【完結】ご期待に、お応えいたします

楽歩

文字の大きさ
14 / 40

14.失脚令嬢は微笑む

しおりを挟む
 side ライラ




「お姉様、お父様がお呼びよ」



 醜悪な顔が隠しきれていないわよ、リリス。もう少しうまく演じなさいな。



「何の用事か知っている?」

「さあ? ふふ」



 朝早くにダリオが訪れたことは、私の耳にも入っている。彼がまだ帰っていないこともね。

 なるほど、ついにこの茶番に幕を引くつもりなのね。お父様の書斎に向かう。無駄に豪奢な扉を、音を立てぬように開けると――

 そこにはお父様と継母、そしてリリスにダリオ。まあ、予想通り。なんて分かりやすい役者たち。



「お呼びと聞き、参りましたが?」

「……ああ、まあ、座れ」


 当然のように、リリスの隣にはダリオがいた。


「お前の婚約者は、これからはリリスの婚約者となる」


 あら、意外と早かったのね。もう少し粘るかと思っていたのに。


「な、何ですって! ダリオは私の婚約者ですよ!! 何でそんなことを!」


 泣き声のような叫びを上げてみせる。


「ごめんなさい、お姉様。でも私、ダリオ様のことを……」


 ……はいはい。

 瞳を潤ませるタイミングは、完璧よ。でも、口元が笑っているわ、リリス。



「リリスは悪くない。リリスの悩みを聞いているうちに、守ってあげたいそう思うようになった」

「ダリオ様……」



 なるほど。騎士道精神が目覚めたとでも? ずいぶん都合のいい覚醒ですこと。進めてもいいかしら? この茶番劇。

 私は大きく息を吸い、眉間にしわを寄せる。



「何言っているのよ! ダリオは、伯爵家とはいえ次男。リリスは次女じゃない。二人で平民にでもなるつもり?」



 リリスがわざとらしく身を縮める。



「それは心配ない」



 父がため息をついて、鋭く言う。



「爵位はリリスに継がせることを決めた」


 あら、まあ。そう言うと思ったわ。でもーー



「お父様! 私が長女ですよ。この家を継ぐのは私です」

 当然の抗議でしょう?


「この侯爵家の後を継ぐには、お前はふさわしくない!」

「そうよ、妹であるリリスをいじめて。それに、私のことだって一度も母と認めてくれなかったわ」


 何を当然なことを。

 母親の仮面をつけた女に跪く気など、最初からなかったもの。それに、あなただって私を娘とした扱ったことなど一度もなかったじゃない。



「そうだ。家族を大事にしない者が、家を継いで、この侯爵家を守っていけると思っているのか! それにあの散財、もう我慢の限界だ!!」


 リリスがこれまで使ったお金、私の倍以上あることはどうでもいいのかしら。



「爵位の件は、婚約者の交代の条件でもある。伯爵家とも、もう話がついてある」

「そんな……」



 私はわざと目を見開き、肩を震わせる素振りをして、静かに床へと座り込んだ。冷たい床の感触が伝わるけれど、どうということはない。

 ここで座り込む“絶望したな姉”を演じるのが、正解でしょう?

 そしてーー




「お、お父様、私の結婚はどうなるのです?」

「今検討中だ」

「卒業までわずかですもの。嫡男の家は残っていませんわ、困りましたね、あなた」



 嬉しそうな顔を隠し切れていませんわよ、お継母様。



「……ああ、そうだな。侯爵家の娘をどこにでも出せるわけがないしな……ヴィラホルテ伯爵が後妻を探していたか?」


 ずいぶんと素敵なご提案。後妻が、私に相応しいとお思いなのね。



「まあ、それがいいですわね。あっ! そうだわ、モンレヴァン商会の商会長も後妻を探していたわ。あの方は男爵家出身だったかしら?」



 ……どれもこれも後妻。まあ、爵位と婚約者を奪われた私には後妻しかないでしょうね。見つからなければ、修道院にでも入れた方が、外聞はいいとも思っているかしら。



「お嬢様、お部屋に戻りましょう」


 オスカーが私をそっと支え、立たせる。



「あっ! そうだわ。オスカーは、どう? お姉様と歳は近いし、庶子だけど、一応、子爵家の次男ですもの。結婚して、オスカーが執事、お姉様が私の侍女をするというのは? ねえ、お母様」

「リリス。いい考えだわ!」




 ダリオが困惑の表情を浮かべる。珍しく、理性が顔を出したようね。



「それはさすがに、姉を侍女など。ほかの貴族になんと言われるか……」

「いや、一度ライラを領地に療養で出して、こっそり戻し、表に出さなければそれもありか……」



 考え込むお父様。

 本気で考えるあたり、どうしようもないわね。ご自分の仕事をやらせようという気が見て取れるわ。



「お姉様は優秀ですし、ぜひ私のサポートをしてもらいたいわ」

「いいわね。今までの罪滅ぼしの機会として」



 親子で勝手なことを。

 私は立ち上がる。背を向けたまま、振り返ることはしない。廊下に響く笑い声。

 それすら、予定通りよ。




 部屋につくとオスカーが、慣れた手つきで紅茶を淹れている。私の部屋にあるティーセットは、彼が丁寧に手入れしているもの。ポットから注がれる琥珀色の液体が、カップの中でゆらりと揺れた。



「アールグレイでよろしかったですか?」

「ええ。今は、その香りが落ち着くわ」



 ふんわりと立ちのぼる香りに、私の神経が少しずつ解けていく。騒がしい舞台の幕がようやく下りたかのように。



「ふぅー、勘がいいんだか悪いんだか」


 ポツリと漏らした独り言に、オスカーがすかさず反応する。



「リリス様ですか?」

「ええ、少し……動揺してしまったわ」



 オスカーの名前を出すなんて。



「そんな風に見えませんでしたよ。今日も素晴らしい演技でした」

「ふふ、惚れ直しちゃった?」

「直す? 惚れっぱなしなので、直す必要はないかと」



 言葉はあくまで軽やか。でも、その瞳の奥に浮かぶ真剣さが、冗談には聞こえなかった。オスカーが静かにカップを差し出す。



「ありがとう、オスカー。あなたがいてくれて、よかったわ」

「これからも、ずっといますよ。ライラお嬢様のそばに」



 私の名前を呼ぶその声に、心がふっとほどけていく。さあ、次の舞台のための準備をしなくては。

しおりを挟む
感想 135

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ
恋愛
婚約者である王太子アルベルトから、一方的に婚約破棄を告げられた公爵令嬢エレノア。 だが彼女は、涙も復讐も選ばなかった。 「婚約は、役目でしたもの。終わったのなら、それで結構ですわ」 王宮を去ったエレノアは、領地に戻り、 干渉しない・依存しない・無理をしない ただそれだけを軸に、静かに領地運営を始める。 一方、王となったアルベルトもまた、 彼女に頼らないことを選び、 「一人の判断に依存しない国」を作るための統治に身を投じていた。 復縁もしない。 恋にすがらない。 それでも、二人の選択は確かに国を安定へと導いていく。 これは、 交わらないことを選んだ二人が、 それぞれの場所で“続けられる世界”を完成させる物語。 派手なざまぁも、甘い溺愛もない。 けれど、静かに積み重なる判断と選択が、 やがて「誰にも壊せない秩序」へと変わっていく――。 婚約破棄から始まる、 大人のための静かなざまぁ恋愛ファンタジー

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ】伯爵令嬢の責務

ごろごろみかん。
恋愛
見てしまった。聞いてしまった。 婚約者が、王女に愛を囁くところを。 だけど、彼は私との婚約を解消するつもりは無いみたい。 貴族の責務だから政略結婚に甘んじるのですって。 それなら、私は私で貴族令嬢としての責務を果たすまで。

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

処理中です...