106 / 141
6章:失われた夏への扉を求めて
第14話
しおりを挟む
「へえ…おじさん、防衛省の中に、こんな研究施設があるんですね…」
「1111番よ。お前のような将来有望な子供を、科学は常に、その大いなる抱擁でもって歓迎するだろう。だが、全てがそうではない、という事も、そろそろ知っておいて悪くない年齢だ」
「それってつまり、この施設の事にあまり興味を持ちすぎるな、って事ですか?」
「いいぞ、1111番。こっちから禁止しなくとも、自ら戒めてくれる人材を俺たちは歓迎する。無駄なMOUを書く手間が省けるからな」(MOU:覚書、合意書)
「おじさん、ぼくは未成年ですから、どのみち法的拘束力はないんじゃないですか?」
「俺は拘束力を法律には求めない。法律とは、大人がケンカで殴り合う時に、拳の代わりに使う武器であって、お前のようなガキに対して行使するものじゃない。ガキを拘束するのは『お仕置き』ただ1つだ」
「そ、そうですか…。気をつけます」
「素直である事は、時として他人になめられるが、最も有用な人間力の1つだ」
「覚えておきます…」
「ようし、この部屋だ。入れ」
「お邪魔しま…す。急に殺風景な部屋ですね」
「殺風景であることは重要じゃない。この施設や研究内容の存在を、近隣国家に察知されない事の方が重要だ。まだ政府は、諸外国からの抗議に対する明確な回答をしていないからな」
「そうなんですね…。つまり、ぼくのスキルで創薬が実現するかどうか、を判断する事が、最優先事項という事ですか?」
「その通りだ1111番よ。この国において、現在最も政府から期待されているのは、お前のスキルだ。それを忘れるな」
「…わかりました。お役に立てるなら…」
「いいだろう。そこの椅子に座れ」
「はい…」
「よし、これを見ろ。これがなんだか分かるか?」
「トゲトゲが沢山ついた…基盤…ですか?」
「古典的コンピュータのCPUだ。かなり古いやつだ。製造プロセスが0.35μmもありやがる。233MHzとかくらいで動いていたやつだ。20世紀の遺産だな」
「つまり…こなれた技術のCPUってことですね」
「心理的な防衛機制の働きに則り極限までプラス思考して回答すれば、その通りだ」
「そのCPUで、なにをするつもりなんですか…?」
「シンプルに言う。こいつを量子コンピュータのCPUに変える」
「古典的コンピュータのCPUを…ですか?」
「お前のスキルなら、常温で量子ビットを実現できるんだろう? であれば、こなれた既存技術に応用した方が、開発時間を短くできるってもんだ」
「もしかして、汎用の量子コンピュータを作ろうとしているんですか? それは、まだ無理じゃないでしょうか…」
「そうじゃない。俺たちがやろうとしているのは創薬だ。巡回セールスマン問題さえ解ければ用は為す」(巡回セールスマン問題:組み合わせ問題のひとつ。複数の取引先に、複数の経路でセールスマンが巡回する場合、そのパターンは膨大な組み合わせとなり古典的コンピュータでは現実的な時間内で計算ができないと言われている)
「古典的コンピュータのパーツを使って、アニーリング用の量子コンピュータを作る、という訳ですね。確かに、製造プロセスの大きい古いCPUなら、トランジスタひとつひとつを量子ビットにしやすいかもしれません…トランジスタ数も充分ですし。でも、量子ビットを多くしても、誤り訂正の技術を向上させないと、あまり意味がないんじゃないでしょうか?」
「もちろんだ。誤り訂正の技術は別部隊が開発中だが…。俺がお前のスキルに期待しているのは、そこも含めてだ」
「それは…どういう事でしょうか?」
「仕様を言ってやる。まず、お前のスキルで10,000量子ビットの量子コンピュータを目指す。これは常温で動作する。そして、お前のスキルでもって誤り訂正まで補完できてしまう事が望ましい。これには、お前の『観測』の精度を極限まで向上させる必要がある。その精度次第では、恐ろしい量子超越性を発揮するだろう」(量子超越性:量子コンピュータにおいて、あらゆる古典的コンピュータで現実的な時間内に計算できない問題を、解決できるレベルにある事)
「つまり…ぼくのスキルの『観測』によって、最適解のパターンを一瞬にして算出できるようにする…という事ですか」
「俺は…いや、防衛省は…違うな…この世界だ。この世界は、お前に、それを期待している」
「それは…どうでしょう。訓練でなんとかなるものなんでしょうか…。ぼくよりも観測精度の高い、量子力学操作のスキル者の登場を待った方が、いいかもしれませんよ」
「なるほど、待ってもいいが、待つことと、お前を使って量子コンピューティングを進める事は、並行して問題ない」
「…確かに、そうですね。でも、ぼくがその精度を出せるようになるまでに、多くのスキル者を犠牲にする事になりませんか…?」
「1111番よ。お前が気にする事ではない…。これも陳腐なトロッコ問題だ。スキル者100人を費やしたとして、その結果100万人を救えるのであれば、後者の方が尊い」
「…わかりました」
「よし。オリエンはここまでだ。じゃあ、早速始めるぞ。まずは、お前が量子ビットを1つ作り、それを常温動作させるのに、どのくらい寿命を消費するか…だ。1162番には劣るが、防衛省にも数値化のスキル者はいるからな」
「ぼく…いつごろ、家に帰れますか?」
「おいおい、始めた途端にホームシックか? 先が思いやられるぞ」
「いえ…。呼続さんや鳴海さん、桜さんや、その他のみんなに、何も挨拶をせずに、ここに来てしまったので…」
「ははは。同情はしよう。だが、国家存亡の行方がお前の双肩にかかっている限り、外には出せん。お前が次に仲間と再会できるのは、量子コンピュータでの創薬可能性の結論が出た時だ」
「そうですか…。長くなりそうですね…。みんな、3ヶ月も寿命が残っていないのに…。またみんなに、会えるといいな…」
「1111番よ。お前のような将来有望な子供を、科学は常に、その大いなる抱擁でもって歓迎するだろう。だが、全てがそうではない、という事も、そろそろ知っておいて悪くない年齢だ」
「それってつまり、この施設の事にあまり興味を持ちすぎるな、って事ですか?」
「いいぞ、1111番。こっちから禁止しなくとも、自ら戒めてくれる人材を俺たちは歓迎する。無駄なMOUを書く手間が省けるからな」(MOU:覚書、合意書)
「おじさん、ぼくは未成年ですから、どのみち法的拘束力はないんじゃないですか?」
「俺は拘束力を法律には求めない。法律とは、大人がケンカで殴り合う時に、拳の代わりに使う武器であって、お前のようなガキに対して行使するものじゃない。ガキを拘束するのは『お仕置き』ただ1つだ」
「そ、そうですか…。気をつけます」
「素直である事は、時として他人になめられるが、最も有用な人間力の1つだ」
「覚えておきます…」
「ようし、この部屋だ。入れ」
「お邪魔しま…す。急に殺風景な部屋ですね」
「殺風景であることは重要じゃない。この施設や研究内容の存在を、近隣国家に察知されない事の方が重要だ。まだ政府は、諸外国からの抗議に対する明確な回答をしていないからな」
「そうなんですね…。つまり、ぼくのスキルで創薬が実現するかどうか、を判断する事が、最優先事項という事ですか?」
「その通りだ1111番よ。この国において、現在最も政府から期待されているのは、お前のスキルだ。それを忘れるな」
「…わかりました。お役に立てるなら…」
「いいだろう。そこの椅子に座れ」
「はい…」
「よし、これを見ろ。これがなんだか分かるか?」
「トゲトゲが沢山ついた…基盤…ですか?」
「古典的コンピュータのCPUだ。かなり古いやつだ。製造プロセスが0.35μmもありやがる。233MHzとかくらいで動いていたやつだ。20世紀の遺産だな」
「つまり…こなれた技術のCPUってことですね」
「心理的な防衛機制の働きに則り極限までプラス思考して回答すれば、その通りだ」
「そのCPUで、なにをするつもりなんですか…?」
「シンプルに言う。こいつを量子コンピュータのCPUに変える」
「古典的コンピュータのCPUを…ですか?」
「お前のスキルなら、常温で量子ビットを実現できるんだろう? であれば、こなれた既存技術に応用した方が、開発時間を短くできるってもんだ」
「もしかして、汎用の量子コンピュータを作ろうとしているんですか? それは、まだ無理じゃないでしょうか…」
「そうじゃない。俺たちがやろうとしているのは創薬だ。巡回セールスマン問題さえ解ければ用は為す」(巡回セールスマン問題:組み合わせ問題のひとつ。複数の取引先に、複数の経路でセールスマンが巡回する場合、そのパターンは膨大な組み合わせとなり古典的コンピュータでは現実的な時間内で計算ができないと言われている)
「古典的コンピュータのパーツを使って、アニーリング用の量子コンピュータを作る、という訳ですね。確かに、製造プロセスの大きい古いCPUなら、トランジスタひとつひとつを量子ビットにしやすいかもしれません…トランジスタ数も充分ですし。でも、量子ビットを多くしても、誤り訂正の技術を向上させないと、あまり意味がないんじゃないでしょうか?」
「もちろんだ。誤り訂正の技術は別部隊が開発中だが…。俺がお前のスキルに期待しているのは、そこも含めてだ」
「それは…どういう事でしょうか?」
「仕様を言ってやる。まず、お前のスキルで10,000量子ビットの量子コンピュータを目指す。これは常温で動作する。そして、お前のスキルでもって誤り訂正まで補完できてしまう事が望ましい。これには、お前の『観測』の精度を極限まで向上させる必要がある。その精度次第では、恐ろしい量子超越性を発揮するだろう」(量子超越性:量子コンピュータにおいて、あらゆる古典的コンピュータで現実的な時間内に計算できない問題を、解決できるレベルにある事)
「つまり…ぼくのスキルの『観測』によって、最適解のパターンを一瞬にして算出できるようにする…という事ですか」
「俺は…いや、防衛省は…違うな…この世界だ。この世界は、お前に、それを期待している」
「それは…どうでしょう。訓練でなんとかなるものなんでしょうか…。ぼくよりも観測精度の高い、量子力学操作のスキル者の登場を待った方が、いいかもしれませんよ」
「なるほど、待ってもいいが、待つことと、お前を使って量子コンピューティングを進める事は、並行して問題ない」
「…確かに、そうですね。でも、ぼくがその精度を出せるようになるまでに、多くのスキル者を犠牲にする事になりませんか…?」
「1111番よ。お前が気にする事ではない…。これも陳腐なトロッコ問題だ。スキル者100人を費やしたとして、その結果100万人を救えるのであれば、後者の方が尊い」
「…わかりました」
「よし。オリエンはここまでだ。じゃあ、早速始めるぞ。まずは、お前が量子ビットを1つ作り、それを常温動作させるのに、どのくらい寿命を消費するか…だ。1162番には劣るが、防衛省にも数値化のスキル者はいるからな」
「ぼく…いつごろ、家に帰れますか?」
「おいおい、始めた途端にホームシックか? 先が思いやられるぞ」
「いえ…。呼続さんや鳴海さん、桜さんや、その他のみんなに、何も挨拶をせずに、ここに来てしまったので…」
「ははは。同情はしよう。だが、国家存亡の行方がお前の双肩にかかっている限り、外には出せん。お前が次に仲間と再会できるのは、量子コンピュータでの創薬可能性の結論が出た時だ」
「そうですか…。長くなりそうですね…。みんな、3ヶ月も寿命が残っていないのに…。またみんなに、会えるといいな…」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。
エース皇命
青春
高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。
そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。
最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。
陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。
以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。
※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
※表紙にはAI生成画像を使用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
【完結】メインヒロインとの恋愛フラグを全部ブチ壊した俺、サブヒロインと付き合うことにする
エース皇命
青春
《将来ヤンデレになるメインヒロインより、サブヒロインの方が良くね?》
16歳で自分が前世にハマっていた学園ドラマの主人公の人生を送っていることに気付いた風野白狼。しかしそこで、今ちょうどいい感じのメインヒロインが付き合ったらヤンデレであることを思い出す。
告白されて付き合うのは2か月後。
それまでに起こる体育祭イベント、文化祭イベントでの恋愛フラグを全てぶち壊し、3人の脈ありサブヒロインと付き合うために攻略を始めていく。
3人のサブヒロインもまた曲者揃い。
猫系ふわふわガールの火波 猫音子に、ツンデレ義姉の風野 犬織、アニオタボーイッシュガールの空賀 栗涼。
この3人の中から、最終的に誰を選び、付き合うことになるのか。てかそもそも彼女たちを落とせるのか!?
もちろん、メインヒロインも黙ってはいない!
5人の癖強キャラたちが爆走する、イレギュラーなラブコメ、ここに誕生!
※カクヨム、小説家になろうでも連載中!
先輩から恋人のふりをして欲しいと頼まれた件 ~明らかにふりではないけど毎日が最高に楽しい~
桜井正宗
青春
“恋人のふり”をして欲しい。
高校二年の愁(しゅう)は、先輩の『柚』からそう頼まれた。
見知らずの後輩である自分になぜと思った。
でも、ふりならいいかと快諾する。
すると、明らかに恋人のような毎日が始まっていった。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる