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13.幕間 ー悲劇の妹ー sideフェリシア

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 sideフェリシア



「久しぶりの学院。ああ、この煩わしいけれど、どこか華やかな空気……やっぱり、私はここが好きですわ」



 そう言って、ライラが優雅に微笑んだ。背筋は真っすぐ伸び、言葉の一つひとつに品が宿っている。けれどそれでいて、どこか嬉しさを隠しきれない少女のような表情が、微笑ましくて愛おしい。



「寂しかったわ、ライラ」


 自然と、そんな言葉が口をついて出た。すると間髪入れずに、ヴィアも声を上げる。


「ほんと、少し居なかっただけなのに、貴方の明るさが恋しかったわ」


 紅茶の湯気が静かに立ち昇り、テーブルクロスの上にはライラが持参した焼き菓子と、サロンで淹れた芳醇なダージリン。それぞれのカップには薔薇の紋様があしらわれている。

 私は紅茶をひとくち口に含み、目を細めた。ふうっと軽く息を吐けば、鼻腔に花のような香りが広がる。喉を通るその温かさが、胸の奥にまで染み渡るようだった。


 ライラが手土産話を語りながら、焼き菓子にフォークを入れる音すら、どこか楽しいリズムに思えた。




「でも、家でそのようなことを繰り広げていたなんて――ふふ、ライラ、なかなかやるじゃない」


 ヴィアがそう茶化せば、ライラは一度まばたきをしてから、口元にだけ微笑を浮かべて言う。



「まだまだこれからですわ」


 何気ないように見えて、確信に満ちた笑み。ライラは“演じる”ということの醍醐味を、知ってしまったのね。



「ふふ、ライラの言動、あの小説“月明かりの白いバラ”の悪役令嬢そっくりだわ」


 そう指摘すれば、彼女はわずかに目を細め、誇らしげに胸を張った。


「あら、気づきましたか? フェリシア様。わたくし、あの小説が大好きなのです」

「やっぱり!」

「でも、残念ね、貴方の勇姿を直接見られないなんて……」



 ヴィアが紅茶を口に運びながら、少し残念そうに呟いた。

 そのとき、ライラはにっこりと微笑みながら言った。



「そうおっしゃると思いまして、今日はちょっとした舞台をここに用意しましたわ。そろそろ来る頃かと」



 ――仕組まれた戯曲の幕が、今まさに上がるかのような気配が、サロンの空気を一瞬にして引き締める。

 ばたばた、と学院の静けさを破るような音がした。

 振り返れば、廊下の向こうから走ってくる少女の姿。あら、髪が乱れているじゃない。もしかしてライラの妹のリリス?



「お姉様!!」



 甲高い声が廊下に響いた瞬間、サロンの窓の外に見える廊下がざわり、と揺れた気がした。生徒たちが顔を見合わせ、何事かと視線が走る。

 ……ふふ、始まったわね。

 私はティーカップを傾けながら、にこりと微笑む。



「私の、ドレスを一体どこにやったの!」


 声の主はリリス。派手な怒声にしては、どこか必死で、焦りすら滲んでいた。



「ドレス? ああ、一度袖を通したきりの、あの山ほどのドレスのことかしら? 靴と手袋と、宝石箱に入っていたアクセサリー。それらは別に聞かなくてもいいのかしら?」



「……は?」

 一瞬、リリスの表情が固まる。



「ちょ、ちょっと待って! 靴もアクセサリーもなんて、そんな――」

「あら、ちゃんと見なかったのね?」


 ライラは首を傾げ、静かに微笑んだ。



「クローゼットの下段、空になっていたでしょう? それから鏡台の引き出しも」

「……っ」


 リリスの視線が、わずかに泳ぐ。



「嘘でしょう……」

「今頃、侍女が気付いているかもしれないわね。。安心して、私の物になんてしていないから。全部、チャリティーに出したわ」



 ライラは、何でもないことのようにさらりと言う。



「はぁ? チャリティー!? 勝手なことをしないで! 取り返してきなさいよ!!」


 取り返す? あらあら、随分と現実が見えていないのね。



「無理よ」


 ライラのその声は、ガラスを突きつけるような鋭さだった。いつもの柔らかな声音とは違う。



「あれ、マダム・ロベの店の品よ!?  いくらしたと思ってるの!」


 なるほど、それは高級ね。



「もう着るつもりはなかったのでしょう?」


 ライラの言葉に、リリスの顔がさっと青ざめる。



「大事なコレクションなのよ! それなのに、なんてことしてくれるのよ!」

『ねえ、大きな声出しているけれど、いいの? あなた、学院では“悲劇の妹”を演じていたのでしょう?』



 その一言。ライラが声量を落とし、囁くように言った瞬間、空気が変わった。

 リリスが周囲を見回す。生徒たちはすでに立ち止まり、目を向けている。



『姉にいじめられ、服もアクセサリーもろくに持てず、それでも健気に笑っていた“可哀想な妹”だったかしら――ねえ、その子はいったいどこへ行ったの?』

「……っ!」



 リリスの目が泳ぐ。照明を浴びた舞台の上に突然放り出された道化のように。

 廊下のあちこちから、ひそひそと囁きが漏れる。



「リリス様、ライラ様と何かあったのかしら?」
「いつも、おとなしいリリス様……でも今日……ちょっと騒ぎすぎじゃない?」
「マダム・ロベの服なんて私、持っていないわ。なんだか噂と違うわね」


 リリスが泣き始めた。切り替えが、早いわね。でも、今更感があるわ。



「ひ、ひどい……お姉様、私のドレスを奪うなんて……うぅ……」


 可哀想な少女の仮面を必死で取り繕う。



「泣いても、チャリティーに出した物は、もう戻らないわ。諦めて」


 ライラが冷たく言い放った瞬間、リリスの顔が憤怒で染まる。




「ーー覚えていなさい。後悔させてやるんだから!」



 そう吐き捨てるように言い、彼女はくるりと踵を返して去っていった。

 静まり返る廊下。数秒の沈黙の後――誰かがぽつりとつぶやく。



「リリス様は、チャリティーに、反対なのかしら?」
「貴族が出し惜しみするなんてね」
「なんだか残念な方ね」



 リリスの背中を見つめ、何も言わずに微笑むライラ。ムーンストーンが胸元で静かに光った。




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