【完結】あなたは、知らなくていいのです

楽歩

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14.新聞が明かす鯉の話

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 ーー婚約者を奪おうとした令嬢の陰謀ーー


 二日後。


 朝の光が差し込む校内の廊下は、いつもよりざわめいていた。理由はひとつ――掲示板一面に、これでもかとばかりに貼り出された新聞部の特大号外。

 その見出しは、まるで劇場の幕開けを告げる鐘のように、人々の視線と噂を一気にかき集めていた。

 まあ、実に見事な仕事ぶりですわ。これでは生徒どころか教師まで足を止めてしまうでしょうね。


 新聞部はもともとスクープの宝庫だけれど、王太子の婚約者の“妹”にまつわる記事となれば慎重になって当然。それを、ヴィクター様が自ら依頼なさったとあっては……彼らが目を輝かせて飛びついたのも無理はありませんわ。


 ええ、もちろん私も協力は惜しみませんでしたの。必要な情報は適切に提供して差し上げたまでですわ。



 ーー嫌がらせは自作自演か!!ーー
 ーー王太子を巻き込んでの婚約者略取、王命である婚約はいったいどうなる!ーー
 ーー伯爵令嬢を貶めようとする陰謀の数々ーー
 ーーお互いベタぼれの公爵令息と伯爵令嬢に割り込む女ーー


 やけに攻撃的な見出しが並び、紙面の端々まで燃えるような文体で彩られている。

 掲示板の前では、好奇心旺盛な生徒たちが肩を寄せ合い、次々と貼られる記事に食い入るように視線を送っていた。



「見た? あの記事。まさかあの子がそんなことを……」

「信じられないわ。でも、ヴィクター様が依頼したなら本当なのでしょうね」

「王太子の婚約者の妹があんなことをするなんて……想像してなかったわ」


 ざわめきは波紋のように広がり、あっという間に学院中に知れ渡っていく。


「な、なんなのこれ……」


 掲示板の前に現れたのは、青ざめた王太子と、ミレーナ、そしてその妹オレリア。三人とも記事を見上げたまま固まっている。あらまあ、早い登場ですこと。



「婚約者の妹を馬鹿にするとは……! 王太子である私を侮辱しているも同然! 誰だ!! こんな根も葉もない噂を記事にしたのは! 罰してくれる!」


 王太子は顔を真っ赤にし、新聞を握りつぶして破り散らす。紙片が床に舞い散るさまは、むしろ滑稽でさえあった。



「……許可を出したのは私だ。しかしこれは……まさかオレリア嬢だったとは……」

 ヴィクター様がゆっくりと歩み出て、記事とオレリアを見比べるように視線を落とした。その口元は固く結ばれ、信じ難いという色がはっきりと浮かんでいる。


「ヴィクター! こんなものを信じるのか?」

「我が学院の新聞部を侮るな。彼らの情報の精度は群を抜いている。綿密な下調べ、地道な聞き込み……将来は王家の諜報機関を目指す者もいると聞く。九十九パーセント、誤りはない」



 淡々と告げられた事実に、王太子の顔色は瞬く間に青ざめていった。



「……だが、一つ気になる点があるな。『王太子を巻き込んでの婚約者略取』とはどういう意味だ? まさか協力していたのではあるまいな。国王の名において成立した婚約なのだぞ? 覆すなど、幼子でもしてはならぬことと知っているはずだ」

「あ、ああ……もちろんだ……」


 王太子の声は震えていた。動揺を隠しきれていない。


「そんな! 応援してくださると王太子殿下もお姉様もおっしゃったではありませんか! わ、私のほうがヴィクター様の横にふさわ・し……ふぐぅ!」


「やめなさいオレリア!」



 ミレーナが慌てて妹の口をふさぎ、周囲の視線を必死に避けようとする。その様子は、むしろ罪を自白しているかのようで――見ていて滑稽なほどでしたわ。



「妹の叶わぬ恋の相談には乗っていました。名前までは聞いていませんでしたが……応援……いえ、慰めて……ねえ、アレク様?」


 ミレーナが必死に取り繕うように言葉を紡ぐ。言葉の端々が震えているのは、周囲から向けられる視線の鋭さを肌で感じているからでしょう。


「そ、その通りだ……。我々はこれで失礼する。校内の新聞をはがさなくてはならない……」


 王太子は、私たちから視線を逸らすように踵を返し、その背中には逃げるような気配すら漂っていた。

 その横で、オレリア嬢が「ひどいです! どうして……」と言っているように聞こえたけれど、ミレーナに口を押さえられているから、実際のところはわかりませんわ。

 でもまあ、だいたい想像はつきますの。

 彼らが騒がしく去っていって、風が止んだかのように空気が落ち着く。廊下の隅に散らばった新聞の切れ端が、ほんの少しだけひらひらと揺れ、静寂を際立たせていた。

 そのときだった。隣に立つヴィクター様が、ふと何かを思い出したように肩を震わせ、次いで頬にふわりと赤みを差した。



「……ねえセレナ、『お互いベタぼれ』って言われると、照れちゃうね」

 視線は落ち着かず、靴先へと向けられている。耳までほんのり赤いのが、愛らしくて仕方ない。


「あら、九十九パーセント真実なのでしょう?」

「う……!」


 わざとらしく無邪気に返して差し上げれば、ヴィクター様は耐えきれないとばかりに手で顔を覆い、指の隙間からのぞく頬がいっそう色づいた。

 ふふ。からかっているつもりはないのですけれど、こうして照れてくださる姿を見ると、ついからかいたくなってしまいますわ。

 ――貴族社会の噂の広がりは、本当に早い。


 私がベタぼれだと言われる分にはこれっぽっちも構いませんけれど、あちらの方はどうかしらね。

 廊下の向こうで、まだ新聞を剥がそうと右往左往する王太子たちの姿が見える。

 さて、あの子……自ら撒いた種の重さに、いつ気づくのかしら。



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