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34.贅沢な望み side王太子
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side王太子
*****
夜会に向け、準備への心配が無くなったのも束の間、スピーチの練習が始まった。
同じセリフを何度も何度も何度も。頭は混乱に包まれた。
『抑揚が違います。あと、威厳を出すためには、ボリュームを徐々に落とすように……ああ、落とし過ぎです王太子殿下』
厳しい指摘が響く。落とせと言ったり上げろと言ったり、一体どちらなのか。
『話すときの視線は少し上に、いえ、そうではありません。一人一人の目を見るように、尚且つ、目を合わせてはいけません』
は? 言っていることが矛盾していないか?
「王座は少し高い位置にございます。顎を上げ過ぎると傲慢に見えます。もう少し下に……そう! その位置です」
覚えるのか? この角度を?
なぜ毎日。こんなに本当に必要なのか? とは、思ったが教師たちの目がぎらついていたため言い出せなかった。
*****
しかし、この場で、大きな拍手をもらい、無駄ではなかったなと、安堵した。
舞台での演劇が終わり、歓談の時間に入った夜会は順調に進んでいた――と思われた。国内外の来賓との挨拶も一通りこなし、すべては計画通りだった。
だが、目の前に立つ、褐色の紳士の言葉がまったく理解できない。
いつもなら、シャルロットとエルミーヌのどちらかが傍にいて通訳をしてくれていたから……今夜の通訳官の手配を忘れていた……。
通訳官は、父上たちの近くにしかいないし……あっ! あそこにシャルロットとエルミーヌがいる!
こっちに気付いてくれ!! ん? おかしい……。私と目が合っているようで、合っていないな??
…ああ、2人の周りに人が集まりだした……駄目だ……
どうする……? と、とりあえず、笑顔で聞いているふりをするか……。
そのとき、静かだが、よく通る声が横から聞こえた。
「失礼、王太子殿下。この方は、舞台が大変素晴らしかったとおっしゃっていますわ」
不意に声をかけてきたのは、深緑色のドレスを纏った美しい女性だった。
ん? この方は? 不思議そうにしていたことが分かったのか、微笑んで自己紹介をしてくれた。
「ロザリア・フォン・ヴェルディナと、申しますわ。お困りかと思いましたが、違いましたか?」
そうだ! オセアリス王国の王女だ。
「いや、恥ずかしながら困っていた。オセアリス王国のロザリア王女、あなたはこの方の言葉が分かるのか?」
「ええ、こちらの方はルミナティカ国の方ですわ。話しているのは共通言語ですが、特有の訛りがありますので、難しいかと存じます」
やはりルミナティカ国か…… しかし、共通言語を話していたのか? 全く聞き取れなかったぞ。
「失礼でなければ、通訳を買って出てもよろしいかしら?」
なんと! ありがたい!!
「是非、頼みたい! お時間を奪うことになって申し訳ないが……」
「ふふ、大丈夫ですわ」
彼女はそう言うと、にこやかに通訳を買って出てくれた。
その後、彼女は他国の来賓たちの会話にも自然に対応し、すべてをサポートしてくれた。発する声は、鈴の音のように耳に心地よく、誰もがその一言一言に敬意を払わずにはいられない、そんな雰囲気を持っている。
柔らかくも力強く、人の心を掴む話し方。
ああ、私の教師たちはこういう話し方を理想としていたのだな。
歓談も終わりに近づき、ロザリア王女は控えめに口を開いた。
「そろそろ終わりでしょうか? 皆様、お食事を楽しんでいらっしゃるようですし」
「そうだな……ロザリア王女のおかげで助かった。本当に感謝している」
彼女の微笑みは柔らかいが、どこか物悲しさを含んでいる。
それよりも……王太子の横に他国の王女が立っていることに、なぜ誰も違和感を持たないのだ? 通訳官どころか、我が国の者は、誰も様子を見に来なかった。
「実は私、つい最近まで、王太子でしたの。外交も担当しておりましたから言語は得意ですわ。弟が生まれましたので今は違いますけど」
悲しそうに微笑む。その話は私も聞いたことがある……
その言葉に、胸が一瞬締め付けられた。彼女が笑顔で語るその裏には、どれほどの苦悩が隠されているのだろうか。
「私は、王太子だが……言語は得意ではないのだ。はは、なんと情けないことだ」
ロザリア王女は、凛とした眼差しで私を見つめた。
「苦手、得意は誰にでもありますわ。王太子であってもです。恥じる必要はございませんわ」
声のトーンは柔らかく穏やかだが、しっかりとした芯があり、心に響く。
「王太子という地位は、絶え間ない期待と重圧、誰に相談しても『贅沢な悩みだ』と見なされる場合もあります。それは、王太子になった者にしかわかりませんわ。天が我らに与えた試練であるなら、それに立ち向かうのが務めです」
その通りだ! さすがだ、よくわかっている!!
自分が長い間、誰にも言えなかったことを、彼女は簡潔に、的確に表現してみせた。そして、その瞳には、理解と共感が確かに宿っている。
「一つの過ちが王家全体の名誉に影響するため、自分自身の願いを犠牲にしなければならないことも致し方ありません」
過ち、名誉、願い、犠牲……うぅ、耳が痛い。心にズキリと痛みが走る。
「国家規模の決断を迫られることがありますが、しかし、その一つひとつが国民の生活に影響するため、間違いが許されません。常に完璧さを求められるのは大きな負担ですわ。私たちは人間ですもの。だから、『助けて』と言える相手が傍にいる。このことが大切だと思いません?」
なんてすばらしいんだ。言葉の一つ一つが私の心に響いてくる。
そうだ、私は完璧ではない。しかし、一人で抱える必要はない。
助けを言える相手が傍にいれば――ただの家臣ではなく、自分の立場を深く理解し、寄り添ってくれる存在であれば、より……。
…アンナではないだろうな。
心の中で呟きながら、微かに苦笑する。婚約解消……ああ、あの2人を手放すべきではなかったのだ……
ふと、目の前の王女に視線を向けた。ロザリア王女は、優雅に微笑んだ。その笑みはまるで穏やかな湖面に映る朝日、見る者の心に温かさと静けさをもたらすようだった。
彼女は決して私を見下したり、非難したりしない。ただ静かに、自分の経験と知恵を分け与えてくれている。彼女ならば……
…いや、やめよう。それは、贅沢な望みだ。こんな素晴らしい方に婚約者がいないわけがない。
*****
夜会に向け、準備への心配が無くなったのも束の間、スピーチの練習が始まった。
同じセリフを何度も何度も何度も。頭は混乱に包まれた。
『抑揚が違います。あと、威厳を出すためには、ボリュームを徐々に落とすように……ああ、落とし過ぎです王太子殿下』
厳しい指摘が響く。落とせと言ったり上げろと言ったり、一体どちらなのか。
『話すときの視線は少し上に、いえ、そうではありません。一人一人の目を見るように、尚且つ、目を合わせてはいけません』
は? 言っていることが矛盾していないか?
「王座は少し高い位置にございます。顎を上げ過ぎると傲慢に見えます。もう少し下に……そう! その位置です」
覚えるのか? この角度を?
なぜ毎日。こんなに本当に必要なのか? とは、思ったが教師たちの目がぎらついていたため言い出せなかった。
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しかし、この場で、大きな拍手をもらい、無駄ではなかったなと、安堵した。
舞台での演劇が終わり、歓談の時間に入った夜会は順調に進んでいた――と思われた。国内外の来賓との挨拶も一通りこなし、すべては計画通りだった。
だが、目の前に立つ、褐色の紳士の言葉がまったく理解できない。
いつもなら、シャルロットとエルミーヌのどちらかが傍にいて通訳をしてくれていたから……今夜の通訳官の手配を忘れていた……。
通訳官は、父上たちの近くにしかいないし……あっ! あそこにシャルロットとエルミーヌがいる!
こっちに気付いてくれ!! ん? おかしい……。私と目が合っているようで、合っていないな??
…ああ、2人の周りに人が集まりだした……駄目だ……
どうする……? と、とりあえず、笑顔で聞いているふりをするか……。
そのとき、静かだが、よく通る声が横から聞こえた。
「失礼、王太子殿下。この方は、舞台が大変素晴らしかったとおっしゃっていますわ」
不意に声をかけてきたのは、深緑色のドレスを纏った美しい女性だった。
ん? この方は? 不思議そうにしていたことが分かったのか、微笑んで自己紹介をしてくれた。
「ロザリア・フォン・ヴェルディナと、申しますわ。お困りかと思いましたが、違いましたか?」
そうだ! オセアリス王国の王女だ。
「いや、恥ずかしながら困っていた。オセアリス王国のロザリア王女、あなたはこの方の言葉が分かるのか?」
「ええ、こちらの方はルミナティカ国の方ですわ。話しているのは共通言語ですが、特有の訛りがありますので、難しいかと存じます」
やはりルミナティカ国か…… しかし、共通言語を話していたのか? 全く聞き取れなかったぞ。
「失礼でなければ、通訳を買って出てもよろしいかしら?」
なんと! ありがたい!!
「是非、頼みたい! お時間を奪うことになって申し訳ないが……」
「ふふ、大丈夫ですわ」
彼女はそう言うと、にこやかに通訳を買って出てくれた。
その後、彼女は他国の来賓たちの会話にも自然に対応し、すべてをサポートしてくれた。発する声は、鈴の音のように耳に心地よく、誰もがその一言一言に敬意を払わずにはいられない、そんな雰囲気を持っている。
柔らかくも力強く、人の心を掴む話し方。
ああ、私の教師たちはこういう話し方を理想としていたのだな。
歓談も終わりに近づき、ロザリア王女は控えめに口を開いた。
「そろそろ終わりでしょうか? 皆様、お食事を楽しんでいらっしゃるようですし」
「そうだな……ロザリア王女のおかげで助かった。本当に感謝している」
彼女の微笑みは柔らかいが、どこか物悲しさを含んでいる。
それよりも……王太子の横に他国の王女が立っていることに、なぜ誰も違和感を持たないのだ? 通訳官どころか、我が国の者は、誰も様子を見に来なかった。
「実は私、つい最近まで、王太子でしたの。外交も担当しておりましたから言語は得意ですわ。弟が生まれましたので今は違いますけど」
悲しそうに微笑む。その話は私も聞いたことがある……
その言葉に、胸が一瞬締め付けられた。彼女が笑顔で語るその裏には、どれほどの苦悩が隠されているのだろうか。
「私は、王太子だが……言語は得意ではないのだ。はは、なんと情けないことだ」
ロザリア王女は、凛とした眼差しで私を見つめた。
「苦手、得意は誰にでもありますわ。王太子であってもです。恥じる必要はございませんわ」
声のトーンは柔らかく穏やかだが、しっかりとした芯があり、心に響く。
「王太子という地位は、絶え間ない期待と重圧、誰に相談しても『贅沢な悩みだ』と見なされる場合もあります。それは、王太子になった者にしかわかりませんわ。天が我らに与えた試練であるなら、それに立ち向かうのが務めです」
その通りだ! さすがだ、よくわかっている!!
自分が長い間、誰にも言えなかったことを、彼女は簡潔に、的確に表現してみせた。そして、その瞳には、理解と共感が確かに宿っている。
「一つの過ちが王家全体の名誉に影響するため、自分自身の願いを犠牲にしなければならないことも致し方ありません」
過ち、名誉、願い、犠牲……うぅ、耳が痛い。心にズキリと痛みが走る。
「国家規模の決断を迫られることがありますが、しかし、その一つひとつが国民の生活に影響するため、間違いが許されません。常に完璧さを求められるのは大きな負担ですわ。私たちは人間ですもの。だから、『助けて』と言える相手が傍にいる。このことが大切だと思いません?」
なんてすばらしいんだ。言葉の一つ一つが私の心に響いてくる。
そうだ、私は完璧ではない。しかし、一人で抱える必要はない。
助けを言える相手が傍にいれば――ただの家臣ではなく、自分の立場を深く理解し、寄り添ってくれる存在であれば、より……。
…アンナではないだろうな。
心の中で呟きながら、微かに苦笑する。婚約解消……ああ、あの2人を手放すべきではなかったのだ……
ふと、目の前の王女に視線を向けた。ロザリア王女は、優雅に微笑んだ。その笑みはまるで穏やかな湖面に映る朝日、見る者の心に温かさと静けさをもたらすようだった。
彼女は決して私を見下したり、非難したりしない。ただ静かに、自分の経験と知恵を分け与えてくれている。彼女ならば……
…いや、やめよう。それは、贅沢な望みだ。こんな素晴らしい方に婚約者がいないわけがない。
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