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第十二章 最悪のノエル
第百四話 黒炎のノエル
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転送先は、かつて邪竜教団が転送陣を展開していた高原の開けた場所だった。
咄嗟の判断でティアが選んだのは、人気がなく被害を最小限に抑えられるこの場所しかなかったからだ。
「ティア……どうする?
ノエルは救えるのか?」
アーサーが隣で険しい声を漏らす。
ティアは苦々しい表情で首を振った。
「残念だけど……ノエルは意識が残っていたとしても、あの炎に焼かれた時点でいずれ消滅するわ。」
「な、なんだって……!?
助けられないのか……!」
アーサーが目を見開く中、黒炎に包まれたノエルは無言で立ち尽くし、ティアとアーサーを見据えていた。
その時――。
「何故、邪魔をする……ユスティティアよ。」
闇の中から黒尽くめの魔導士が姿を現す。
ティアの瞳が鋭く細められた。
「……暗黒神エレボスの使徒、マイヤ。
どうしてあなたが人間界にいるの?」
マイヤは愉悦を滲ませた声で答える。
「ほう……天使だった頃の記憶を取り戻しているのだな。
ならば話は早い。
暗黒神エレボスは、このノエルという人間に《世界を破壊しうる力》を与えた。
理解できるだろう?
神が与えた事象は必ず完結せねばならぬ。
それが摂理だ。抗うことなど許されぬ。」
「厄介ね……エレボスがそんなことを願うなんて。
破壊と再生の周期は、多少遅らせても構わないはずよ。」
「神にとって時間は意味を持たぬ。
過去も未来も、今この瞬間も――すべて同じだ。」
「ええ、わかっているわ。」ティアは一歩踏み出すと、真っ直ぐにマイヤを見据えた。
「それなら……エレボス本人と話をさせて。私は《天界動向》を申し込む。」
《天界動向》とは、天使が神の行動や意思に対して、意見を述べる機会を求めるもので、神と話しをする時に用いられる。
マイヤの口元が怪しく歪む。
「……なるほど。
よかろう。
ただし、このノエルが世界を破壊してからでも遅くはないと思うが?」
緊張が走る中、アーサーが低く問いかける。
「……物別れ、ってことか?」
ティアは小さく息を吐き、アーサーを見た。
「アーサー、神が絡む以上、今できることは勇者による討伐しかない。
私もあなたも、マイヤやノエルには直接手を出せないの。」
「なぜだ!?
あんなもの、造作もないはずだろう!」
「ダメなのよ。
私たちが神意に逆らえば、それは《天罰》となる。」
「天罰……だと?
何が起こる?」
ティアは僅かに顔を曇らせた。
「軽ければ……私かアーサー、どちらかが世界から消される。
重ければ――世界そのものが書き換わるかもしれない。」
アーサーの目が見開かれる。
「……そんなことが、本当に……。」
「天罰は侮れないわ。
でも、《天界動向》を申し込んだから、少し時間は稼げる。
その間に……ロイスを呼んで。
お願いできる?」
「わかった!」
アーサーは即座に転移して姿を消した。
マイヤが不気味に笑う。
「勇者か……確かに妙案だ。
だが、このノエルは神意に従っている。
間に合うと良いがな。」
「それは心配ないわ。
この場所からは動かせない。」
「……ふむ、結界を張ったか。
手際がいい。」
ティアは冷ややかに微笑む。
「伊達に長く生きてないのよ。
それより――エレボスに会わせてくれるのかしら?」
「よかろう。
ついて来い。」
そう言うと、マイヤはノエルを結界の中に残し、ティアを伴って闇の中へと姿を消した。
空の上――場所という概念で示すことはできない。
ただ「そこに存在している」としか言いようのない領域。
人の目に映ることは決してなく、だが確かに神と天使が住まう世界――それが天界だった。
ティアは久方ぶりに、その天界へと足を踏み入れていた。
光の世界の奥深く、さらに地の底へと降りていく。
そこには「暗黒神エレボス」が座していた。
王座に鎮座するのは、黒そのものの意思。
淀んだ闇が波のように揺らぎ、掴めぬ形をとりながらも圧倒的な存在感を放つ。
「――ユスティティアよ。
久しいの。」
虚無を震わせる声が響いた。
「神エレボス……千年ぶりでしょうか。」
ティアは静かに答える。
「そうだな。
お前ほど優秀な天使を失った時、神々は嘆いたものだ。」
「私は転生を繰り返し……そして今、人として、魔として生きています。」
「そうか。」
黒の揺らぎがわずかに蠢く。
「であれば、我に問うものがあって来たのだろう?」
ティアは息を整え、真っ直ぐに声を投げた。
「はい。
破壊と再生――それがあなたの御業であることは理解しています。
ですが……どうか、その時期を今しばらくお待ちいただけませんか。」
「……ユスティティアよ。」
闇がざわめき、低く響く声が落ちる。
「我にとって、一瞬と千年は等しい。今を選ぶも、遠き未来を選ぶも、変わらぬのだ。
……お前は、それが不服だと言うのか?」
「いいえ。
ただ……私は今、人間界に身を置いています。
そこでは大切な仲間も、守りたいものもできました。
今この時に破壊が訪れるのなら……私は争わねばなりません。」
「ふむ……」
黒の揺らぎが深淵のように揺れる。
「それほどに人間界は、お前にとって価値ある場所か?」
「はい。
その通りです。」
「……なるほどな。」
エレボスの声は冷たくも慈悲の欠片を含んでいた。
「だが、神が下した意思は変わらぬ。」
ティアの瞳に決意が宿る。
「そうですか……残念です。
ならば――私は争わせていただきます。」
「……うむ。
それもまた、摂理であろう。」
その言葉と共に、ティアの身体は光に包まれ――次の瞬間、人間界へと放り戻された。
高原。
そこでは、アーサーとロイスが待っていた。
ティアが天界から戻ると、そこには結界に阻まれたノエルが立ち、黒い炎に焼かれながらも虚ろな瞳でこちらを見据えていた。
その外側ではアーサーとロイス、そして機動兵器ラムダが待っている。
「ティア。
どうだった?」
アーサーが問いかける。
ティアは渋い表情で小さく首を振った。
「結論から言えば……何も出来なかったわ。
運が良ければエレボスを説得できると思ったけれど……神との会話は本当に危ういの。」
「危うい?」
アーサーが眉をひそめる。
「神の意志は純粋で絶対なの。
『今、世界を破壊する』と思えば、即座にそうなる。
そして、私が仮に代案を口にしたとしても……エレボスがその言葉にどう感じるか次第で、世界の命運すら変わってしまうのよ。」
ティアは遠い目をした。
「だから、どうしても慎重にならざるを得ない。
下手に動くより、何も変えない方が良いこともあるの。」
彼女はそこで表情を引き締め、瞳に光を宿す。
「でも――ひとつだけ、確かな成果を得られた。
エレボスに『もし世界を破壊するなら、私は争う』と告げたの。
すると彼は、『それもまた摂理だ』と答えたわ。」
アーサーは目を見開いた。
「それは……つまり?」
「もし『争うことすら許されない』と言われていたら、私は何も出来なかった。
でも、摂理だと認められた以上――私は神罰を恐れずに行動できる。
神の言葉は、そのまま自然法則なのよ。
これで、私にも戦える手段が増えたわ。」
ティアの声には、確固たる意志が宿っていた。
「それで、ティアさん……俺は、何をすればいいんですか?」
ロイスが一歩前に進み出る。
ティアはふっと柔らかく笑みを浮かべた。
「ああ、ロイス。
来てくれてありがとう。
――お願いしたいのはただひとつ。
結界の中で黒炎に焼かれているノエルを倒して欲しいの。
今のノエルは、神の意思によって『世界を破壊する』存在に変えられてしまっている。
それを打ち破れるのは……神が創り出した勇者だけ。」
「わかりました。
……やってみます。」
ロイスは迷いなく剣を握り、鋭い眼差しをノエルへ向ける。
ティアはそんな彼を見つめながら、静かに告げた。
「正直に言うわね。
――悪魔王なんかとは比べ物にならない強さよ。
だから、気を抜かないで。」
「えっ……そんなにですか?
でも、あの人からは大した魔力も感じませんが……」
ティアは首を横に振る。
「魔力量なんていう次元じゃないの。
神が直接、憑依していると考えていいわ。
スキルや戦術でどうにかできる相手じゃない。
……それでも挑むしかないのよ。」
言葉を聞いた瞬間、アーサーとロイスの表情に緊張が走った。
結界の向こう、黒炎の中に佇むノエルの影が、静かに揺らめく。
咄嗟の判断でティアが選んだのは、人気がなく被害を最小限に抑えられるこの場所しかなかったからだ。
「ティア……どうする?
ノエルは救えるのか?」
アーサーが隣で険しい声を漏らす。
ティアは苦々しい表情で首を振った。
「残念だけど……ノエルは意識が残っていたとしても、あの炎に焼かれた時点でいずれ消滅するわ。」
「な、なんだって……!?
助けられないのか……!」
アーサーが目を見開く中、黒炎に包まれたノエルは無言で立ち尽くし、ティアとアーサーを見据えていた。
その時――。
「何故、邪魔をする……ユスティティアよ。」
闇の中から黒尽くめの魔導士が姿を現す。
ティアの瞳が鋭く細められた。
「……暗黒神エレボスの使徒、マイヤ。
どうしてあなたが人間界にいるの?」
マイヤは愉悦を滲ませた声で答える。
「ほう……天使だった頃の記憶を取り戻しているのだな。
ならば話は早い。
暗黒神エレボスは、このノエルという人間に《世界を破壊しうる力》を与えた。
理解できるだろう?
神が与えた事象は必ず完結せねばならぬ。
それが摂理だ。抗うことなど許されぬ。」
「厄介ね……エレボスがそんなことを願うなんて。
破壊と再生の周期は、多少遅らせても構わないはずよ。」
「神にとって時間は意味を持たぬ。
過去も未来も、今この瞬間も――すべて同じだ。」
「ええ、わかっているわ。」ティアは一歩踏み出すと、真っ直ぐにマイヤを見据えた。
「それなら……エレボス本人と話をさせて。私は《天界動向》を申し込む。」
《天界動向》とは、天使が神の行動や意思に対して、意見を述べる機会を求めるもので、神と話しをする時に用いられる。
マイヤの口元が怪しく歪む。
「……なるほど。
よかろう。
ただし、このノエルが世界を破壊してからでも遅くはないと思うが?」
緊張が走る中、アーサーが低く問いかける。
「……物別れ、ってことか?」
ティアは小さく息を吐き、アーサーを見た。
「アーサー、神が絡む以上、今できることは勇者による討伐しかない。
私もあなたも、マイヤやノエルには直接手を出せないの。」
「なぜだ!?
あんなもの、造作もないはずだろう!」
「ダメなのよ。
私たちが神意に逆らえば、それは《天罰》となる。」
「天罰……だと?
何が起こる?」
ティアは僅かに顔を曇らせた。
「軽ければ……私かアーサー、どちらかが世界から消される。
重ければ――世界そのものが書き換わるかもしれない。」
アーサーの目が見開かれる。
「……そんなことが、本当に……。」
「天罰は侮れないわ。
でも、《天界動向》を申し込んだから、少し時間は稼げる。
その間に……ロイスを呼んで。
お願いできる?」
「わかった!」
アーサーは即座に転移して姿を消した。
マイヤが不気味に笑う。
「勇者か……確かに妙案だ。
だが、このノエルは神意に従っている。
間に合うと良いがな。」
「それは心配ないわ。
この場所からは動かせない。」
「……ふむ、結界を張ったか。
手際がいい。」
ティアは冷ややかに微笑む。
「伊達に長く生きてないのよ。
それより――エレボスに会わせてくれるのかしら?」
「よかろう。
ついて来い。」
そう言うと、マイヤはノエルを結界の中に残し、ティアを伴って闇の中へと姿を消した。
空の上――場所という概念で示すことはできない。
ただ「そこに存在している」としか言いようのない領域。
人の目に映ることは決してなく、だが確かに神と天使が住まう世界――それが天界だった。
ティアは久方ぶりに、その天界へと足を踏み入れていた。
光の世界の奥深く、さらに地の底へと降りていく。
そこには「暗黒神エレボス」が座していた。
王座に鎮座するのは、黒そのものの意思。
淀んだ闇が波のように揺らぎ、掴めぬ形をとりながらも圧倒的な存在感を放つ。
「――ユスティティアよ。
久しいの。」
虚無を震わせる声が響いた。
「神エレボス……千年ぶりでしょうか。」
ティアは静かに答える。
「そうだな。
お前ほど優秀な天使を失った時、神々は嘆いたものだ。」
「私は転生を繰り返し……そして今、人として、魔として生きています。」
「そうか。」
黒の揺らぎがわずかに蠢く。
「であれば、我に問うものがあって来たのだろう?」
ティアは息を整え、真っ直ぐに声を投げた。
「はい。
破壊と再生――それがあなたの御業であることは理解しています。
ですが……どうか、その時期を今しばらくお待ちいただけませんか。」
「……ユスティティアよ。」
闇がざわめき、低く響く声が落ちる。
「我にとって、一瞬と千年は等しい。今を選ぶも、遠き未来を選ぶも、変わらぬのだ。
……お前は、それが不服だと言うのか?」
「いいえ。
ただ……私は今、人間界に身を置いています。
そこでは大切な仲間も、守りたいものもできました。
今この時に破壊が訪れるのなら……私は争わねばなりません。」
「ふむ……」
黒の揺らぎが深淵のように揺れる。
「それほどに人間界は、お前にとって価値ある場所か?」
「はい。
その通りです。」
「……なるほどな。」
エレボスの声は冷たくも慈悲の欠片を含んでいた。
「だが、神が下した意思は変わらぬ。」
ティアの瞳に決意が宿る。
「そうですか……残念です。
ならば――私は争わせていただきます。」
「……うむ。
それもまた、摂理であろう。」
その言葉と共に、ティアの身体は光に包まれ――次の瞬間、人間界へと放り戻された。
高原。
そこでは、アーサーとロイスが待っていた。
ティアが天界から戻ると、そこには結界に阻まれたノエルが立ち、黒い炎に焼かれながらも虚ろな瞳でこちらを見据えていた。
その外側ではアーサーとロイス、そして機動兵器ラムダが待っている。
「ティア。
どうだった?」
アーサーが問いかける。
ティアは渋い表情で小さく首を振った。
「結論から言えば……何も出来なかったわ。
運が良ければエレボスを説得できると思ったけれど……神との会話は本当に危ういの。」
「危うい?」
アーサーが眉をひそめる。
「神の意志は純粋で絶対なの。
『今、世界を破壊する』と思えば、即座にそうなる。
そして、私が仮に代案を口にしたとしても……エレボスがその言葉にどう感じるか次第で、世界の命運すら変わってしまうのよ。」
ティアは遠い目をした。
「だから、どうしても慎重にならざるを得ない。
下手に動くより、何も変えない方が良いこともあるの。」
彼女はそこで表情を引き締め、瞳に光を宿す。
「でも――ひとつだけ、確かな成果を得られた。
エレボスに『もし世界を破壊するなら、私は争う』と告げたの。
すると彼は、『それもまた摂理だ』と答えたわ。」
アーサーは目を見開いた。
「それは……つまり?」
「もし『争うことすら許されない』と言われていたら、私は何も出来なかった。
でも、摂理だと認められた以上――私は神罰を恐れずに行動できる。
神の言葉は、そのまま自然法則なのよ。
これで、私にも戦える手段が増えたわ。」
ティアの声には、確固たる意志が宿っていた。
「それで、ティアさん……俺は、何をすればいいんですか?」
ロイスが一歩前に進み出る。
ティアはふっと柔らかく笑みを浮かべた。
「ああ、ロイス。
来てくれてありがとう。
――お願いしたいのはただひとつ。
結界の中で黒炎に焼かれているノエルを倒して欲しいの。
今のノエルは、神の意思によって『世界を破壊する』存在に変えられてしまっている。
それを打ち破れるのは……神が創り出した勇者だけ。」
「わかりました。
……やってみます。」
ロイスは迷いなく剣を握り、鋭い眼差しをノエルへ向ける。
ティアはそんな彼を見つめながら、静かに告げた。
「正直に言うわね。
――悪魔王なんかとは比べ物にならない強さよ。
だから、気を抜かないで。」
「えっ……そんなにですか?
でも、あの人からは大した魔力も感じませんが……」
ティアは首を横に振る。
「魔力量なんていう次元じゃないの。
神が直接、憑依していると考えていいわ。
スキルや戦術でどうにかできる相手じゃない。
……それでも挑むしかないのよ。」
言葉を聞いた瞬間、アーサーとロイスの表情に緊張が走った。
結界の向こう、黒炎の中に佇むノエルの影が、静かに揺らめく。
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