俺が悪役令嬢になって汚名を返上するまで (旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

南野海風

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59.奈落の底と増えた一人と……

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 なすすべもなく、落ちる。
 
「……」

 さすがに死ぬかもしれん。死にたくはないが。でも死ぬかもしれない。
 空がどんどん遠くなる。どんどん遠くなる。

 恐怖はない。
 というより、本当はなにも考えてない、考えられないのかもしれない。

 ただ、とにかく、このまま死ぬかもなぁ、とぼんやり思っただけ。

 ――だが、本物は違った。

「ぐふっ」

 最初の浮遊感が嘘のように、どんどん加速していく身体に、何かが強く当たった。それは柔らかく、そして暖かいものだった。

 ――アルカだった。

 俺に触れ、そしてまとわりついてくる者の正体を認識した瞬間、ぼんやりしていた俺の思考も戻ってきた。

「アルカ!?」
「動かないで! そのまま!」

 アルカは、俺の頭を抱え、抱きしめるようにして――たぶん、落下の衝撃から守ろうとしている。アルカの身体の向こう、わずかな視界に入ったのは、さっきまで崖の一部だった大岩だ。恐らく空中であれを蹴って、アルカは俺の方へ移動したのだろう。

 この状況で、まだ生きる意志がある。
 本物の冒険者の生命力というか、生きることへの執念を強く感じ、それはガツンと俺の心の何かを揺さぶった。

 そうだ。
 まだ死を覚悟するには、早い。まだできることがあるはずだ。

「グランくん、手を伸ばして!」

 俺のすぐ後ろ、と言っていいのか、とにかく近くで落下しているグランがいた。アルカが捕まえようとしているが、わずかに届かない。代わりに俺の手が伸び、奴を捕まえ引き寄せた。

 アルカは俺と一緒に、グランをもその両腕に抱え込む。痛いくらいに強く。絶対に離さないという意思を込めて。

「グランくん! 『土の盾アースシールド』で私たちを囲んで!」

 え? 土魔法!? 助かるのか!?

 いや――あくまでも、わずかでも生存率を上げるため、か。アクロディリアの記憶では、『土の盾アースシールド』はただ土の壁を作り出すだけの魔法だ。術師によって性能は異なるが、どんなに固くても元は土だ、たかが知れている。

 今この状況なら、少々柔らかい土くらいの方が都合がいいとは思うが、これだけの速度でこれだけの重量が落ちているのだ。さすがにそれだけでは助からないだろう。

「――『土の盾アースシールド』!」

 グランが要求された魔法を唱える。俺たちの身体からボコボコと土が湧き、覆っていく。グランは何度も何度も唱え、何層も何層も緩衝壁を積み重ねていく。

 これで、生存率は1パーセントあるかないかくらいは、あるのだろうか。
 あとは、この真下がある程度深い水たまり……あるいは柔らかい何かであれば、助かるかもしれない。岩だったらアウトだ。庇っているアルカともども一緒に死ぬだろう。

 だが、更に生存率は上がる。

「よくやった! とっちらかってない球形ならまだ楽だ!」

 突然上からやってきた声は、聞き慣れない男の声だった。

 誰だこの野郎、と聞く前に――

 強い衝撃と共に俺の意識はプツリと途切れた。




 ……う、あ……いてて……

 まず、意識は身体の痛みを認識した。
 もはや慣れ、習性と言ってもいいかもしれない。俺の意思が働かないまま、いつも通り・・・・・打ちのめされた身体に『光の癒しライトヒール』を掛けて回復した。

「……ん」

 目を開く。遠くに遠くに、そら豆くらい小さな青空が見えた。

「マジか……生きてるか」

 そら豆を見ていて、ようやく状況が見えてきた。
 ここが水中じゃないところを見ると、どうやら落下地点は柔らかかったようだ。地面や岩だったらアウトだったしな。一生目覚めることのない眠りについていたところだ。

 身体中が痛い。もう一度『光の癒しライトヒール』を掛ける。まだ痛い。特に背中と左太ももが痛い。背中は見えないが、痛い太ももに触れると、硬いものが当たった。何かが刺さっているらしい。

「んん……お、おう」

 上半身を起こして周囲を見ると――なんといって言いのかわからないが、そこらじゅうに生物の骨っぽいものが転がっていた。俺の太ももに刺さっているのも、多分動物の骨だ。かなりデカイけどな。背中にもなんか刺さってるな。抜いとこう。
 ざっと見た感じ、人間っぽいのはない……あ、ごめん。あるわ。さびた剣とか鎧とかゴロゴロ落ちてるわ。うわあ……ご愁傷さまです。落ちて死んだの? 危うく仲間になりかけたよ。もう少ししたらあの世で会おうぜ!

 「アミマナの迷宮」で骸骨狩りをしたおかげか、あまり骨に抵抗感が湧かないな。むしろ意識がはっきりしてくると、体調に障りそうなほどの腐乱臭らしきものの方が気になってくる。腐りかけの死体とかもあるかもしれない。あんまり見ないようにしよう。骨はいいが骨付き肉は勘弁だ。

 なんだここ? 死体置き場? いや、考えるのは後だな。

 アルカも、グランも、すぐ近くに転がっていた。もう一人わけのわからん男もいるが……こいつ誰? 魔法学校の制服着てるし、なんとなく見覚えはある気がするが……

 いや、それより、今は治療だ。

 アルカもグランも、ついでに変な男も、ところどころ怪我はしているが生きている。刺さっている骨などを引き抜いて回復魔法を施しておく。……最終的にどんな体制になっていたのかわからないが、顔や頭などの急所をアルカが守ってくれていたおかげか、致命傷になりそうな場所はことごとくはずれている。運が良かった、というよりは、やはりアルカのおかげだと思う。
 出血なんかは一目瞭然だが、骨折などはさすがにわからないから、その辺の治療は本人が目を覚ましてからにしよう。

「……よく助かったもんだ」

 改めて空を見上げる。
 この高さを落下して助かるとか、奇跡だ。どれくらい高いか正確にはわからないが、50メートルは確実にあるだろう。

 グランの魔法もそうだが、落ちた場所もよかったんだろうな。
 落ちた先は、不自然に盛られた骨や枯れ木の山だったようだ。だいぶ年季が入っているのか、上の方はまだまだ硬いが、下の方は強い厚を掛けたら崩れる程度には風化が進んでいる。きっとこの下層の骨がクッションの役割を果たしたんだろう。

 なんだ? もしかしてトカゲドラゴンの死骸でも捨てる場所になってたのか? いまいち骨の山の意味がわからないが。

 ――おっとそうだ。

 これだけの緊急事態だ。レンとゼータとははぐれたものの、さすがに文句は言わないだろう。あいつらなら無事生還できるだろうしな。

 俺はポケットから、「帰還の魔石」を取り出す。使えば一発でギルドに戻れるという超便利アイテムだ。

 実は落下中に思ったのだ。「これを使えば助かるのでは?」と。
 でもよく考えたら、それこそ「使ったら確実に死ぬかも」と思い、思いとどまった。

 だって落下中だぜ? そういう感性の法則とか重力とか全部無視して移動できるならいいが、もしそうじゃなかったらどうするよ? 飛ぶ先は石畳の魔法陣の上だぞ? 帰還した瞬間床に叩きつけられてぺしゃんこになるんじゃね? 
 そう考えたら、さすがに使えなかったんだよな。イチかバチかってケースだが、ハズレだったら全員死ぬからな。まだ「落ちても生き残る可能性がある」こっちの方が生存率が高いと思ったのだ。最悪誰か一人でも生き残れる可能性もあるだろうし。

 でも、今なら使える。
 さすがにこんな状況だ。上の二人に黙って先に帰ることになるが、それでも許してくれるだろう。

 よし、じゃあ、使うぞ!

 …………

 待てよ? 今使うのまずくないか?

 一応パーティ登録しているから、アルカとグランは連れて行けるだろう。
 だがこのわけわからん男は? ここに置いていくことになるんじゃないのか? 一緒に連れて行けるのか? 一緒に連れて行けるならいいが、この安全確認も満足にできていない場所に置いていくのはまずいだろう。やっちまってからじゃ取り返しもつかないしよ。

 つか、ほんとにこいつ誰だ? なんでここにいるんだ? 一緒に落ちてきたってのはおぼろげながら憶えている、気がするが……

 ……え? 敵? もしかして敵? 目を覚ます前に縛っといた方がいい感じ?

 敵じゃないとは思うんだが……もし、万が一敵だったら、目を覚ました後が面倒臭いな。身元の証明がなされるまでは拘束しておいた方が安全ではあるが。

 うーん……よし、一応縛っとくか! 敵じゃないことが証明できたら解放ということで!








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