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9.その言葉が意味するのは ー王宮にてー
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side 王太子
王妃殿下は、予定よりも早くお茶会を切り上げ、私たちを無言で連れて部屋に戻った。その足取りは速く、纏う空気は冷ややかで、誰もその背中に声をかけることができなかった。部屋に着くや否や、王妃殿下は振り返り、感情を抑えた声で静かに、しかし鋭く非難の言葉を放った。
「なぜ、あんなにお金を使って、あんなひどいお茶会になるのかしら」
その一言が響き渡ると、部屋の中は一瞬にして静まり返った。重苦しい沈黙が空気を包み、まるでその言葉に押しつぶされそうだ……。
王妃殿下の声には一切の温情が感じられず、冷たく鋭い矢のように私の胸に突き刺さった。目の前にある現実が、じわじわと私を苦しめていく。
「難しいことは言っていなかったはずよ。王家にふさわしい伝統的なものに、アンナ、あなたのアイディアを入れてみなさいと、ただそれだけだったはずでしょ?」
――その通りだ、王妃殿下は何も複雑なことを言っていなかった。……いや、アンナは、それをちゃんと理解できていたのだろうか? 今更そんなことを考えても仕方がない。私の期待は……小さな希望さえも、完全に崩れ去った。王妃殿下の期待を裏切ってしまった――その重みが胸を圧迫する。
しかし、アンナはこの重苦しい空気を全く感じていないのか、突然、大きな声を上げた。
「私は悪くないです! 言われた通りにしましたけど?」
アンナ! なんてことを! 言われた通りにして、ああなるわけがないだろう……。
その言葉に、場の緊張が一気に高まる。この冷たい空気を感じていないアンナの様子に、私は信じられない気持ちになった。彼女の無防備な発言は、状況をさらに悪化させることは明らかなのに。
「王妃殿下に失礼よ! わかってないの? 下品なのよ! テーブルクロスや飾る花にも、色の統一性もないし、一つ一つは質のいいものだとしても調和が大事なのよ! お金をかけただけの品のない、成金趣味に見えるわ」
母上は鋭い言葉で追い打ちをかけた。その声は一段と強く、冷徹だった。
ああ、反論することも、彼女を擁護することもできない自分が情けない……。
アンナの目には、涙が溢れ始めていた。その震える声が、辛さと悔しさを露わにしていた。
「ひどい! 頑張ったのに……ぐす」
彼女の頑張りを否定したくはなかったが、今回の結果がそれを証明していた。アンナは、どこかずれた努力をしていたのだ。それが報われない現実に、彼女自身も気づいていないのかもしれない。
そして、ここで泣くのは悪手だ……。
「……ああ、あの子たちならこんなことなかったのに……」
王妃殿下がぼそりと呟いた言葉が、私の心をさらに締め付けた。あの子たち――あの二人なら、こんな失態は決して犯さなかったという意味だろう。
いや、そうだろうな……。彼女たちが場を仕切ったなら、夫人たちは失笑どころか、その気品ある様子に感嘆していただろう。私は無意識に息を呑んだ。
でも、長年の厳しい教育を受け、礼儀作法を体に染み込ませた彼女たちと、アンナを比べるのは無理があるのではないか?
そう自分に言い聞かせようとする一方で、ここまでできないものなのか? とアンナに疑念が湧くのも止められそうにない。最低限の期待は持っていたのだが……。
アンナは確かに頑張っていた。しかし、その努力が全く的を外していたことを、今回のお茶会で痛感させられた。手間をかけ、お金を惜しまず準備を進めていたはずなのに、結果は惨憺たるものだったからだ。
「夫人たちの失笑。居た堪れなかったわ。あんな恥ずかしい思いをしたのは、生まれて初めてよ」
王太子としての私にすら、痛烈な屈辱を感じさせるほどの夫人たちの冷ややかな視線。失笑が頭の中で反響し、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
「じゃあ、ご自分たちでやったらよかったじゃないですか! 王妃殿下主催なのに私にやらせて、文句だけ言うなんて」
っ! アンナ、何を言っている!? どうしてこんな時に、そんなことを……! 王妃殿下を前にしてのこの発言は、許されるものではない。
それにさっきまで泣いていなかったか?
まずい! 母上が目を見開き、怒りに震えている。
「口を慎みなさい!!」
母上の叱責が部屋に響いた。私の心はすでに限界を迎えていた。
「いいのよ、……ええ、もういいわ。アンナ、二度と貴方に頼むことはないから、安心して」
王妃殿下は冷たく言い放ち、その背中を私たちに見せた。
「分かってくれたのですね。ああ、よかった」
アンナは安堵していたが、私には恐怖が襲いかかってきた。冷たい汗が背中を伝い、血の気が引いていくのを感じた。母上も同じように青ざめていた。
「二度と頼まない」――その言葉が意味するのは、王妃殿下がアンナを妃として期待しないということ。アンナの未来は、これで断たれたも同じなのだろう。
王妃殿下は、予定よりも早くお茶会を切り上げ、私たちを無言で連れて部屋に戻った。その足取りは速く、纏う空気は冷ややかで、誰もその背中に声をかけることができなかった。部屋に着くや否や、王妃殿下は振り返り、感情を抑えた声で静かに、しかし鋭く非難の言葉を放った。
「なぜ、あんなにお金を使って、あんなひどいお茶会になるのかしら」
その一言が響き渡ると、部屋の中は一瞬にして静まり返った。重苦しい沈黙が空気を包み、まるでその言葉に押しつぶされそうだ……。
王妃殿下の声には一切の温情が感じられず、冷たく鋭い矢のように私の胸に突き刺さった。目の前にある現実が、じわじわと私を苦しめていく。
「難しいことは言っていなかったはずよ。王家にふさわしい伝統的なものに、アンナ、あなたのアイディアを入れてみなさいと、ただそれだけだったはずでしょ?」
――その通りだ、王妃殿下は何も複雑なことを言っていなかった。……いや、アンナは、それをちゃんと理解できていたのだろうか? 今更そんなことを考えても仕方がない。私の期待は……小さな希望さえも、完全に崩れ去った。王妃殿下の期待を裏切ってしまった――その重みが胸を圧迫する。
しかし、アンナはこの重苦しい空気を全く感じていないのか、突然、大きな声を上げた。
「私は悪くないです! 言われた通りにしましたけど?」
アンナ! なんてことを! 言われた通りにして、ああなるわけがないだろう……。
その言葉に、場の緊張が一気に高まる。この冷たい空気を感じていないアンナの様子に、私は信じられない気持ちになった。彼女の無防備な発言は、状況をさらに悪化させることは明らかなのに。
「王妃殿下に失礼よ! わかってないの? 下品なのよ! テーブルクロスや飾る花にも、色の統一性もないし、一つ一つは質のいいものだとしても調和が大事なのよ! お金をかけただけの品のない、成金趣味に見えるわ」
母上は鋭い言葉で追い打ちをかけた。その声は一段と強く、冷徹だった。
ああ、反論することも、彼女を擁護することもできない自分が情けない……。
アンナの目には、涙が溢れ始めていた。その震える声が、辛さと悔しさを露わにしていた。
「ひどい! 頑張ったのに……ぐす」
彼女の頑張りを否定したくはなかったが、今回の結果がそれを証明していた。アンナは、どこかずれた努力をしていたのだ。それが報われない現実に、彼女自身も気づいていないのかもしれない。
そして、ここで泣くのは悪手だ……。
「……ああ、あの子たちならこんなことなかったのに……」
王妃殿下がぼそりと呟いた言葉が、私の心をさらに締め付けた。あの子たち――あの二人なら、こんな失態は決して犯さなかったという意味だろう。
いや、そうだろうな……。彼女たちが場を仕切ったなら、夫人たちは失笑どころか、その気品ある様子に感嘆していただろう。私は無意識に息を呑んだ。
でも、長年の厳しい教育を受け、礼儀作法を体に染み込ませた彼女たちと、アンナを比べるのは無理があるのではないか?
そう自分に言い聞かせようとする一方で、ここまでできないものなのか? とアンナに疑念が湧くのも止められそうにない。最低限の期待は持っていたのだが……。
アンナは確かに頑張っていた。しかし、その努力が全く的を外していたことを、今回のお茶会で痛感させられた。手間をかけ、お金を惜しまず準備を進めていたはずなのに、結果は惨憺たるものだったからだ。
「夫人たちの失笑。居た堪れなかったわ。あんな恥ずかしい思いをしたのは、生まれて初めてよ」
王太子としての私にすら、痛烈な屈辱を感じさせるほどの夫人たちの冷ややかな視線。失笑が頭の中で反響し、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
「じゃあ、ご自分たちでやったらよかったじゃないですか! 王妃殿下主催なのに私にやらせて、文句だけ言うなんて」
っ! アンナ、何を言っている!? どうしてこんな時に、そんなことを……! 王妃殿下を前にしてのこの発言は、許されるものではない。
それにさっきまで泣いていなかったか?
まずい! 母上が目を見開き、怒りに震えている。
「口を慎みなさい!!」
母上の叱責が部屋に響いた。私の心はすでに限界を迎えていた。
「いいのよ、……ええ、もういいわ。アンナ、二度と貴方に頼むことはないから、安心して」
王妃殿下は冷たく言い放ち、その背中を私たちに見せた。
「分かってくれたのですね。ああ、よかった」
アンナは安堵していたが、私には恐怖が襲いかかってきた。冷たい汗が背中を伝い、血の気が引いていくのを感じた。母上も同じように青ざめていた。
「二度と頼まない」――その言葉が意味するのは、王妃殿下がアンナを妃として期待しないということ。アンナの未来は、これで断たれたも同じなのだろう。
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