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32.番外編sideホフマン伯爵
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セレナは、合理的で利己主義的な私の可愛い娘だ。
産後の肥立ちが悪く、儚く亡くなってしまった妻との誓いを守り、セレナの意思を尊重してここまで育ててきた。
見た目は妻そっくりなのに、ずいぶん私に似たものだ。
王太子の婚約者候補から外れ、
「公爵家のご次男ですもの。まだ我が家と取引のない高位貴族とのつながりを手に入れられますわ。」
と実に無駄のない選択をした時には、『娘の幸せとは何だろう』と酒を飲みながら天にいる妻に問いかけてみたこともあった。
できれば、我が友の息子、レオナードと一緒になってくれればと思ったこともあったが、見たこともない嫌そうな顔で断られた。しつこく言っていたら、危うく娘に嫌われるところだったかもしれぬ。
あんなに仲がよさそうなのに何が気に入らないんだと思っていたが、そうかセレナが無意識に欲していたのは、絶対的な自分の味方であろう。ヴィクター君を見ているとそう思う。レオナードのことは単純に好みではなかったのだな。
我が娘ながら、自分の信じた道を堂々と歩み、運命を切り開いていくその様に、安心と少しばかりの不安を持っていたが、そうか、やはり女の子、いや、一人の人間だったか。
セレナを信じ、疑おうともしていないヴィクター君がこの先、セレナの合理的で利己主義的な面を目の当たりにし、嫌悪感を持ってしまった場合、私の大切な娘が傷ついてしまう。親として、それは阻止しなければならない。
そう思い、この前、さりげなく伝えようと試みた。
*****
「ヴィクター君は、セレナのことをどう思っているのかな」
「セレナですか?もちろん大切に思っています。優しい微笑みや上品な振る舞い、そして賢い。ああ、勿論、品格と優雅さを備えた美しさも好ましく思っています。あ!美しさというのは、外見のことだけでなく、内面にも宿っているという意味です。それに・・・」
「な、なるほど。わかった。」
流石に父親として、居た堪れなくなってきた。
「…実はな、ヴィクター君。父親の私が言うのはなんなのだが、セレナは少し、いや、大分秘密主義でね。もしかしたら、君に隠し事をしている可能性もある。良い意味でも悪い意味でも。でも、それはなんというか、思慮深いというか、疑り…いや、これは違うな…」
首をかしげながら、私の様子を見ていたヴィクター君が、微笑んだ。
「伯爵、秘密のあるセレナは素敵ですよ?セレナのことを過剰に知りたいと願うのは、エゴであり我儘です。それに、セレナも私のことを大切に思ってくれています。セレナが話すことは私が知らなくてはいけないことで、セレナが話さないことは私が知らなくてもいいことです。」
まばゆいほどの笑顔に嘘は感じられない。そうか、知らないことを知っていたか。
*****
「ねえ、セレナ。セレナの家に遊びに来たばかりだけど良かったら出かけないかい?実はお揃いで作っていたガラスペンができたって今日連絡が来たんだよ。一緒に取りに行こう。」
「ガラスペンですか!ええ、是非一緒に行きましょう。」
立ち聞きするつもりはなかったが…扉が開いていたから仕方あるまい。ばれないようにこっそりと執務室へ戻ることにしよう。
執務室で、さっきの娘たちのやり取りを思い出していると、口元がゆっくりと引き上げられ、目尻にシワが刻まれていくのを感じる。
恋をする娘のその姿をただただ嬉しく思っていることも、別に遅くなっても構わないと思っていることも内緒だ。どれ、父親として仲の良すぎる婚約者と出かけようとする娘を、複雑な顔と小言で見送ってあげるとしよう。
産後の肥立ちが悪く、儚く亡くなってしまった妻との誓いを守り、セレナの意思を尊重してここまで育ててきた。
見た目は妻そっくりなのに、ずいぶん私に似たものだ。
王太子の婚約者候補から外れ、
「公爵家のご次男ですもの。まだ我が家と取引のない高位貴族とのつながりを手に入れられますわ。」
と実に無駄のない選択をした時には、『娘の幸せとは何だろう』と酒を飲みながら天にいる妻に問いかけてみたこともあった。
できれば、我が友の息子、レオナードと一緒になってくれればと思ったこともあったが、見たこともない嫌そうな顔で断られた。しつこく言っていたら、危うく娘に嫌われるところだったかもしれぬ。
あんなに仲がよさそうなのに何が気に入らないんだと思っていたが、そうかセレナが無意識に欲していたのは、絶対的な自分の味方であろう。ヴィクター君を見ているとそう思う。レオナードのことは単純に好みではなかったのだな。
我が娘ながら、自分の信じた道を堂々と歩み、運命を切り開いていくその様に、安心と少しばかりの不安を持っていたが、そうか、やはり女の子、いや、一人の人間だったか。
セレナを信じ、疑おうともしていないヴィクター君がこの先、セレナの合理的で利己主義的な面を目の当たりにし、嫌悪感を持ってしまった場合、私の大切な娘が傷ついてしまう。親として、それは阻止しなければならない。
そう思い、この前、さりげなく伝えようと試みた。
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「ヴィクター君は、セレナのことをどう思っているのかな」
「セレナですか?もちろん大切に思っています。優しい微笑みや上品な振る舞い、そして賢い。ああ、勿論、品格と優雅さを備えた美しさも好ましく思っています。あ!美しさというのは、外見のことだけでなく、内面にも宿っているという意味です。それに・・・」
「な、なるほど。わかった。」
流石に父親として、居た堪れなくなってきた。
「…実はな、ヴィクター君。父親の私が言うのはなんなのだが、セレナは少し、いや、大分秘密主義でね。もしかしたら、君に隠し事をしている可能性もある。良い意味でも悪い意味でも。でも、それはなんというか、思慮深いというか、疑り…いや、これは違うな…」
首をかしげながら、私の様子を見ていたヴィクター君が、微笑んだ。
「伯爵、秘密のあるセレナは素敵ですよ?セレナのことを過剰に知りたいと願うのは、エゴであり我儘です。それに、セレナも私のことを大切に思ってくれています。セレナが話すことは私が知らなくてはいけないことで、セレナが話さないことは私が知らなくてもいいことです。」
まばゆいほどの笑顔に嘘は感じられない。そうか、知らないことを知っていたか。
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「ねえ、セレナ。セレナの家に遊びに来たばかりだけど良かったら出かけないかい?実はお揃いで作っていたガラスペンができたって今日連絡が来たんだよ。一緒に取りに行こう。」
「ガラスペンですか!ええ、是非一緒に行きましょう。」
立ち聞きするつもりはなかったが…扉が開いていたから仕方あるまい。ばれないようにこっそりと執務室へ戻ることにしよう。
執務室で、さっきの娘たちのやり取りを思い出していると、口元がゆっくりと引き上げられ、目尻にシワが刻まれていくのを感じる。
恋をする娘のその姿をただただ嬉しく思っていることも、別に遅くなっても構わないと思っていることも内緒だ。どれ、父親として仲の良すぎる婚約者と出かけようとする娘を、複雑な顔と小言で見送ってあげるとしよう。
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