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38.ある女の動向 中編
しおりを挟むこれは無理だな、とすぐに納得した。
件の「謎の美女」――恐らく変装のつもりなのだろう、メガネを掛けたアクロディリア・ディル・フロントフロンが出没する場所と、時間帯はわかっていた。
そして噂の通り、強すぎる好奇心が突き動かすまま、カレカは調査に乗り出し――その翌日には、目的の人物を発見することができた。
早朝から夕方まで、闘技場で剣術の訓練だ。
出会うのが難しい時間帯でもないし、というか、後輩の言う通りそもそも相手に隠す気がそんなにないのだろう。変装だってメガネを掛けて縦ロールを巻かないで学校指定の体操服という地味な装いにしただけのことだ。
まあ、普段の彼女と、今の「謎の美女」とでは、あまりにも格好と雰囲気が違いすぎるので、見分けが付かない者がいるのもわかるが。
カレカだって、言われて見てみればわかるというレベルであって、所見ではきっと見破れなかっただろう。それくらいの激しいギャップがあった。
出没場所と時間帯がわかっているなら、誰でも会うことができるということに他ならない。
カレカに情報を求めてやってきた男たちは、軽いナンパな男たちばかりだった。
正直な話をするなら、カレカに情報を求めるよりも、さっさと自分で声を掛けてしまえばよかったのだ。その方が断然話が早いし、男たちが知りたいことだって直接聞けるのだから。
だが、それが無理だったことは、すぐにわかった。
早朝から闘技場へ、「謎の美女」を探しにやってきたカレカは、すぐに噂の人物を探し出すことができた。
「……」
だが出遅れていたらしい。闘技場を見下ろす形でよく見える観客席には、ちらほらと彼女目的であろう男たちと少数の女子が、熱心に一角を見つめていた。
眼下には、こんな時間から訓練に勤しむ生徒たちが二十名ほど、思い思いの鍛錬に没頭する中――
確かにそれは、周囲とは違う領域にまで至っていた。
広い闘技場の角の方で、ガツガツと木剣をぶつけ合う女子が二人。
片方は朝日を帯びて蜂蜜色の金髪をポニーテールでまとめた遠目でも余裕でわかるほどの超美女と、もう片方は朝日を浴びてより強調される黒髪を首の後ろで一つにまとめた、目立たないがこれまた美女。
前者が「謎の美女」ことアクロディリア・ディル・フロントフロン辺境伯令嬢で、後者が彼女の護衛も務めているフロントフロン家が雇った侍女だ。
いや、それにしてもだ。
「これは噂になるわ……」
本当に、周囲とはまるで違う。えぐいくらいに温度差がありすぎる。
あれは訓練じゃなくて最早実戦だろう。
当たれば確実に骨が砕けるだろうという勢いで走る木剣は、互いに遠慮している様子はない。訓練中の二人とカレカがいる観客席とではだいぶ距離があるのに、それでも打ち合う音がはっきり聞こえるのだ。
訓練というより実戦、容赦なく潰し合っていると言われた方が納得できる。
あれはナンパするどころか、声を掛けることさえ躊躇するだろう。
あまりにも二人が真剣すぎて、余人が触れることを許されるような雰囲気ではない。あれにくだらない用事で横槍を入れられる者は少ないだろう。あれは無理だ。他人のプライベートくらいならずけずけ踏み込めるカレカでさえ、あれに割って入ることはできない。
二人の力量差ははっきりしている。
時々、黒髪の方の剣が「謎の美女」を打ち据えて地面に叩き伏せ、更に追い打ちを掛けて容赦なくボコボコにしている。それはもう見ている者が引くくらい激しく、止めたくなるほどに。
倒れて動かなくなるまで攻撃されると――なるほど「不屈のゾンビ女」の噂通り、「謎の美女」は何事もなかったように立ち上がり、また潰し合いに戻るのだ。
(あれは……光魔法?)
フロントフロン辺境伯令嬢だと知っていれば、あの現象の説明も付く。
傍目にはわからないが、きっと己の光魔法で身体を回復しているのだろう。ただの回復魔法と違い、光の回復魔法は肉体疲労にも効果があると聞いたことがある。
実際その目で見た上で、やはりわからないことだらけだ。
なぜ急に、あそこまで本気で剣術など始めたのだろう? ちょっとした運動がてら、というならまだ納得はできるのに。
あれはもう、完全に本気である。本気の類のやつである。
そしていくら命令であったとしても、あそこまで遠慮なく主人を殴れる侍女というのもわからない。容認する主人もどうかと思うが、あそこまで遠慮なくやれる侍女もおかしいだろう。
気がつけば、その辺の男たちと一緒になって、時間を忘れて見入っていた。
我に返ったのは、近くにいる男たちの話し声が耳に入ったからだ。
(いかんいかん)
荒事は苦手だ。運動神経は悪くないが戦う技術など身につけていないし、自慢できるのは逃げ足くらいのものである。
そんなカレカであるのに、本気でやりあっている女子二人の勇姿に、完全に心を奪われていた。
何が魅力的なのかとか言葉にして語ることはできないが、男たちが「戦女神」などと錯乱したことを言い出す気持ちは、少しだけわかった気がする。
理屈じゃない。
ただ躍動の全てが、心に響いただけだ。
「――決めた。俺絶対あの女口説く」
「――おまえ昨日も同じこと言ってたじゃん」
「――声かけるどころか視線を合わせることもできなかったじゃん」
我に返ったカレカの耳に、下世話な会話が飛び込んでくる。近くにいる男三人がそんな話をしていた。
どうやら、「謎の美女」の正体に気づいていないようだ。
「――フン。平民ごときが出る幕ではないのにな」
「――まったくだ。身の程知らずめ」
違う方向から聞こえた声に視線を向けると、そこそこの家格を持つ貴族の息子たちが、いかにも「親の権力を利用してます」という強気な表情をしている。
だがカレカはわかっている。
「謎の美女」の正体が未だバレていないのであれば、たとえ貴族としての力があろうとも、彼らもアレに割って入ることができないのだ、と。
「――ああ、お姉さま……」
「――素敵……一緒に『冒険』に行きたい……」
なんだか熱のこもった声を追うと、もう完全に「違う世界」へ行ってしまっている女子二人が食い入るように「謎の美女」を見詰めていた。
まあ、趣味というのは人それぞれなので、カレカも否定する気はない。確かにあの姿に見惚れるのはわかるし、素敵だとも思う。……ちょっとカレカとは違う意味で見ている気もするが。
その二日後のことだった。
さて今日も張り込むかと闘技場へ行くと、目的の二人はいなかった。
ここしばらく常連になっていた「謎の美女」目的の男女も、カレカと同じく戸惑っているようだった。
話を拾って繋ぎ合わせると、「謎の美女」はここ一ヶ月くらいはずっと闘技場に通っていたらしい。最初の内は走るだけだったのに、剣術を始めたのは二週間くらい前からだったとか。
カレカはすぐに闘技場を離れ、情報通と連絡を取り、「謎の美女」の動向を追った。
聞けばすぐに返答があり、早朝に「冒険」へ出たそうだ。
「ええー……?」
あの、あのフロントフロン辺境伯令嬢が、冒険?
ますます彼女がわからない。
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