【完結】ご期待に、お応えいたします

楽歩

文字の大きさ
7 / 40

7.真実は微笑む

しおりを挟む
 side フェリシア



「……アリーを、これ以上傷つけるな」



 静けさを切り裂くように、エリオット様が低く、けれどはっきりと声を上げた。その眼差しは怒りと、どこか焦燥を帯びていた。

 ヴィアが、ゆったりと紅茶を口に運び、答える。



「それは、私に向けられた言葉かしら?」



 ヴィアの声は、“剣”のように鋭かった。そして、それに切られたのを理解していないエリオット様は、ぎゅっと拳を握り、愚かにも応じる。



「そうだ。オリヴィア。友達になれると喜んできたアリーに対してのこの仕打ち。いや、今のことだけではない。貴様がアリーにしてきたことを、私は黙って見過ごすつもりはないぞ」


 彼の口から飛び出したのは、あまりにも唐突な“糾弾”だった。


「学院の教師にあることないこと吹き込み、アリーが学院で不利になるように仕向けていると聞いた。アリーに嫉妬しているのか? 公爵家の令嬢だからといって、そんな横暴が許されるとでも思っているのなら、大間違いだ!!」


 まあ、台詞回しは上々ね。

 ランス様、コンラッド様も続く。



「爵位が下の者に横暴な振る舞い。なんて浅ましい。アリーみたいに愛らしく振る舞っていれば、ランチにも誘ってやったのに」

「贈り物も、惜しまず渡したさ」


 聞けば聞くほど、愚かね。“くれてやる”婚約者へ施しのつもりかしら。それを誇らしげに言えるとは、令息教育はどうなっているの?


「それだけじゃないわ!」



 ――来たわ。ヒロイン。

 アリー様が目元をぬぐいながら、演技がかった震え声で言う。


「学院の階段から、私を突き落としたわ。あの時、後ろにいたのは――オリヴィア様、あなただわ!」


 それが“真実”かのように語られる。


「そんな人間が婚約者だなんて、ぞっとする。オリヴィアこの際だからはっきり言っておく。この先、私から愛されるだなんて期待しないことだ」


 エリオット様が、ヴィアに指を指し、高らかに告げる。



「クラリス、お前もだ」

「ああ、もちろんカルラ、君にも同じことが言えるぞ」



 その言葉の矛先は、ヴィアだけに留まらない。クラリス様、カルラ様にもそれぞれの婚約者から次々と矢が放たれる。

 けれど、ヴィアたちは誰一人として動じなかった。紅茶を静かに置き、視線を彼らに向けた。



「あなたたちの話には、矛盾が多すぎるわ」


 指先ひとつ動かさず、ただその場に在るだけで、空気が凛と引き締まる。先ほどまで自信満々に言葉を放っていた彼らが、目に見えて怯むのがわかる。

 本番と、茶番の違いが、ようやく理解できたかしら?

 ――と、その瞬間。




「……証拠があるのか?」



 場を裂くような、低く威厳ある声。言葉というより、宣告だった。振り返った誰もが、息を呑む。

 芝の向こうから現れたのは、ヴィアの父、ディルク・ヴァロワ公爵。

 その佇まいには、飾り気も芝居じみた誇張もない。ただ、立っているだけで“屈服”を強いる圧。私でさえ、自然と膝を閉じ背筋が伸びたほどだった。


「……公爵、閣下……」


 エリオット様の喉が、情けなく鳴った音が聞こえた。威勢よく怒鳴っていたのが嘘のように、顔色が抜け落ちている。

 公爵は、まず娘に一瞥を送る。

 それから、エリオット様に冷ややかに問いを放った。



「君は、我が娘、オリヴィアが他者を傷つけたと言うのか。――ならば、その根拠を示してもらおう」



 その声は冷静だ。怒鳴りも威圧もしない。だが、そこには“逃げ場のない追及”があった。

 エリオット様の唇が震える。



「そ、それは……アリーが言っていたんです。彼女は、嘘をつくような子じゃない……!」


 弱い。弱いわ。

 論理も、証拠もない。ただ、“信じたい”という感情だけが先走るその姿に、思わず私は小さく笑いそうになる。



「……証言だけか。では尋ねよう。オリヴィアが突き落としたという場所の、監視魔具の記録はあるのか? 他の目撃者は?」


 それは詰問ではなく、“判決前の確認”だった。公爵の言葉に、ランス様とコンラッド様が青ざめた顔を見合わせる。

 クラリス様は涼やかにまばたきし、カルラは微笑んでゆるく首をかしげる。

 そして、公爵がさらに一歩前へ進む。


「それから、エリオット、君は誰の婚約者だったか。かばう人間が違うのではないか? ――ああ、『公爵家がそんなに偉いのか』と口にしたのも君だったな?」


 その言葉に、エリオット様の顔が引きつる。



「偉いかどうかは、今さら私が言うことでもあるまい。だが、どれほどの“影響力”を持っているか――君たちには、近いうちに身をもって知ることになるだろう。許されるだなんて、期待しないことだ」

「……っ!!」

「そこの者たちもだ。娘とその友人に放った言葉、まとめて、きちんと責任を取ってもらう」


 言葉にされた未来予告に、アリー様の肩が小さく震える。目元を覆おうとした指先は、“涙”の余韻を引きずったまま止まっていた。

 顔が真っ青ね。

 一方のヴィアは、何もなかったかのように、紅茶をもう一度口にする。




『公爵様がいるなんて、聞いてない! 卑怯だ!』

 エリオット様が声を抑え、ヴィアに詰め寄るが、それはただの負け犬の遠吠え。

 聞いていないから何だというのかしら?

 そもそもここは公爵家。公爵様の代わりの多くの目や耳があり、起こったことすべてが必ず報告されるというのに。招かれておいて、あんな大声を出すからよ。



「私はお父様を呼んでいないわ。ただ、今日の茶会に彼女とあなたたちを招いた。そして、たまたまお父様が通りかかった。それだけよ」



 言い訳も、誇張もない。ただ事実を語るその声音が、何よりも強かった。

 ふふ――そう、ヴィアはただ、舞台を整え、座して待っていただけ。

しおりを挟む
感想 135

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ
恋愛
婚約者である王太子アルベルトから、一方的に婚約破棄を告げられた公爵令嬢エレノア。 だが彼女は、涙も復讐も選ばなかった。 「婚約は、役目でしたもの。終わったのなら、それで結構ですわ」 王宮を去ったエレノアは、領地に戻り、 干渉しない・依存しない・無理をしない ただそれだけを軸に、静かに領地運営を始める。 一方、王となったアルベルトもまた、 彼女に頼らないことを選び、 「一人の判断に依存しない国」を作るための統治に身を投じていた。 復縁もしない。 恋にすがらない。 それでも、二人の選択は確かに国を安定へと導いていく。 これは、 交わらないことを選んだ二人が、 それぞれの場所で“続けられる世界”を完成させる物語。 派手なざまぁも、甘い溺愛もない。 けれど、静かに積み重なる判断と選択が、 やがて「誰にも壊せない秩序」へと変わっていく――。 婚約破棄から始まる、 大人のための静かなざまぁ恋愛ファンタジー

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ】伯爵令嬢の責務

ごろごろみかん。
恋愛
見てしまった。聞いてしまった。 婚約者が、王女に愛を囁くところを。 だけど、彼は私との婚約を解消するつもりは無いみたい。 貴族の責務だから政略結婚に甘んじるのですって。 それなら、私は私で貴族令嬢としての責務を果たすまで。

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

処理中です...