俺が悪役令嬢になって汚名を返上するまで (旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

南野海風

文字の大きさ
176 / 184

192.三度目の運命の日は、か細い月明かりの中で待ち…… 

しおりを挟む





 ちょっと長い準備期間だったが、集中してこなしていくとそうでもなかった。

 約五ヶ月。
 俺がアクロディリアになって過ごした時間とほぼ同じ時を、弓原陽として消化した今日。
 いよいよ三度目の運命の日を迎えたのだ。 

 やれること、やりたいこと。
 やらねばならないこと。
 なんとなくやったこと。
 本当にマジで全然関係ないけどノリと勢いだけでやってみたこと。
 
 以前からは考えられないほど積極的に、そして精力的に、今日のために身体も頭も磨いてきたのだ。

 ボクシングを始めた。
 お試し一週間無料体験コースで行ったボクシングジムで、たまたま体格が近かったせいでプロに気に入られ、「三年に一人の逸材」と微妙なことを言われて半ば強引に入会。それからちょうどいいスパーリング相手としていろんな人に可愛がられたのもいい思い出だ。そのおかげで月謝がとことん安くあがったのは嬉しい誤算だった。
 練習はかなりきつかったけど、レンとの訓練に比べたらイージーモードでもお釣りが出るレベルだ。少なくとも骨折するほど棒で殴られたりしないしな。

 色々料理もやってみた。レシピは完全に頭に入っている。
 俺はきっと、来年三月くらいにはまた弓原陽に戻ることになる。それを見越して、いろんな奴に少々レシピを伝授しておきたいと思う。少しでいいから喜んでくれればそれでいい。
 怠惰な妹と北川先輩がせがむから、お菓子作りの方もがんばってみた。でも「あっちの世界」はお菓子関係は色々あるんだよなぁ……
 
 あとは、やはり「純白のアルカ」関係の知識だ。手を出せるものには全部チェックを入れた。
 どれだけ役に立つかはわからないが、できる限りのことはするつもりだ。




 ――さてと。

 訓練どころか、もはやクセになっている魔力の操作を止め、スマホの時計を見る。
 深夜11時55分。
 約束の時間まで、あと五分だ。

 ――魔力の操作。

 この五ヶ月、一番磨きを掛けたのは、なぜか使えるようになった光魔法だ。
 最初はほとんど使えなかったし、操作もできなかったが、暇……どころか意識を割ける時には常に魔力を操作し、能力アップに努めていた。

 その結果、弱い『天龍の息吹エンジェルブレス』くらいなら使用可能になったのだ!!

 魔力の総量が上がったのか、それとも無駄なく局所的に使用することで使用コストを下げることに成功したのか、いまいちよくわからないのだが。
 とにかく格段に「使える」ようになった。
 まあ、相変わらず使い方には困ったが、実は近くに格好の狩り場・・・があったのだ。

 例のボクシングジムにて、膝やらなんやらの故障に悩む先輩ボクサーたちに、「俺超マッサージ得意っすよー」とか言いながら、ほんの少しずつ毎日使用して完治させたりしてみた。ふっふっ、奴らめ、まったく気づかなかったぜ……! まあとにかくなんでもいいけど故障が治ってよかったね!

 あと五分。
 家族はもう寝静まっていて、俺は窓から差し込む月明かりを浴びて。

 月を見ながら、この五ヶ月を振り返りつつ、その時を待つ。

 やり残したことはない。
 ……と思うが、いざその時がやってくるとなると、さすがに何か忘れている気もしないでもない。今更思いついたってもう遅いんだけどな。




 深夜0時を迎えた。

「――来たわよ」

 声とともに、勉強机の上に黒い球体が生まれ――紫の目の黒猫が降り立った。

「ん……?」

 降り立ったその場にはミニ座布団。左脇にワンカップ、正面に焼いたイワシ三匹、右脇には塩。

「……何これ? 祀ってるの? 祀ってるつもりなの?」

 どう見ても呆れ返っている猫様に、俺も呆れた。

「俺なりのもてなしのつもりだったんだが……なんだこれ。ねえな」

 すげえ違和感だわ。何これふざけてるの? ……やったの俺だけど。

 猫様――闇を司る精霊ディスオラを迎えるにあたって、失礼がないように、そして最大限のおもてなしをしようと思った結果がコレである。イメージ的には神棚なんだが……

 ワンカップ、イワシ、塩に囲まれ座る猫。

 やべえ。
 もてなしのはずが、完全にバカにしてる体にしか見えねえ。

「ごめん。なんか考えすぎたみたいだわ……」
「あんたそういうとこあるよね。あんまり考えない方が上手く行くタイプなんじゃない?」

 ひらりと床に降り立ったディスオラは、やれやれと溜息をつく。うーん……意外とそうかもしれないな。俺の場合は熟考するより閃きで動いた方がいいのかもなぁ。

 ちなみに天堂先輩、北川先輩、そしてストーカーじゃない方のイケメンとはかなり仲良くなりました。なので必然的にディスオラともだいぶ仲良くなったと思う。猫なのに「できる女」なスタンスが面白いんだよな。
 で、逆にストーカー先輩は、三人とちょっと疎遠になり、色々ヤバイ雰囲気が増しているとかいないとか。まあどうでもいいか。……いやあんまりよくねえな。

「でも今回はちゃんと考えたわよね? しつこいようだけどもう一度だけ確認するわよ」

 猫が俺を見詰める。真贋を見極めるかのように。

「――これが最後の確認よ。行くのね? 死ぬ可能性もあるし、『あんたが行きたい世界』に行ける保証もない。それでも賭けるのね? 引き返すなら今しかないわよ」

 もしかしたら死ぬ。

 ずっとずっと、遺書でも残そうかとずーっと悩んでいたが、結局残さないことにした。だからもし俺が死んだら、「原因不明で眠り続けて衰弱死」みたいなことになるのだろう。
 だが、迷うことはなかった。

「行く」

 行かないでおこうと思ったことは一度もない。
 決心が揺らいだこともない。
 まあ、死にたくないとは思うが。

「わかった。行きましょう」

「行こう」っつってんのに、言葉にするとおかしいが、俺は素早くベッドに潜り込んだ。

 行くのは意識……魂だけだからな。肉体はここ、弓原陽の部屋に置いていくことになる。




 目を瞑り――すぐに「もういい」と言われて目を開ければ、そこはすでに俺の部屋ではなかった。

 真っ白な世界。
 上も下も左右も。
 何もない、ただの白い空間だ。

 自覚すれば、肉体という重さを失い、呼吸する必要もなく、胸に手を当てても鼓動が……心臓が動いていない。
 しかし弓原陽としてここにいる。不思議な感覚だな。

 ……それにしても、早くも少しミスったな。寝巻きなのが格好つかない。ジャージにTシャツだ。

 見るでもなく周囲を見ていると、ふわふわとその辺に浮いていた黒猫が、俺の真正面にやってきた。逆さまで。……俺が逆なのか? それともそういうことを考えるだけ無駄なのか?

「手順は憶えているわね?」
「ああ」
「約束の言葉は?」
「『ありがとう』と『助けて』」
「もしもの時は?」
「ディスオラを呼ぶ」
「――よろしい」

 と、ディスオラは満足げに頷き、右手を上げた。どくん、と身体が波打ち、ピンポン玉くらいの「闇」が分離した。

「リカからの餞別よ。元は『光の一族』から奪って染めた力、言わば『闇色の光』ね。純粋なエネルギーのみだから、今のあんたでも持って行けると思うけど、適合できなければ捨てなさい。害になるわ」
「わかった。まあ大丈夫だと思うけどな」

 これはリアルでも実験済みだから、ディスオラも知っていることだ。
 天堂先輩の「闇の魔力」は、元々「持ち主が違う力」なので、こうして分離・分譲したりできるのだ。更に言うなら「元々の持ち主」は光属性だからな。原理がわからんが俺も光魔法が使えるようになったので、違和感はあるけど結構馴染むのだ。たぶん長く使えば完全に馴染むだろう。

 ちなみに効果としては、魔力の底上げだと思えばいい。結構色々できそうだが、それは追々実験してからになるだろう。

 手を伸ばし、黒いピンポン玉に触れる。握り締める。そして取り込む。……やっぱ異物感があるな。変なものが光の魔力に混じって身体を巡るのがよくわかる。うん……でも違和感はあるが拒否感はないな。

「それじゃユミハラ……死なないでよ? 好きなことして死ぬあんたはいいけど、リカが悲しむから。泣かせたら地獄まで殴りに行くからね」

 さすができる女スタンス。後ろ髪引くようなこと言わねえな。

「朝には目覚めると思うけど、もしかしたら何日かズレるかもしれない。そん時は先輩によろしく伝えておいてくれ」

 まあ何にしろ、死ぬ気なんてこれっぽっちもねえからな! 絶対に「あっちの世界」に行くし、絶対に「こっちの世界」に戻ってやっからな! 





しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

断罪済み悪役令嬢に憑依したけど、ネトゲの自キャラ能力が使えたので逃げ出しました

八華
ファンタジー
断罪済みの牢の中で悪役令嬢と意識が融合してしまった主人公。 乙女ゲームストーリー上、待っているのは破滅のみ。 でも、なぜか地球でやっていたオンラインゲームキャラの能力が使えるみたいで……。 ゲームキャラチートを利用して、あっさり脱獄成功。 王都の街で色んな人と出会いながら、現実世界への帰還を目指します!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!

月芝
ファンタジー
国の端っこのきわきわにある辺境の里にて。 不自由なりにも快適にすみっこ暮らしをしていたチヨコ。 いずれは都会に出て……なんてことはまるで考えておらず、 実家の畑と趣味の園芸の二刀流で、第一次産業の星を目指す所存。 父母妹、クセの強い里の仲間たち、その他いろいろ。 ちょっぴり変わった環境に囲まれて、すくすく育ち迎えた十一歳。 森で行き倒れの老人を助けたら、なぜだか剣の母に任命されちゃった!! って、剣の母って何? 世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 それを産み出す母体に選ばれてしまった少女。 役に立ちそうで微妙なチカラを授かるも、使命を果たさないと恐ろしい呪いが……。 うかうかしていたら、あっという間に灰色の青春が過ぎて、 孤高の人生の果てに、寂しい老後が待っている。 なんてこったい! チヨコの明日はどっちだ!

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~

巫叶月良成
ファンタジー
政治家の娘として生まれ、父から様々なことを学んだ少女が異世界の悪徳政治をぶった切る!? //////////////////////////////////////////////////// 悪役令嬢に転生させられた琴音は政治家の娘。 しかしテンプレも何もわからないまま放り出された悪役令嬢の世界で、しかもすでに婚約破棄から令嬢が暗殺された後のお話。 琴音は前世の父親の教えをもとに、口先と策謀で相手を騙し、男を篭絡しながら自分を陥れた相手に復讐し、歪んだ王国の政治ゲームを支配しようという一大謀略劇! ※魔法とかゲーム的要素はありません。恋愛要素、バトル要素も薄め……? ※注意:作者が悪役令嬢知識ほぼゼロで書いてます。こんなの悪役令嬢ものじゃねぇという内容かもしれませんが、ご留意ください。 ※あくまでこの物語はフィクションです。政治家が全部そういう思考回路とかいうわけではないのでこちらもご留意を。 隔日くらいに更新出来たらいいな、の更新です。のんびりお楽しみください。

ヒロイン? 玉の輿? 興味ありませんわ! お嬢様はお仕事がしたい様です。

彩世幻夜
ファンタジー
「働きもせずぐうたら三昧なんてつまんないわ!」 お嬢様はご不満の様です。 海に面した豊かな国。その港から船で一泊二日の距離にある少々大きな離島を領地に持つとある伯爵家。 名前こそ辺境伯だが、両親も現当主の祖父母夫妻も王都から戻って来ない。 使用人と領民しか居ない田舎の島ですくすく育った精霊姫に、『玉の輿』と羨まれる様な縁談が持ち込まれるが……。 王道中の王道の俺様王子様と地元民のイケメンと。そして隠された王子と。 乙女ゲームのヒロインとして生まれながら、その役を拒否するお嬢様が選ぶのは果たして誰だ? ※5/4完結しました。 新作 【あやかしたちのとまり木の日常】 連載開始しました

処理中です...