俺が悪役令嬢になって汚名を返上するまで (旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

南野海風

文字の大きさ
47 / 184

63.暴風吹き荒れて泥は飛び散り……

しおりを挟む






「ガァァァアアアアアアア!?」

 よっぽど驚いたのか、あるいは俺が想定していた以上のダメージになったのか、子ドラゴンは弾かれたようにバックステップし、岩陰にぶつかった。

 足場の悪い地面から、腐臭がこもっている空気からも、大きな動揺が伝わってくる。
 子ドラゴンは、激しく首を振ったり、前足で顔をこすったり、壁に頭を押し当てて削ったりと、明らかに急に視界が塞がれた動物という反応を見せた。目に何かを掛けられたと考えたのか、それを落とそうとしているのだろう。

 飛び道具でもあれば格好の的だが、生憎今は時間を稼ぐのが正解だ。下手に手を出さず警戒しながら様子を見ているのが一番だ。

「大丈夫? グラン」

 いくら途中で割り込んだとは言え、ほんの1秒も満たない時間ではあるが、確実にドラゴンの口に入り噛まれたグランは……

「ど、どうしよう、フロントフロン様……」

 震えるような声で、小さく小さく呟いた。え? なんだ?

「怪我ならもう治したけど……まだどこか異常が?」

 浅くではあるが牙が肉体をえぐったようで、グランは両肩から出血していた。まあドラゴンが退避すると同時に回復したけどな。
 もう全快しているはずだが……

「どうしよう!」

 勢いよく、グランは首を回した。

「俺、わかる・・・! どうすればいいのかわかる・・・んだ!」

 ……? ドラゴンの牙が頭を打ったか?




 話を聞けばそういうことではないようで、

「前を見て。よそ見しない」

 網膜を焼くほど強い光は出せない。あくまでも一時的に視界をくらませるだけだ。
 暴れるドラゴンを警戒しながら、グランの背中は震えていた。

 もちろん、恐怖から来るものではない。
 いや、もしかしたら、ある種の恐怖でもあるのかもしれない。

 ――自分が変わった・・・・・・・、という、恐怖だ。

「わかるんだ。どんな攻撃も、どう受ければいいのかわかるんだ。どんな攻撃も盾で受け止められる自信が湧いてくる。こんな感覚初めてだ……まるで俺自身が盾のような、いや、俺が盾の一部のような……」

 え? なにそれ怖い……それってあれでしょ? 俺が蝶になった夢を見てるのか、蝶が俺になった夢を見てるのかマジわかんねーんすけど、ってことでしょ? 急に意識高い系のポエマーになっちゃったってことでしょ?
 超こえーよ。友達だったら正気に戻れとか言いながらビンタするレベルだよ。

 ……とか言っちゃダメなんだよな。少なくとも今は。
 だってこれ、一応ノッてる状態なんでしょ? アガッてる状態なんでしょ? キマッてる状態なんでしょ? なら落ち込むよりはマシだろ。

 怖いのは確かにちょっとあるけど、なんか急に俺盾とか錯乱したおかしな奴になっちまったからちょっと怖いけど、どうやら狙い通り「大盾の騎士」として覚醒したようだ。

 こんな時だが、重大な事実が判明したな。
 条件が揃えば、主人公アルカが関わらなくてもイベントはこなせるってことだ。

 ってことはつまり、主人公が関わらなかったせいで色々えらいことになっているだろうサブキャラたちのイベントも、条件さえ整えれば俺がどうにかできるってことだ。メインキャラはなんだかんだいい感じの人生歩むだろうけど、サブキャラは違うからな。余裕ができたらなんとかしてやりたい。

 ……ま、今この状況をどうにかして、無事帰れたらの話だがな。




 時間にしてみれば、1分もなかったかもしれない。
 子ドラゴンは視界が戻ってきたのか、段々と動きが大人しくなってくる。
 爬虫類のような縦長の瞳孔、金の瞳が、窮鼠猫を噛んだ俺たちに向けられた。
 
「――グガァアアアアアアアァァァァ!!」

 ドラゴンの言葉はわからないが、これが怒りの咆哮ってことだけは、ビリビリと肌に感じられる。

「しゃがんで!」

 肩越しに見ている俺より、怪しげに覚醒したグランの指示の方が早かった。片膝を付くグランに合わせて俺もしゃがみこむ。

 ――尻尾か!

 ドラゴンが回る。
 長い長い、そして大人の胴体くらいはあるであろう太い鞭のような尾が、確かな重量と速度を持って振り回される。
 地から少し浮いて振るわれたそれは、まるで草原に走る風のようだ。草を撫でるようにして向かってくる。その風はただ風と呼ぶには乱暴で、そこにポツンと存在する頼りない木……つまり俺たちをなぎ倒そうとする。

 対するグランたては、岩となった。
 しゃがみ、盾を少しだけ傾け、迫る防風を受け流す角度で固定する。
 それこそわかる・・・んだろう。どう受ければいいのか。

 頼りない木は岩となり、木であれば倒せたであろう暴風を凌いだ。
 真横に走る尻尾は、グランの盾に直撃し、俺たちの頭上を超えて斜めに軌道を変えて逸れた。

 ……すげえ。あんまり衝撃を感じなかった。

 よっぽどうまく受けた……というより、うまいこと受け流したって言った方が正確なんだろうな。ただ待ち構えて防波堤になったわけじゃなくて、グラン自身が盾を動かして衝撃を逃がしたんだ。

 やっぱ怖いわこいつ! 何なんか急にすげーデキる奴になってんの? なんか憑いたんじゃね? 憑いちゃった系なんじゃね? ……それはないかー。光魔法でそういうのは浄化してそうだしなー。
 
「大丈夫、俺が守るから。だから怖がらないで」

 ずっと触れているだけに、俺にグランの様子がわかるように、グランも俺の様子が伝わってしまうようだ。……俺がビビッてんのはおまえにだよ! 急に目覚めたおまえにだよ!

 ここまで急成長するものなのか……才能って恐ろしいな。




 だが、これで終わるわけがない。
 むしろ、ドラゴンの攻撃はここから激化することになる。

「くっ!」

 ガン、ガン、と短いスパンで何度も何度も衝撃が走る。

 猛攻である。
 ドラゴンが警戒心を解いて攻勢に出たのだ。
 恐らくは、なんやかんやで怒りが湧いてきて、その怒りが警戒心を解いてしまったのだろう。

 もう俺もドラゴンの攻撃をちゃんと見ることさえ叶わない。グランを支えるだけで精一杯だ。吹き飛ばされそうになればつっかえ棒となって踏ん張り、左右に体勢を崩せばそれを追うようにしてグランの真後ろに着く。的確な場所取りをして、時々は壁際に追い詰められないように指示を出して、そしてグランの呼吸や様子を見ては光魔法で回復する。
 それでなんとか、ギリギリで均衡を保った。

 ――だが、こんな状態が長く続けられるとは、思えない。少なくとも回復する度に俺の魔力は消耗しているのだから。

 徐々に徐々に追い詰められている現状だが、一つだけ不幸中の幸いと言えることがある。
 それは、最初の一撃を潰して以来、噛み付き攻撃がないことだ。きっと『照明ライト』がよっぽど嫌なのだろう。まあ気持ちはわかる。戦闘中に視界を奪われるなんて恐怖以外の何者でもないもんな。
 噛み付きだけは、盾ではどうにもならないのだ。たぶんあのドラゴンの大きさからして、鉄の盾くらいなら簡単に噛み潰せるだろうしな。
 
「フロントフロン様! このままじゃ押し切られる!」
「わかってる!」

 わかってるよ! こっちに攻撃の手がないと悟ったのか、子ドラゴンガキが完全に調子に乗ってやがる! このままじゃやられるのは時間の問題だ! 起死回生の一手なんて贅沢は言わない、10秒くらいでもいいから一息つける時間が作れないかってずっと考えてるよ!

 でも、現状維持だけで手一杯だ。
 何か行動を起こす余裕もねえ。
 ゲームで言えば、ひたすら防御と回復を繰り返しているだけっつー一方的に消耗させられている状況だ。

 このままじゃグランごと潰される! なんかないのか!? この状況で取れる手段は!? なんでもいいから考えろ俺! ……くそっ! なんも思いつかねえ!

 冷や汗が止まらない。
 吹きすさぶ死の暴風を前に、ギリギリで堪えている現状。ほんの一瞬でも気を抜いたら巻き込まれてしまうだろう。

 グランを回復するたびに、強く思う。
 光魔法に攻撃系のものがあったら、と。
 せめて牽制くらいはできたら、と。
 「帰還の魔石」さえ使えれば助かるのになんで使えないんだ、と。
 普通の魔法なら使えるのに、と。
 
 悪態に似た思考が頭の中をぐるぐるぐるぐる回り――止まった。

 ――あった! 打てる手があった!

「なんでもいいから魔法で時間を稼いで!」

 この世界の住人は、誰もが魔法を使える。
 当然グランも使える……ってのは、さっき経験したガチでやばかった落下事件で証明されている。

「そうか! ガードしながら魔法か!」

 あ、できる!? 言ってはみたもののできない可能性も……まあいいや! やってやれ!




 ドラゴンの猛攻の隙間を縫うようにして、グランは力強く言葉を発した。

「――『土の飛弾アースバレット!』

  びちゃっ

 …………

「おまえふざけてんのか!」

 思わず素に戻ってしまうほどの、このガッカリ感!
 期待させておいてこの野郎! 泥ダンゴぶつけて何になるんだよこの野郎! しかもなんで胴体狙いなんだよ! せめて顔狙えよ顔!

「目だ! 目を狙え!」
「む、無理だよ! こんな状態で正確になんて狙えないよ!」

 無理でもやれよ! おまえの魔法しかもうないんだよ!

「それより、イチかバチか俺に策があるんだけど!」
「何かあるなら早く言いなさいよ!」

 泥遊びしてる場合じゃねえだろ! てめえの魔法の効果がどれほどのものかなんて、てめえが一番知ってんだろうが! やる前から結果がわかってることをなんでやんの!? え? 結構余裕あるの!? 俺だけギリギリになってんの!?

「いや、できるかどうかわかんないから……実は、ちょっと気づいたことがあって――」









しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

断罪済み悪役令嬢に憑依したけど、ネトゲの自キャラ能力が使えたので逃げ出しました

八華
ファンタジー
断罪済みの牢の中で悪役令嬢と意識が融合してしまった主人公。 乙女ゲームストーリー上、待っているのは破滅のみ。 でも、なぜか地球でやっていたオンラインゲームキャラの能力が使えるみたいで……。 ゲームキャラチートを利用して、あっさり脱獄成功。 王都の街で色んな人と出会いながら、現実世界への帰還を目指します!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!

月芝
ファンタジー
国の端っこのきわきわにある辺境の里にて。 不自由なりにも快適にすみっこ暮らしをしていたチヨコ。 いずれは都会に出て……なんてことはまるで考えておらず、 実家の畑と趣味の園芸の二刀流で、第一次産業の星を目指す所存。 父母妹、クセの強い里の仲間たち、その他いろいろ。 ちょっぴり変わった環境に囲まれて、すくすく育ち迎えた十一歳。 森で行き倒れの老人を助けたら、なぜだか剣の母に任命されちゃった!! って、剣の母って何? 世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 それを産み出す母体に選ばれてしまった少女。 役に立ちそうで微妙なチカラを授かるも、使命を果たさないと恐ろしい呪いが……。 うかうかしていたら、あっという間に灰色の青春が過ぎて、 孤高の人生の果てに、寂しい老後が待っている。 なんてこったい! チヨコの明日はどっちだ!

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~

巫叶月良成
ファンタジー
政治家の娘として生まれ、父から様々なことを学んだ少女が異世界の悪徳政治をぶった切る!? //////////////////////////////////////////////////// 悪役令嬢に転生させられた琴音は政治家の娘。 しかしテンプレも何もわからないまま放り出された悪役令嬢の世界で、しかもすでに婚約破棄から令嬢が暗殺された後のお話。 琴音は前世の父親の教えをもとに、口先と策謀で相手を騙し、男を篭絡しながら自分を陥れた相手に復讐し、歪んだ王国の政治ゲームを支配しようという一大謀略劇! ※魔法とかゲーム的要素はありません。恋愛要素、バトル要素も薄め……? ※注意:作者が悪役令嬢知識ほぼゼロで書いてます。こんなの悪役令嬢ものじゃねぇという内容かもしれませんが、ご留意ください。 ※あくまでこの物語はフィクションです。政治家が全部そういう思考回路とかいうわけではないのでこちらもご留意を。 隔日くらいに更新出来たらいいな、の更新です。のんびりお楽しみください。

ヒロイン? 玉の輿? 興味ありませんわ! お嬢様はお仕事がしたい様です。

彩世幻夜
ファンタジー
「働きもせずぐうたら三昧なんてつまんないわ!」 お嬢様はご不満の様です。 海に面した豊かな国。その港から船で一泊二日の距離にある少々大きな離島を領地に持つとある伯爵家。 名前こそ辺境伯だが、両親も現当主の祖父母夫妻も王都から戻って来ない。 使用人と領民しか居ない田舎の島ですくすく育った精霊姫に、『玉の輿』と羨まれる様な縁談が持ち込まれるが……。 王道中の王道の俺様王子様と地元民のイケメンと。そして隠された王子と。 乙女ゲームのヒロインとして生まれながら、その役を拒否するお嬢様が選ぶのは果たして誰だ? ※5/4完結しました。 新作 【あやかしたちのとまり木の日常】 連載開始しました

処理中です...