114 / 141
6章:失われた夏への扉を求めて
第22話
しおりを挟む
「いいな…海水浴ですか」
「知らん。1162番から報告を受けているだけだ。へっ。せいぜい、残り少ない時間で青春を謳歌するといいさ」
「おじさんは、泳ぐの得意ですか?」
「さあな。苦手な方ではないかもな。それがどうした」
「ぼく、小さい時、水に顔をつけるのが怖かったんですよね…。凄く覚えてます」
「なんだ? トラウマの話か? だったら、幼児期におけるウンコに対する接し方について思い出した方が建設的だ。全人類において、その生涯の在り方や性格に影響を及ぼしているのは、幼児期のウンコだ。厳しくウンコトレーニングされた人間はケチで器の小さい人間になるし、ウンコの躾がルーズだと金遣いが荒く性に奔放な人間になる。将来的に、肛門が出口になるのか入口になるのかも、この時期に関わっているかもしれんぞ?」
「それって、フロイトの話ですか? ちょっと古い考え方ではないですか?」
「へっ。賢いガキは嫌いだ。温故知新という言葉をお前に与える」
「肛門期の話は、それはそれでいいんですが…。ぼく、最初は水に顔をつけられなかったんですけれど、いつしか、克服できたんですよね」
「なるほど。感動的な話だった」
「おじさん、ぼく、まだ話し終わってません」
「言いたいことがあるなら、早く言え」
「怖いものを克服しなければならない事って、これからの人生、沢山あるのかな…って。大人になって成長をしていけば、新しい事に挑戦するのが、怖くなくなっていくんだろうか…って思ったんです」
「お前は、本屋は好きか?」
「本屋さんですか? ええ。とっても好きです」
「そうか。めでたい」
「おじさんは、好きではないんですか?」
「好きだった。だが、高校生くらいまでだ」
「それは…どうしてですか?」
「お前が本屋や図書館に入り、フロアにひしめくギチギチに詰まった本棚の群れを見た時、それは、知識や好奇心を満たしてくれる宝庫に見えるだろう」
「え…ええ。そうだと思います」
「へっ。俺もそうだった。だが、それがある時、全く違う世界に見えるようになっちまった」
「全く違う…世界…。それは、どういう意味ですか?」
「お前は賢い。だから、1冊の本を、場合によっては数時間以内に読んでしまうだろう。1日1冊読めば、年間365冊読める」
「さすがにそこまで読んではいませんが…。読書は、好きです」
「一般的な本屋や図書館の本棚は、1書架7段で単行本が200冊だ。つまり、1日1冊読んだとして、1年間で本棚2つ分は読めない」
「は、はい。そうなりますね…」
「60年間読み続けたとして、せいぜい100書架ちょっとしか消化できない。にも関わらず、この国では1日1書架相当の新刊が発売される。お前の60年は、新刊100日分にしか相当しない」
「な、なるほど…」
「ある時、俺は、本棚を前に思った。残りの俺の人生において、この無限とも思える本のうち、果たして何冊を読むことができるのか。間違いなく、読めない本の方が、圧倒的に多い。途端、今まで俺を受け入れてくれていた筈の好奇心の宝庫は、俺を排斥するようになった。俺は、本の海から弾き出されちまったのさ。それ以来、好んで本屋に行くことはなくなった」
「…そんなものなんでしょうか…。ぼくも、そう思う時が、くるのかな…」
「さあな。だが、歳をとると、何か新しいことを始める事は、必ず、残りの人生との比較になる。新しいものに挑戦するリスクは大きくなっていく。そういう意味では、大人になればなるほど、未知に挑む事は、より怖くなっていく、というのが俺の結論だ。夢を壊して悪いがな」
「でも、おじさん、まだそんな年齢じゃないですよね」
「へっ。そんな年齢か、そんな年齢じゃないかは、俺が決める事だ。お前じゃない」
「まあ…そうですけれど…」
「という訳だ。俺たちは、未知に挑戦する事がちょっとだけ怖い小学生と、未知に挑戦する事がめっちゃ怖い中年オヤジのコンビだ。そんなコンビで、早く量子コンピュータの開発方針を決定させなければならん」
「そうですね。頑張りましょう。…あれ…? おじさん、電話が鳴っていませんか?」
「電話だと? ああ…俺のか」
「出なくていいんですか?」
「ほっとけ。どうせ、オタクの命を軽んずる、アニメ好きの上役だろう。俺がまだ新入りの頃、俺の先輩はこう言った。『上司の電話は、2回目まで無視しろ。要らぬ業務を押し付けられるからな。だが、3回かかってきたら、それは本当に重要な案件だから、電話に出ろ』。この言葉は、未だに俺の人生の指標のひとつとなっている」
「それって…あまり仕事のできる先輩では、なかったのではないですか?」
「仕事ができない事と、生きるのが下手な事は別だ」
「そうですか…。とにかく、誰からの着信かくらいは、確認した方がいいんじゃないですか? ずっと鳴りっぱなしですよ…」
「へっ。うるせえガキだぜまったく。…誰だ? 激しく鳴らしまくってる無粋なやつは…。ちっ!」
「誰からですか?」
「2173番からだ。今更、何の連絡だ? 監視役の1162番が爆発したか?」
「出たらどうですか?」
「言われなくともそうするさ。…俺だ。あん? 誰だお前…。ああ、1162番か。なぜ2173番のスマホからかけてきた。俺とのホットラインとなる回線を、お前には渡した筈だ…。なんだと? バカを言うな。自衛隊ならいくらでもヘリを出せると思うなよ。燃料代や人件費が…。なんだと?」
「知らん。1162番から報告を受けているだけだ。へっ。せいぜい、残り少ない時間で青春を謳歌するといいさ」
「おじさんは、泳ぐの得意ですか?」
「さあな。苦手な方ではないかもな。それがどうした」
「ぼく、小さい時、水に顔をつけるのが怖かったんですよね…。凄く覚えてます」
「なんだ? トラウマの話か? だったら、幼児期におけるウンコに対する接し方について思い出した方が建設的だ。全人類において、その生涯の在り方や性格に影響を及ぼしているのは、幼児期のウンコだ。厳しくウンコトレーニングされた人間はケチで器の小さい人間になるし、ウンコの躾がルーズだと金遣いが荒く性に奔放な人間になる。将来的に、肛門が出口になるのか入口になるのかも、この時期に関わっているかもしれんぞ?」
「それって、フロイトの話ですか? ちょっと古い考え方ではないですか?」
「へっ。賢いガキは嫌いだ。温故知新という言葉をお前に与える」
「肛門期の話は、それはそれでいいんですが…。ぼく、最初は水に顔をつけられなかったんですけれど、いつしか、克服できたんですよね」
「なるほど。感動的な話だった」
「おじさん、ぼく、まだ話し終わってません」
「言いたいことがあるなら、早く言え」
「怖いものを克服しなければならない事って、これからの人生、沢山あるのかな…って。大人になって成長をしていけば、新しい事に挑戦するのが、怖くなくなっていくんだろうか…って思ったんです」
「お前は、本屋は好きか?」
「本屋さんですか? ええ。とっても好きです」
「そうか。めでたい」
「おじさんは、好きではないんですか?」
「好きだった。だが、高校生くらいまでだ」
「それは…どうしてですか?」
「お前が本屋や図書館に入り、フロアにひしめくギチギチに詰まった本棚の群れを見た時、それは、知識や好奇心を満たしてくれる宝庫に見えるだろう」
「え…ええ。そうだと思います」
「へっ。俺もそうだった。だが、それがある時、全く違う世界に見えるようになっちまった」
「全く違う…世界…。それは、どういう意味ですか?」
「お前は賢い。だから、1冊の本を、場合によっては数時間以内に読んでしまうだろう。1日1冊読めば、年間365冊読める」
「さすがにそこまで読んではいませんが…。読書は、好きです」
「一般的な本屋や図書館の本棚は、1書架7段で単行本が200冊だ。つまり、1日1冊読んだとして、1年間で本棚2つ分は読めない」
「は、はい。そうなりますね…」
「60年間読み続けたとして、せいぜい100書架ちょっとしか消化できない。にも関わらず、この国では1日1書架相当の新刊が発売される。お前の60年は、新刊100日分にしか相当しない」
「な、なるほど…」
「ある時、俺は、本棚を前に思った。残りの俺の人生において、この無限とも思える本のうち、果たして何冊を読むことができるのか。間違いなく、読めない本の方が、圧倒的に多い。途端、今まで俺を受け入れてくれていた筈の好奇心の宝庫は、俺を排斥するようになった。俺は、本の海から弾き出されちまったのさ。それ以来、好んで本屋に行くことはなくなった」
「…そんなものなんでしょうか…。ぼくも、そう思う時が、くるのかな…」
「さあな。だが、歳をとると、何か新しいことを始める事は、必ず、残りの人生との比較になる。新しいものに挑戦するリスクは大きくなっていく。そういう意味では、大人になればなるほど、未知に挑む事は、より怖くなっていく、というのが俺の結論だ。夢を壊して悪いがな」
「でも、おじさん、まだそんな年齢じゃないですよね」
「へっ。そんな年齢か、そんな年齢じゃないかは、俺が決める事だ。お前じゃない」
「まあ…そうですけれど…」
「という訳だ。俺たちは、未知に挑戦する事がちょっとだけ怖い小学生と、未知に挑戦する事がめっちゃ怖い中年オヤジのコンビだ。そんなコンビで、早く量子コンピュータの開発方針を決定させなければならん」
「そうですね。頑張りましょう。…あれ…? おじさん、電話が鳴っていませんか?」
「電話だと? ああ…俺のか」
「出なくていいんですか?」
「ほっとけ。どうせ、オタクの命を軽んずる、アニメ好きの上役だろう。俺がまだ新入りの頃、俺の先輩はこう言った。『上司の電話は、2回目まで無視しろ。要らぬ業務を押し付けられるからな。だが、3回かかってきたら、それは本当に重要な案件だから、電話に出ろ』。この言葉は、未だに俺の人生の指標のひとつとなっている」
「それって…あまり仕事のできる先輩では、なかったのではないですか?」
「仕事ができない事と、生きるのが下手な事は別だ」
「そうですか…。とにかく、誰からの着信かくらいは、確認した方がいいんじゃないですか? ずっと鳴りっぱなしですよ…」
「へっ。うるせえガキだぜまったく。…誰だ? 激しく鳴らしまくってる無粋なやつは…。ちっ!」
「誰からですか?」
「2173番からだ。今更、何の連絡だ? 監視役の1162番が爆発したか?」
「出たらどうですか?」
「言われなくともそうするさ。…俺だ。あん? 誰だお前…。ああ、1162番か。なぜ2173番のスマホからかけてきた。俺とのホットラインとなる回線を、お前には渡した筈だ…。なんだと? バカを言うな。自衛隊ならいくらでもヘリを出せると思うなよ。燃料代や人件費が…。なんだと?」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。
エース皇命
青春
高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。
そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。
最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。
陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。
以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。
※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
※表紙にはAI生成画像を使用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
【完結】メインヒロインとの恋愛フラグを全部ブチ壊した俺、サブヒロインと付き合うことにする
エース皇命
青春
《将来ヤンデレになるメインヒロインより、サブヒロインの方が良くね?》
16歳で自分が前世にハマっていた学園ドラマの主人公の人生を送っていることに気付いた風野白狼。しかしそこで、今ちょうどいい感じのメインヒロインが付き合ったらヤンデレであることを思い出す。
告白されて付き合うのは2か月後。
それまでに起こる体育祭イベント、文化祭イベントでの恋愛フラグを全てぶち壊し、3人の脈ありサブヒロインと付き合うために攻略を始めていく。
3人のサブヒロインもまた曲者揃い。
猫系ふわふわガールの火波 猫音子に、ツンデレ義姉の風野 犬織、アニオタボーイッシュガールの空賀 栗涼。
この3人の中から、最終的に誰を選び、付き合うことになるのか。てかそもそも彼女たちを落とせるのか!?
もちろん、メインヒロインも黙ってはいない!
5人の癖強キャラたちが爆走する、イレギュラーなラブコメ、ここに誕生!
※カクヨム、小説家になろうでも連載中!
先輩から恋人のふりをして欲しいと頼まれた件 ~明らかにふりではないけど毎日が最高に楽しい~
桜井正宗
青春
“恋人のふり”をして欲しい。
高校二年の愁(しゅう)は、先輩の『柚』からそう頼まれた。
見知らずの後輩である自分になぜと思った。
でも、ふりならいいかと快諾する。
すると、明らかに恋人のような毎日が始まっていった。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる