【完結】ご期待に、お応えいたします

楽歩

文字の大きさ
5 / 40

5.幕間 ーその席は、私のものー side アリー

しおりを挟む


 side  アリー


「一度家に帰ったら、迎えに行くよ」


 エリオット様の穏やかな声が、今日は腹立たしい。


「……他の皆はどうするの?」


 思わず聞き返すと、エリオット様は、ほんの少し笑って、答えた。


「着替えに戻るが、私が全員迎えに行って、皆でアリーを迎えに行くよ」

 その琥珀色の瞳が細められ、わずかに、口元が綻ぶ。楽しんでいるかのような――そんな微笑みだった。


「ええ、わかったわ」



 家に帰る馬車に揺られながら、私は窓の外に目を向けた。蹄の音が一定のリズムを刻むたび、思考の波が静かに胸を満たしていく。

 オリヴィア様が私を招待するなんて、一体どういうつもり?

 今まで私に目もくれなかったくせに。

 学院ですれ違っても、私に声をかけることなど一度もなかった。エリオット様と仲良くしている姿を見せつけても、冷たく、無関心で――私など、存在しないかのように扱っていたのに。

 なのに、家に招待するなんて。……何を企んでいるのかしら。卒業間近で焦っているのかしら? 私に牽制したいのか、あるいは、釘を刺しに来たのか。


 ふふ、けれど、それが何? 今更なのよ。

 はじめは面倒に思ったけれど、むしろ、渡りに船だわ。


 私は今日、あなたが用意した舞台で輝くのよ。


 “愛されているのは私”という舞台を、向こうから差し出してくれたのなら――ありがたく利用させてもらうまで。“婚約者に蔑ろにされている”という現実を、あの方がた自身の目で確かめさせてあげるの。

 エリオット様たちの隣に立つ私を見て、どんな顔をするのかしら。笑顔で寄り添い、エスコートされる私。

 それに引きかえ、彼女たちはどう? 笑顔のひとつも向けられず、贈り物もされず、冷たい言葉ばかり浴びせられる日々。

 それって、惨めじゃなくて?

 ふふ……考えただけで、笑いがこみ上げる。



 邸に着き、部屋に戻った私は鏡の中の自分を見る。ハニーブラウンの髪に、群青の瞳。背は高くないけれど、小柄なその体つきは“愛くるしい”とよく言われる。

 周囲が勝手にそう評価するだけのこと。けれど、それをどう利用するかは、私の勝手でしょう?



 私は“正妻の娘”ではない。母は、父の愛人だった人。父の正妻が亡くなったとき、ようやく私は母とこの家に引き取られた。


 それまでは、ずっと市井の片隅で育った。粗野で乱暴な男たち、欲望と下心でねじくれた大人たち。そんな場所で、いつしか“貴族の娘”として扱われる日を夢見ていた。


 でも、引き取られたのは学院に入学する年の直前。最初は、学院に通うなんて、面倒でしかなかったわ。礼儀作法に規則だらけの生活、つまらない虚飾の世界。

 けれど――出会ってしまったの。

 私の想像を遥かに超える、絵画から抜け出してきたような令息たちに。

 整った顔立ち。気品ある所作。甘やかな声。あの粗野な男たちとはまるで違う。同じ“男”だなんて、到底信じられなかった。


 そのとき私は悟ったわ。


 これは夢物語ではない。貴族の世界に入り、やがて愛を勝ち取る――そんな、何百回も読んだ恋愛小説の筋書きが、今、私の現実に重なり始めたのよ。


 そして私は、狙いを定めた。


 エリオット様。


 侯爵家の嫡男であり、令嬢の憧れ。端正な容姿と気高い雰囲気――そんな彼の隣に立つのは、当然この私。


 次期侯爵夫人――それが、私の描く未来。


 学院に入ってから「市井上がりの娘」だと蔑む声もあった。でも、私は諦めなかった。魅せ方を知っていたし、努力も惜しまなかった。

 やがて周囲は、変わっていったわ。「お似合いだわ」と微笑む令嬢たち。そして、エリオット様ご自身も――冷たいオリヴィア様よりも、私と過ごす時間を選ぶようになった。


 あと一歩。あとほんの少しで、彼は私のものになる。


 そのためには、オリヴィア様に“非”がある婚約破棄が必要なの。だから私は、少しずつ周囲に“言葉”を流した。オリヴィア様が学院の規律を破ったとか、侍女を見下しているとか、エリオット様を振り回しているとか――。

 誰かが「見たかもしれない」と思えばいい。記憶なんて曖昧で曇りやすいもの。人の印象は、空気のように変わる。

 貴族社会なんて、そういう不確かな“気配”で動いているのよ。

 そんな“噂の令嬢”を、果たして公爵家が守り続けられるかしら?

 ふふ、無理よ。せいぜい、修道院行きが関の山。

 さあ、見せてあげる――

 本当に選ばれるのは、誰なのかを。エリオット様の隣に立つ私を、あなたのその澄ました瞳で見なさい。

 そして理解するのよ、自分が“終わった”ことを。


 あなたが招いたお茶会が、あなたの終焉になるだなんて――皮肉な話ね。今まで“婚約者”という立場にあぐらをかいていた罰よ。



 *****


「あの青紫のドレスを持ってきて」

「はい、お嬢様」


 エリオット様から贈られたドレス。

 彼の瞳をそのままシルクに織り込んだような、深い紫が、青と黒の狭間で揺れる、そんな色。本来なら、大切にしまっておくべき一着。けれど、今日は、それを纏うにふさわしい。

 私は侍女たちに手を差し出し、鏡の前に静かに腰を下ろす。



「髪はふんわりと……でも、後れ毛をきちんと整えて。ゆるく、品良く」

「かしこまりました」



 絹のように柔らかな髪が、ゆっくりと指に梳かれていく。ゆるやかなアップに結われ、レースの小花飾りがそっと添えられる。

 鏡の中には、絵本の挿絵から抜け出した姫君――そんな姿ができあがっていく。



「お似合いです、お嬢様。まるで天使のようですわ」

「ふふ、ありがとう。次、アクセサリー箱を」


 クラリス様にも、カルラ様にも忘れがたい印象を残さなければ、意味がない。



「これと、これをつけるわ」

「……こちらと、こちら、でございますか?」

「そう。何度も言わせないで」


 一つでも欠けたら完璧な“登場”が崩れてしまう。私は舞台の主演女優。全てが整っていて当然なのよ。



「急いで。時間がないの、早くして!」

「は、はいっ!」


 ちょうどそのとき、廊下から声が届く。


「お嬢様、お迎えの方がいらっしゃいました」


 急ぎ玄関に向かうと麗しい令息たち。



「やあ、アリー。そのドレス、とても似合っているよ」
「ピアスの宝石が君の輝きに負けそうだ」
「ネックレスが君の肌によく映えるね」

 ――そうでしょう? 予定通りよ。

 ふふ、完璧。


「まあ、ありがとう。皆、優しいのね」



 私は微笑む。品良く、控えめに、けれど誇らしげに。


 さあ、オリヴィア様。

 あなたのその完璧な仮面が、ゆっくりと、確実にひび割れていく様を――私はじっくりと観察させていただくわ。
首を長くして、待っていなさい。これが、あなたが開いた茶会の“真の幕開け”。



 今日という一日を、心の底から――

 後悔なさってくださいね。

しおりを挟む
感想 135

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ
恋愛
婚約者である王太子アルベルトから、一方的に婚約破棄を告げられた公爵令嬢エレノア。 だが彼女は、涙も復讐も選ばなかった。 「婚約は、役目でしたもの。終わったのなら、それで結構ですわ」 王宮を去ったエレノアは、領地に戻り、 干渉しない・依存しない・無理をしない ただそれだけを軸に、静かに領地運営を始める。 一方、王となったアルベルトもまた、 彼女に頼らないことを選び、 「一人の判断に依存しない国」を作るための統治に身を投じていた。 復縁もしない。 恋にすがらない。 それでも、二人の選択は確かに国を安定へと導いていく。 これは、 交わらないことを選んだ二人が、 それぞれの場所で“続けられる世界”を完成させる物語。 派手なざまぁも、甘い溺愛もない。 けれど、静かに積み重なる判断と選択が、 やがて「誰にも壊せない秩序」へと変わっていく――。 婚約破棄から始まる、 大人のための静かなざまぁ恋愛ファンタジー

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ】伯爵令嬢の責務

ごろごろみかん。
恋愛
見てしまった。聞いてしまった。 婚約者が、王女に愛を囁くところを。 だけど、彼は私との婚約を解消するつもりは無いみたい。 貴族の責務だから政略結婚に甘んじるのですって。 それなら、私は私で貴族令嬢としての責務を果たすまで。

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

処理中です...