【完結】恋は、終わったのです

楽歩

文字の大きさ
36 / 43

36.恋は盲目 sideリディア父

しおりを挟む
 ー卒業パーティー当日ー side リディア父




 モンクレア伯爵の息子、セオドアは本当に違う令嬢をエスコートしていた。

 私はその光景を目の当たりにし、拳をぎゅっと握り締める。



 ……これで決定だな



 セオドアが我が娘を差し置いて、別の令嬢と寄り添うように入場してくる姿に、会場のざわめきも一層大きくなるのを感じた。



 リディアに聞いた話を、モンクレア伯爵に直接報告することはやめた。そんなことをせずとも、彼が自分の息子の失態を目の当たりにすれば、説明するよりもよほど手っ取り早い。


 同じ親として、これからの彼の心中は察するが、もしモンクレア伯爵がセオドアを説得し、嫌々私の娘をエスコートするよう仕向けたところで、そんなものは、こちらとしても迷惑な話だ。



 卒業パーティーは、娘にとっても一生に一度の大切なもの。心のこもらないエスコートなど、必要ない。




 ——遠くを見ると、モンクレア伯爵が狼狽えているのが分かった。



 当然だろう。

 なにせ、令嬢はセオドアとペアであることが誰の目にも明らかな衣装を身にまとい、この会場に現れたのだから。


 本来それは、リディアのものだった。いや、娘にはあんなドレス似合いはしないが。




 もう、これだけで十分。婚約破棄の有責はセオドアにあると証明できる。帰ったらすぐにでも公爵に手紙を書こう。




 さて——私は、次に向かうべき相手を探す。

 ボーモント子爵は……ああ、あそこにいる方だな。



 静かに、しかし迷いなく彼の元へ歩み寄る。




「いい夜だな、ボーモント子爵」

「はい、そうですね……え?」

 子爵が私の姿を認め、驚いたように目を見開く。




「グラント侯爵……?」

「ええ、お初にお目にかかる、ボーモント子爵」

 私は穏やかに微笑む。




「実は近々、我が娘が婚約破棄ということになりそうでして」

「……なぜ私にそのようなお話を? しかし、それは、何と言うか——」

 ボーモント子爵が戸惑いの色を滲ませる。



「それで、そうなったら、ボーモント子爵の令息に、娘をもらってもらおうと思って子爵に声をかけたのだ」

「は、はい?」

 子爵の目が見開かれる。




「ですが……長男はすでに結婚しておりまして……」

「いや? 三男のレオナード君だ」


「レオナード……でございますか?」

 ボーモント子爵は驚愕したまま、困惑の表情を浮かべた。




「しかし、三男ですので爵位もありませんし……身分差がありすぎます」

「優秀な令息と聞いているが?」

「ええ、文官試験には合格しましたが……それでも、令嬢を妻にできるほどの稼ぎはございません。兄が家督を継げば、ただのレオナードとなります」

「——ああ、それはよいのだ」

 私はゆっくりと頷く。




「リディアの夫となる者は、モンルージュ公爵家に養子となることが決まっている」

「モンルージュ公爵!? く、雲の上の存在ではございませんか……!?」

 子爵の顔色がみるみる変わる。  



「み、身に余り過ぎます……そのような教育もしておりません」

「それでも、レオナード君がその道を選んだなら——祝福してくれるだろうか?」

 子爵は混乱していた。




「レオナードは……身分相応という言葉を知っております……」

「分からないぞ。恋とは盲目だ」



 私は微笑む。




 その時——



「ほら、その二人が入場してきたぞ」

 ふと視線を向けると、レオナード君とリディアが会場へと足を踏み入れる。

 私は思わず笑みを漏らした。




「おお、これは驚いた。なんともお似合いな二人ではないか」

「な、なぜレオナードが令嬢をエスコートして……?」



 子爵の顔が青ざめる。



「恥ずかしながら、リディアの婚約者が不貞を働いておりましてな。おっと、これは内緒にしてくれ」


 私は軽く肩を竦める。まあ、内緒も何も、今日、ほとんどの者が不貞と感じただろうが。



「もしエスコートする者がいなければ、自分がエスコートをとレオナード君が名乗り出てくれたのだ。おかげで、娘も恥をかかずに済んだ。礼を言う」

「い、いえ……それと結婚とは、また別の話では……?」


 子爵は慌てて言葉を返しながら、無意識に背筋を伸ばした。まさかそんな話の流れになるとは思ってもいなかったのだろう。当然だ。


「もともと、娘の婚約者を選んだのは親である私と亡くなった妻だったのだ。それが、こんなことになってしまったため、娘の次の婚約者は、娘が選んだ人物をと約束しましてな」

「令嬢の望み? レオナードは、このことを……」


 慎重に言葉を選びながら、子爵は私に問いかける。




「いや、何も知らない。ただ、いきなり言われても困るだろうからボーモント子爵には、心づもりをと。まあ、レオナード君にその気がなかったら、私の戯言だと思って胸に納めておいてくれ」


「は、はい……」


 子爵の視線は、揺れるグラスの中に落ちていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ】伯爵令嬢の責務

ごろごろみかん。
恋愛
見てしまった。聞いてしまった。 婚約者が、王女に愛を囁くところを。 だけど、彼は私との婚約を解消するつもりは無いみたい。 貴族の責務だから政略結婚に甘んじるのですって。 それなら、私は私で貴族令嬢としての責務を果たすまで。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?

ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」 その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。 「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」

処理中です...