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第十二章 最悪のノエル
第百六話 愛おしきノエル
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勝利を収めたティアは、椅子から静かに立ち上がると、一度深く頭を垂れた。
「神エレボス。
私に再びチャンスを与えてくださり、ありがとうございます。」
「ははは!」
エレボスは愉快そうに朗らかな笑い声を響かせる。
「余はただ、もう一度ユスティティアと盤を挟みたかっただけのこと。
実に楽しかったぞ。」
「私もです。
久々に神エレボスとナイトチェスを打てて、本当に嬉しく思います。」
ティアは頭を上げ、優しい微笑を浮かべた。
「さて――望みを言え。
余に叶えられるものであれば、何でも良いぞ。」
ティアは小さく息を整えると、真剣な眼差しで告げた。
「……ノエルの命を救ってはいただけないでしょうか?」
「ふむ。」
エレボスの瞳が細められる。
「あの人間を蘇らせたいと?」
「はい。
その通りです。」
「それは……神である私でも難しい。」
エレボスは重々しく首を振った。
「黒炎は肉体のみならず魂までも焼き尽くす。
存在そのものの死だ。」
「承知しています。」
ティアは静かに、しかし揺るぎなく言葉を紡いだ。
「それでも、もし僅かでも可能性があるのなら……私の世界に、再び生を与えていただきたいのです。」
「……なるほど。」
エレボスは唇に笑みを浮かべる。
「よかろう。
その魂に、まだ“生きたい”という執着が残っていれば……どこかで新たな子として生まれ変わることも可能だろう。
ただし、残っているのは魂のかけらにすぎん。
可能性は極めて低いぞ。」
「……それで十分です。
ありがとうございます。」
「ふむ。
しかし、それだけでは褒美としては物足りんな。」
エレボスの声が低く響いた。
「そうだ……余の加護を授けよう。」
瞬間、ティアの全身に温かな光が流れ込む。
その内奥に燃え立ったのは――『神炎』。
それは神が振るう究極の炎であり、慈悲にも殲滅にも用いることができ、時に魂のみを滅ぼすことさえ可能な力だった。
ティアは目を閉じ、その力を受け入れる。
「……神エレボス。
加護、確かに受け取りました。
心より感謝いたします。」
「よい。」
エレボスは大きく頷く。
「人間一人の復活すら叶えられぬ償いだ。
……しかし、まさかそのような小さな命を救うことを望むとは思わなかったぞ。」
ティアは柔らかく微笑んだ。
「小さくとも、彼を想う人々がたくさんいます。
彼がいなくなれば、多くの者が深く悲しむでしょう。」
「……そうであったか。」
エレボスの目にはほんの少し悲しみのような感情が見えたようにティアは感じ取った。
「ならば良い。
――また会おうぞ、ユスティティア。」
次の瞬間、ティアの身体は柔らかな光に包まれ、天界から地上へと送り返されていった。
地上へと戻ったティアに、アーサーたちが駆け寄ってきた。
その顔には深い影が差している。
「……ノエルは、燃えて消えてしまった。」
アーサーは嗄れた声で呟いた。
「ええ。」ティアは目を伏せる。
「神の黒炎は、魂さえも焼き尽くしてしまう……。どうしようもなかったの。」
「なぜだ……なぜノエルが、こんな仕打ちを受けなければならないんだ。」
アーサーの拳は震え、怒りと無力さに噛み締められていた。
ティアは静かに首を振る。
「アーサー。
神の行いは……大嵐や地震のようなものよ。
人には抗えない自然災害と同じ。
理不尽でも、受け入れるしかないの。」
「受け入れる……?
そんなの、あまりにも酷すぎる!」
アーサーの叫びは、空へと虚しく響いた。
「そう。理不尽そのものよ。」
ティアは悲しみを隠さずに続ける。
「けれど……神エレボスに願ってきたの。
ノエルの命を、この世界のどこかで新たな命として宿せるように――と。
可能性は低くても、ね。」
アーサーは顔を上げ、潤んだ瞳でティアを見つめる。
「……本当か!
あいつなら、たとえ魂の欠片になっても……しがみついて生まれてくるはずだ!」
「ええ。
私も……そうであってほしい。」
二人は互いに抱きしめ合い、その温もりの中で涙を零した。
少し離れたところから、ロイスが歩み寄る。
「ティアさん……ご無事で何よりです。
神との対話は、成功なさったのですね?」
ティアはかすかに微笑む。
「ええ。
ナイトチェスという盤上の勝負で……何とか勝利を収めたわ。」
「……ですが、神とは残酷ですね。」
ロイスの声音には怒りと悲しみが滲む。
「罪なき命を、あまりにも軽く奪ってしまうなんて……。」
ティアは静かに頷く。
「そうね。
けれど……私たちは信じるしかない。
ノエルはきっと、新たな命としてこの世界に戻ってきてくれる。
必ず。」
三人は同時に、曇りのない空を見上げた。
そこにノエルの姿はない。
だが――彼の魂のかけらが、いつの日かこの世界の片隅で芽吹き、再び命となって育まれることを、ただただ強く願わずにはいられなかった。
ティアたちは学園へと戻り、ロイスとラムダはそれぞれの帰路についた。
その夜、ティアは学園の大講堂で三組の生徒たちを集め、ノエルの最期について余すことなく語った。
生徒たちは誰ひとり声を上げることなく、ただ沈痛な面持ちで話を聞き続けた。
「どうして……」
「あいつが……」
と呟く声が幾度も洩れ、涙を拭う生徒の姿も少なくなかった。
数日間、学園全体が深い悲しみに包まれていた。
それでも、やがて学園ではノエルのための葬儀が執り行われ、生徒も教師も心を込めて彼を偲んだ。
静寂に包まれた式の中で、多くの者が改めてノエルの存在の大きさを思い知る。
――そして。
葬儀を終えた学園には、季節の巡りが訪れる。
街も校舎も彩りを帯び、ノエルも心待ちにしていた学園祭の時期が近づいていた。
悲しみはまだ癒えない。
だが、生徒たちは少しずつ前を向き始めていた。
「彼が楽しみにしていたからこそ、やり遂げよう」――そんな想いが、胸の奥で静かに芽生え始めていた。
「俺は絶対に負けない!」
何処かの空でノエルの声が響いているのかもしれない。
「神エレボス。
私に再びチャンスを与えてくださり、ありがとうございます。」
「ははは!」
エレボスは愉快そうに朗らかな笑い声を響かせる。
「余はただ、もう一度ユスティティアと盤を挟みたかっただけのこと。
実に楽しかったぞ。」
「私もです。
久々に神エレボスとナイトチェスを打てて、本当に嬉しく思います。」
ティアは頭を上げ、優しい微笑を浮かべた。
「さて――望みを言え。
余に叶えられるものであれば、何でも良いぞ。」
ティアは小さく息を整えると、真剣な眼差しで告げた。
「……ノエルの命を救ってはいただけないでしょうか?」
「ふむ。」
エレボスの瞳が細められる。
「あの人間を蘇らせたいと?」
「はい。
その通りです。」
「それは……神である私でも難しい。」
エレボスは重々しく首を振った。
「黒炎は肉体のみならず魂までも焼き尽くす。
存在そのものの死だ。」
「承知しています。」
ティアは静かに、しかし揺るぎなく言葉を紡いだ。
「それでも、もし僅かでも可能性があるのなら……私の世界に、再び生を与えていただきたいのです。」
「……なるほど。」
エレボスは唇に笑みを浮かべる。
「よかろう。
その魂に、まだ“生きたい”という執着が残っていれば……どこかで新たな子として生まれ変わることも可能だろう。
ただし、残っているのは魂のかけらにすぎん。
可能性は極めて低いぞ。」
「……それで十分です。
ありがとうございます。」
「ふむ。
しかし、それだけでは褒美としては物足りんな。」
エレボスの声が低く響いた。
「そうだ……余の加護を授けよう。」
瞬間、ティアの全身に温かな光が流れ込む。
その内奥に燃え立ったのは――『神炎』。
それは神が振るう究極の炎であり、慈悲にも殲滅にも用いることができ、時に魂のみを滅ぼすことさえ可能な力だった。
ティアは目を閉じ、その力を受け入れる。
「……神エレボス。
加護、確かに受け取りました。
心より感謝いたします。」
「よい。」
エレボスは大きく頷く。
「人間一人の復活すら叶えられぬ償いだ。
……しかし、まさかそのような小さな命を救うことを望むとは思わなかったぞ。」
ティアは柔らかく微笑んだ。
「小さくとも、彼を想う人々がたくさんいます。
彼がいなくなれば、多くの者が深く悲しむでしょう。」
「……そうであったか。」
エレボスの目にはほんの少し悲しみのような感情が見えたようにティアは感じ取った。
「ならば良い。
――また会おうぞ、ユスティティア。」
次の瞬間、ティアの身体は柔らかな光に包まれ、天界から地上へと送り返されていった。
地上へと戻ったティアに、アーサーたちが駆け寄ってきた。
その顔には深い影が差している。
「……ノエルは、燃えて消えてしまった。」
アーサーは嗄れた声で呟いた。
「ええ。」ティアは目を伏せる。
「神の黒炎は、魂さえも焼き尽くしてしまう……。どうしようもなかったの。」
「なぜだ……なぜノエルが、こんな仕打ちを受けなければならないんだ。」
アーサーの拳は震え、怒りと無力さに噛み締められていた。
ティアは静かに首を振る。
「アーサー。
神の行いは……大嵐や地震のようなものよ。
人には抗えない自然災害と同じ。
理不尽でも、受け入れるしかないの。」
「受け入れる……?
そんなの、あまりにも酷すぎる!」
アーサーの叫びは、空へと虚しく響いた。
「そう。理不尽そのものよ。」
ティアは悲しみを隠さずに続ける。
「けれど……神エレボスに願ってきたの。
ノエルの命を、この世界のどこかで新たな命として宿せるように――と。
可能性は低くても、ね。」
アーサーは顔を上げ、潤んだ瞳でティアを見つめる。
「……本当か!
あいつなら、たとえ魂の欠片になっても……しがみついて生まれてくるはずだ!」
「ええ。
私も……そうであってほしい。」
二人は互いに抱きしめ合い、その温もりの中で涙を零した。
少し離れたところから、ロイスが歩み寄る。
「ティアさん……ご無事で何よりです。
神との対話は、成功なさったのですね?」
ティアはかすかに微笑む。
「ええ。
ナイトチェスという盤上の勝負で……何とか勝利を収めたわ。」
「……ですが、神とは残酷ですね。」
ロイスの声音には怒りと悲しみが滲む。
「罪なき命を、あまりにも軽く奪ってしまうなんて……。」
ティアは静かに頷く。
「そうね。
けれど……私たちは信じるしかない。
ノエルはきっと、新たな命としてこの世界に戻ってきてくれる。
必ず。」
三人は同時に、曇りのない空を見上げた。
そこにノエルの姿はない。
だが――彼の魂のかけらが、いつの日かこの世界の片隅で芽吹き、再び命となって育まれることを、ただただ強く願わずにはいられなかった。
ティアたちは学園へと戻り、ロイスとラムダはそれぞれの帰路についた。
その夜、ティアは学園の大講堂で三組の生徒たちを集め、ノエルの最期について余すことなく語った。
生徒たちは誰ひとり声を上げることなく、ただ沈痛な面持ちで話を聞き続けた。
「どうして……」
「あいつが……」
と呟く声が幾度も洩れ、涙を拭う生徒の姿も少なくなかった。
数日間、学園全体が深い悲しみに包まれていた。
それでも、やがて学園ではノエルのための葬儀が執り行われ、生徒も教師も心を込めて彼を偲んだ。
静寂に包まれた式の中で、多くの者が改めてノエルの存在の大きさを思い知る。
――そして。
葬儀を終えた学園には、季節の巡りが訪れる。
街も校舎も彩りを帯び、ノエルも心待ちにしていた学園祭の時期が近づいていた。
悲しみはまだ癒えない。
だが、生徒たちは少しずつ前を向き始めていた。
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