毒舌アイドルは毒の魔物に転生する。

馳 影輝

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第十二章 最悪のノエル

第百五話 全ては神の手の内に

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ティアは仲間たちに視線を巡らせ、静かに言葉を紡いだ。
「それぞれの役割を伝えるわ。
――ロイス、ラムダ、そしてアーサー。
あなたたちはノエルが世界を破壊してしまうのを何としても止めて。
私は……もう一度、神エレボスと対面してくる。
もし生きて帰って来られたら、何かご馳走でも作ってあげるわ。」

「ティア! 
神エレボスと戦うつもりなのか!?」
アーサーは険しい顔でティアの肩を強く掴む。

ティアは小さく首を振り、決意の光を瞳に宿した。
「戦ったりはしないわ。
――万に一つも勝ち目なんてないもの。
でも、それでも……私は行かなくちゃならないの。」

その確固たる声に、アーサーの胸が締めつけられる。
「ティア……! 
愛している。」

「ええ、アーサー。
私も愛してるわ。」
ふたりは短くも熱い抱擁を交わした。

やがてティアはロイスに向き直る。
「ロイス。
あなたは光神ベレヌスの加護を持つ勇者。
闇にはその剣に光を宿すこと……それだけが勝機になるわ。
必ずその力を振るって。」

次にラムダへ視線を移す。
「問題はあなたね、ラムダ。
勇者ではない以上、今回はサポートに徹した方が――」

「ティアさん、その心配は無用です。」
ロイスが遮るように言った。
「ラムダはベレヌスからの加護を受けています。
ステータスを見ればわかります。
ラムダは……機械仕掛けの勇者。
俺と同じく勇者スキルを持ち、互いを強化できる。
戦えますよ。」

「……そう。まさか、そこまでとは。」
ティアは驚きと安堵が入り混じった表情を浮かべた。
「じゃあ、期待しているわ。」

そう言い残し、ティアは黒炎に包まれたノエルを振り返る仲間たちを見守りながら、再び天界へと転移した。

残された高原に、緊張の空気が張りつめる。
アーサーが唇を噛みしめ、ロイスに問う。
「ロイス……勝算はあるのか?」

「わからない。」ロイスは真っ直ぐに黒炎の中のノエルを見据えた。
「でも――俺は勇者だ。
だから、やるしかない。」

その表情には、以前の少年らしさはもうなく、確かな覇気が宿っていた。

「ラムダ、行くぞ!」
「了解! ――行こう、相棒!」

二人の勇者は並び立ち、黒き炎の怪物と化したノエルへと一歩を踏み出した。

黒き炎に包まれたノエルと対峙し、ロイスとラムダは同時に剣を抜いた。
「アーサー、援護を頼めるか?」
ロイスが後方を振り返り声を飛ばす。

「任せろ!」
アーサーも即座に魔力を練り、援護態勢を整える。

「――ラムダ、行くぞ!」
「了解! 突撃だ!」

二人は並んで神速の踏み込みを見せ、光属性の魔力を剣に纏わせる。
対するノエルは一歩も動かず、ただ両手を掲げ、黒炎を奔流のごとく放った。

「来るぞ!」
ロイスは炎を読み切り、身を翻す。
ラムダも機動兵器ならではの精密なステップで炎をかわすと、二人は一気に接近。
互いに左右から剣を振り下ろし、挟撃する。

黒炎のノエルは反応することなく、ただ瞳を虚空に向けている。
しかし、その身を覆う黒炎は、まるで意思を持つかのように剣を受け止め、刃を軋ませた。
「硬い……!」
「だが、押し切る!」
二人は力を込めてさらに斬撃を重ねる。

その頃――。

ティアは既に天界へと渡っていた。
一度訪れたことのある場所なら制限なく転移できる。
そして、再び暗黒神エレボスの居る深淵へと降り立った。

「やはり来たか、ユスティティア。
待っていたぞ。」
王座に揺らめく黒の意志が声を響かせる。

ティアは静かに一歩踏み出し、真っ直ぐに見据えた。
「私と勝負をしませんか?」

「……ふふ、やはりそう来ると思っていた。」
エレボスの周囲に黒き影が蠢き、やがて古びたテーブルと椅子が形を成す。
「ナイトチェス――お前とはよく盤を挟んだものだったな。」

「勝率は五分五分。
五十勝五十敗……今日こそ決着をつけましょう。」
ティアの声には一切の迷いがない。

「そうだな。
余に勝てた唯一の天使……お前だけだった。」
エレボスは揺らめきの中から腕を伸ばし、盤上の駒を並べた。

ティアとエレボスは椅子に腰を下ろし、再び互いを見据える。
光と闇、二つの意志が盤上でぶつかり合う瞬間が訪れようとしていた。

ロイスとラムダの剣が閃き、幾度も黒炎を切り裂いた。
斬撃には確かに効果があった。
ノエルの身を覆う黒炎が断ち割られるたびに、その奥から苦悶の声が微かに漏れる。

「効いてる! 
押し込め!」
ロイスが叫び、さらに剣に光を宿す。
「了解!」
ラムダも同調し、両側から連撃を畳みかける。

だが――。
切り裂いたはずの黒炎は瞬く間に再生し、再びノエルの身体を覆い尽くす。
焼き焦がすような闇の気配は、むしろ強まっているようにすら感じられた。

「チッ、キリがない!」
ロイスが歯を食いしばる。

後方ではアーサーが補助魔法を次々と放ち、二人の動きを加速させ、傷を癒やしていく。
「まだだ、食い下がれ!」
声に力がこもるが、その眼差しには焦燥の色も混じっていた。

――同時刻。

天界。
盤上に並んだ駒の間で、ティアとエレボスの知略の戦いが繰り広げられていた。

ティアは過去に何度かこの「ナイトチェス」でエレボスを破ったことがある。
その経験があったからこそ、勝機を見いだせると信じていた。

だが――神は同じ敗北を繰り返さない。
エレボスの指が一つ駒を進めるたび、盤上の戦局は雪崩のように崩れていく。
ティアが巧みに繰り出す一手を、すべて読み切っているかのように。

「……くっ。」
ティアの眉間に皺が寄る。
余裕を装いながらも、その瞳の奥に焦りがにじみ始めていた。

エレボスの揺らめく影が、愉快そうに震える。
「どうした、ユスティティア。
かつての冴えが鈍ったか?」

「……いいえ。
まだ、これからです。」
ティアは毅然と返す。
だが心の奥底では理解していた。
――過去と同じ手は、もはや通じない。

盤上の攻防と、現世での熾烈な戦闘。
二つの戦いが、同じ瞬間に追い詰められつつあった。

ミスをしない神エレボスに対して、ティアには一瞬の油断すら許されない。
久方ぶりのナイトチェスということもあり、序盤はわずかな焦りが指先に滲んでいた。

「……ふぅ。」
小さく息を吐き、ティアは心を静める。
「神エレボス。
楽しくなってきました。」
そう言いながら、盤上の駒を指先で滑らせる。

「ほう……そう来たか。」
エレボスの揺らめく黒が目を見開く。
次の瞬間、楽しげに低く笑った。
「さすがはユスティティア。
先ほどまでの流れが崩れたな。
久々に胸が高鳴るぞ。」

ティアも小さく笑みを浮かべる。
「ところで、神エレボス。
もしも私が勝ったら……一つ、願いを聞いていただけませんか?」
駒を進める手は慎重で、しかし迷いはなかった。

「良いぞ。」
エレボスは楽しげに頷く。
「勝てたなら、何なりと申すが良い。
今日の対局の褒美だ。」

「ありがとうございます。」

「ただし――」黒が揺らめく。
「余が勝てば、お前にも願いを聞いてもらう。
それでなければ面白くないだろう?」

「わかりました。
私が負けたその時は、神エレボスの願いを聞きましょう。」
互いに笑みを浮かべ合うその姿は、まるで盤上を超えた戦士同士のようだった。

――その頃。

地上では、ロイスとラムダが息を合わせて立ち上がっていた。
「ラムダ! あれをやるぞ!」
「おう、相棒! 任せろ!」

二人の身体が蒼い光に包まれる。
勇者スキル――《双聖超神速斬》。

「行くぞ!」
二人は一条の光と化し、ノエルへと突進した。
黒炎が奔流のように放たれるが、神速の軌跡がそれをすり抜け、斬り裂いていく。
無数の聖なる斬撃が雨のように降り注ぎ、軌道が蒼い光の帯を描きながら黒炎を細かな光粒へと変えていく。

「これで――終わりだッ!」
二人の剣が同時に振り下ろされ、会心の一撃がノエルの胸を打ち抜いた。

轟音と共に黒炎が弾け、虚空へと消え去る。
ノエルの身体は支えを失ったようにその場へと崩れ落ちた。

「や、やったのか!」
アーサーが目を見開き、歓声を上げる。

――その瞬間。

天界の盤上にて、エレボスの黒が小さく震えた。
「ほう……勇者め、やりおったか。」

「神エレボス。」
ティアの指先が盤上の駒を動かし、最後の一手を突きつける。
「これで……チェック。」

一拍の静寂。

「……ふははは!」
エレボスが朗々と笑った。
「見事だ。
余の負けだ、ユスティティアよ。
やはりお前との勝負は愉快だな。」

ティアは大きく息を吐き、安堵の笑みを浮かべた。
「……勝たせていただきました。」
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