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39.真実は、微笑とともに END
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――もう一人の姫
私たちは顔を見合わせた。
「一度、儀式を経て精霊姫として盛大に発表されてしまったから、今さら“違っていたから庶民に戻します”などとは、言えないわ。国の威信に関わってしまうもの。結局、バレンサ地方へ“ご栄転”なさるそうよ」
私は扇子をゆっくり閉じ、密やかにため息をついた。
「バレンサ地方……精霊たちが多く棲むとされる、あの辺境の地ですわね?」
ライラが眉をひそめる。
「ええ。自然豊かというより、何もない場所。人より木々や獣のほうが多いような。そこに、新しく精霊のための神殿を建てるとか。精霊庁の庁官長も同行なさるそうね」
「……あの方、ベス様を“精霊姫”と認めた張本人ですものね」
「ええ。私が精霊姫だったのに、ベス様を王太子妃として進めようとした。その責任も、問われたのでしょう」
私は手でカップの縁に触れた。熱さが指先に伝わる。
「もちろん、お付きの方々も……?」
ライラのその声の奥には、ひそやかな探りがあった。
「当然。お付きの者も、ご友人方も、まとめて“ご栄転”」
あんなにいつも傍にいて味方していたのだもの。本望でしょう。今まで通り仲良くできるか見ものね。
ヴィアが冷たく微笑む。
「ご友人? ……ああ、フェリの根も葉もない噂を流していた、あの方々ね?」
「ええ。王家も、お父様も、しっかりと調べてくださいましたから。表向きには“精霊に仕える栄誉ある任務”とされているけど……実のところは、修道院送りと変わりないわ」
彼女たちの処遇に誰も、それに異を唱えなかった。
精霊にあの日、あの場で指摘されてしまったのですもの。もう、取り繕う術など残されていなかった。
「それはそうと、ヒロイン三人とも王都からいなくなりましたわね」
ライラの一言に、ヴィアと顔を合わせる。確かにそうね。
「ふふ、お二人とも知っておられます? 本物のヒロインならば、追放されてからが、物語の始まりですわ。這い上がってきたらどうします?」
「まあ、私たち仕返しされるのかしら。怖いわ」
もちろん、二人の顔に怯えの色は一片もない。ヴィアは扇子の影で口元をかすかに緩め、ライラは肩をすくめてみせるだけ。
あの人たちに、そんな根性残っているかしら? でも、追加公演も楽しそうね。
「それはそうと、ヴィア。来週のお休みの日、予定はあるかしら?」
私が、紅茶のカップを受け皿に戻しながら問いかけると、ヴィアはぱちりと瞬きをして、小首を傾げた。
「いえ、特に何も。どうして?」
「だったら、王宮で、ルキウス様とカイエンとお茶でもいかがかしら?」
「カイエン様も?」
その瞬間、ヴィアの声が、わずかに跳ねた。
「ええ、そうよ。実はルキウス様が、“常識があって冷静で、しっかり者の美しい令嬢”をカイエンに紹介してほしいと仰ったの」
「それで、私……?」
ヴィアは信じられないという顔で私を見つめる。瞳が揺れて、まつ毛の影が白磁のような頬に落ちた。
「もちろんよ。その条件にぴたりと当てはまるのは、ヴィアしかいないもの。それに――」
「それに?」
「カイエン自ら“ウィンチェスター公爵令嬢にも頼んでください”と言ったそうよ。私に頼むってことは、ね? もうヴィアで間違いないでしょう?」
「え……でも、それって……」
ヴィアの視線が泳ぎ、耳の先までほんのりと紅に染まっていく。普段の毅然とした表情からは想像もつかない、可憐な反応だわ。
「婚約者探しという意味よ。ヴィア、あなたのお父様とカイエンのお父様にはもう国王陛下から許可はもらっているから、決定事項よ」
「っ! ……わ、わかったわ。フェリ、私……急に思い出した用事があるの。それじゃあ、失礼するわね!」
ばたばたと椅子を引き、スカートの裾を翻して、彼女は早足でサロンを出ていった。その背中が小さくなるまで見送って、私はようやく口元を緩める。
「フェリシア様、一体どういうことですか?」
残されたライラが、不思議そうに眉を寄せながら身を乗り出してくる。
「あら、気づかなかったの? ヴィアはカイエンのことが好きなのよ。王宮でのお勤めを希望しているのも、私のためだけじゃないって思っているわ」
「カイエン様!? 私としたことが……まるで気づきませんでしたわ! ああ、なんてもったいないことを……! ちょっと待ってください。いま、記憶を遡って確認いたしますから!」
ライラは、まるで探偵のように目を細め、記憶を手繰り寄せる仕草をする。「あのとき……ああ、オリヴィア様、どんな表情だったかしら……」と呟きながら、眉や唇の形がくるくると変わっていく。
「来週に向けて、ヴィアは大忙しでしょうね。磨きをかけたいだろうし、新しいドレスの注文だって必要でしょうし。間に合うかしら? ふふ」
「それで、あんなに慌てて帰っていったのですのね」
「あんなふうに動揺するヴィアなんて、なかなかお目にかかれないわ」
「本当ですわ。私、初めて見ましたもの」
ライラがくすくすと笑い、レースのハンカチで口元を押さえる。
「さあ、私もルキウス様と打ち合わせをしなくては。カイエンとヴィアのために、全力を尽くすわ」
「フェリシア様、後ほどそのお茶会のお話、ぜひ聞かせてくださいね?」
ライラが楽しげに身を乗り出す。その様子は、おとぎ話の続きをねだる子どものようだった。
「ええ、もちろん。ライラの期待には必ず応えるわ。楽しみにしていて」
私は紅茶の香りを胸いっぱいに吸い込み、静かに微笑む。
――このお茶会の計画が、きっと素敵な物語の始まりになると信じながら。
END
私たちは顔を見合わせた。
「一度、儀式を経て精霊姫として盛大に発表されてしまったから、今さら“違っていたから庶民に戻します”などとは、言えないわ。国の威信に関わってしまうもの。結局、バレンサ地方へ“ご栄転”なさるそうよ」
私は扇子をゆっくり閉じ、密やかにため息をついた。
「バレンサ地方……精霊たちが多く棲むとされる、あの辺境の地ですわね?」
ライラが眉をひそめる。
「ええ。自然豊かというより、何もない場所。人より木々や獣のほうが多いような。そこに、新しく精霊のための神殿を建てるとか。精霊庁の庁官長も同行なさるそうね」
「……あの方、ベス様を“精霊姫”と認めた張本人ですものね」
「ええ。私が精霊姫だったのに、ベス様を王太子妃として進めようとした。その責任も、問われたのでしょう」
私は手でカップの縁に触れた。熱さが指先に伝わる。
「もちろん、お付きの方々も……?」
ライラのその声の奥には、ひそやかな探りがあった。
「当然。お付きの者も、ご友人方も、まとめて“ご栄転”」
あんなにいつも傍にいて味方していたのだもの。本望でしょう。今まで通り仲良くできるか見ものね。
ヴィアが冷たく微笑む。
「ご友人? ……ああ、フェリの根も葉もない噂を流していた、あの方々ね?」
「ええ。王家も、お父様も、しっかりと調べてくださいましたから。表向きには“精霊に仕える栄誉ある任務”とされているけど……実のところは、修道院送りと変わりないわ」
彼女たちの処遇に誰も、それに異を唱えなかった。
精霊にあの日、あの場で指摘されてしまったのですもの。もう、取り繕う術など残されていなかった。
「それはそうと、ヒロイン三人とも王都からいなくなりましたわね」
ライラの一言に、ヴィアと顔を合わせる。確かにそうね。
「ふふ、お二人とも知っておられます? 本物のヒロインならば、追放されてからが、物語の始まりですわ。這い上がってきたらどうします?」
「まあ、私たち仕返しされるのかしら。怖いわ」
もちろん、二人の顔に怯えの色は一片もない。ヴィアは扇子の影で口元をかすかに緩め、ライラは肩をすくめてみせるだけ。
あの人たちに、そんな根性残っているかしら? でも、追加公演も楽しそうね。
「それはそうと、ヴィア。来週のお休みの日、予定はあるかしら?」
私が、紅茶のカップを受け皿に戻しながら問いかけると、ヴィアはぱちりと瞬きをして、小首を傾げた。
「いえ、特に何も。どうして?」
「だったら、王宮で、ルキウス様とカイエンとお茶でもいかがかしら?」
「カイエン様も?」
その瞬間、ヴィアの声が、わずかに跳ねた。
「ええ、そうよ。実はルキウス様が、“常識があって冷静で、しっかり者の美しい令嬢”をカイエンに紹介してほしいと仰ったの」
「それで、私……?」
ヴィアは信じられないという顔で私を見つめる。瞳が揺れて、まつ毛の影が白磁のような頬に落ちた。
「もちろんよ。その条件にぴたりと当てはまるのは、ヴィアしかいないもの。それに――」
「それに?」
「カイエン自ら“ウィンチェスター公爵令嬢にも頼んでください”と言ったそうよ。私に頼むってことは、ね? もうヴィアで間違いないでしょう?」
「え……でも、それって……」
ヴィアの視線が泳ぎ、耳の先までほんのりと紅に染まっていく。普段の毅然とした表情からは想像もつかない、可憐な反応だわ。
「婚約者探しという意味よ。ヴィア、あなたのお父様とカイエンのお父様にはもう国王陛下から許可はもらっているから、決定事項よ」
「っ! ……わ、わかったわ。フェリ、私……急に思い出した用事があるの。それじゃあ、失礼するわね!」
ばたばたと椅子を引き、スカートの裾を翻して、彼女は早足でサロンを出ていった。その背中が小さくなるまで見送って、私はようやく口元を緩める。
「フェリシア様、一体どういうことですか?」
残されたライラが、不思議そうに眉を寄せながら身を乗り出してくる。
「あら、気づかなかったの? ヴィアはカイエンのことが好きなのよ。王宮でのお勤めを希望しているのも、私のためだけじゃないって思っているわ」
「カイエン様!? 私としたことが……まるで気づきませんでしたわ! ああ、なんてもったいないことを……! ちょっと待ってください。いま、記憶を遡って確認いたしますから!」
ライラは、まるで探偵のように目を細め、記憶を手繰り寄せる仕草をする。「あのとき……ああ、オリヴィア様、どんな表情だったかしら……」と呟きながら、眉や唇の形がくるくると変わっていく。
「来週に向けて、ヴィアは大忙しでしょうね。磨きをかけたいだろうし、新しいドレスの注文だって必要でしょうし。間に合うかしら? ふふ」
「それで、あんなに慌てて帰っていったのですのね」
「あんなふうに動揺するヴィアなんて、なかなかお目にかかれないわ」
「本当ですわ。私、初めて見ましたもの」
ライラがくすくすと笑い、レースのハンカチで口元を押さえる。
「さあ、私もルキウス様と打ち合わせをしなくては。カイエンとヴィアのために、全力を尽くすわ」
「フェリシア様、後ほどそのお茶会のお話、ぜひ聞かせてくださいね?」
ライラが楽しげに身を乗り出す。その様子は、おとぎ話の続きをねだる子どものようだった。
「ええ、もちろん。ライラの期待には必ず応えるわ。楽しみにしていて」
私は紅茶の香りを胸いっぱいに吸い込み、静かに微笑む。
――このお茶会の計画が、きっと素敵な物語の始まりになると信じながら。
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