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40.私は“ララ”ではありません
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憑依でも、転生でも、結局は同じことだわ。
大切なのは、今ここにいる私を、彼がどう見るか。
「レオナール様。私は“ララ”ではありません。もう一度、彼女に私の体を明け渡す気もありませんわ。……それでも、いいのでしょうか?」
逃げ場のない問い、自分でもそう思う。でも聞かねばならない。私は一瞬も目を逸らさず、彼の表情を見つめる。
「あなたが愛したのは……結婚したいと、想っていたのは……」
言葉の先を、なかなか言えない。
一瞬、沈黙が落ちた。
レオナール様は小さく息を吐き、ゆっくり話し出す。
「……うん。実はね」
覚悟を決めた声。
「本音を言うと、早くララに戻ってほしい、そう思っていた時期もあった」
――やはり。
胸が痛まないと言えば、嘘になる。でも、不思議と納得もしていた。
「だから医者に相談したんだ。いつ戻るのかなって……ごめんね」
「そうでしょうね」
責める気はなく、ただ、静かに受け取る。
「もし、明日起きて、君が“ララ”だったら……許してもらうまで、謝るつもりだけど」
彼は少し困ったように笑う。冗談めかした言葉とは裏腹に、その表情はひどく真剣だった。その視線が、真正面から私を捉える。
「今、アイラといるのは、とても楽しいんだ」
言葉を探すように、彼はゆっくり続ける。
「少し冷たいところもある。でも、本当はとても優しい。活動的で、思いもしないことを次々生み出してくれる。話しているだけで、屋敷に活気がでる。何より、伯爵夫人としての務めをきちんと果たして、子どもたちを心から愛してくれる……実は、“ララ”が伯爵夫人になることに心配がなかったと言えば嘘になる。クラリスと会わせることにもね」
そんなふうに、思っていたのね。
少し間を置いて、彼は続けた。
「記憶を失う前の君は……部屋に閉じこもってばかりで、会話もほとんどできなかった」
責める口調ではない。ただ、淡々とした事実。鏡ばかり見ていたというラルの話と重なる。
私は、思わず問い返してしまった。
「……私は、あなたに愛されているのでしょうか?」
「ああ」
間髪入れず、彼は答える。
「毎日、気持ちは大きくなっている」
そのまなざしは揺らがない。
「君も、そうだと嬉しい」
けれど――。
「もし、また別の人格になったら……私は忘れられて、その人を、また好きになるのですか?」
言葉が、自然と口をついて出た。言ってから、少し意地悪だったかしら、と自分で思う。
「ララのことも忘れることはできない。君は違うと言うけれど、私の中では、ララも君もアイラなんだ。でも、ずっと君でいてほしい。そう思っていることは、嘘ではない」
レオナール様は、正直に言った。
「その時にならないと分からない。魂に惹かれているから、惹かれてしまう、と言ったら……優柔不断かな」
苦笑が浮かぶ。
「……そうですね、少し、優柔不断ですわ」
私は、小さく笑った。彼も、同じように笑う。
完璧な答えではない。でも、嘘もなかった。
――それでいい。変にごまかされるよりも。
少なくとも今、彼が見ているのは、“ララ”ではなく、私なのだから。
私は、日記を思い出していた。
レオナール様のことが書かれていた日記。
年上の婚約者のいたレオナール様。
学院にいる間に爵位を継いでいたため、三年生になる頃には、すでに学生結婚をしていた。それを知ったときの、“ララ”の文字は荒れていた。まるで、取り逃がした獲物を奪われたかのように。
そうよね、最後の一人。次狙っていたのはレオナール様。しかも簡単に手に入ると思っていた人物。
学生結婚することを、知らなかったのかしら。それとも、興味がなかったのか。
出遅れたことを悔やみ、悔しさと、呪怨と、執着が絡み合った文字が、その後何冊もの日記のページを埋め尽くしていた。
夜会で偶然を装い、冷え切った夫婦関係だという噂を確かめるために近づいたこと。
それが真実だと知った途端、あらゆる手段を使ってでも、手に入れようと画策していたこと。
――他の人では、だめだったのかしら。
攻略対象に固執して、欲しいものを欲しいと泣きわめく、子どものようで。
そこにあったのは、「選ばれたい」という焦りだけ。レオナール様、その人自身を想う気持ちは、どこにも見えなかった。
私は、そっと視線を上げる。
今、目の前にいるレオナール様を見る。
柔らかな眼差し。私の言葉を、感情を、きちんと受け止めようとする人。
「やはり、魂に惹かれた、と言っていただけて、とても嬉しいです」
私は、はっきりと言った。それは、本心だった。彼は少し照れたように、けれど安心したように笑う。
「実はね。“ララ”の時と同じように、三年は片想いするつもりで、待つつもりでいたんだ」
懐かしむような、穏やかな声。
「君に想ってもらえるまで、三年頑張ろうって」
思わず、私は口を挟んだ。
「もう、妻ですわ」
彼は可笑しそうに目を細めた。
「そうだね」
そのやり取りに、二人で小さく笑う。
「もうすぐ、ラルの誕生日ですわ」
私は、未来の話をする。
「素敵な一日にしましょうね。レオナール様」
「ああ、そうだね」
迷いのない返事。私は、この日常を、共に生きたい。
それが、私の選んだ答えだった。
大切なのは、今ここにいる私を、彼がどう見るか。
「レオナール様。私は“ララ”ではありません。もう一度、彼女に私の体を明け渡す気もありませんわ。……それでも、いいのでしょうか?」
逃げ場のない問い、自分でもそう思う。でも聞かねばならない。私は一瞬も目を逸らさず、彼の表情を見つめる。
「あなたが愛したのは……結婚したいと、想っていたのは……」
言葉の先を、なかなか言えない。
一瞬、沈黙が落ちた。
レオナール様は小さく息を吐き、ゆっくり話し出す。
「……うん。実はね」
覚悟を決めた声。
「本音を言うと、早くララに戻ってほしい、そう思っていた時期もあった」
――やはり。
胸が痛まないと言えば、嘘になる。でも、不思議と納得もしていた。
「だから医者に相談したんだ。いつ戻るのかなって……ごめんね」
「そうでしょうね」
責める気はなく、ただ、静かに受け取る。
「もし、明日起きて、君が“ララ”だったら……許してもらうまで、謝るつもりだけど」
彼は少し困ったように笑う。冗談めかした言葉とは裏腹に、その表情はひどく真剣だった。その視線が、真正面から私を捉える。
「今、アイラといるのは、とても楽しいんだ」
言葉を探すように、彼はゆっくり続ける。
「少し冷たいところもある。でも、本当はとても優しい。活動的で、思いもしないことを次々生み出してくれる。話しているだけで、屋敷に活気がでる。何より、伯爵夫人としての務めをきちんと果たして、子どもたちを心から愛してくれる……実は、“ララ”が伯爵夫人になることに心配がなかったと言えば嘘になる。クラリスと会わせることにもね」
そんなふうに、思っていたのね。
少し間を置いて、彼は続けた。
「記憶を失う前の君は……部屋に閉じこもってばかりで、会話もほとんどできなかった」
責める口調ではない。ただ、淡々とした事実。鏡ばかり見ていたというラルの話と重なる。
私は、思わず問い返してしまった。
「……私は、あなたに愛されているのでしょうか?」
「ああ」
間髪入れず、彼は答える。
「毎日、気持ちは大きくなっている」
そのまなざしは揺らがない。
「君も、そうだと嬉しい」
けれど――。
「もし、また別の人格になったら……私は忘れられて、その人を、また好きになるのですか?」
言葉が、自然と口をついて出た。言ってから、少し意地悪だったかしら、と自分で思う。
「ララのことも忘れることはできない。君は違うと言うけれど、私の中では、ララも君もアイラなんだ。でも、ずっと君でいてほしい。そう思っていることは、嘘ではない」
レオナール様は、正直に言った。
「その時にならないと分からない。魂に惹かれているから、惹かれてしまう、と言ったら……優柔不断かな」
苦笑が浮かぶ。
「……そうですね、少し、優柔不断ですわ」
私は、小さく笑った。彼も、同じように笑う。
完璧な答えではない。でも、嘘もなかった。
――それでいい。変にごまかされるよりも。
少なくとも今、彼が見ているのは、“ララ”ではなく、私なのだから。
私は、日記を思い出していた。
レオナール様のことが書かれていた日記。
年上の婚約者のいたレオナール様。
学院にいる間に爵位を継いでいたため、三年生になる頃には、すでに学生結婚をしていた。それを知ったときの、“ララ”の文字は荒れていた。まるで、取り逃がした獲物を奪われたかのように。
そうよね、最後の一人。次狙っていたのはレオナール様。しかも簡単に手に入ると思っていた人物。
学生結婚することを、知らなかったのかしら。それとも、興味がなかったのか。
出遅れたことを悔やみ、悔しさと、呪怨と、執着が絡み合った文字が、その後何冊もの日記のページを埋め尽くしていた。
夜会で偶然を装い、冷え切った夫婦関係だという噂を確かめるために近づいたこと。
それが真実だと知った途端、あらゆる手段を使ってでも、手に入れようと画策していたこと。
――他の人では、だめだったのかしら。
攻略対象に固執して、欲しいものを欲しいと泣きわめく、子どものようで。
そこにあったのは、「選ばれたい」という焦りだけ。レオナール様、その人自身を想う気持ちは、どこにも見えなかった。
私は、そっと視線を上げる。
今、目の前にいるレオナール様を見る。
柔らかな眼差し。私の言葉を、感情を、きちんと受け止めようとする人。
「やはり、魂に惹かれた、と言っていただけて、とても嬉しいです」
私は、はっきりと言った。それは、本心だった。彼は少し照れたように、けれど安心したように笑う。
「実はね。“ララ”の時と同じように、三年は片想いするつもりで、待つつもりでいたんだ」
懐かしむような、穏やかな声。
「君に想ってもらえるまで、三年頑張ろうって」
思わず、私は口を挟んだ。
「もう、妻ですわ」
彼は可笑しそうに目を細めた。
「そうだね」
そのやり取りに、二人で小さく笑う。
「もうすぐ、ラルの誕生日ですわ」
私は、未来の話をする。
「素敵な一日にしましょうね。レオナール様」
「ああ、そうだね」
迷いのない返事。私は、この日常を、共に生きたい。
それが、私の選んだ答えだった。
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