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43.ある王子の洞察 四
しおりを挟むそろそろ来るだろうとは思っていた。
「――随分楽しそうだね、キルフェ。アクロ」
穏やかな表情と口調で、キルフェコルトにとっては異国の友人になる、隣国ウィートラント王国の第二王子であるラインラック・ウィートラントがやってきた。
来るならこのタイミングだろうと、キルフェコルトは思っていた。
ここ最近のアクロディリアは忙しくしているので、確実に捕まえるなら、動き出す直前だ。
まだ早朝と言っていいくらいの時間、貴族用女子寮の一階には、二人の王子が揃った。
王子同士も話したいことがあるのだが、メインとしてどちらも問題児である辺境伯令嬢に会いにきたのだ。決して多くはないが、視線を向けてくる周囲の女子たちの目つきは険しい。
「……」
そして目の前の辺境伯令嬢の皮をかぶった別人は、眉をひそめて椅子に座りなおした。どうやら居心地が悪いらしい。
「――で、喫茶店巡りか」
別人とはファーストコンタクトらしきラインラックとの会話で、色々と面白い事実がわかったものの、本題はこちらである。
すぐに話す場を女子寮から移し、人目を憚るように建物の横の日陰へと移動した。人がまったくいない、というわけでもないが、まあさっきよりは目立たない場所だろう。
話は予想通り、というよりは「そうであったら面白い」と思っていた方向に転がった。
「浴場とのセットなんです」
別人がこれからの流れを説明する。
飲み物を開発する旨はキルフェコルトも聞いていたが、まさかそれを金を稼ぐ方法として考えていたとは、少し意外だった。
開発すること自体は、そう珍しいことでもない。
まさに「何かを開発するため」に、このタットファウス魔法学校で知識や技術を身につけている者も少なくないだろうし、開発あってこそ国も人も発展することをよく知っている。
薬品の開発に成功すれば病気に怯えることもなくなるし、武器を開発すればモンスターを怖がる必要もなくなるかもしれない。新たな技術とは望まれるべきものである。
だが、開発なんてものは失敗が付き物だ。
明確なビジョンと成功の道筋を見据え、あらゆる視点から観察・推測した上で臨まなければ、十中八九失敗に終わる。
そうじゃなくても失敗することが侭あるのだ。簡単に手を出すべきものではない。
更に言うなら、それを疑いもなく「金を稼げる方法」として提唱するなんて、明らかに現実が見えていないと言わざるを得ない。
しかもそれを言うのが苦労知らずの辺境伯令嬢である。成功の可能性は低すぎる。
言わざるを得ない、のだが。
様々な研究部署を視察して回り開発に伴う苦労と浪費を知っているだけに、キルフェコルトの立場からすれば止めるべきなのだろう。
そんな、ちゃんとした物ができるかどうかわからない賭博じみたことに時間を費やすのではなく、もっと堅実に稼ぐ方法を模索した方がいいと、説得するべきなのだろう。
「――まあいいんじゃねえか」
しかし、昨日の「闇の魔法石精製」という発想といい、「浴場とセットで」と言い切る消費者としては少し違う視点が、気になる。
苦労知らずの辺境伯令嬢が言ったことなら止めるところだが、中身が別人ならば、ちゃんとした成功予想図のようなものが見えているのかもしれない。
「別にあなたの許可など求めていませんが?」
――別人と割り切って見てみると、あの女の真似としては随分下手だな、とキルフェコルトは思った。
あの女の言動には、もっと心や精神をえぐるような、刃物じみたえぐみがあるのだ。
しかも今は、変装用のメガネまで着用しているのだから。
「こういうのは初めてだよ」
隣に座る異国の友人が言い、キルフェコルトも「俺もだ」と答える。
そう、初めての体験だった。
級友と共に城下町を歩き、喫茶店を巡り歩く。城でも学校でも教えてくれない、市井に溢れる飲み物や食べ物を探しながら歩くのだ。……まあ食べ物については、ついでとのことだが。
王子二人は貴族ゆえに、普段口にしているものはやはり上等なのである。
庶民の味は雑だったり大味だったり妙に甘ったるかったり塩辛かったりと、なかなか「これぞ」というお気に入りの味には巡り会えなかった。
だが、つまらないかと言われれば、それは否だ。
コストの問題が大半どころかほとんどの理由なのだろうが、要所を改善したりひと工夫加えただけで随分良くなる、といった大器晩成の可能性を感じさせる物も確かにあった。
王子たちが食べたり飲んだりしてきたものが優秀な料理人たちによって「完成された物」だとすれば、なるほど今口にしているものは「まだ未完成」と言っていいのかもしれない。
「やりたいことがどんどん増える。キルフェにとっては喜んでばかりもいられないところだね」
「おまえだって国を継ぐ可能性があるだろうが」
キルフェコルトの頭は今、茶畑やら牧場やら、食べ物から広がるいろんな方面の発展予想と構想が渦巻いている状態である。どうやらラインラックも似たようなものらしいが。
「それで、彼女はこの無数の可能性の中から、明確な何かが見えているわけだね」
「そうだな……俺からすれば手をつけられるところが多すぎて、どこをどうしていいのかって感じだが」
「私も似たようなものだよ」
なんだか薄くて妙に酸っぱい変な果物の飲み物をそれなりに楽しみながら、キャッキャ盛り上がっている女たちを見る。
…………正直、なんだか直視に耐えないのだが。
「――はい、あーん」
「――あーん。……甘いですね」
「――こちらはどうでしょう?」
キルフェコルトは興味津々で……という範囲を越えて、なんだかもう、見てはいけないものを見ている気がしてならない。
今朝の失態が嘘のようでもあるが、むしろ今の方が失態にも見えたりする。
いつの間にか完全に割り切ってしまったらしい、いつも冷静で完璧に仕事をこなすクローナが。
アクロディリアの「あーんして」に答えて菓子を食べ。
そのアクロディリアの侍女が次々に注文しようとメニューを離さない。
ついでに言えば、異国の友人の従者であるヴァーサスは、同席していながら完全に他人の顔をしている始末である。
「……なんか居心地悪くないか?」
女たちが盛り上がる分だけ、男たちの居場所がなくなっていくような。キルフェコルトはそんな錯覚を憶えている。
更に言えば、何があろうと絶対に自分の味方だと信じていたクローナが、今や完全に主人を無視してお茶とお菓子に夢中であることも、疎外感を憶える要因の一つかもしれない。いつもなら主人の動向を見て先を察して動く優秀さなのに、今はもう見向きもしない。妙に酸っぱい果物で作ったジャムを付けたスコーンしか見ていない。
「何を言っているんだ。微笑ましいじゃないか」
…………
「やっぱりおまえはすげえな。絶対に俺より度胸あるぜ」
喫茶店巡り三日目。
この日、キルフェコルトは衝撃の真実を知ることになる。
「――今日は、あなた方に知ってもらおうと思います」
飲み物の開発が成功した直後である。
そんな前置きをして、別人は言った。
「これから、完成したサンプルを持って温泉に行きます。お風呂上がりの冷たい飲み物がどんなものなのか体験してちょうだい」
それぞれの好みを反映したような、飲みなれない牛の乳をメインに据えた新しい飲み物ができた。
キルフェコルトも、開発に関わった贔屓目を抜きにしても、悪くない出来だと思っている。あれだけ美味ければ売れる可能性は高い。
だが、別人の狙いとしては、風呂上がりに飲むための飲み物なのだ。常時でもいいが、風呂上がりに飲んでこそなのだろう。
浴場建設とセットで考えている、と言っていた新しいドリンクの開発。
別人以外は誰もが首を傾げるものだが、……確かに体験すれば早い話である。別人が必ず売れると豪語するその理由もわかるはずだ。
ドリンク完成の感動もそこそこに、温泉があるカナーヴァ山へと向かう。
好みの飲み物……と言っても風呂上がりに何をどうするのかよくわからないので、女子たちがそれぞれの好みを考えて用意してくれた牛乳を持って。
キルフェコルト用に用意されたのは、黒豆牛乳だった。別人はコーヒー牛乳と言っていたが、黒豆茶の味と成分を入れたものである。
久しぶりに風呂に浸かり、幾分すっきりして上がる。
真っ赤に染まる夕陽を浴びる、鍛えに鍛えた大きな裸身。
ちなみに女たちは離れたところで水着を着用して入っている。湯気がすごいので向こうは見えないし、向こうからこちら側を見ることもできない。
屋外で裸という開放感を得ながら、喉が渇いたので何気に水筒に手を伸ばし――
「…? ……っ!?」
ギンギンに冷えた牛乳が、風呂で失われた身体の水分を補うように、染み込む。
少し苦味のあるほのかに甘い味。
さっき散々味見したはずなのに、まるで違うものを飲んでいるかのような。
水分を欲する身体が、喉が、際限なく飲み物を要求するのに抗えない。火照った身体に冷たくも優しい味が駆け巡る。
「――ぷはぁ! ……おいおい……」
決して小さくない水筒なのに、一息で飲みきってしまった。
まるでよくわかってなかったが――体験すればよくわかった。
「……売れるぜ、これは」
浴場とセットであれば。
風呂上がりならば、どんな飲み物だってうまいだろう。
それなのに、それ用の飲み物だというのであれば――売れないわけがない。飲み口もすっきりしていて切れもいい。
「どうだった? 何かわかったかい?」
空っぽになった水筒と呆然と見ていたキルフェコルトの横に、ラインラックが並んだ。こちらは腰にタオルを巻いている。
「……想像以上によかった。一気にいけよ、一気に」
「一気に?」
これまたなんだかよくわからない感じだが、ラインラックも己の水筒を手に取り――一気飲みした。
「…………」
「…………」
中身を飲み干したラインラックは、いつにない真剣な表情をしていた。
そしてキルフェコルトも、似たような顔をしている。
「彼女は、これを購買部に全部譲ると言っていたね?」
「じゃあ決まりだな」
そうなる前に、権利を買い取る。
風呂の有無で売れ方に波はあるかもしれないが、この商品は、大きく失敗することはない。
長い目で見れば、数百万ジェニー出しても必ず利益が出る。
分の悪い賭けではなく、確実に勝てる賭けだ。
ならば乗らない理由はない。
「あーうまい! ……でもなんで俺のだけ水……?」
最後に温泉から上がったヴァーサスが何か言っているが、それより今は、この売れる飲み物の権利をどうするか考えるのが最優先である。
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