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136.人心は読み難く、意志は未だ心に届かず……
しおりを挟む口頭ではわからないが、知っていればわかることがある。
今回ばかりは、アクロディリアの記憶が大いに役に立った。これは貴族の必須知識というやつで、いかに評判悪いやられ役の悪役令嬢でも、抜かりなく修めていたようだ。
書類表記などではわかるのだが、この世界では「=」で名前と苗字を分けた人物がいる。レンがそうだな。大盾の騎士見習いのグランもそうだったっけな。
この表記は、「地名・村の○○です」という意味で使用されているのだ。
まあ要するに、いろんな事情で登記がしっかりしていないところの出身である証明、すげー田舎から出てきてますよって意味になる。
地名。村。
こういうのの知識は、貴族はしっかりしているようだ。誰々が収めている地方だの、あそこの貴族の土地のあれがどうとか、そういうのを記憶してないと社交場で恥を掻くこともあるそうだから。
普通の人なら何か縁がないと知らないくらいのド田舎でも、このタットファウス大陸に限れば、アクロディリアは全部記憶している。どんな小規模な村でも町でも、かつて街があって今はゴーストタウンになっているような場所でも。これは素直にすごいと思う。
で、レンのフルネームは、レン=ルーベル。
言い直すと、「ルーベル村のレンですよ」ってことになる。
アクロディリアの知識でわかるのはここまでだ。ある程度の場所も知っているようだが、ここが曖昧じゃ困るからな。あとは本で詳しく調べてみよう。
「先生おはようございます。例のチョコレートの質問じゃないんですが、タットファウス大陸の北東の地図はどこにありますか?」
まだ朝も早いのだが、図書館は開いていた。
デジャブ感バリバリに、昨日とまったく同じポーズのベルヴェルド先生もいた。まるでここだけ時が止まっているかのようだ。
「地図や地理についての本は手前にある。おまえから見て正面左の棚にあったはずだ」
おう、図書館に駆け込むなりの質問だったのにほぼ即レスだったぞ。CPU先生すげえな。……こっち見もしないけどな。
「ありがとうございます」
聞いてるのか聞いてないのか微妙だが、とにかく礼を言ってそれらしい本を探し……あ、あった。すぐ見つかったな。
えーと……まずはルーベル村の記載から見てみるかな。
――ルーベル村は、タットファウス大陸の北東の端の方にある、「槍熊の森」と呼ばれる森の近くにある。
槍熊ってのは、槍状の石を魔法で生み出して投げつけてくるっつー非常に危険な熊のモンスターのことだ。
でも通常の熊と比べればあまり大きくはないと。Cランクの冒険者なら楽に勝てるだろう……ほう。もしかしてアライグマ的なサイズだったりするのか?
……モンスターに関してはこれくらいしかねえな。一応調べたい気もするが……必要ないかな。森に行く予定がないし、そもそもそんな時間も余裕もきっとないからな。
俺が用があるのは、ルーベル村にいるだろうレンの弟だ。
レンの心労もとっぱらってやりたいし、今も病気で苦しんでいるだろう弟のためにも早く治療してやりたい。
だってレンさんの弟って言うなら俺の弟にも等しい存在だからな! つかある意味もはや俺の弟ということでいいんじゃね!? ……え? アクロディリアの弟はどうだって? 許嫁が可愛すぎるからすげーどうでもいいね!
ルーベル村の場所は、アクロディリアが記憶していた通りの場所にある。大陸の北東な。一応道みたいなのはあるし、地図を見る限りでは一本道だ。道なりに進めば迷うことはないだろう。
……さて、問題はどうやって行くかだな。
ここから行けば何日も掛かるだろうし、やっぱ順当に考えるならルーベル村に一番近い街の転送魔法陣を利用し、そこから行くのが早いだろう。
問題があるとすれば、やっぱり、レンにバレないように行き来することだな。あと外泊はアウトだ。身分的にな。それと完全な単独行動もまずいだろうな。
縮尺がどうなってるかはわからんが、地図で見る限りでは、結構離れてるよなぁ……え? 馬とか乗るの? 乗馬で? 無理無理! アクロディリアは一応乗れるけど得意じゃないみたいだし、俺は乗ったことはおろか馬に触ったことさえねえよ! こんな奴が早馬よろしくスピード出して駆け抜けるなんて無理だよ!
馬車も現実的じゃないよなぁ……
地方の村周辺の道が、馬車がスムーズに走れるほど整備されてるなんて考えられないからな。つか何度か乗ってみてわかったけど、あれ結構揺れるんだよね。街中でみんなに踏みしめられて平に見える地面でさえ、たまにゴツゴツ言って揺れるんだから、思い通りにスピードは出せないだろ。
こうなってくると、色々限られてくるな……風魔法使いだったら移動を早くする魔法とかあるみたいだが……
……あー……
走るか。自分で。たぶんそれが一番早いだろ。
それに帰りだけはなんとかなりそうだしな。
問題は移動に関してだけじゃない。他のハードルも考えてみる。
レンにバレない。
外泊はなし。
単独行動はダメ。
とりあえず「単独行動」については、もう宛はあるよな。
王族の密偵であるジングルかメイトのどちらか、あるいはまた新しい誰かを付けてもらおう。何、これからちょっと王族の頼み事も聞くことになりそうだし、向こうも露骨に嫌な顔はしないだろう。
レンにバレない、外泊はしない、は…………要するに、こうしてレンと別行動している間に行って帰ってきて何食わぬ顔でまた合流すればいいんだよな。
うん、無理だな! 時間的に絶対無理だな!
いっそレンに話してみるか……?
いや、それはダメだ。
レンがアクロディリアにでっけえ感謝をするような流れは作らない方がいいと思う。
クリフのじいさんでさえあれだけ好くしてくれたんだ、レンがこの悪役令嬢に「返しきれないほどの借りを作った」みたいなことになったら、一生仕えるとか言い出しかねない。やめとけやめとけ。この女は本当にロクなもんじゃねえから。用が済んだらさっさと別れるべきだから。
「外泊はなし」が外れてくれたら方法はありそうなんだが、これもちょっと外せないもんな……これやったのが周囲にバレたらアクロパパに迷惑が掛かっちまう。
……とりあえず、考えるのは後回しにするか。レンが戻ってくる前に地図を紙に写してしまおう。
あれやこれやと調べ、使えそうな情報はメモを取っていると、そのレンがやってきた。
「ああ、やはりここにいましたか」
――大丈夫。今俺が見ていたのはモンスター (槍熊について調べてた)関係の書物だ。さすがにこれだけじゃルーベル村とその周辺のことを探っていたとは思うまい。
「もう昼食時ですけど、まだ続けます?」
あ、もうそんな時間なのか。
「食事にしましょう」
今日は朝の訓練もしてないから、ちょっとうずうずしてたんだよな。軽く飯食ったら、久しぶりにレンとの剣術訓練を楽しむことにしよう。
先生に別れを告げ、今日は何も借りずに図書館を後にした。
「闇魔法に関して調べていたのですか?」
寮部屋のテーブルに置いてあった本を見たのだろう。それに関しては隠すことはない。
「ええ。例の入れ替わり現象は闇魔法なんじゃないかって思って」
「なるほど。何かわかりました?」
「全然」
昨夜は泣き虫闇先生の泣きっぷりを少々貰い泣きしながら読みふけってしまったからな。
――あ、昨夜と言えばだ。
「それよりお父様……ってわたしが言うのもおかしいんだけど、辺境伯と話したんでしょう?」
「ええ。ヨウさん、自分のことを話したそうですね」
いや、ていうかだ。
「見抜かれたの。すぐに。というか最初から知ってたっぽい」
レンは「なるほど」と頷いた。
「私は定期的に、アクロディリア様の様子を手紙にしたためて送る、という報告の義務を負っているんです」
え、マジで?
「じゃあレンさんが事前に伝えていたってこと?」
「いいえ。私は『異常なし』と、いつもと変わらないと手紙に書いていました」
…………ん?
「つまり、わたしのことは話していないと」
「さすが辺境伯ですよね」
え? ……何が?
「あの方は私の手紙を見て、私の判断を優先したんです。いくら手紙で『異常なし』と伝えても、アクロディリア様らしからぬヨウさんの動向は、辺境伯の耳に入っていたはずですよ」
まあ、だろうな。……あれ?
「……あ、そうか。そういうことね」
アクロパパはあえてレンの「異常なし」という手紙を見て、それを認めていたのか。
レンの報告とは裏腹に、アクロディリア(おれ)の行動はおかしい。だが付けたメイドは「異常なし」と報告してきた。
パパは現場の判断を信じたんだろう。レンの判断をな。
「そうです。あの方は私の本心である『異常なし=このまま様子を見る』を正確に読み取り、表立って行動は起こさず、私やアクロディリア様とまるで接点がない第三者を監視に付けたんだと思います」
そうだな。パパが俺のこと見抜いたのは、レン以外の情報提供者からの報告を受けていたからだろうしな。
「まあ、あるいは、私も偽アクロディリア様の手の内に落ちた可能性も、考えられたかもしれませんが」
ああ……パパ目線ではそういうケースも考えられるのか。二人とも悪堕ち的なね。
「面白いですよね。私の判断を信じるにしろ疑うにしろ、どちらにしても『様子を見る』以外の選択肢がない。状況がわからないのに大事にする愚は冒せませんし」
うーん……頭いい人は色々考えるんだなぁ。
「ところでヨウさん、もしかして辺境伯を怒らせました?」
え!?
「まだ怒ってたの!?」
それって例のアレだろ、俺が睨まれた「おとうさん」発言のアレだろ! ……あ、まあ昨日のことだから、まだ怒ってても不思議はねえな。
「伝言を頼まれましたよ。私には詳しい背景がよくわからないのですが、『百歩譲って両思いでないと認めない』と言ってました。本気の目でくれぐれも伝えてくれと」
パパ……それは父親の贔屓目が過ぎます。あなたの娘、だいぶキツイんですよ……両思いなんて絶対ないです……
「よくわかりませんが、本当に怒らせたんですね」
う、うーん……パパは根に持つタイプかもなぁ。あの威圧感を思い出すと胃が疼くんだが……
「だいぶ辺境伯に気に入られたんですね」
「えっ!?」
どこが!? どこがどうなってそんな話に!?
「俺すげー睨まれたよ!? 殺されかねないレベルで!」
「素が出てますよ。気をつけて」
そら素も出るよ! 出ちゃうよ!
「だってあの方は、敵か味方かはっきりしない人には本音を話しません。もし敵と判断したなら、己の意思が確実に通るタイミングまで騙しておくでしょうね」
……そんなこと言われた気がする。騙された振りしてて寝首を掻くとか。殺し屋みたいな顔で怖いこと言われた気がする。
「その例に漏れる……なんの意図もなく本音を話せる相手となれば、味方と判断したか、相応に好感を持っている相手のみでしょう。敵でも味方でもない相手には当たり障りなく接するはずですから」
マジで?
「とてもそうは見えなかったんだけど……」
本当に殺しに来そうな目で睨まれたんだぞ。「おとうさん」って呼んだだけで。
「ヨウさんって結構見た目に左右されますよね。美人なクローナさんとか大好きでしょう?」
…………
あれ? パパに続いて、レンにもなんか責められかけてね? どうしてこうなった?
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