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19.フェリシアが舞台に上がる
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王妃様へのご挨拶を終えた私は、その足で王太子殿下――ルキウス様の執務室を訪れた。扉を叩き、通されると、彼は書類に目を通していた手を止め、柔らかな笑みでこちらを迎える。
「ルキウス様。お散歩のお誘いに参りましたわ」
「フェリ。珍しいね。一緒に散策だなんて、嬉しいよ」
「王太子妃としての教育も、ようやく一段落いたしましたし。結婚前に、ゆっくりルキウス様との時間を楽しみたくて」
私はそう言って微笑む。
もちろん、ここに来たのは、仮病を使って授業をサボる精霊姫――ベス様が、私室にこもっていると王妃様に聞いたから、ということもある。
ベス様に、牽制を始めるにはうってつけの日だわ。
「庭園に行こうか。今日、ちょうどバラが見頃らしいよ。フェリ、バラ好きだろう?」
「いいですわね。楽しみです」
……庭園、ね。よし! あそこなら――ベス様の部屋の窓から、よく見える。
王宮の庭園。陽光が水面に反射し、バラの香りが風に溶ける、優雅な午後。東の小道を歩いていると、ふいに、澄んだ声が響いた。
「まあっ、ルキウス殿下! それに、フェリシア様? ここでお会いできるなんて!」
鈴を転がすような声。少し息が上がっている。……慌てて飛び出してきたのかしら? 後ろから、お付きの者が必死で追いかけてくる。
──“ヒロイン”の登場は、いつだって都合が良すぎる。
「ベス様。奇遇ですわね」
そう言うと、彼女は胸元でそっと両手を重ね、小さくうなずいた。
「ええ……。お散歩に出たら、たまたま……」
伏せられた睫毛。沈黙の間と、わざとらしい戸惑い。よくできた演出。
ルキウス様は一歩進み、彼女を気遣うように言った。
「ベス嬢、体調はもう大丈夫なのかい?」
「はい。ルキウス殿下にご心配をおかけしてばかりで、すみません。もう、すっかり元気です!」
甘えたような声音。“守られる精霊姫”の仮面。
体調が悪かったのなら、こんな陽射しの下に出てきて大丈夫なのかしら?
嬉しそうなベス様が、そっとルキウス様に歩み寄る――その隙間に、私は立ちふさがるように出た。そして、彼の腕にそっと触れて微笑んだ。
「ルキウス様。ベス様もまだ本調子ではなさそうですし、ベンチで少し、休んでいきませんこと?」
「そうだね。それがいい」
殿下が穏やかに頷くと、眉をひそめたベス様も従うように小さく一礼し、そっと後ろに続いた。
その舌打ち、聞き逃さなかったわよ。
白いベンチの中央に、私は何気ない顔で立ち止まり、そのまま腰を下ろす。ルキウス様が当然のように隣に座れば――自然と、ベス様の座る場所は、私のもう一方の隣に限定される。
ふふ。
ベス様は腰を下ろさず、わずかに潤んだまなざしを向ける。
「……やはり、わたくしは殿下のおそばにいるには、ふさわしくないのでしょうか?」
「ルキウス様の隣に座りたかったのですか?」
「そういうわけでは、でも……今まで、殿下の隣以外に座ったことがなかったものですから」
あらあら、牽制かしら。
ルキウス様を見ると、困ったようにただ微笑んでいる。この顔は……“私の意思ではないよ”、ということかしら?
「でも、ベス様、こちらに座ると日陰ですのよ。体調がお悪かったのですよね。どうぞ?」
さらりと差し出すように言ってみせると、彼女の睫毛がピクリと震えたのが見えた。でも、体調のことを言われたら座らざるを得ないでしょう?
ゆっくりと、ベス様が腰を下ろし、俯いた。
その様子を遠巻きに立っていた見ていたお付きの者たちが、ざわめき始めた。ひそひそ声と視線が、こちらに向けられる。
「見て。いつも隣にいらしたのに、ベス様が悲しそう」
「まさかフェリシア様、わざと間に割り込んだのかしら?」
あら、あなたたちこそ、わざとかしら。ずいぶんはっきり聞こえる声ね。もう少し躾の行き届いた付き人を、用意すべきだと思うのだけれど?
その瞬間、ベス様が急に立ち上がった。
大きな瞳に涙を滲ませ、震える指先でスカートの裾を握りしめる。
「ベス様。どうされたのです?」
私が問いかけると、彼女は震える声で呟いた。
「……私、お邪魔な気がして……」
そうですわよ。このまま帰るかしら?
「そんなこと、ありませんわ!」
突然、場を裂くように声を上げたのは――あろうことか、付き従ってきた者の一人だった。
「精霊に選ばれたお方が、邪魔なわけありません! これまで殿下のそばにおられたのはベス様。急に現れたのは、フェリシア様のほうです!」
王太子妃教育が忙しかっただけですけれど?
「そうですわ。殿下は国王陛下のご命令で、ベス様の傍におられるのです。――優先されるべきは、当然、ベス様でございますわ」
その言葉に、庭園の空気がわずかに張り詰めた。隣――ルキウス様から冷気を感じる。
私は静かに席を立つ。
その瞬間、ベス様たちの視線が、一斉に私へと向けられる。
「ベス様もそのように、お思いでして?」
沈黙の中、ベス様の瞳が揺れる。
「いえ……っ。ただ少し……思い悩んでいただけです。もしかしたら殿下とフェリシア様の間に、無遠慮に割って入ってしまったのではないかと……」
「まあ! そんなことでしたらご心配なく」
微笑みながら、手にした扇子をぱちん、とひとつ叩く。
「私は殿下の正式な婚約者ですもの。たとえ“誰か”が割って入ったところで、私の立場が揺らぐことはありません」
頬がピクリと動きましたわね、ベス様。
「ルキウス様と私が婚約しているのは、皆が知る事実です。けれど、そうした状況で“無遠慮に割って入った”などという誤解が広まっては、ベス様のご名誉にも関わりますわ」
扇子をひと撫でし、にこりと微笑む。
「どうか、ご自身のお立場を大切になさって」
ベス様の瞳が揺れ、言葉を探すように視線が泳ぐ。
――それとも、それも“演技”のひとつかしら?
「……ええ、そうですね」
震える声に、周囲の侍女たちが次第に目を伏せ始める。
「では、ごきげんよう。お身体、冷やされませんように。顔色が悪いですわ」
「そうだね。君たちはベス嬢を部屋に連れて行ってくれ。私たちはもう少し歩こうか、フェリ」
ルキウス様の差し出した手に、そっと指を重ねる。バラの香りが風に乗って揺れ、私は、振り返ることなくその場を後にした。
「ルキウス様。お散歩のお誘いに参りましたわ」
「フェリ。珍しいね。一緒に散策だなんて、嬉しいよ」
「王太子妃としての教育も、ようやく一段落いたしましたし。結婚前に、ゆっくりルキウス様との時間を楽しみたくて」
私はそう言って微笑む。
もちろん、ここに来たのは、仮病を使って授業をサボる精霊姫――ベス様が、私室にこもっていると王妃様に聞いたから、ということもある。
ベス様に、牽制を始めるにはうってつけの日だわ。
「庭園に行こうか。今日、ちょうどバラが見頃らしいよ。フェリ、バラ好きだろう?」
「いいですわね。楽しみです」
……庭園、ね。よし! あそこなら――ベス様の部屋の窓から、よく見える。
王宮の庭園。陽光が水面に反射し、バラの香りが風に溶ける、優雅な午後。東の小道を歩いていると、ふいに、澄んだ声が響いた。
「まあっ、ルキウス殿下! それに、フェリシア様? ここでお会いできるなんて!」
鈴を転がすような声。少し息が上がっている。……慌てて飛び出してきたのかしら? 後ろから、お付きの者が必死で追いかけてくる。
──“ヒロイン”の登場は、いつだって都合が良すぎる。
「ベス様。奇遇ですわね」
そう言うと、彼女は胸元でそっと両手を重ね、小さくうなずいた。
「ええ……。お散歩に出たら、たまたま……」
伏せられた睫毛。沈黙の間と、わざとらしい戸惑い。よくできた演出。
ルキウス様は一歩進み、彼女を気遣うように言った。
「ベス嬢、体調はもう大丈夫なのかい?」
「はい。ルキウス殿下にご心配をおかけしてばかりで、すみません。もう、すっかり元気です!」
甘えたような声音。“守られる精霊姫”の仮面。
体調が悪かったのなら、こんな陽射しの下に出てきて大丈夫なのかしら?
嬉しそうなベス様が、そっとルキウス様に歩み寄る――その隙間に、私は立ちふさがるように出た。そして、彼の腕にそっと触れて微笑んだ。
「ルキウス様。ベス様もまだ本調子ではなさそうですし、ベンチで少し、休んでいきませんこと?」
「そうだね。それがいい」
殿下が穏やかに頷くと、眉をひそめたベス様も従うように小さく一礼し、そっと後ろに続いた。
その舌打ち、聞き逃さなかったわよ。
白いベンチの中央に、私は何気ない顔で立ち止まり、そのまま腰を下ろす。ルキウス様が当然のように隣に座れば――自然と、ベス様の座る場所は、私のもう一方の隣に限定される。
ふふ。
ベス様は腰を下ろさず、わずかに潤んだまなざしを向ける。
「……やはり、わたくしは殿下のおそばにいるには、ふさわしくないのでしょうか?」
「ルキウス様の隣に座りたかったのですか?」
「そういうわけでは、でも……今まで、殿下の隣以外に座ったことがなかったものですから」
あらあら、牽制かしら。
ルキウス様を見ると、困ったようにただ微笑んでいる。この顔は……“私の意思ではないよ”、ということかしら?
「でも、ベス様、こちらに座ると日陰ですのよ。体調がお悪かったのですよね。どうぞ?」
さらりと差し出すように言ってみせると、彼女の睫毛がピクリと震えたのが見えた。でも、体調のことを言われたら座らざるを得ないでしょう?
ゆっくりと、ベス様が腰を下ろし、俯いた。
その様子を遠巻きに立っていた見ていたお付きの者たちが、ざわめき始めた。ひそひそ声と視線が、こちらに向けられる。
「見て。いつも隣にいらしたのに、ベス様が悲しそう」
「まさかフェリシア様、わざと間に割り込んだのかしら?」
あら、あなたたちこそ、わざとかしら。ずいぶんはっきり聞こえる声ね。もう少し躾の行き届いた付き人を、用意すべきだと思うのだけれど?
その瞬間、ベス様が急に立ち上がった。
大きな瞳に涙を滲ませ、震える指先でスカートの裾を握りしめる。
「ベス様。どうされたのです?」
私が問いかけると、彼女は震える声で呟いた。
「……私、お邪魔な気がして……」
そうですわよ。このまま帰るかしら?
「そんなこと、ありませんわ!」
突然、場を裂くように声を上げたのは――あろうことか、付き従ってきた者の一人だった。
「精霊に選ばれたお方が、邪魔なわけありません! これまで殿下のそばにおられたのはベス様。急に現れたのは、フェリシア様のほうです!」
王太子妃教育が忙しかっただけですけれど?
「そうですわ。殿下は国王陛下のご命令で、ベス様の傍におられるのです。――優先されるべきは、当然、ベス様でございますわ」
その言葉に、庭園の空気がわずかに張り詰めた。隣――ルキウス様から冷気を感じる。
私は静かに席を立つ。
その瞬間、ベス様たちの視線が、一斉に私へと向けられる。
「ベス様もそのように、お思いでして?」
沈黙の中、ベス様の瞳が揺れる。
「いえ……っ。ただ少し……思い悩んでいただけです。もしかしたら殿下とフェリシア様の間に、無遠慮に割って入ってしまったのではないかと……」
「まあ! そんなことでしたらご心配なく」
微笑みながら、手にした扇子をぱちん、とひとつ叩く。
「私は殿下の正式な婚約者ですもの。たとえ“誰か”が割って入ったところで、私の立場が揺らぐことはありません」
頬がピクリと動きましたわね、ベス様。
「ルキウス様と私が婚約しているのは、皆が知る事実です。けれど、そうした状況で“無遠慮に割って入った”などという誤解が広まっては、ベス様のご名誉にも関わりますわ」
扇子をひと撫でし、にこりと微笑む。
「どうか、ご自身のお立場を大切になさって」
ベス様の瞳が揺れ、言葉を探すように視線が泳ぐ。
――それとも、それも“演技”のひとつかしら?
「……ええ、そうですね」
震える声に、周囲の侍女たちが次第に目を伏せ始める。
「では、ごきげんよう。お身体、冷やされませんように。顔色が悪いですわ」
「そうだね。君たちはベス嬢を部屋に連れて行ってくれ。私たちはもう少し歩こうか、フェリ」
ルキウス様の差し出した手に、そっと指を重ねる。バラの香りが風に乗って揺れ、私は、振り返ることなくその場を後にした。
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