俺が悪役令嬢になって汚名を返上するまで (旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

南野海風

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94.秘め事は甘い香りの中で……

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「凡庸だな」

 凍りつく……でもないが、面食らって言葉に詰まる俺を、アクロパパはそんな一言で片付けた。

 凡庸。
 つまり……普通、か。
 まあ否定はしないけど。……つかパパと比べりゃ大抵の奴は普通の括りに入るだろうよ。

 ――パパの私室は、書斎のようなところだった。意外と狭い。六畳間より少し大きいくらいだ。確か執務室兼応接室は広いみたいだけどな。
 壁一面の本棚には本が隙間なく詰まり、更には床にまで積み上げられタワーができている。あとはベッドと棚とテーブルくらいしかない。

「やるかね?」

 丸いテーブルには椅子が三脚。パパは奥の椅子に座り、ボトルから透明なグラスに琥珀色が綺麗な液体を注ぐ――甘い香りである。たぶんウイスキーだかブランデーだかだろう。あとこの国では十六歳からアルコールOKなのだ。

「いえ、結構」
「そうか」

 と、パパはすっと右手を差し出し、椅子を差した。はい、座りまーす。失礼しまーす。

「酒は好まんか。アクロと同じだな」

 いや、好まないっつーか、日本の法律がね。気になっちゃってね。飲む気になれなくてね。

「で? 娘はどこかね?」

 おう……そうね。まずそこが気になるだろうね。

「わかりません」
「……ふむ」

 パパは少しだけ俺を見詰めたあと、グラスを傾けた。……こういう渋いおっさんが洋酒とか飲んでるとすげーかっこいいな。

「ひとまず礼を言いたい」
「は?」

 さーてこれから尋問が始まるぞー陽くん嫌な汗いっぱい掻いちゃうぞーと覚悟していたのだが……え? 礼? 何?
 言葉の意味がまるでわかっていない俺を見て、パパは小さく溜息をついた。
 
「ふむ、やはり凡庸だな。それでは貴族の生活など性に合わんのではないかね?」
「は、はあ……そうかもしれないですね……」

 こういう責めはされないけど素でイヤミ言われる尋問のされ方も、嫌だなぁ……

「仕方ない。順を追っていこうか」

 はい。お願いしまーす。




「まず、私に敵意はない。そして君が我々に敵意を抱いていないこともわかる。ゆえにこうして話している。ここまではいいかね?」

 え、っと……

「つまり、わたしを信用する、と……?」
「疑う理由がないからね。アクロのその身体を見ればわかる。随分大切に扱ってくれたようだ」

 え? そう?

「結構色々やってますけど……」

 痛いこととか。砂埃にまみれることとか。

「大切にするとは甘やかすことではない。贅に溺れた身体ではない。むしろ磨きを掛けている。娘よりも手を入れている分だけ大切にしている証拠だ」

 ……ああ、なるほどな。そういう考え方もあるわけか。

「学校での言動も耳に入っている。辺境伯令嬢の身分に甘んじるでもなく、しかし否定するでもなく。それが君が敵ではないと結論づけた理由だ。君はフロントフロン家を貶めることもなく、またこの家を狙う者でもない。
 私の言葉を信じるかどうかは君が決めなさい。だがもし私が君を疑っているのであれば、こうして腹を割ったことなど言っていない。いつでも寝首を掻けるよう騙されている振りを続けていただろう」

 いや寝首とかやめろよ! パパが言うとシャレになってねーんだよ! マジでこえーよ!

「君は敵じゃない。そう考えると、君の正体がなんとなく見えてくる」

 見えてくる?

「何の理由で娘になりすましているのか? フロントフロン家が目当てではない。我々を敵視するでもない。我々の名を語り王家に害を成すわけでもない。金目的でもない。食料も必要最低限で済ませている。学校外での活動をするも目の届かないところへ逃げることもない。
 君の言動と利益と利害と必然とを照らし合わせるに――」

 カラン――グラスの氷が踊る。

「君は望んで私の娘を演じているわけではない。必要に迫られてそうせざるを得ない状態にある。……もしかしたら何らかの事件の被害者側にいる可能性も考えられる」

 マジか……この殺し屋、マジか!?

「どうやら当たっているようだ」

 俺の表情から読み取ったらしい。パパはグラスを煽り、次の一杯を注いだ。

「話してくれんか? 私を敵だと思わないなら。むろん無理に聞こうとも思わんよ。事情がわからない以上、不用意に踏み込むことはできんからね。話せないならこのまま行きなさい」

 考えるまでもない。
 この人は、味方につけるべき人だ。
 そして何より、どんなに間違いを犯そうとも、絶対に敵に回してはいけない人だ。

 ――結局身バレが心配とかなんとか身構えていたのも無駄に終わり、この日アクロパパに現状を話すこととなった。




「こんなところか」

 話を始めて一時間くらいだろうか。グラスの氷はすっかりなくなっていた。

 パパは必要最低限のことしか質問しかなかった。
 この人の頭の回転から察するに、ある程度のことは質問するまでもなく答えがわかるのだろう。たとえば俺が答えられない……「わからない」としか言えない質問なんかだ。すげー手に取るようにわかっちゃうんだろう。

「本物のアクロの行方が気になるが、それは追々ということになるか」
「追々……?」
「探すには手がかりがなさすぎる。ゆえにもう一つの駒を進めるのが問題解決に一番早かろう」

 駒? ……あっ、俺か!

「わたしの状態を調べていくことで、最終的にアクロディリアの行方が判明すると」
「それしか有効な手段がない、というのも本音だがね」

 なるほどな。……正直アクロディリアの行方なんて俺は全然気にしてなかったが……そらパパの立場からすれば娘の安否をまず心配するわな。俺だって自分の身体のことが気になるしな。

「これで話は終わりだ。君は今後もアクロディリア・ディル・フロントフロンとして振る舞いなさい。……ああ、今までのやり方でいい。庶民にしては分別のつけ方を心得ているようだから、身の振り方は任せる」

 お、やった! これで少しはやりやすくなりそうだ!

「だが無用な混乱は避けたいから、妻とクレイオルには打ち明けないでくれ。特に男だということは絶対に隠してくれ」

 了解でーす。

「それなりに覚悟をしていた私でも、酒でも飲まねば受け入れられなかった。嫁入り前の娘の身体に男が入るなどと……今でも夢であってほしい、嘘であってほしいと思っている」

 ……りょ、了解でーす。決して調子になど乗らず慎ましくやっていきますので……

「では、これで――あ、一ついいですか?」

 最後かなりギクシャクした気がするが、話が無事済んでホッとして、立ち上がったところで思い出した。

「もしや妻のことかね?」

 うお……もはやエスパーを疑うレベルだぜ……

「私が君と話をしようと決めた理由は、君が妻の病を癒そうとしたからだよ。これは辺境伯ではなく、世話になった妻の夫として言わせてほしい。――ありがとう」

 あ、いや……礼とか全然いいんだけどさ……

「でも今のわたしには、奥様を治す力がありません。魔力が足りないのです」
「問題は、結果的に癒せるか否かだ。しかし苦しみを癒すだけでも私も妻も充分慰められる。――これも君に任せよう。気が向いたら治療してくれ」

 気が向いたら、ね。

 この人はわかってて言ってるんだろうな。俺が「放っておく」なんて選択肢を選ぶはずがない、と。
 もちろん、強く拒む理由もない。本意じゃないにしろ娘の身体を間借りしている者として、罪滅ぼしと恩返しはしたいからな。







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