【完結】あなたは、知らなくていいのです

楽歩

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18.想いは私のもの

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 ――オレリア嬢が結婚!?――

 ――あの一連の略奪騒動は隠れ蓑? 本当に恋した人は……――

 ――伯爵令嬢と平和的に和解――

 ――身分違いと思われた恋、成就――

 華やかな見出しが並ぶ最新号の新聞が、学院の壁という壁を飾るように貼られていた。どの紙面にも目を光らせる生徒たちのざわめきが、朝の廊下にさざ波のように広がっていく。

 ……流石、新聞部。情報が早いわ。

 私への取材も、もちろん快く引き受けた。

 真実は少し違う。けれど伯爵家が公表している内容と、オレリアが結婚したという事実そのものは嘘ではない。彼女がヴィクター様に思いを寄せていたことなんて、見れば分かる人には分かるはず。なのに、より面白く、より人の心を掴む“物語”を人は楽しむ。

 身分違いの恋や劇的なハッピーエンド。学院の誰もが、そういうものに心を惹かれるのだから。



「……99パーセント真実の新聞部の、1パーセントの誤報が私のことだっただなんて……本当にオレリア嬢から好かれていたと思っていたよ。自分から新聞部に依頼しておいて……勘違い……自意識過剰みたいで恥ずかしいね。はは……」

 弱々しい笑い声と共に、ヴィクター様はなんとも居た堪れない顔をしていた。

 少し引きつった笑みの奥に、困惑と恥じらいと、そしてほんの少しの自己嫌悪が見え隠れしている。


「ヴィクター様と私が、お互いベタぼれなのは、勘違いではないですわよ」

「っ! セレナー! そうだね、そうだったね!!」

 ぱっと彼の顔に色が戻り、耳まで赤く染まっていくのが分かった。


「それに、新聞記事のおかげでオレリア様は結ばれたのですもの。ヴィクター様の判断は、素晴らしいですわ」

 私がそう告げると、晴れ渡った青空のように澄んだ彼の瞳が、ほっと安堵の光を宿し、やわらかい微笑みと共に優しく輝いた。



 *****

「……セレナ、本当に心が痛まない?」

 人通りの少ない庭園の小径。ひんやりとした噴水の霧が風に乗り、私とレティシアの間をすり抜けていく。

 レティシアは腕を組んでこちらを覗き込み、半分閉じかけた瞳で疑いを隠そうともしない。



「だから、なぜですの? 嘘などついておりませんし、ヴィクター様、その後ずっと幸せそうに笑っていましたわ」

 その半目、令嬢としてはあまり美しくありませんわよ?



「はぁ……。まあいいですわ。それにしても、私、セレナはもっとひどい縁談を押し付けると思っていたから、意外よ」


 その言い方には、呆れと感心と、少しの安堵が混じっていた。


 そうでしょうね。ダリルは、とてもいい結婚相手ですもの。


 年は離れていますけれど身分は貴族、しかも次男だから舅や姑との煩わしい関係に悩むこともほぼない。商売は順調で裕福、少しさえないが見た目だって悪くないし、あの穏やかな性格。


 ……まさか、オレリアを慕っていたなんて思ってもみなかったけれど。何が気に入ったのかは、全く分からないわ。

 けれど――だからこそ、私は彼を選んだのだ。


 ふふ……オレリアが“本当に恋していた相手”に仕立てるには、これ以上なく条件がそろっているもの。

 女の趣味が悪いことが、唯一の欠点ね。



「私のヴィクター様、素敵でしょう? 心を寄せるのは仕方ないですわ。でも、ヴィクター様の想いは私のもの。報われることなど一生ないのですから、なんだか可哀そうになって。ふふ。ある意味、見る目があるということで、大目に見ることにしましたの。私、あの新聞部とのつながりも手に入れることができましたし」


 言いながら私は、庭園に差し込む午後の日差しを見上げた。

 噴水の水面に反射した光が揺らぎ、私の胸の内の愉悦を静かに映し返すようにきらきらと踊る。



 この国に味方のいなくなったオレリア。

 今の彼女にとっては、ダリルだけが唯一の心の拠り所だろう。多少辛いことがあっても、そう簡単にこの国へ逃げ帰ってくることなどできないはず。



 ああ、ダリル。

 お願いだから見捨てず、彼女があなたの手から逃げ出さないように、そのままずっと捕まえていてちょうだいね。

 私はもう二度と、ヴィクター様にまとわりつくオレリアを視界に入れたくないのだから。

 それに――

 “自分のことを慕っていた子”として、ヴィクター様の記憶に残ってほしくもない。



「そうなの? ……理解できるような、理解できないような……そうね、お優しいセレナは、あの2人のことも大目に見るのかしら?」

 レティシアが肩をすくめ、風に揺れる亜麻色の髪を指で払った。呆れ半分、興味半分といった声音だ。


「ふふ、さあ、どうかしら? とにかく、とうとうあの人たちの周りから人が消えたわ。どこまで2人で頑張ることができるか楽しみね」

 私が言うと、レティシアはわずかに目を細めた。

 夕日が差し込み、石畳の上に長く伸びる私たちの影が、ひどく静かな余韻を伴って揺れていた。



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