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75.言葉などいらないと理解した雨の日……
しおりを挟む派手すぎるドレス女子群は、一人を先頭に、三人を引き連れている。
まるで往年のアクロディリア組のように。
「あら、誰かと思えばアティーさんたちじゃない」
こっちで言うアクロディリアのポジション、つまり先頭を行く女子が、泣いているアティーとそれを慰めるミーアを見てニヤリと笑う。
「フッ……みすぼらしい格好だから、どこの小汚い庶民かと思いましたわ」
な、なんと。
第二の悪役令嬢……か? この学校、あんなモブもいるのか。ゲームのメインキャラじゃないのに、あんなに存在感バリバリか。
「誰あいつ?」
レンさんに問うと、「同学年のレヌエッタ・ベックルン公爵令嬢です」と返ってきた。
え、えっと……公爵ってことは、かなり偉いんだよな。あれ? 辺境伯とはどっちが偉いんだ? アクロディリアの記憶は宛てにならんしな……こいつは王族さえ下に見てるから。
……まあいいか、このスタンスで。
今までピラミッドの頂点に居られたんなら、誰の目から見てもこっちが下とは言い切れないんだろう。
ベックルン公爵の記憶は、ある。安定の「忘れてもいい程度の貴族」くらいのパーソナルデータしかないが。改めて思うけど、アクロディリアってひどい女だな。こいつは滅びるのが相応しい気さえしてきたよ。……まあ頑張るけどさ。
泣くのを中断し、精一杯のプライドを掲げ、アティーはレヌエッタを睨む。
が、奴は余裕しゃくしゃくである。まあ爵位で向こうが勝ってるしなぁ。そりゃ勝負にならんだろうなぁ。
「泣いていたの? いつもよりひどい顔ね。外の泥水で顔でも洗ったら? そうすれば今より少しはマシになるでしょ」
取り巻きがクスクス笑う。性格悪いなあいつ。やはり奴は第二の悪役令嬢らしい。
「おどきなさい。通れないわ。それとも泥水で顔を洗って欲しいの?」
おーおー泣いてる相手にも容赦なしか。女ってこえーなぁ。
「……ん?」
袖を引っ張られた。見れば小さなマリエルが俺を見上げていた。
こんな時でもやはり何も言わないが、その語りかけてくるような赤と茶色の中間のような色の瞳は、助けろと言っている。……やべえ。この子すげー可愛い。すげー頭撫でたい。
いや、それはともかくだ。
そりゃな。助けられるもんなら助けたいよな。
こいつら、俺が剣術だの浴場建設だのにかまけている間、ずっとアクロディリアの立場を守ってくれていたんだ。いよいよ我慢の限界でアティーが爆発したのがさっきのだろ? たとえ結果的にそれが自分の身、自分の家を守ることが目的でも、その献身的な行動は健気で好ましいと思う。
俺にとっては立場とかどうでもいいし、むしろそういう女社会のボスの座とか面倒臭いんだけどな……
でも、人の献身に何も応えられないようでは、男であろうが女であろうが、ダメだと思う。
どんな想いや動機があったかは知らないが、アクロディリアのために動いたことは確かだ。その気持ちくらいは汲んでやらないとな。
――でも、勘弁してくれ。
実は俺、さっきから何か言いたいんだが、何言っていいのか全然思い浮かばないんだよ。
ほら、女同士のいざこざだろ?
男としてはどう入っていいのかさっぱりなんだ。
「ちょ待てよ……ちょ待てよ!」とか言いながら入るのは簡単だが、この場合は「貴族の令嬢として、辺境伯令嬢として相応しい発言で」が頭に付くだろ? そうじゃないと何言っても失笑されるか、本気で笑いを失うくらいしらけるだけだろ?
貴族教育も受けていない、そもそも女子の世界がわからない俺には、ここでなんと言うべきかなんて検討もつかないんだよ。
どうしたもんかなー。
そんな疑問を抱えながら状況を見ていて――俺の身体は自然に動いていた。
「どきなさいと言っているのよ!」
レヌエッタがアティーを突き飛ばそうと前に出したその手を、俺は掴んでいた。お、我ながらなかなかいい反応だったな。最近まともに訓練できてないけど、これくらいの反応速度は身体にしっかり刻まれているようだ。
「な、何よあなた! 離しなさいよ! 離っ――」
細腕を掴んだままの俺を見て、レヌエッタはぎょっとした。
「ア、アクロディリアさん……!?」
気づいてなかったのかよ! 道理で一度もこっち見ないはずだわ! その辺のギャラリーの一人とでも思ってたの? 思いっきりイベントの渦中にいただろうがよ!
「アクロ様……」
驚いているのは、庇われたアティーもだが……こっちは驚きもあるが、とにかく嬉しそうだな。
「なんですか、アクロディリアさん? 離してくださらない?」
すぐに気を取り直したレヌエッタは、高飛車に笑みを浮かべた。こえー。完全に威嚇されてるわ。こえー。
だが、俺は離さない。だって離したら話さないといけない気がするから。ダジャレじゃねーぞ。本当に何言っていいのかわからないからだぞ。
「冒険ごっこのしすぎで人の言葉を忘れてしまったの? 無礼だわ。離しなさい」
なんだよーごっこって言うなよー。この前は命懸けで冒険してきたんだぞー。もー。
「毎日毎日地面を転がって汗にまみれて、辺境伯の娘ともあろう者がはしたない。今更平民の真似事なんてして何のつもり? ああ臭い臭い。アクロディリアさんにはもう平民の臭いが染み付いているわ。臭いが移る前に離してくださいな」
なんだよー。平民馬鹿にすんなよなー。ほら見ろ、周囲の白い目が俺じゃなくておまえに移ってるぞー。
――あ、そうか。
ずっとずっと何を言おうか、何を言うべきか困っていた。アクロディリアの記憶から引用した言動じゃ相手にも周囲にも嫌悪感を与えるから控えていたが。
答えはすでに出ていたんだな。
「……」
俺は無言でレヌエッタの手を離した。もちろん痛がるほどの力なんて込めてないからな。
そして、間合いを詰めた。
感覚的に言うと、アクロディリアの胸で体当たりするような感じで、ものすごく。ヤンキーで言うと超至近距離でガン飛ばすくらいの感じで。
いきなりの接近にビビッたレヌエッタは一歩引き――そんな彼女に、俺は言った。
「言いたいことはもう言った?」
アクロディリアらしく腕を組み、冷たい微笑を浮かべて。
「なら早く行きなさい――わたしを避けて」
勢力を伸ばしつつあった公爵令嬢、ついに辺境伯令嬢と激突。
タットファウス魔法学校史に残るほどの激しい戦いが起こるかに思われたが、しかしあまりにも早く、そしてあっけなく決着は着いた。
先んじた公爵令嬢の攻撃をかわすことも対応することもなく、辺境伯令嬢はただ一言「私に道を譲りなさい」で威圧、たったそれだけで勝利を得た。
昨今の辺境伯令嬢の奇行を訝しむ者は多いが、しかしこの一件で、辺境伯令嬢には何も変化はないと証明された。むしろ「相手くらいはしてくれた」以前の辺境伯令嬢より、「どうせ口だけ、実力でも家格でも勝負にもならない」と所詮は子供の戯れとばかりに言葉も交わさず圧倒する今の辺境伯令嬢の方がはるかに酷薄と語る者も少なくない。
いずれにせよ、大いに恥を掻かされた公爵令嬢を見て、辺境伯令嬢に逆らおうという野心ある者は躊躇いを覚えたに違いない。
アクロディリア・ディル・フロントフロンの威光、一切衰えることなく健在であった。
――代々魔法学校に伝わる噂ノートの一節「貴族女子には逆らうな。」より――
「アクロ様!」
「アクロ様!」
「……」
レヌエッタたちを追い払った途端、三馬鹿がわっと抱きついてきた。……うん、ごめんよ。アクロディリアとしてやっていくなら、アクロディリアの交友関係も大事にしないとまずいよな。たとえ没落したら離れていく連中だとしてもな! おまえら今はなんか「自分たちを助けてくれた! やっぱりアクロ様は私たちの味方! アクロン万歳!」とか思って感動してるかもしれんが、でも没落したら離れていくんだろ!? 知ってんだぞ! 俺知ってんだぞ!
でも、これがアクロディリアの人望なんだよな。一応。たぶん。打算まみれの。
……複雑だわ。
その時は容赦なく手のひら返されるのは目に見えてるのに、何も起こっていない今は無下にはできないしな……
――まあでも、この三馬鹿との付き合いも、今後はちゃんと考えないといけないのかもしれないな。
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