12 / 27
12.疑念
しおりを挟む
side.リュウ
アニス・アドリス公爵令嬢
白銀の髪に左右の色が違う目。雪のように白い肌をしており見た目は儚げで正に聖女。
かなりの美少女だが性根の悪さが全てを台無しにしている。
「嫌よ!どうして公爵令嬢である私があんな下賤な者たちに触れないといけないの」
聖女の務めには魔物が現れた場所の浄化と怪我人の治療がある。
魔物の瘴気に怪我された土地は瘴気が浄化されるまで不作となる。その為、何としても聖女の務めを果たしてもらわないといけないのだ。
ところが、聖女であるアニスは毎回のごとくそれを拒む。
彼女が駄々を捏ねる時間が長引くほど怪我人の苦痛は長く、重傷者は亡くなる可能性だってある。
魔物に負わされた怪我には瘴気が宿っているので聖女でないと治せないのだ。
「平民がどうなろうが私の知ったことじゃないわよ!私は公爵令嬢なのよ」
物語や伝記には聖女とは神の使いであり慈悲深いとされているが所詮は誇張された姿。
人々の理想をかき集めた偶像でしかないのだ。
目の前の見苦しく叫びまくる聖女を見ているとつくづく思う。
そんなアニス・アドリスがある日、別人のように変わった。
最初に気づいたのはいつものように邸に迎いに行った時だった。
聖女であるが故に死なれると困るのだ。だから王家直属の護衛騎士から必ず聖女の専属護衛騎士は選ばれる。本来ならとても名誉なことではあるが俺としてはそれが災難の始まりだった。
とにかく傲慢で男には色目を使う。まさに典型的な貴族令嬢だ。こんな女を守らないといけないと考えると頭痛がする。
その日も憂鬱な気持ちで彼女の邸へ向かった。もちろん、表情には一切出さない。これでもプロだ。
「さて、今日はどれくらい待たされることやら」
アニスは学校があまり好きではないようでいつも邸から出てくるのが遅い。遅刻の常習犯でもある。何十分も待たされる身になって欲しいものだ。
覚悟して邸の前で待っているとアニスは時間通りに邸から出てきた。それだけでも青天の霹靂なのに立ち姿、歩き方が精錬されている。
彼女は本当にアニス・アドリスなのか?
不貞腐れたような顔で馬車の中にいることもなければ、ぐだぐだと文句を言うこともない。こちらを気にしている気配は感じられるがそれをあからさまに表情に出すことはしない。
アニスはとても分かりやすく単純ですぐに表情に出るタイプだった。それがこうも表情を読ませないとは。
さて、目の前にいるのは本当にアニス・アドリスなのか。別人だと仮定してここまでそっくりな替え玉を用意することはできない。
書類上はアニスに姉妹はいない。
◇◇◇
「聖女様は?」
「公爵家の人間が連れ帰った」
「侍医の到着も待たずにか?」
「ああ」
俺の言葉にもう一人の聖女専属護衛であるディランは眉間に皴を寄せた。いつも眉間には深い皴があり、常にしかめっ面ではあるが今はそれに拍車がかかっている。
「まさかあのアニス・アドリスが我が身を挺して生徒を守るとはな」
演習場にドラゴンが二匹襲来した。
俺たちの知っているアニスならば真っ先に逃げただろう。
自分は聖女だからこの国の誰よりも価値があり、守られる存在だと思っているから。
まぁ、実際間違ってはいないけど。
「お前は大丈夫なのか?さすがに一人でドラゴンはきつかったろ」
ディランは肩から吊るされた俺の腕を見る。
「骨にヒビが入っただけだ。問題ない」
「そうか」
「それより、アニス・アドリスをどう思う?」
「きっかけがあって己の行いを顧みたとする。反省して変わろうと心がけようとしたところであそこまで一気に変わることはまずあり得ない。一度腐った性根はそう簡単には変えられない。一晩寝たら別人になりましたなんてあってたまるか」
ディランも俺と同じ考えのようだ。
「アドニス公爵家、調べる必要があるな。場合によっては」
「聖女詐称は重罪だ。十中八九、処刑だろうな。まぁ、力は本物のようだからそれはないか。罪に問われるとしたら陛下を謀ったことによる不敬罪。アニスを名乗っているあの女は聖女であることに変わりはないから幽閉して一生飼い殺し。公爵家は取り潰しだろうな。まぁ、奴らは力を持ち過ぎた。おまけに自己顕示欲の塊。大した駒にはならないが権力だけはある。一番厄介なタイプだ。今回の件はちょうど良いかもな。あの女さえ生きていたら聖女はまた生まれる」
それはつまり、文字通り。ただの道具だ。
青いドラゴンを倒しながら赤いドラゴンと戦っていたアニスを俺は何度も確認した。
ボロボロになりながら彼女は戦っていた。
まだ偽物だと決まったわけじゃない。万が一偽物だったら、その運命は数奇なものだ。
公爵家に利用され、国に利用され、けれどその存在を顧みられることもない。何とも悲しい存在だ。
「同情か?」
俺の表情から心を読んだディランが苦笑する。
「『自分で選んだことだ』と『自分の意志で違う道を選べたはずだ』と切り捨てることは容易い。だが、初めから選択肢など用意されていなかったら?従順に育てられた者に選択の余地などない。そういう者の気持ちをディラン、お前は、お前なら分かるんじゃないか?」
「そうだな。だから俺は常々思うよ。絶対に切り捨てられる側には回らないと」
アニス・アドリス公爵令嬢
白銀の髪に左右の色が違う目。雪のように白い肌をしており見た目は儚げで正に聖女。
かなりの美少女だが性根の悪さが全てを台無しにしている。
「嫌よ!どうして公爵令嬢である私があんな下賤な者たちに触れないといけないの」
聖女の務めには魔物が現れた場所の浄化と怪我人の治療がある。
魔物の瘴気に怪我された土地は瘴気が浄化されるまで不作となる。その為、何としても聖女の務めを果たしてもらわないといけないのだ。
ところが、聖女であるアニスは毎回のごとくそれを拒む。
彼女が駄々を捏ねる時間が長引くほど怪我人の苦痛は長く、重傷者は亡くなる可能性だってある。
魔物に負わされた怪我には瘴気が宿っているので聖女でないと治せないのだ。
「平民がどうなろうが私の知ったことじゃないわよ!私は公爵令嬢なのよ」
物語や伝記には聖女とは神の使いであり慈悲深いとされているが所詮は誇張された姿。
人々の理想をかき集めた偶像でしかないのだ。
目の前の見苦しく叫びまくる聖女を見ているとつくづく思う。
そんなアニス・アドリスがある日、別人のように変わった。
最初に気づいたのはいつものように邸に迎いに行った時だった。
聖女であるが故に死なれると困るのだ。だから王家直属の護衛騎士から必ず聖女の専属護衛騎士は選ばれる。本来ならとても名誉なことではあるが俺としてはそれが災難の始まりだった。
とにかく傲慢で男には色目を使う。まさに典型的な貴族令嬢だ。こんな女を守らないといけないと考えると頭痛がする。
その日も憂鬱な気持ちで彼女の邸へ向かった。もちろん、表情には一切出さない。これでもプロだ。
「さて、今日はどれくらい待たされることやら」
アニスは学校があまり好きではないようでいつも邸から出てくるのが遅い。遅刻の常習犯でもある。何十分も待たされる身になって欲しいものだ。
覚悟して邸の前で待っているとアニスは時間通りに邸から出てきた。それだけでも青天の霹靂なのに立ち姿、歩き方が精錬されている。
彼女は本当にアニス・アドリスなのか?
不貞腐れたような顔で馬車の中にいることもなければ、ぐだぐだと文句を言うこともない。こちらを気にしている気配は感じられるがそれをあからさまに表情に出すことはしない。
アニスはとても分かりやすく単純ですぐに表情に出るタイプだった。それがこうも表情を読ませないとは。
さて、目の前にいるのは本当にアニス・アドリスなのか。別人だと仮定してここまでそっくりな替え玉を用意することはできない。
書類上はアニスに姉妹はいない。
◇◇◇
「聖女様は?」
「公爵家の人間が連れ帰った」
「侍医の到着も待たずにか?」
「ああ」
俺の言葉にもう一人の聖女専属護衛であるディランは眉間に皴を寄せた。いつも眉間には深い皴があり、常にしかめっ面ではあるが今はそれに拍車がかかっている。
「まさかあのアニス・アドリスが我が身を挺して生徒を守るとはな」
演習場にドラゴンが二匹襲来した。
俺たちの知っているアニスならば真っ先に逃げただろう。
自分は聖女だからこの国の誰よりも価値があり、守られる存在だと思っているから。
まぁ、実際間違ってはいないけど。
「お前は大丈夫なのか?さすがに一人でドラゴンはきつかったろ」
ディランは肩から吊るされた俺の腕を見る。
「骨にヒビが入っただけだ。問題ない」
「そうか」
「それより、アニス・アドリスをどう思う?」
「きっかけがあって己の行いを顧みたとする。反省して変わろうと心がけようとしたところであそこまで一気に変わることはまずあり得ない。一度腐った性根はそう簡単には変えられない。一晩寝たら別人になりましたなんてあってたまるか」
ディランも俺と同じ考えのようだ。
「アドニス公爵家、調べる必要があるな。場合によっては」
「聖女詐称は重罪だ。十中八九、処刑だろうな。まぁ、力は本物のようだからそれはないか。罪に問われるとしたら陛下を謀ったことによる不敬罪。アニスを名乗っているあの女は聖女であることに変わりはないから幽閉して一生飼い殺し。公爵家は取り潰しだろうな。まぁ、奴らは力を持ち過ぎた。おまけに自己顕示欲の塊。大した駒にはならないが権力だけはある。一番厄介なタイプだ。今回の件はちょうど良いかもな。あの女さえ生きていたら聖女はまた生まれる」
それはつまり、文字通り。ただの道具だ。
青いドラゴンを倒しながら赤いドラゴンと戦っていたアニスを俺は何度も確認した。
ボロボロになりながら彼女は戦っていた。
まだ偽物だと決まったわけじゃない。万が一偽物だったら、その運命は数奇なものだ。
公爵家に利用され、国に利用され、けれどその存在を顧みられることもない。何とも悲しい存在だ。
「同情か?」
俺の表情から心を読んだディランが苦笑する。
「『自分で選んだことだ』と『自分の意志で違う道を選べたはずだ』と切り捨てることは容易い。だが、初めから選択肢など用意されていなかったら?従順に育てられた者に選択の余地などない。そういう者の気持ちをディラン、お前は、お前なら分かるんじゃないか?」
「そうだな。だから俺は常々思うよ。絶対に切り捨てられる側には回らないと」
43
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
婚約破棄された聖女様たちは、それぞれ自由と幸せを掴む
青の雀
ファンタジー
捨て子だったキャサリンは、孤児院に育てられたが、5歳の頃洗礼を受けた際に聖女認定されてしまう。
12歳の時、公爵家に養女に出され、王太子殿下の婚約者に治まるが、平民で孤児であったため毛嫌いされ、王太子は禁忌の聖女召喚を行ってしまう。
邪魔になったキャサリンは、偽聖女の汚名を着せられ、処刑される寸前、転移魔法と浮遊魔法を使い、逃げ出してしまう。
、
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】偽物聖女として追放される予定ですが、続編の知識を活かして仕返しします
ユユ
ファンタジー
聖女と認定され 王子妃になったのに
11年後、もう一人 聖女認定された。
王子は同じ聖女なら美人がいいと
元の聖女を偽物として追放した。
後に二人に天罰が降る。
これが この体に入る前の世界で読んだ
Web小説の本編。
だけど、読者からの激しいクレームに遭い
救済続編が書かれた。
その激しいクレームを入れた
読者の一人が私だった。
異世界の追放予定の聖女の中に
入り込んだ私は小説の知識を
活用して対策をした。
大人しく追放なんてさせない!
* 作り話です。
* 長くはしないつもりなのでサクサクいきます。
* 短編にしましたが、うっかり長くなったらごめんなさい。
* 掲載は3日に一度。
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
奥様は聖女♡
喜楽直人
ファンタジー
聖女を裏切った国は崩壊した。そうして国は魔獣が跋扈する魔境と化したのだ。
ある地方都市を襲ったスタンピードから人々を救ったのは一人の冒険者だった。彼女は夫婦者の冒険者であるが、戦うのはいつも彼女だけ。周囲は揶揄い夫を嘲るが、それを追い払うのは妻の役目だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる