしいようね。しばらく眠れると思わないことね!」
廊下を急いで歩く足音が静かに響く。その背後から、バレンの『まじかよ』という声と小さなため息が聞こえた。
きっとその顔には、諦めと苦笑が浮かんでいるのだろう――そう想像すると、ほんの少しだけ笑みがこぼれた。
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