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「あなたが聖女ね」
ヒナコの訓練は午前中だけ。だから私は午後から暇になる。午前中も訓練には付き合うけれどやることがないので暇であることに変わりはないけれど。
午後から王宮の図書室でこの国についていろいろ学んでいたら金髪に碧眼の美女が話しかけてきた。胸元が開いた赤いドレスを着て、唇にも赤い紅がひかれている。ハーフアップした巻き毛の金髪。吊り上がった碧眼。美人ではあるけれど、気が強くて悪女はぴったりな人だなと思った。
「随分と殿下と親しそうじゃない」
彼女は私のことをヒナコだと勘違いしているようだ。
私を上から下まで見下ろし、くすりと嘲笑した。
「地味な恰好。それに何、その髪。そんな短いなんてまるで男のようね」
くすくすと笑う女性につられて周囲も笑い出す。感じの悪い人たちだ。
「マヌエット公爵令嬢。彼女は聖女ではありません」
眉間にしわを寄せたエイルが一歩前に出てそう進言する。
「あら、エイル。庇わなくてもいいのよ。いくら職務に忠実だからって。こんなみすぼらしい子を。あなたも可哀そうに。平民の子守をさせられるなんて」
マヌエットと呼ばれた女性はエイルが私を庇って『聖女じゃない』という嘘をついたと思ったようだ。彼女は人の話を聞かないタイプの人間なのだろう。
「失礼ですが、どなたでしょう」
私が問うとマヌエットは不快気に私を見下ろした。
「平民如きが尊き身の私に名前を問うなど、無礼ですわ」
うわ。自分で『尊き身』とか言ってるんだ。恥ずかしくないのだろうか。私の世界でそんなことを言うやつがいたら『中二病かよ』って嘲笑の的だな。
「申し訳ありません。異世界から来たものでこの国の常識など知らないのです。まさか、身分を笠に着て、初対面の相手に名乗ることもせず難癖をつけ、周囲の者と一緒に嘲笑する。それがこの国の常識だとは思いませんでした。私も以後、そのように振る舞った方がよろしいのかしら?少し私の美学に反するのですがそれがこの国の常識なら仕方がないですね。郷に入っては郷に従えと言いますし」
にっこりと笑って私が言うとエイルもマヌエットも周囲の人間もぽかんとしていた。私から嫌みが出るとは思わなかったのだろう。
最初に我に返ったのはマヌエットだった。
「この」と言って握り締めた、羽根つきの扇子を振りあげる。それで私のぶつのだろうと、自分の身に起こることなのにどこか人ごとのように思っていた。けれど、それが私の身に下りていくことはなかった。
エイルが彼女の腕をつかみ、後ろに捻り上げた。
「痛いっ!痛いわ。女性にこんなことをするなんて」
「主に危害を及ぼす人間を止め、拘束するのは騎士の本分です。その相手が男であるとか女であるとか関係ありません。彼女は王の賓客。それに危害を加えるということは王の顔に泥を塗ること。王位に反旗を翻す意思があると思われても仕方のないことですよ」
聞いているだけでぞっとするほど低い声に周囲にいた人間もマヌエットも青ざめる。まるでクビに刃物を押し付けられているような雰囲気に生きた心地がしなかった。
「そ、そんなつもりで言ったわけじゃないわ。私はただ、私の婚約者に手を出すなと言いに来ただけよ。分かったらもう放してよ」
エイルは確認するように私を見る。私自身、このことを大事にする気はないので、エイルに彼女を離す様に指示する。
「っ」
よほど強く握られていたのだろう。赤くなった手首をさすりながらマヌエットは私を睨みつけてくる。けれど、さきほどのエイルの言葉が効いたのだろう。何か文句を言ってくことも何かしてくることもなかった。
「行くわよ」と言って取り巻きを連れて颯爽と図書室を出て行った。
「・・・・ミズキ」
か細い声がした。視線を向けると本棚の隙間からひょっこりとヒナコが出てきた。どうやらずっと隠れて見ていたようだ。
「大丈夫?」
「マヌエット公爵令嬢はどうやらヒナコ様とミズキ様を間違えていらっしゃったようですね。次に会ったときはヒナコ様からその誤解を解いていただけると有難いです」
私は何か言う前にエイルが口を開く。無表情で淡々と言うものだから、ヒナコは若干怯えていた。でも、背後に控えている彼女の護衛のバートランドが動く気配はない。
「えっ、あの、でも」とヒナコはモゴモゴと口を動かすがそれが文章になることはない。仮に文章にできたとしても時間がかかりそうだ。エイルも期待はしていなかったのだろう。すぐにヒナコから視線を逸らす。
「ミズキ様、お部屋に戻られますか?」
「そうね」
マヌエットのやり取りで少し目立ち過ぎた。図書室にいる人たちはあからさまにこちらを見ることはないがそれでも横目でちらちらと様子を伺っている気配はする。これではとてもじゃないが読書の気分ではない。
「ミ、ミズキ。一緒にお茶をしない」
ヒナコは着ていたドレスの裾を握り締め、緊張する面持ちで言った。どうやら彼女が図書室にいたのは私をお茶に誘うためだったようだ。でも、なかなかタイミングが計れなかったのだろう。
「ドレス、そんな握り締めると皴になるよ」
「え、あ、はい」
ヒナコは慌ててドレスから手を離した。私はそんな彼女に背を向けて図書室を出た。
ヒナコの訓練は午前中だけ。だから私は午後から暇になる。午前中も訓練には付き合うけれどやることがないので暇であることに変わりはないけれど。
午後から王宮の図書室でこの国についていろいろ学んでいたら金髪に碧眼の美女が話しかけてきた。胸元が開いた赤いドレスを着て、唇にも赤い紅がひかれている。ハーフアップした巻き毛の金髪。吊り上がった碧眼。美人ではあるけれど、気が強くて悪女はぴったりな人だなと思った。
「随分と殿下と親しそうじゃない」
彼女は私のことをヒナコだと勘違いしているようだ。
私を上から下まで見下ろし、くすりと嘲笑した。
「地味な恰好。それに何、その髪。そんな短いなんてまるで男のようね」
くすくすと笑う女性につられて周囲も笑い出す。感じの悪い人たちだ。
「マヌエット公爵令嬢。彼女は聖女ではありません」
眉間にしわを寄せたエイルが一歩前に出てそう進言する。
「あら、エイル。庇わなくてもいいのよ。いくら職務に忠実だからって。こんなみすぼらしい子を。あなたも可哀そうに。平民の子守をさせられるなんて」
マヌエットと呼ばれた女性はエイルが私を庇って『聖女じゃない』という嘘をついたと思ったようだ。彼女は人の話を聞かないタイプの人間なのだろう。
「失礼ですが、どなたでしょう」
私が問うとマヌエットは不快気に私を見下ろした。
「平民如きが尊き身の私に名前を問うなど、無礼ですわ」
うわ。自分で『尊き身』とか言ってるんだ。恥ずかしくないのだろうか。私の世界でそんなことを言うやつがいたら『中二病かよ』って嘲笑の的だな。
「申し訳ありません。異世界から来たものでこの国の常識など知らないのです。まさか、身分を笠に着て、初対面の相手に名乗ることもせず難癖をつけ、周囲の者と一緒に嘲笑する。それがこの国の常識だとは思いませんでした。私も以後、そのように振る舞った方がよろしいのかしら?少し私の美学に反するのですがそれがこの国の常識なら仕方がないですね。郷に入っては郷に従えと言いますし」
にっこりと笑って私が言うとエイルもマヌエットも周囲の人間もぽかんとしていた。私から嫌みが出るとは思わなかったのだろう。
最初に我に返ったのはマヌエットだった。
「この」と言って握り締めた、羽根つきの扇子を振りあげる。それで私のぶつのだろうと、自分の身に起こることなのにどこか人ごとのように思っていた。けれど、それが私の身に下りていくことはなかった。
エイルが彼女の腕をつかみ、後ろに捻り上げた。
「痛いっ!痛いわ。女性にこんなことをするなんて」
「主に危害を及ぼす人間を止め、拘束するのは騎士の本分です。その相手が男であるとか女であるとか関係ありません。彼女は王の賓客。それに危害を加えるということは王の顔に泥を塗ること。王位に反旗を翻す意思があると思われても仕方のないことですよ」
聞いているだけでぞっとするほど低い声に周囲にいた人間もマヌエットも青ざめる。まるでクビに刃物を押し付けられているような雰囲気に生きた心地がしなかった。
「そ、そんなつもりで言ったわけじゃないわ。私はただ、私の婚約者に手を出すなと言いに来ただけよ。分かったらもう放してよ」
エイルは確認するように私を見る。私自身、このことを大事にする気はないので、エイルに彼女を離す様に指示する。
「っ」
よほど強く握られていたのだろう。赤くなった手首をさすりながらマヌエットは私を睨みつけてくる。けれど、さきほどのエイルの言葉が効いたのだろう。何か文句を言ってくことも何かしてくることもなかった。
「行くわよ」と言って取り巻きを連れて颯爽と図書室を出て行った。
「・・・・ミズキ」
か細い声がした。視線を向けると本棚の隙間からひょっこりとヒナコが出てきた。どうやらずっと隠れて見ていたようだ。
「大丈夫?」
「マヌエット公爵令嬢はどうやらヒナコ様とミズキ様を間違えていらっしゃったようですね。次に会ったときはヒナコ様からその誤解を解いていただけると有難いです」
私は何か言う前にエイルが口を開く。無表情で淡々と言うものだから、ヒナコは若干怯えていた。でも、背後に控えている彼女の護衛のバートランドが動く気配はない。
「えっ、あの、でも」とヒナコはモゴモゴと口を動かすがそれが文章になることはない。仮に文章にできたとしても時間がかかりそうだ。エイルも期待はしていなかったのだろう。すぐにヒナコから視線を逸らす。
「ミズキ様、お部屋に戻られますか?」
「そうね」
マヌエットのやり取りで少し目立ち過ぎた。図書室にいる人たちはあからさまにこちらを見ることはないがそれでも横目でちらちらと様子を伺っている気配はする。これではとてもじゃないが読書の気分ではない。
「ミ、ミズキ。一緒にお茶をしない」
ヒナコは着ていたドレスの裾を握り締め、緊張する面持ちで言った。どうやら彼女が図書室にいたのは私をお茶に誘うためだったようだ。でも、なかなかタイミングが計れなかったのだろう。
「ドレス、そんな握り締めると皴になるよ」
「え、あ、はい」
ヒナコは慌ててドレスから手を離した。私はそんな彼女に背を向けて図書室を出た。
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