23 / 40
23.幕間 選ばれたのは、私 side ベス
しおりを挟む
side ベス
「精霊姫様、あまり気を落とさないでください」
「そうですよ、あんな嫌がらせに負けてはいけません。精霊たちも、姫様の味方ですから」
精霊庁から派遣されたお付きの者たちが、甲高い声で口々に慰める。薄っぺらな同情の言葉を、差し出してくるようだった。
うるさいわ、黙って!
喉元までこみ上げたその言葉を、ぎりぎりのところで呑み込む。代わりに、いつもの“精霊姫”の仮面を張りつけてみせた。
「ありがとう、心配してくれて。でも、少し一人になりたいの」
口元だけで微笑んで。だが内心では、怒りが静かに、確実に沸点を越えていた。
扉が閉まる音を背に、ソファへ駆け寄ると、目に入るクッションを片っ端から掴んでは壁へと叩きつけた。
――ぽふっ。どさっ。ふわりと跳ねて、虚しく落ちるだけ。
「なんなのよ、あの女……っ!」
思わず声が漏れた。怒りに震える指先が、クッションの縁をぎゅっと握りしめる。
今まで、見向きもしなかったくせに。
感情の波が限界を超え、思いきりベッドへと身を投げた。ふかふかの羽毛布団が体を包み込むが、それでも冷えきった心は、少しも温まらなかった。
シーツに顔を埋めながら、奥歯を噛みしめる。
――許さない。
あの女の笑顔が、腹立たしいほど“正しさ”に満ちているのが、なにより癪だった。
声には出せない、醜い感情が胸を焼く。
「タルトですって? “お手本に”ですって? あれが嫌味じゃないとでも?」
私が気づかないとでも思ったのか。完璧な令嬢気取りで、王太子の隣に座るあの女の姿が脳裏にちらつく。
いいえ、完璧な“つもり”でしょ? それがなんだというの。
――私は、精霊姫なのよ。
判定で、精霊の姿を現せさせたたった一人の存在。精霊の声が、あの瞬間、あの場にいた者全てに確かに聞こえた。
『ねえ、ねえ、お菓子持ってる?』
もっとほかに言うことはないのかと思ったけど、精霊はお菓子好き。私にお菓子をねだるほど親しみをもっていると精霊庁の庁官長も言っていた。
そして、実際その一言だけで、世界が反転した。
貧しい村の片隅で、飲んだくれの父と暮らすしかなかった私の人生が、輝き始めたの。
「王宮に来た時点で、私が王太子の婚約者になって、あの女は用無しになると思っていたのに」
あれからもう、どれだけ経っただろう。なのに、何も動かない。ルキウス殿下のそばには、いまだにあの女がいて、養子先すら決まらない私がいる。
「それに、この歳で勉強なんて、冗談じゃないわ」
呪文のように響く王宮の講師の声。学院の授業も意味が分からず、眠気と戦いながら座り続ける時間。
こんなの、私のすることじゃない。私には、もっとふさわしい場所があるのよ。
「私に付き従う令嬢の中から側室を一人選んで、あとは全部やらせるつもりだったのに……!」
政治も、書類も、社交も――全部人任せにして、私は微笑むだけでよかったはずなのに。精霊姫として、王太子妃として、夢のような日々を送るはずだったのに!
「ルキウス殿下とも、順調だったのよ。あと一歩だったはず」
あの方は、私に気を許し始めていた。目が合うたび、言葉を交わすたびに、確かに距離が縮まっていたのに。
――あの女。最近邪魔なのよ。
自分の立場が、私に脅かされていることをもっと遅くに気づけばよかったのに。
勝手に私の友人と名乗っているあの人たちが、余計な噂を流すから。
ふふ、でも、気付いてしまったなら、別にそれでいいわ。こちらもやり方を変えるだけ。
“精霊姫に嫌がらせをする王太子の婚約者”“精霊たちがきっと怒り出す”。そんな噂がさらに広まればどうなるか。
貴族たちは疑念より、面白半分の好奇心を優先する。ほんの少し脚色して、涙ぐみながら語ってみせればいい。あとは勝手に、あの“友人”たちが、面白おかしく触れ回ってくれるだろう。
英雄譚の語り部のように――愚かで、都合よく。
「ルキウス殿下の、いいえ、国王陛下の耳に入ったら、どうなるかしら」
ただでは済まないわ。だって私は、“王族と並び立つ存在”。国に安寧をもたらす、“精霊姫”なのだから――。
あの女が、どんな顔をするか。想像しただけで胸がすっとした。ざまあみろと叫びたいのを、ぎりぎりで呑み込む。
お披露目の日、それは、貴族社会に、正式に“精霊姫”としてその名を刻む日。選ばれし存在として、王太子殿下の隣に立つ日。私の存在を、王国の隅々まで知らしめる日。
ルキウス殿下との、初めてのダンス。
脳裏に描くのは、誰もが見惚れる美しい光景。
殿下が優しく私の腰に手を添え、軽やかな旋律に合わせて舞う。ドレスの裾がふわりと舞い、場の空気が息を呑むほどに華やぐ。貴族たちのざわめきと、うっとりとした視線。
そして――あの女の、悲しげな顔。
「練習はこれからも続くわ。殿下との時間も、まだある。仲を深めるチャンスだって」
ふと、空気の揺らぎを感じて、微笑む。
「精霊たち。あなたたちは、ちゃんと見ていてくれるわよね?」
判定で使われたアクルム石がなければ、彼らの姿も声も感じ取れない。
なんて不便なのだろう。
けれど、お披露目の時、国王陛下から正式な“精霊姫の証”として授けられるのは、アクルム石を用いたネックレス。
それを手にした瞬間、世界は変わる。
「ねえ……その時が来たら、あの女が私に意地悪したこと、全部伝えてくれるよね? どんな顔で、どんな言葉を投げつけてきたか……今日のことも、全部」
そっと囁く。
「悪いのは、全部あの女。私はただ、頑張ってるだけ。ね? そうでしょう?」
あの女に、精霊たちが微笑むことはない。
なぜなら、精霊たちに選ばれたのは、私なのだから。
「精霊姫様、あまり気を落とさないでください」
「そうですよ、あんな嫌がらせに負けてはいけません。精霊たちも、姫様の味方ですから」
精霊庁から派遣されたお付きの者たちが、甲高い声で口々に慰める。薄っぺらな同情の言葉を、差し出してくるようだった。
うるさいわ、黙って!
喉元までこみ上げたその言葉を、ぎりぎりのところで呑み込む。代わりに、いつもの“精霊姫”の仮面を張りつけてみせた。
「ありがとう、心配してくれて。でも、少し一人になりたいの」
口元だけで微笑んで。だが内心では、怒りが静かに、確実に沸点を越えていた。
扉が閉まる音を背に、ソファへ駆け寄ると、目に入るクッションを片っ端から掴んでは壁へと叩きつけた。
――ぽふっ。どさっ。ふわりと跳ねて、虚しく落ちるだけ。
「なんなのよ、あの女……っ!」
思わず声が漏れた。怒りに震える指先が、クッションの縁をぎゅっと握りしめる。
今まで、見向きもしなかったくせに。
感情の波が限界を超え、思いきりベッドへと身を投げた。ふかふかの羽毛布団が体を包み込むが、それでも冷えきった心は、少しも温まらなかった。
シーツに顔を埋めながら、奥歯を噛みしめる。
――許さない。
あの女の笑顔が、腹立たしいほど“正しさ”に満ちているのが、なにより癪だった。
声には出せない、醜い感情が胸を焼く。
「タルトですって? “お手本に”ですって? あれが嫌味じゃないとでも?」
私が気づかないとでも思ったのか。完璧な令嬢気取りで、王太子の隣に座るあの女の姿が脳裏にちらつく。
いいえ、完璧な“つもり”でしょ? それがなんだというの。
――私は、精霊姫なのよ。
判定で、精霊の姿を現せさせたたった一人の存在。精霊の声が、あの瞬間、あの場にいた者全てに確かに聞こえた。
『ねえ、ねえ、お菓子持ってる?』
もっとほかに言うことはないのかと思ったけど、精霊はお菓子好き。私にお菓子をねだるほど親しみをもっていると精霊庁の庁官長も言っていた。
そして、実際その一言だけで、世界が反転した。
貧しい村の片隅で、飲んだくれの父と暮らすしかなかった私の人生が、輝き始めたの。
「王宮に来た時点で、私が王太子の婚約者になって、あの女は用無しになると思っていたのに」
あれからもう、どれだけ経っただろう。なのに、何も動かない。ルキウス殿下のそばには、いまだにあの女がいて、養子先すら決まらない私がいる。
「それに、この歳で勉強なんて、冗談じゃないわ」
呪文のように響く王宮の講師の声。学院の授業も意味が分からず、眠気と戦いながら座り続ける時間。
こんなの、私のすることじゃない。私には、もっとふさわしい場所があるのよ。
「私に付き従う令嬢の中から側室を一人選んで、あとは全部やらせるつもりだったのに……!」
政治も、書類も、社交も――全部人任せにして、私は微笑むだけでよかったはずなのに。精霊姫として、王太子妃として、夢のような日々を送るはずだったのに!
「ルキウス殿下とも、順調だったのよ。あと一歩だったはず」
あの方は、私に気を許し始めていた。目が合うたび、言葉を交わすたびに、確かに距離が縮まっていたのに。
――あの女。最近邪魔なのよ。
自分の立場が、私に脅かされていることをもっと遅くに気づけばよかったのに。
勝手に私の友人と名乗っているあの人たちが、余計な噂を流すから。
ふふ、でも、気付いてしまったなら、別にそれでいいわ。こちらもやり方を変えるだけ。
“精霊姫に嫌がらせをする王太子の婚約者”“精霊たちがきっと怒り出す”。そんな噂がさらに広まればどうなるか。
貴族たちは疑念より、面白半分の好奇心を優先する。ほんの少し脚色して、涙ぐみながら語ってみせればいい。あとは勝手に、あの“友人”たちが、面白おかしく触れ回ってくれるだろう。
英雄譚の語り部のように――愚かで、都合よく。
「ルキウス殿下の、いいえ、国王陛下の耳に入ったら、どうなるかしら」
ただでは済まないわ。だって私は、“王族と並び立つ存在”。国に安寧をもたらす、“精霊姫”なのだから――。
あの女が、どんな顔をするか。想像しただけで胸がすっとした。ざまあみろと叫びたいのを、ぎりぎりで呑み込む。
お披露目の日、それは、貴族社会に、正式に“精霊姫”としてその名を刻む日。選ばれし存在として、王太子殿下の隣に立つ日。私の存在を、王国の隅々まで知らしめる日。
ルキウス殿下との、初めてのダンス。
脳裏に描くのは、誰もが見惚れる美しい光景。
殿下が優しく私の腰に手を添え、軽やかな旋律に合わせて舞う。ドレスの裾がふわりと舞い、場の空気が息を呑むほどに華やぐ。貴族たちのざわめきと、うっとりとした視線。
そして――あの女の、悲しげな顔。
「練習はこれからも続くわ。殿下との時間も、まだある。仲を深めるチャンスだって」
ふと、空気の揺らぎを感じて、微笑む。
「精霊たち。あなたたちは、ちゃんと見ていてくれるわよね?」
判定で使われたアクルム石がなければ、彼らの姿も声も感じ取れない。
なんて不便なのだろう。
けれど、お披露目の時、国王陛下から正式な“精霊姫の証”として授けられるのは、アクルム石を用いたネックレス。
それを手にした瞬間、世界は変わる。
「ねえ……その時が来たら、あの女が私に意地悪したこと、全部伝えてくれるよね? どんな顔で、どんな言葉を投げつけてきたか……今日のことも、全部」
そっと囁く。
「悪いのは、全部あの女。私はただ、頑張ってるだけ。ね? そうでしょう?」
あの女に、精霊たちが微笑むことはない。
なぜなら、精霊たちに選ばれたのは、私なのだから。
2,450
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』
ふわふわ
恋愛
婚約者である王太子アルベルトから、一方的に婚約破棄を告げられた公爵令嬢エレノア。
だが彼女は、涙も復讐も選ばなかった。
「婚約は、役目でしたもの。終わったのなら、それで結構ですわ」
王宮を去ったエレノアは、領地に戻り、
干渉しない・依存しない・無理をしない
ただそれだけを軸に、静かに領地運営を始める。
一方、王となったアルベルトもまた、
彼女に頼らないことを選び、
「一人の判断に依存しない国」を作るための統治に身を投じていた。
復縁もしない。
恋にすがらない。
それでも、二人の選択は確かに国を安定へと導いていく。
これは、
交わらないことを選んだ二人が、
それぞれの場所で“続けられる世界”を完成させる物語。
派手なざまぁも、甘い溺愛もない。
けれど、静かに積み重なる判断と選択が、
やがて「誰にも壊せない秩序」へと変わっていく――。
婚約破棄から始まる、
大人のための静かなざまぁ恋愛ファンタジー
王妃さまは断罪劇に異議を唱える
土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。
そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。
彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。
王族の結婚とは。
王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。
王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。
ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】伯爵令嬢の責務
ごろごろみかん。
恋愛
見てしまった。聞いてしまった。
婚約者が、王女に愛を囁くところを。
だけど、彼は私との婚約を解消するつもりは無いみたい。
貴族の責務だから政略結婚に甘んじるのですって。
それなら、私は私で貴族令嬢としての責務を果たすまで。
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる