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42.ある王子の洞察 三
しおりを挟む「――それではこれで。ごきげんよう」
貴族らしく優雅に一礼し、彼女は部屋を出て行った。
王子の部屋に残されたのは、王子が一人とその従者、そして異国の王子の従者の三名。
そして、貴重な魔法石である。
日が暮れてしばしの時が流れていた。
もう夕食時だ。腹が減ってきた頃だが、それよりまず、目の前の物を片付けなければならない。
「ふむ……」
王子――キルフェコルトは改めて、テーブルにある魔法石を一つ摘み上げ、じっくりと観察する。
ゆっくり鼓動するように明暗を繰り返す、宝石のような小さな石。
紛れもなく、闇の魔法石だ。
輝きからしてランクは低いがそれでも貴重品だ。
「まさに発想が違うな」
今日を振り返って、まさかこんな結果が出るとは思わなかった。
本日、問題のあの女に同行し、冒険に出た。
そして倒しても無価値なモンスターを倒し続ける、という無駄な行為にしか思えない戦闘を何時間も繰り返した結果が、これである。
理屈を説明されれば、確かに、誰でも知っているような基礎的な知識を適用させただけである。だからあの女が思いついても不思議はないのかもしれないが……しかし「よく思いついた」と感心するよりは、それを思いついたことに対する不自然さの方が優っている気がする。
冒険に慣れているベテランならまだ納得できるが、あの女は今日が始めての実戦だと言っていた。ベテランには程遠い。……思った以上に腕は悪くなかったが。
まるで、それができることを最初から知っていたかのような……
――さすがに考え過ぎか、とキルフェコルトは首を振る。
「幾つか持っていくか? ラインラックの土産にでもすればいい」
同席している男――キルフェコルトの友人である異国の王子の従者に問うと、
「では遠慮なく」
異国の王子の従者ヴァーサスは、遠慮なく頷いた。
貴族ならば、物の価値としてではなく、研究対象として欲するところだ。何かしらの発見があれば、それこそ楽に属性付き魔法石を量産できるかもしれない。
特にそれが、珍しい光や闇の魔法石だと言うなら、尚更だ。
ヴァーサスとしては、すでになんとしてでも幾つか手に入れるつもりだった。
「ところで監視の結果はどうだ?」
四つほど握り手渡す際、ヴァーサスの手に触れるか否かというタイミングで、キルフェコルトは言った。
「監視? どういう意味ですか?」
眉一つ動かさず、ヴァーサスは間髪いれず聞き返した。さすがである。
「あの女とは浅い付き合いしかしてこなかった俺でも気づくようなことを、ラインラックが気づかないとは言わせねえ。
つーか、今日おまえが同行したことが根拠であり証拠だと思ってるけどな。なんか反論あるか?」
一国の王子としてただならぬ威圧感を発するも――それでもヴァーサスの仮面は揺るがない。
「だから、何のことですか?」
やはり、さすがだ。わずかでも動揺を見せればそこにつけ込む隙ができるが、それが一切見えない。
王族相手でも引かないこの胆力。あの男の従者として不足はない。
「ラインラックに言っておけ。あいつの目的がわからない内は、俺は警戒せざるを得ない。知っているならさっさと教えろ、と」
「何のことかわかりませんが、確かに伝えておきましょう」
魔法石を受け取り、ヴァーサスも部屋を出て行った。
そして、貫禄ありげにどっしり座っていたキルフェコルトは慌ただしく動き出した。
「クローナ、手紙を書くから魔法石と一緒に城に。それと学校長に届けろ」
「承りました」
まず、あの「闇の魔法石量産方法」を廃止させる必要がある。
貴重品の量産は、急激な市場の変化に繋がるので、城下町に流通させるにしても調整が必要なのだ。
あれは王宮の研究部に事情を説明し、その上で対応すればいい――第一王子などと言われているが、実質キルフェコルトに王国の何かを自由にする権利はまだないのだ。これまでの慣例として、学校にいる内は権限を与えられることはない。
ここにいる間は、たとえ王子であろうと、多少の金が自由に使える程度の力しかないのだ。
「魔法石の代金はあるのか?」
「あります」
「明日一番に払いに行け。いいか? 返せと言われたら」
「もう手元にない、と答えればいいのですね?」
あの男の従者も優秀だが、己の従者も負けていない。
一つだけわかったことがある。
それは、今のアクロディリア・ディル・フロントフロンはなかなか面白い、ということだ。
「殿下!」
「お!? ど、どうした!?」
昨日の朝よりも激しく、己の侍女が部屋に駆け込んできた。
「あの人が気持ち悪いという感覚が、よくわかりました! 思わず言ってしまいそうだったから慌てて部屋を出てきてしまって……ああ、私としたことがなんて失礼なことを……!!」
頭を抱えて嘆くクローナ。
初めて見る動揺しまくっている己の侍女の姿を、キルフェコルトは興味津々で見ていた。
聡明にして勤勉で働き者で、虫も怖がらない、何事も冷静に不足なく完璧にこなして護衛さえ務めるほどの猛者でもある、もしかしたらこの国で一番優秀なんじゃないかと本気で思わせる侍女が、この有様である。
「おまえをここまで動揺させるとはな。あいつなかなかやるじゃねえか」
昨日の魔法石の代金を支払いに、あの別人のところへ行っていたクローナが、逃げるようにして駆け戻ってきた。
どうやら、また何かあの女らしくないことがあったらしい。
「早く割り切れよ。俺は昨日の内にきっちり別人として見るようにしたぜ」
冷静な仕事っぷりによらず、情に脆いこの侍女だけに、少し難しいかもしれないが。
しかしキルフェコルトは、昨日ずっとあの別人を観察していた。
あれは面白い。
堂々と前に出たと思えばスケルトンを怖がったり、怖がっているくせに逃げることはしないで踏みとどまる姿、そんな調子のくせに己の侍女のことをずっと気にかけて身を挺してでも守ろうとする様子といい。
自分より強い心配いらない人を心配するあの姿は、あの女の姿をしていても、もう別人にしか見えなかった。
しかも、キルフェコルトが何気ない風を装って渡した水筒を、笑顔で受け取るあの迂闊さ。
あの女なら『怪しい毒物でも混入させているのでしょう? 姑息な手段が好きそうですものね』などと言いながら下げずんだ視線を向けてきて相応である。
危機感を持つべき相手だと頭ではわかっているのに、こうして危機感が沸くことなくのんびり構えられることこそ、あの別人の人柄みたいなものに触れた結果だ。
彼女の侍女が、あれで放置している理由も、なんとなくわかる気がする。
あの別人には、存在以外、危険視する理由がないからだ。
皮肉にも、存在は認められるが人として危険視するに値するあの女とは、まるで真逆の人物と言えるだろう。
「で? 何があった?」
クローナが経験したことは、あの女がしたと思えば寒気がするほど拒絶したいことだが、あの別人がしたと思えばそれほど不思議じゃないことである。
「報酬の分配はともかく、自分を下げたってのは、今までないな」
「そうでしょう!? そうなんですよ! 『初心者の私が一人分貰うのはおかしい』とか、そんなことを言ったんですよ!?」
「わかったから落ち着けよ」
「その上、何か私にもお礼をするとかしないとか言い出すから、もう……もうっ……!」
言葉にならないその想い、伝わらないわけがない。
もしアクロディリアが己に言ったことだとすれば、キルフェコルトだって歯を食いしばって、気を失いかねないほどのおぞましき悪寒に必死に耐えることだろう。あの女をよく知る者なら腰が抜けたっておかしくない。逃げてこられただけでもクローナはまだまだ優秀な対応を取れた方ではないだろうか。
「早く割り切れよ。俺はもう決めたんだぜ?」
「え……な、なにを?」
「浴場建設企画が完了するまで、あの別人と過ごすことにした」
あの別人は見ていて面白いし、浴場自体はキルフェコルトが強引にでも押し切って作るつもりだったし、やはりあの別人の目的は気になるし。
様々な理由を考えれば、むしろ一緒にいないことの方が考えられない。
それに、不本意ながら借りもできてしまった。
「あのスケルトン狩りの魔法石作りは、俺が止めた。あいつの稼ぐ方法を一つ潰しちまった。その辺の侘びも兼ねて、きっちり手を貸そうと思ってる。借りだけは返しときたいからな」
たとえ断られても、借りは返しておく。
それはまだ権力を握っていない王子として、後の遺恨になりかねないからだ。実権を握ってから「あの時の借りを返せ」と言われて無理難題を押し付けられると困る。立場上借りを返さない、というのも体裁が悪いのだ。
「……わかりました。早めに割り切ることにします」
気持ち悪すぎて顔色が悪くなっている侍女も、ここでようやく覚悟を決めた。
「ところで、今後はやはり、冒険がメインになるんでしょうか?」
「そうなんじゃねえか? 昨日の魔法石だって、浴場建設資金を稼ぐって名目だったからな」
そして実際に、一日の稼ぎとしては多すぎるほどの金貨を稼ぎ出したのだ。その稼ぎ口の一つをキルフェコルトが潰したところではあるが。
「しかし額が額だからな。あいつまだ初心者だっつー話だし、ベテランだって一日頑張って稼げる金額なんざ、多くて3万か4万ジェニーくらいだ。一流どころの仕事は絶対に無理だろうし、俺だってさすがにそこまでは付き合えねえ。
だとすれば、冒険者として稼ぐのは現実的じゃない。査定期日までに貯まらねえだろ」
キルフェコルトが勝手に作った見積もりでは、建設費用として450万ジェニーが必要となっている。もちろん削れる部分は削ればいいのだが、削るにしたって限界がある。せめて半額は稼がないと無理だろう。
「俺が金を融通するにしたって、さすがにあいつの方が受け入れないだろうしな」
しかし、最終的にはそれしかないとキルフェコルトは思っている。
あの別人が企画として提唱した以上、そんなことをしたら顔に泥を塗ることになるが……その辺は本人に選ばせればいい。恥を掻いてでも完成させるのか、それともキルフェコルトが企画を横取りする方向で完成させるか。
「ま、あいつの出方次第だな。あの魔法石の稼ぎ方だって俺の発想にはなかったんだし、もしかしたら冒険以外で金を作る方法を考えるかもよ」
――軽い気持ちで言ったことだが、それが正解であることを、このすぐ後に知ることになる。
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