【完結】あなたは、知らなくていいのです

楽歩

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21.喜びと悲しみが

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 校内の掲示板に貼り出されたテストの結果発表。


 昼休み前の廊下は、いつになく熱を帯びていた。掲示板の前には幾重にも生徒が集まり、押し合うようにして順位表を見上げている。紙に並ぶ名前と数字を追う視線には、それぞれの一年分の努力と期待が込められていた。


「やった!」「信じられない!」「努力が報われた!」


 歓声があちこちで弾け、友人同士で肩を組み、抱き合い、笑顔を交わす姿が見える。その瞳には確かな自信と、これから始まる三年生への希望がきらめいていた。

 一方で、掲示板の前に立ち尽くす生徒もいる。

 唇を噛みしめ、目を伏せ、紙に書かれた現実を受け止めきれずにいる者。こらえきれずに涙を拭う姿もあり、歓喜と落胆が同じ空間で交錯していた。

 二年生の集大成。

 そして、三年生でのクラス編成に大きく関わる、運命のテスト。


 ああ、緊張する。

 胸の奥がざわつくのを感じながら、私は心の中で息を整える。

 ……いえ、私はもちろん首位よ。ミスをした覚えなんてありませんもの。

 それでも――。

 ヴィクター様……どうだったかしら

 自分の結果よりも、そちらのほうが気がかりで仕方がない。


 あれほど努力なさっていたのだもの。きっと、大丈夫。そう信じていても、胸の鼓動は落ち着かなかった。

 ふと視線を巡らせると、掲示板の近くに見慣れた金色の髪が目に入る。

 あら、ヴィクター様がもういらっしゃるわ。

 口元を押さえ、肩を小刻みに震わせていらっしゃる。

 ……え? これは、どちら? よかったの? それとも悪かったの?

 判断がつかず、私は人混みをかき分けてヴィクター様のもとへ近づく。

 その瞬間――。

 ふいにこちらに気づいた彼が、ぱっと顔を上げた。次の瞬間、はじけるような笑顔で、こちらへ駆け寄ってくる。



「セレナ!! やったよ! 5位だ。ああ、これで君と同じクラスだよ」


 人目もはばからず、勢いのまま抱きついてこられるヴィクター様。

 ……ベタぼれだという噂は学院中に流れておりますけれど、さすがにこれは少し、いえ、かなり恥ずかしいですわ。



「ヴィ、ヴィクター様、人目が……」

「ああ!! ごめん。はしたなかったね。でも嬉しくて、つい、怒ってる?」


 そっと身体を離し、不安そうにこちらの顔色をうかがうヴィクター様。その表情があまりにも素直で、思わず笑みがこぼれる。


「ふふふ、怒ってなどいませんわ。一緒のクラスなんて最高ですわ。5位おめでとうございます!!」

「そうだね、やったね!」


 彼は私の手をぎゅっと握り、その温もりのまま喜びを分かち合う。
 
 ――そのとき。

 あら?

 視界の端に、どこか沈んだ空気が映り込む。



「ない……名前がない……」

「……あんなに頑張ったのに、アレク様もないの……」



 順位表を見つめる二人。

 悔しさと後悔が、その表情にありありと浮かんでいる。言葉を失ったまま、重い沈黙が二人の間に落ちていた。


 王太子とミレーナ……また、欄外ですの……。ということは、Bクラスにも届かなかったということ。

 もしかして、Dクラス、だったりして……。

 胸の内でそう呟いた瞬間、ミレーナが声を上げる。



「はっ!! アレク様見てください! ヴィクター様が……」

「何! 5位だと。なぜだ!! 同じくらいの学力だったではないか……おい、ヴィクター!!」


 険しい表情のまま、こちらへずかずかと歩み寄ってくる王太子。何を、そんなにお怒りなのかしら。



「なんだい?」


 ヴィクター様が穏やかに問い返す。


「お前のこの5位、どういうことだ!」


 あらあら。おめでとうの一言も出てこないなんて。心が狭いですわね。

 

「どういうことだって……勉強したんだよ。何? 君も留学したあの令息と同じように、不正を疑うのかい?」

 ヴィクター様は眉一つ動かさず、落ち着いた声でそう返した。その声音には、動揺よりも呆れがにじんでいる。



「い、いや、そうではなく、急におかしいだろ……」

 王太子は語尾を弱めながらも食い下がる。しかし視線は定まらず、どこか焦りを隠しきれていない。


「何でヴィクターが……」

 絞り出すような小さな呟きが、廊下のざわめきに紛れて消えていく。


「おかしくないさ」

 ヴィクター様ははっきりと言い切った。そして、自然な仕草で私の方を見やる。


「首位のセレナと勉強しているんだよ。当然の結果だ。教え方がすごく上手なんだ。流石だね。今回も首位だし、私の自慢の婚約者さ」

 さらりと、しかし誇らしげにそう告げられ、周囲の視線が一斉にこちらへ集まるのを感じる。


「上のクラスを狙っていたのなら、君たちも教えを乞うとよかったのに」


 そんな苦行、お断りですわ……。内心で即座に否定しつつ、私はにこやかな微笑みだけを保つ。


「セ、セレナに? い、いや……」

 王太子は一瞬言葉に詰まり、顔をしかめる。



「あーくそ! 行くぞミレーナ」

 苛立ちを隠そうともせず、乱暴に踵を返す。


「は、はい!」

 ミレーナは慌ててその後を追い、二人は人混みを割るようにして去っていった。背中越しにも、敗北感と怒りが滲んでいる。

 口も態度も悪い……。

 掲示板の前に残された空気は、先ほどまでの緊張とは別の重さを帯びていた。


 Bクラスにもなれない未来の国王、ですか。誰が、王命を聞くのかしら。

 静かな皮肉とともに、結果発表の喧騒は再び学院の日常へと溶けていった。



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